ジャルジャルとは、よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属のお笑いコンビ。
『キングオブコント2020』王者。
メンバー
後藤淳平 (ごとう じゅんぺい)
- ボケ・ツッコミ担当。立ち位置は向かって左。
- 1984年3月20日生まれ、35歳。大阪府吹田市出身。身長177㎝、体重65㎏、血液型AB型。
- 弟と妹がそれぞれ1人ずついる。
- タバコ・ギャンブルを一切嗜まない。夕飯前にはビールの代わりにカルピスを、風呂上がりにはゼリーを食べるのが日課。ただし「煙草を吸っている男はカッコえぇ」と中学生じみた事も言っている。また2010年公開の主演映画『ヒーローショー』や単独ライブのコントなどで設定に応じては喫煙する役も演じている。
- 吉本で一番酒に弱いと言われるほどの下戸で、番組の飲酒企画でも焼酎の水割りを2口ぐらい飲んだだけで顔が真っ赤になっている。
- 麒麟の田村裕とは出身地・小中学校が一緒で、田村が中学時代に寝泊まりし田村の自伝「ホームレス中学生」にも登場する山田西第2公園(通称「まきふん公園」)の真横のマンションに住んでいたが、「小学生の時その公園で毎日遊んでいたが、そんな人は見た事がない。1回だけ鉄棒に洗濯物が干してあるのは見たけど、大人もマメに見回りしてたしあり得ない。」と話しており、それに対し田村は「小学生のお前とは生活サイクルが違うし、昼間は暑いし知り合いに会いたくないから、近くの自動販売機にお金を探しに行ったりして公園にはいなかっただけ。」と反論している。
- 中学時代は小学校から始めた卓球の吹田市選抜でエースとして活躍していた。「卓球で飯が食っていけたらいいな」ぐらいには考えていたが、壁にぶち当たり自分には才能は無いんだと気付いて諦めた。現在も趣味だが気持ちを奮い立たせる物として続けており、baseよしもとの芸人と試合をする時は「やってあげてる立場」の精神で行っていた。
- 吉本男前ランキング2010年度7位、2011年度9位。
- よしもとオシャレ芸人ランキング2010年度男性部門1位になった事があるが、服装に無頓着で黒や白の無地などシンプルな出で立ちで済ます事が多い。『アメトーーク!』の「オシャレって何なの芸人」にも出演。
- バッファロー吾郎が主宰する大喜利イベント『ダイナマイト関西』には2回(2006年の第13回・2008年の第14回)決勝大会へ進出している。
- キャバクラや風俗にも行かないがAVは普通に好きで見る。DVDで見る程ではなく、あくまでも動画サイトで収集したエロ動画をパソコンやスマートフォンの小さい画面で見てコレクションしていくのが好き。好きなジャンルはハメ撮り。
- ザ・ビートルズの熱狂的なファン。ビートルズのイベントや企画には度々参加し、自身のメールアドレスにも“beatles”と入れている。単独ライブの演出にはビートルズからの影響が随所に反映されている。小学校5年生の時にビートルズの歌だけを歌う“ゴリトルズ”というユニットを作りカセットテープに録音していた。エレファントカシマシも好きで彼らのライブでも複数目撃されている。
- 若手時代はペーパードライバーだったのが、現在は旧車ヲタへと化した。2015年のM-1グランプリでは審査員を務めるチュートリアルの徳井義実が自身は高得点を付けた中での中川家の礼二の辛口な採点及び批評により若干重くなった空気をかわそうとしたのか「後藤くんが僕と同じマンションの隣の部屋に住んでて、駐車場も横っていう…ボルボに乗ってるんですよアイツ!」と愛車をバラされる(好みの年代の型だった240を中古で購入)。以降『アメトーーク!』の「旧車芸人」に出演した際は愛車を「ただのファミリー中古車だ」と終始出オチのようにいじられる。
- 2011年5月5日に2年半前から交際していた4歳年上の元ボイストレーナーと結婚。2児の父親。
- 父は吹田市長の後藤圭二。市役所に35年勤務し無所属から立候補している。
福徳秀介 (ふくとく しゅうすけ)
