ジョン・ボイド単語

ジョンボイド

ジョン・ボイド (John Richard Boyd 1927~1997)とはアメリカパイロット。最終階級は大佐

第二次世界大戦末期に陸軍航空隊に入隊、以後冷戦時代末期に至るまでアメリカの四軍(軍、軍、陸軍、海兵隊)に多大なる影を及ぼしたアメリカ軍思想上の巨人といってもいい人物である。

概要

その業績・功績は多岐にわたる。

晩年、湾岸戦争戦争揮にも係ったといわれるほか、色々な逸話に事欠かなかった人物である。

その功績は別名にも表れ、軍時代の40-Second Boyd"40ボイド"からMad Major"気狂い少佐"、退役後のGhetto Colonel"ゲット大佐"、Genghis John"ジンギス・ジョン"と、その時々と果たした役割に応じた二つ名で呼ばれた人物でもある。

パイロットとしての伝説

1944年陸軍航空隊に入隊。整備士としてWW2終戦後の日本に配属していた。戦後一度除隊したものの、新設された軍にパイロットとして入隊。朝鮮戦争に参加。22回の中戦に参加。撃墜記録はく、Mig15一機損傷という記録がのこっている。

朝鮮戦争後、ネリス軍基地のFWS(戦闘機兵器訓練校)に入学。のちにここの教官となり、中戦訓練においてはどんな不利な体勢からでも40で状況を覆す(つまり相手の背後を取る)賭けで負け知らずの"40ボイド"と呼ばれる伝説を作る。ちなみに本人く本当は20で勝てたが賭けが成立しなくなるので手加減していたとのこと。

彼はここで初の中戦マニュアルを作成する。実は軍はこの時期にいたるまで導は口伝だったという信じられない状態だった。…当時のアメリカ軍ではSAC、つまり戦略爆撃機全盛の時代で戦闘機は傍流だったのもあるのだが。

ボイドは数式を使ってわかり易く中戦に必要な機動のとり方を作り上げた。ちなみにサイドワインダーなどの空対空ミサイル明期だったので、その戦法もこのマニュアルには記述されている。このマニュアルは現代における戦戦術理論ベースともなった。

E-M理論、FX[1]

ボイドは中戦における機動戦術を理論化したことだけでは満足せず、敵戦闘機の機動性を計量化し較する理論の構築に取り掛かった。

1962年にはジョージア工科大学学生たちにドッグファイト中の急旋回により失われるエネルギーについて説明するまでになった。「急旋回中に起きるのは、機体の抵抗が推を上回ることで、その時機体はマイナスエネルギー率の状態になる。マイナスエネルギー率になると、機体の高度か速度、あるいはその両方の低下を見る。エネルギー率は推と抵抗の差に機速を掛けて得られ、これはエネルギーの増加あるいは減少の割合を示している。エネルギー率の増減は、高度と速度のいずれか、あるいはその両方の増減をもたらす」

ボイドは自分が新しい理論にたどりついたことに気付く。ジョージア工科大学卒業した後、フロリダ州のエグリン軍基地に配属され、同僚に自分の理論を説明して回るが、基地でコンピュータを扱っていたトムクリスティーが関心を示した。彼はボイドがコンピュータを気軽に使えるように手配した。

1964年にボイドとクリスティーはエネルギー機動性(E-M)に関する論文を発表。軍参謀部の幹部はボイドに注することとなった。

ボイドは当時計画されていたFX(後のF-15)の得失較のやり直しを行うために軍参謀部に招かれ、ボイドの理論を適用したFXは多戦闘機から戦闘という単一的の戦闘機へと変更されることとなった。ボイドは可変後退の得失や最適なジェットエンジン仕様についても検討を行うが、ボイドの提案が全て反映されたわけではなかった。

1967年8月FXの設計提案要メーカーに提示された。ここでもう一人の戦闘機理論システム分析担当防次官補室に勤めるピア・スプレイが登場する。ボイドから研究の説明を受けたスプレイはボイドと一緒になってFXを更に向上させる方法を考え始めた。この二人が、非公式に「戦闘機マフィア」と呼ばれるグループの中核になった。彼らはFXよりひと回り小さく、ずっと安上がりな戦闘機を提示する。これは結局拒否されるものの、スプレイFXXと呼ばれる研究に着手し、これが後にF-16として実を結ぶことになった。

F-16、YF-17(F-18)、A-10へ。そして下野するまで。

余談だが、この時期、スプレイは新たな地上支援航空機の開発に必要な評価要件(コンセプト)も依頼され、後のA-10採用につながる条件を検討していた。ちなみにスプレイは当時一緒に組んでいたボイドからもアドバイスをうけたという。ともかく最後まで望んだ形にならなかったF-15から手を離れたあと、F-15よりも小の軽量戦闘機を開発するのが望ましいと考えていたジョン・ボイドら戦闘機マフィアに最後の一人、エベレスト・リッチオーニが加わった。