- ボケ・ツッコミ担当。立ち位置は向かって右。
- 1983年10月5日生まれ、36歳。兵庫県芦屋市出身。身長175㎝、体重65㎏、血液型O型。
- 4人姉弟の末弟。兄と5歳上の双子の姉がいる。
- 酒は下戸だが全く飲めない訳ではなく、『めちゃ²イケてるッ!』の「酒豪 No.1は誰だ!? 決定戦SP」では気合いと根性でナインティナインの矢部浩之と同率優勝している。
- 祖父が中国からぜんまいを輸出する等の貿易関係の仕事をしていた事から、生後10カ月から5年間ロサンゼルスで過ごす。現地のアメリカンスクールに通わされるが、英語は現在は話せず高校時代には英語の単位を落とした(姉は流暢に話せてイギリス人のハーフと結婚し育児も英語で行っている)。
- 実家は芦屋市の山奥のふもとにある敷地も庭も広い3階建てで、実家へは有料の高速道路(400円)を介さないと行けないが、造りが古いため雨漏りが酷く浴室の暖房は錆び付いていたりと現在は維持するのが精いっぱいな様子。実家の福徳の部屋は地下にあり、小さいトレーニングルームやサウナが、リビングには今は使われていない小さな暖炉がある。
- 福徳が高校生の時に交通事故で他界した父親は、日本へ戻ってから歯科医やたこ焼き屋(現在は経営者が全く違う「ミスあしや」)の経営など様々な事業に手を広げていたが、どれも安定せず長くは儲からなかったようで 小学生の頃は家に借金取りがよく来ていた(成人してから家族に明かされた)。
- NSCは自分でバイトした金で入学金や月謝を払っていたが、父親の形見のヴィトンのボストンバックを持ち歩いていた為、周囲の芸人には「親のスネカジリじゃん」「嫌味」等と言われてしまう。その経験から人間を滅ぼす酒・タバコ・ギャンブルは一切やらないと決意(ある意味では福徳が心を閉ざしがちになった要因の1つとも言える)し実家への仕送りを続けている。
- 父が他界してしばらくして兄姉が家を出てるが、福徳まで実家を出たら母親が一人になるし広いからと、東京へ進出後も長らく実家に住んでいた。東京へ移住した現在でも、仕事で大阪に来た時には必ず帰省している。
- 「ラブ」という名前のラブラドール・レトリバー(メス)を飼っていたが、元々は後藤の家が飼っていた犬で、物凄く可愛くて福徳にも異様に懐いていた為、福徳がお願いして1日だけ貸してもらってたのが、どんどん貸し借りがエスカレートし犬が福徳側に完全に懐いてしまい、最終的に福徳の家で飼う事になった。後藤の家族、特に妹は号泣する程ショックを受け、犬に会いにたまに福徳の家へ行っていたが、既に懐かれなくなっていたものの良い物を食べて欲しいとの願いでエサ代は後藤の家が払っていた。福徳は宝物に「家族と愛犬」と挙げ、ブログやラジオでも頻繁に話題に出すぐらい可愛がっていたが、2012年9月17日に11歳3ヵ月(人間で言うと73歳ぐらいで大型犬は寿命が短い)で亡くなった(2015年時点でまだラブの写真をスマートフォンの待ち受けにしている)。犬そのものも大好きで特に写真家の梅佳代が手掛けた犬の写真集『白い犬』やその関連グッズのTシャツ(ほぼ毎日着用しバラエティー番組に出演する時も着用している)がお気に入り。
- 『爆笑レッドシアター』の「第1回ツッコミ選手権」では普段のネタとは一味違う関西人ならではの正統派ツッコミを連発、ポイント30点中28点を獲得し優勝した。劇場支配人(総合司会)の内村光良から「勉強になった」と評された。同大会の第2回目でも内村が絶賛するツッコミを見せ前回のポイントを上回る29点を獲得し、V2を達成した。
- スピッツの大ファンでライブにも何度も出向いている。ラジオでも度々スピッツへの思いの丈を熱く語っている。『Music Lovers』のスピッツ特集回には後藤と共にゲスト出演している。
- ブルース・リーの大ファンで、家中にリーの写真を貼る・メイクや髪型もリーに寄せている。好きな言葉はリーが主演する映画『燃えよドラゴン』の冒頭でのセリフ「Don't think. Feel」(考えるな。感じろ)。