F-14F-15が高額すぎるために補佐的な機体が必要になる。軍に先越されちゃうとまたF-4みたく軍の機体を押し付けられちゃうよ? などとボイドらが色々な理由をくっつけて1969年、軽量戦闘機(LWF)計画がスタート。ここらへんの経緯はF-16の項を参考のこと。ここでボイド、スプレイは色々な意味で暗躍(?)。当時の防長官シュレジンジャーから直接の支援を受け、反対する将官らをばっさり切ってみせたエピソードもある。結果的に軽量戦闘機計画は戦闘機(ACF)計画と名前を変えてアメリカ軍及び諸外軍も含めて1000機以上の導入が見込まれる巨大プロジェクトになった。機体も最終的に補となったF-16が採用。軍も紆余曲折のうちにYF-17をベースF-18を導入するに至ることになる。

ジョン・ボイドらが直接、間接的に携わったこの4つの機体、F-15F-16、YF-17(F-18)、そしてA-10とも特徴的なのはエンジンを最優先としていたことがあげられるだろう。コクピットから全周囲を見渡せる(F-16が特に顕著)レイアウトであること、(できるかぎり)コストを軽減しようとしていたことである。F-15はもうどうしようもなかったし、YF-17からF-18改造するにあたって色々問題が生じたとはいえ、1970年代から30年以上の長きにわたって世界を支配するアメリカ航空の基礎がこのようにして誕生した。

1975年、自らの手からF-16が離れたこと、すったもんだのあげくようやく大佐に昇進していたボイドは軍最後のトラブルに遭遇。アメリカ軍が当時開発していたB-1の開発が難航しており開発費の高騰などに議会が注。あまりの高騰っぷりにボイドらも驚いていた模様(1機2500万ドルが蓋を開けてみれば1機あたり6800万ドル。ちなみに高い高いといわれたF-15でさえ1機1500万ドル。F-16が460万ドルとなれば、額のほども知れよう)まぁ、軍上層部も付き合いのある軍需企業とのつながりもあるのでプロジェクトを止めるわけにも行かないという後ろ向きな理由もあった模様。ともかく議会からの突っ込みを回避するべく、軍上層部は弁舌の巧みさ?で過去何度も議会を納得させてきたボイドにB-1を擁護するようにめるものの、ボイドはこれを一蹴。もともと自分の懐にあまり頓着しないタイプであるため、軍退役後の再就職旋という餌にも興味なく、軍を辞めることに。このあとも色々なトラブル?があったようで、以後軍からの敵とされていくことになった。

OODA(ウーダ)ループの発案、機動戦闘論(機略戦)への発展

ジョン・ボイドは退役後、ほとんど仙人のような暮らしっぷりで、あばらやのようなに住んで、乞われれば軍に顔を出すという生活を送っていた。

もっとも本人、お金に執着しない人だったので、政府や軍の依頼の交通費も請しなかったことも度々で、あばらや同然での暮らしは相変わらずで周辺からは「ゲット大佐」などとも言われていたという。さすがに機密部署に出入りする人物が給では…とあとで給与が支払われることになったという逸話が残っている。

軍役の後半から、彼は様々な分野の書籍を読むだけではなく、様々な分野、たとえば軍事企業契約者・技術者科学者、歴史政治家、官僚、ジャーナリストなどとも活発な意見交換を行ったといわれる。こうした積み重ねが、彼の哲学的思想を形作りだした。ここで彼は「破壊と想像」という論文を作り、OODA(ウーダ)ループ理論を構築することとなった。

このOODAループ理論も簡単なわりに説明が面倒なのでどうして考えついたのかというと、
1)朝鮮戦争で機体では劣っていたはずのF-86セイバーに乗った軍のパイロット達はどうして航空優勢を勝ち取れたのか。
2)YF-16とYF-17のトライアルで機体性では優れていたはずのYF-17ではなくなぜYF-16が模擬中戦で優位に立てたか。
という現実から理論立てすることになったという。(そうではないという説もある)

結論からいうと、「監視(Observe)- 情勢判断(Orient)- 意思決定(Decide)- 行動(Act)」のOODAループを高速で行うことが出来る機体が優位に立てる、すなわち視界が良いコクピットで、速な機体反応を示していれば優位に立てる(YF-16はYF-17にべコクピット位置が高く、かつフライ・バイ・ワイヤで応答性も優れていた)というのが理屈の子だった。このままで終われば単なる勝利法則シロモノで終わるはずが、ジョン・ボイドはこの理論を更に発展。クラウヴィッツ孫子宮本武蔵など著名な軍事作家の著作や、古代から現代までの戦史について調べ上げ自らの理論に組み込んだ。