- キャバクラや風俗にも行かず、AVは普通に見るものの、好きなジャンルは特になく女が脱いでいればいい。
- 細身ながら筋肉質で引き締まった体型と男らしく力強い風貌だが、2010年公開の主演映画『ヒーローショー』では自衛隊のレンジャー上がりで喧嘩が強い元ヤンキーを相方の後藤が演じている。
略歴
出会いは関西大学第一高等学校のラグビー部。クラスも家へ帰る方向もポジションも違ったので、当初は殆ど話す機会が無かったが、高1の夏に福徳が合宿の練習試合中に鎖骨を骨折し、監督に「お前一番ヒマそうだから付き添ってやれ」と促されて一緒に病院へ行く事に。合宿地はラグビーが盛んな地域で軽い野戦病院と化した待ち時間を埋めるかのように色々な無駄話をする。福徳は喉がカラカラになり後藤に「水が欲しいから持ってきて」と頼むが、後藤は水を探してるフリはしてるが、実際は終始その辺をウロウロし続け看護師に声もかけられず、いざ水道水を発見しても見て見ぬふりした結果、福徳は脱水症状を起こしてしまうも、この出来事をキッカケに2人の距離は一気に縮まった。
お笑いを始めたキッカケは高校から大学までお互い友達が殆どおらず(特に後藤は無口な為友達作りや授業のグループ決めにもかなり苦心した)、休み時間は教室にいるのがしんどかった。高校では逃げるように保健室へ行っては2人だけで喋ってゲラゲラ笑い合ったり保健室の先生を笑わせる事が楽しくて仕方なくて「俺たちの天職はお笑いなのでは?」と思い始めた事から(高校3年間でクラスは一度も同じにはならなかったが、常に行動を共にし前述の保健室ではベッドの上に座り話していたので周囲にBLなんじゃねぇか?と疑われたりもした)。高2の終わり頃から携帯のメールや紙で笑かし合いをしていく内に漫才の台本が出来上がりどちらが面白いか競うよりになるが、共に部活漬けでテレビもほぼ見ていなかったが、お笑いで2人して唯一ハマったのが福徳が持っていたのを後藤に貸したふかわりょうの一言ネタ本だった(後藤は幼い頃から家族の影響で嘉門達夫が好きで、共にお笑い番組は『吉本新喜劇』も好きで若手時代に憧れの芸人として池乃めだかを挙げていた事もあったが、他の当時流行っていた番組含めてそこまではハマらず内容の意味も深くは理解していなかった)。ダウンタウンが頭角を現して以降のお笑い芸人の中ではダウンタウンの影響は受けていない異色のコンビでもあり『ダウンタウンのごっつええ感じ』についても「小学生の時に見ていたが当時は意味が分からなかった」と振り返っている。
2002年に共に関西大学へ内部進学と同時にNSC大阪校に25期生として入学・コンビを結成。 コンビ名の由来はNSCの入学願書を出す前日に福徳も泊まっていた実家の後藤の部屋で適当に響き重視な流れで“ジャルジャル”と“ジョロジョロ”を思い付くが、どっちにしようか決めかねてる内に寝る事になって、寝ながらまだコンビ名を考えている時に「“ジャルジャル”でええか」と決まった(ちなみに2017年8月30日に放送された『水曜日のダウンタウン』にて若手芸人200人を対象としたアンケート調査「カッコイイと思うコンビ名ベスト10」では第6位にランクインしている)。NSCに入学して半年ぐらいは漫才をしていたが、NSC在学中に出場したM-1グランプリでは1回戦で敗退。その翌日にはNSC内でネタ見せをしなくてはならなかったが、当時はちゃんとした漫才のネタが前述の1本しかないのに1回戦負けしたネタでネタ見せするのは嫌だった為、即席で作ったコントを披露したところウケが良かったのをキッカケにコント作りへ傾倒するようになった。
2006年にほぼ無名のダークホースとして出場した『オールザッツ漫才』で準優勝を果たし、一躍関西のお笑いファンから注目の的を集める(放送当時のネット界隈でも話題になり、当時のネット検索ランキングで当時大流行だったノロウィルスのランキングを数時間だけ上回った)。
2003年末から出始めた大阪の劇場『baseよしもと』では2008年の頃には在籍当時の中心トップを扱いを受けるぐらいに人気を博していたところを、フジテレビで当時人気を集めていたネタ番組『爆笑レッドカーペット』への出演で全国区に知名度を広げ、同年10月にはしずるやはんにゃ等の関東の新鋭若手コンビと並んでフジテレビの深夜のコント番組『THE THREE THEATER』のレギュラーに抜擢される。半年後には『THE THREE THEATER』は『爆笑レッドシアター』としてプライムタイムに昇格し、同時にジャルジャルも初の全国区のプライムタイム枠のレギュラー獲得となった。
2009年に『キングオブコント』の決勝へ進出するが最下位の8位に終わる。前年からこの年の9月にかけて発売された初の単独ネタDVD「戯」全3巻の累計売上枚数は10万枚以上を記録している。
翌2010年は『キングオブコント』に2年連続で決勝進出し4位となった。同年『M-1グランプリ』でも初めて決勝進出するが全9組中8位であった。更には当時吉本では史上初となるコンビ単独海外公演をイギリスのロンドンで実施し、フジテレビの長寿人気番組『めちゃ²イケてるッ!』の新メンバーオーディションに合格しレギュラーとなる一方で『爆笑レッドシアター』が打ち切られる等、2010年はジャルジャルにとって波乱と激動の年であった。
2011年は終了した『M-1グランプリ』を受け継いだ大型漫才コンテスト『THE MANZAI』で認定漫才師50組に選出されたが、決勝進出組を決める「本戦サーキット」で本人らもドン引きするほどの大スベリをする(ネタ終了直後「お前らスベってたなー」と愛のあるイジりをしてきたジャルジャルの次に披露したキングコングはジャルジャルを上回るレベルの凄惨なドンズベリをしている)。
結成10周年の2012年はマニフェストとして2人揃って金髪で活動した(後藤はこの時人生で初めて髪を染めた)。
2014年にはフランスで単独ライブを実施したが、ムチャクチャにスベって失敗に終わる(逆にイギリス公演の時は反応がとても良くて非常にやりやすかったとの事で、英語なら少し分かるので気持ちも乗せやすいが、フランス語はさっぱり分からないからセリフを言っても気持ちが入ってこないのが失敗の要因だったのかもと自己分析している)。
2015年に5年ぶりに復活した『M-1グランプリ』で決勝進出し3位となった。同年11月にはレスリー・キー撮影のヌード写真集「SUPER JARU JARU」を発売。元々はイベント用のポスター撮りだけの予定が撮影当日に初対面のレスリーにかなり気に入られてしまい、撮られながら「ではちょっと脱いでいきましょうか?」等と誘導されてジャルジャル側も気持ちを乗せられてどんどん脱がされお互いの股間を握り合ったりディープキスをしてる写真などを8000枚ぐらい撮られ、レスリーが「これ写真集にしよう!」と言い出して発売する事になった。後藤は発売記念イベントで「パンツを履いてないし肛門を見せているので安心できない」と福徳も「レスリーさんにチンコを触られた」と告白した。
2017年の『M-1グランプリ』で決勝進出するも6位に終わる。同年は長年の冠番組レギュラーを2本失い、11月には『めちゃ²イケてるッ!』が翌2018年春を以て放送終了する事が正式発表された。
2018年の『M-1グランプリ』は結成15年目のラストチャンスだったが、「国名分けっこ」ネタで立川志らくから99点という破格の高評価を受けるも、最終で3位に終わった。
2020年の『キングオブコント』にて合計941点を獲得し悲願の優勝。2015年以降の新制度では初の完全優勝(1st、ファイナル両方で1位)であった。
芸風
- ネタの作成は作家やスタッフは入れずに2人だけで行っている。タイトルだけ書き溜めておくが、台本は作らず全て頭と体で暗記している(書いて覚えるよりもこの方法のが頭に入りやすいとの事)。思い付いたネタ案を即興で試してウケそうな物を見繕ってから本ネタへ仕上げていく。最近は「鮮度が大事だから」と練習よりネタ作成に時間を割いている。
- これまで作ったネタは数百を数え、毎年開催する単独ライブの東京凱旋公演を記念したWEBプロジェクトJARU JARU TOWERに「ジャルジャルがネタ帳に書き留めたネタになる前のアイデア『ネタのタネ
』が1階ずつ積み上がっていく世界一高いタワー建設」という設定で新たに撮影した動画
を2018年2月15日から毎日1ネタとしてYouTube
並びに公式サイト
へ投稿中(計8000本を投稿・2039年11月8日にタワーが完成する予定としている)
- コントをする際の衣装は2人とも主に黒のTシャツにベージュのチノパン(後藤は長ズボン・福徳は短パン)。コントの設定によってシャツやスーツも着用するが、どの服装でも黒とベージュの色合いが基本となっている。このスタイルは高校生時代から考えていたもので、「一寸先は闇。もし洞窟に閉じ込められたとしたら、光に反射するのは肌の色。お笑いの世界の色を黒で表わしたとしたら、その中でベージュで光を照らそう」と考えてこれらの色を選んだともっともらしい事を言ってるが、本音は単純にいちいち着替えるのが面倒くさいからとも言っている。バラエティ番組やイベント等に出る際は他の芸人の様に普通の服装をしている。
- 即興コントが得意であり、冠番組『開放!ジャルジャル・倉本美津留のコント会議』から派生した“観客が書いたお題を2つ組み合わせてコントの題名にして即興でコントを始める”不定期開催ライブ『超コントLIVE』に客演したサンドウィッチマンの伊達みきおは公式ブログで「めちゃくちゃ楽しかったけどなかなかの難易度でしたね!ジャルジャルの発想力・瞬発力・創造力には驚きましたね(^O^)彼等は素晴らしい!台本を作り込み本自体の内容を面白くさせてからネタを合わせる作り方の我々とはスタイルが大幅に違う…ジャルジャルはコントの設定の幅が広いんだろうなぁ。特異な発想ですぐにストーリー展開を可能にする力が凄い。このスタイルでジャルジャルと競える芸人いるのかなぁ。」と評している。
- コンビ仲が良く、お互いに長所と短所を50個づつ言い合えるぐらい特徴や思考パターンを把握・信頼しており、それらはお笑いコンビとして武器になる・前述のような即興でのコントや漫才が行えるという事を、若手芸人のオーディション番組『笑けずり シーズン2〜コント編〜』でゲスト講師として参加芸人に説いている。また仕事が増え始めてしばらくして以降も後藤が独身時代の頃は2人でよく旅行や買い物や食事に行ったり、後藤が福徳の家に遊びに行ったりしていた。
- 漫才は賞レース向けの物しか作っておらず、ボケ・ツッコミの役割がネタ中に入れ替わってゆくいわゆるWボケのスタイルを取っている。即興を装う、お約束の振りに従ってコントに入る、などといったような漫才の暗黙のルールを衝くメタフィクション的手法を特徴とする。後藤は漫才を披露する前には「皆ビックリするんちゃうかな?」というワクワクするような気持ちや少し忘れがちな初心が芽生え、それはNSCに入ってお笑いを始めて楽しかったと感じていた物に似ていると話している。
- 漫才を披露する際は2012年11月18日に放送されたテレビ東京『ざっくりハイタッチ』内で行ったトランプゲームで後藤が共演者の小籔千豊に負けた罰ゲームで、後藤が福徳の分も併せて自腹で20万(福徳と折半で10万)で購入する羽目になったオーダーメイドの光沢があり淡い青のモッズスーツ(後藤が崇拝するビートルズに倣っている)と白シャツを着用している。福徳は人間・芸人として円熟味が増すかもという願掛けでスーツを一度も洗濯していない(後藤はクリーニングに出している)。これ以前はコントと同様に主に黒のTシャツにベージュのチノパン(後藤は長ズボン・福徳は短パン)を着用していた。
評価
- 『爆笑レッドシアター』の劇場支配人(総合司会)であるウッチャンナンチャンの内村光良は「レッドシアターメンバーで一番売れると思うのはジャルジャル」「レッドシアターのメンバーではんにゃとジャルジャルが特にギラギラしている」と話した事がある。また「ネタの発想が非常に独特で素晴らしい。恐らく彼らはネタに相当な自信があるんだと思う。何か1つの事に執着して延々それだけで押し切る、あのしつこさなんかも新しいパターンの笑いで、とにかく不思議で今まであまりいなかった感じのコンビ。見た目は若い頃のウッチャンナンチャンに似てるんですけどね、後藤が僕で福徳が南原で(笑)」とも評している(キャリア初期にも周囲の先輩芸人に「雰囲気がウンナンっぽいよね」等と言われ、関西のローカル番組やイベントにウンナンのモノマネをしながら登場したり、2008年1月3日放送のTBS『イロモネア』でウンナンと初共演した際もネタにしている)。
- ダウンタウンの松本人志は2012年2月26日に放送された『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』の企画「クイズ松本人志の100のコト 前編」にて「最近面白いと思っている若手芸人は?」という質問に「……えっとねぇ、ネタはねぇジャルジャルですねぇ。トークに関してはちょっとまだ分からないですねぇ。」と返答している(番組レギュラーで解答者のココリコの田中直樹が的中させ松本と仲が良い月亭方正は「せや!!あぁぁ~そうやぁ~言うてた!先週言うてはったわ!(中略)あのぉ~大阪の…『オールザッツ漫才』を最近見はったんですって」と漏らしている)。
- 2010年度第3回目の『キングコングコント』の2ndステージで披露した「オバハン
」(後藤扮するオバサンに対して福徳が4分間ほぼ「オバハン!」とだけ捲し立てるという内容)は当時かなりの賛否両論を引き起こし、同大会の司会を務めた松本人志は「もっと点数伸びても良かったんじゃないか?900点台には乗ると思っていたけどなぁ…」と準決勝を敗退した芸人20組からによる審査員の点数(898 / 1000点)を疑問視し、点数が伸び悩んだ原因については「オバハンと言い過ぎたのでは?僕としては4個ぐらい多かったと思う」と連呼によって爆笑を見いだすネタの難しさを示唆するコメント(ボケをまぶしたねぎらいとも言える)もしていた(また大会直前の2010年9月21日に発売された週刊誌『FLASH』2010年10月5日号にて掲載された匿名の芸人97人による決勝進出組からの優勝予想アンケートではジャルジャルは0票であった)。爆笑問題の太田光は「アレは見事でした。ダントツでした。あの現場の空気であのネタをハメられるっていうのが凄いんですよ。あのネタは面白いけど、どこでもウケるってわけじゃないんですよ。あの時あのネタをやったからキッチリとハマったんですよ。」と絶賛している。またアンジャッシュは冠番組『白黒アンジャッシュ』にて「2010年のキングオブコントの準決勝で客が一番の盛り上がってたのはキングオブコメディ(この年の優勝者)とジャルジャルだった」と発言している。キングオブコントでは第3回を最後に決勝進出は途絶えており、第4回大会以降は全て準決勝敗退に終わっているが、同大会において2008年第1回目からの準決勝進出回数及び準決勝の最多連続出場回数の大会記録をしずると共に保持している。
- 2010年度第10回目の『M-1グランプリ』の1stラウンドで披露した「コンビニ店員をやってみたい」(漫才に台本がありいっぱい練習してるからと言及する個性的な内容)は審査員を大いに困惑させ、複数の芸人たちからは「漫才を愚弄するな」「漫才を壊すな」「漫才をやっているという設定のコントだ」等と批判され怒られる。この時に中田カウスが付けた79点は中田が過去の同大会で付けた歴代最低得点(2003年度第3回のスピードワゴンと同率)である。ちなみにジャルジャルは当時の放送やインタビューでは優勝したい・ネタ終わり直後に後藤は「緊張で足が震えている」と言っていたが、実際は『2本目にやる予定だったネタを本番前日に1時間もないぐらいの打ち合わせで済ませただけだった。漫才出来ないっていうコンプレックスがあったから、決勝に行くまでがゴールだった。最終決戦に進めるなんて1ミリも考えてなかったし、(福徳にいたっては)全く1ミリも緊張してなかった。今は我々含めて全組本気で全身全霊で優勝狙っててギラギラ感がヤバイ』等と告白している。またM-1グランプリには決勝進出を果たすまでは持ちネタのコントを漫才化させた物で出場していた。
- 2015年度第11回目の『M-1グランプリ』の1stラウンドで披露した「言葉遣い」(2013年に『ABCお笑いグランプリ』で優勝したネタを改良した物)は審査員9人中6人から1位の高評価を受け1位通過で最終3組の決戦に進んだが、最終的には3位で終わり、同大会において1stラウンドで1位通過を経験したが優勝出来なかった2組目のコンビとなった(1組目は2008年度第8回目のオードリー)。また1stラウンドを単独1位で通過し最終3位に終わった初めてのコンビにもなった。ジャルジャルは事前予想では「中川家の礼二さんやますだおかだの増田さんには酷評されるだろうなと思っていたから、(点数はともかく思っていたよりはという意味で)評価されて凄く嬉しかったし安心した」と述べている(とは言え1stラウンドのネタ終了直後の採点で特に礼二からのコメントを聞いてる時の2人の表情は非常に心苦しさを感じる物であった)。また審査員では無いが松本人志は大会終了から少し経った頃にジャルジャルがいない他芸人との食事会で突然「ジャルジャルは面白いなぁ」「ボケは福徳だが実は本当に凄いのはツッコミの後藤なんだ。後藤に力があるんだよ。」等と熱弁していたらしい。
- 2017年度第13回目の『M-1グランプリ』の1stラウンドで披露した「ピンポンパンゲーム
」は審査員の松本人志からはその回の最高得点となる95点という高評価を受けるが、他の審査員の得点が伸びず、6位に終わった。ただ本人的には今までで一番良い意味で反響が大きかったと語っており、実際に放送直後のTwitterではトレンド1位になったり、多数の他芸人や芸能関係者に絶賛されており、翌年5月からは前述のネタを基にしたゲームアプリ
が配信されている。松本は大会終了直後の番組でも「1番面白いと思ったのはジャルジャルだけど、この場(その回は番組には優勝者のとろサーモンと準優勝の和牛が出演)にはいないというね」「ネタがあんなに良かったのに何故最終に進めなかったのかと言えば、ちょっとお客さんや審査員を感心させてしまった」と発言している。松本に「もう少しいったら漫才ではなく曲になってしまう」と言われるぐらい息のあった掛け合いから相当練習しているんだろうなと推測されていたが、実際は「毎回決まっていないというか毎回違う」「舞台上でもマジゲームとしてやっていた。(中略)勿論大筋の流れやここで盛り上がるウケるっていうポイントは決めているが、間(あいだ)はガチのアドリブだった。」後藤は「僕は福徳の解答者ですから。間違えてもウケルし」福徳は「僕はほんまに後藤を負かそうと思って、より難しくより難しく……『練習量が凄いんじゃないか?』って言われたのは大間違いで舞台以外での練習はほぼしていない。お笑いって本来は台本があってはいけないものじゃないですか。だから僕らはガチのゲームに挑んだネタをやりました」」等とその場の流れで遊びながらやってた事を熱弁しており、それにもかかわらず「練習量が凄い」と本来の狙いとは違う部分で評価されてしまった事をジャルジャルはGYAOのネット配信動画『M-1ファンクラブ』#16にて嘆いている。
- コラムニストの松本亀吉はジャルジャルが2008年度の『オールザッツ漫才』を制したネタ(「変なキャラ練習させられてる奴
」)とその他の出場者のネタを比較し、「ジャルジャルが凄いのは先述の4種のネタの系統(「あるある系の細かいモノマネ集」・「仮装大賞系」・「キャラ頼み系」・「不条理ボケ重ね系」)のいずれにも当てはまらない点だ。根源的に着眼点が違い。指向性も方法論もスキルも圧倒的で底知れぬオリジナリティを感じさせる」「およそ20年ぶりに現れたダウンタウン以来の革命家であり別格」と評した。
エピソード
- 2人とも真面目で穏和だが、飄々としている事が多く、一見突飛ながら1つのスタイルや設定・キャラクターに偏らないネタの内容、感情を表に出さず人見知りで他の芸人にあまり媚びたり群れたりしない性格、仕事の幅が増えるかもと日常的でバレにくい嘘を付き続ける等の振る舞い、かつての若手時代の少し内弁慶で仕事によっては手を抜いてるようなどこか軽薄な態度、風貌などから「尖っている」「スカしている」「何を考えているのかよく分からない」「プライドが高くてイジりづらい」「生意気」「キャラも愛嬌も無い」というようなイメージを持たれやすい。本当は不器用で自己プロデュースや計画を立てる事が苦手。次やる企画や仕事の手配はスタッフのブレーンに全て丸投げし乗っかっているだけなので、基本的には気負いする事もなくルーチンワークのように仕事に挑んでいる。
- 現在は出させてもらった番組でも出来るだけニコニコするように努めているが、前に出れずリアクションも薄く取ってしまう事が多い為、「尖っている」前提で呼ばれる事が多い番組の企画に上手くハマらず、もう呼んでもらえないという悪循環に陥り気味であるが、「これはネタの設定だ、コントなんだ」と振り切れたら乗り切れるというような事を述べている。
- ブラックマヨネーズには「お前らに人間味を一切感じない」ケンドーコバヤシには「コンビ揃ってこんなに無機質な奴らも珍しい。後藤なんかこの目の前にある器より人間味ない」福徳は東野幸治や平成ノブシコブシの徳井健太に「ロボットみたい」と評されている。
- 『爆笑レッドシアター』が放送されていた前後は共演者のはんにゃ・フルーツポンチ・しずる(3組とも東京吉本出身)とのセット売りが多かった。特に同じくシュールな日常コントを得意としているしずるとはよく比較・混同された。後藤は今でも街でしずるとよく間違われるらしく「俺1人にしずる2人の要素入ってるしな」とのこと(福徳はしずるに間違われた事はないと話している)。
- 「他の芸人と比べてネタにしてもトークにしても感覚でやっていた為、これ言ったら確実にウケるんだろうなって笑いの取り方や言い回しが分からないし、ツボが客や他者と少しズレてる。若い頃は頼むからもっとボケの数を入れてと言われたが断ってた。苦手な事をスルーしてきて今に至るけど、今更鍛えようが無い」等と述べている。
関連動画
関連商品(順不同)
イチオシ:「高校生を子供扱いする大学生」 イチオシ:「あんまりウケへんから後ろに下がっ
てしまう若手芸人」
イチオシ:「変わりもん」「激烈少年ばびーぶべぼー」 イチオシ:「頭おかしい奴」
イチオシ:「放浪口笛師」(公式YouTubeで唯一 ジャルジャルがラジオで急に「胸糞だけど名作
アップロードされず。一番人気の“小金玉デカ男” だから見て!」と超熱弁してたので。2人目的で
こと「めっちゃふざける奴」始め有名ネタ多し) 見ても損は無いと思うし、2人の実力を十二分
関連リンク
- ジャルジャル公式サイト
- 公式YouTubeチャンネル「ジャルジャルチャンネル」
(本ネタになる前のアイデア「ネタのタネ
」を2018年2月15日から動画
として毎日1本YouTube
並びに公式HP
へ投稿)
- 旧公式YouTubeチャンネル「JARUJARU YOUTUBE CHANNEL」
- 旧公式YouTubeチャンネル「JARUJARUch」
- ジャルジャルのしゃべってんじゃねぇよ!Twitter
(2015年7月〜2019年3月までbayfmで放送されたラジオ番組のアカウント)
- スタッフ公式情報Twitter
- 旧公式スタッフ情報Twitter「JARUJARUNEWS」
- チャラ男番長Twitter
(福徳が架空の芸人キャラクターになりきってツイートするアカウント)
- スタッフ公式情報Instagram
- 後藤の公式Instagram
- 冠番組「ジャルッと!爆ハリ!」公式サイト
(2016年3月〜2019年9月まで千葉テレビで放送。公式YouTube
でも一部放送回がアップロード
されている)
関連項目
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- 0pt