彼は戦場においては「より現実を認識して、意思を確定、行動を行うこと」がすべての要点であり、相手に対して大量の状況変化を強いることでより一層の導権を握ることを的とした。リデルハートの間接アプローチ論とも似ているが、その思想は、ナポレオン戦争以後のナポレオンクラウヴィッツジェミニといった最上層の「統制に基づく軍隊の運用」ではなく、現場指揮官の管制に重きを置き、奇襲・欺瞞にも重点をおくどちらかというと孫子に重きを置いた思想でもあった。

ここにOODAループを元にした機動戦闘(Maneuver warfare)理論確立した。
日本では「機略戦」とも言われる

自らのOODAループを最速で回転させ、かつ相手のOODAループを阻する。つまり戦場において導権を勝ち取り・とり続けることでもたらされる意思決定と状況の変化、すなわち進撃の速度で相手の優位にたち、相手を混乱させ心理的ショックを与え続ける。必ずしも決戦は必要ではなく、相手の脆弱な箇所へ攻撃を仕掛け続ける…という理論だった。

いことにこのOODAループに至る一連の思想には論文のような形はなく、スライドシートのみ。まともにブリーフィングすれば15時間(!)かかるシロモノだったのだが、さすがに本人も周囲もこれはまずいと思ったのかなんなのか、のちに要約版が作られている。

このジョン・ボイドの理論に食いついたのは海兵隊で、彼らは定期的にボイドの講習会を受けることになり機略戦理論を最重視することになる。海兵隊から提示された2時間にそんな時間でできるかとケチをつけて5時間にしてもらった最初のブリーフィングで興味のなかった海兵隊士官らが、ジョン・ボイドが説明する戦史とOODAループからの一連の思想に驚愕。さんざん質問攻めにして、気がつけば7時間(笑)。ジョン・ボイドも疲れたのか8時間までやったあたりで講義終了となった途端に、次の講演がその場できまったという逸話があるとか。陸軍もおおっぴらには認めていないが、ジョン・ボイドの理論を取り入れ、軍も定期的に講習会を受けていた。

このように1970年代後半から1980年代にかけて、ジョン・ボイドは海兵隊と陸軍のドクトリン(原則)変更に大きくかかわることになる。海兵隊でもOODAループが取り入れられ(ドクトリン教本ではOODPループとも書かれている)、陸軍も1982年に発表した戦闘教義マニュアルFM100-5にはジョン・ボイドの思想が色濃く反映されることになった。ちなみにFM100-5はわかりやすい別名としてエアランドバトルと呼ばれている。

1991年湾岸戦争には、彼の影を色濃く受けた世代が戦争作戦立案・揮に係ることになる。また使用された兵器も彼が関与した航空機のみならず、彼の作り出した機略戦理論が重要な要素として作戦を構成することとなった。

この時、湾岸戦争時のブッシュ政権下で防長官を務めたディック・チェイニーとは軍時代に知己を得ていたらしく湾岸戦争時、ホワイトハウスに招かれて戦争導に協したといわれるが詳しいことは(いまだに)明かされていない。

ジョン・ボイドの生み出した航空及びOODAループによる機略戦志向は冷戦末期からの米軍のみならず諸外の軍隊へとその思想は受け継がれることになった。

論、OODAループにも問題があるのは確かではあった。湾岸戦争以後、イラク戦争にいたるまで問題視されたのは、OODAループはあくまで敵対組織が明確に存在するときのみ相手への衝撃を与えるものではあるのだが、敵対組織がよりテロリスト組織などの場合には有効ではない(衝撃が与えられない)。という摘だった。しかし、これらの問題も、湾岸戦争で活躍したダグラス・マクレガー(元陸軍大佐)の軍事革命理論を経て、故セヴロウスキー提督NCW理論に変化し、新たなに適用されつつある。

揮統制システムにおいては、情報Information)をもとに判断し、意思決定(Decision)を行い行動(Action)に移す過程であるIDAInformation-Decision-Actionサイクルという言葉が使われており、IDAサイクル情報Information)の部分を観測(Observation)と状況判断(Orientation)の2つに分けるとOODA(ウーダ:Observation-Orientation-Decision-Actionサイクルになる。どちらにせよ「サイクルを彼より速く回すこと」が重要である。[2]

最後の逸話

1997年、ガンにより70歳で死去。葬儀にあたっては軍葬が行われた。前述したようにいろいろとその強情さと強圧さがもたらしたトラブルが原因か、所属していたはずの軍からは儀兵と軍楽隊が出たほかはおざなりに上層部から名代として派遣された中将一人だけだったという。が、その反面、軍退役後に成した功績から、海兵隊からは官からの弔電のみならず彼の陶を受けた多数の将兵が参加した。また、陸軍も将校も多数が参加したといわれる。

関連動画

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関連項目

脚注

  1. *F-15 イーグルジェフリー・エセル 浜田一穂訳 原書房 1985 p.22-29
  2. *「電子装備の最新技術」防衛技術ジャーナル編集部 2017 p.17-18

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13 ななしのよっしん
2016/01/24(日) 01:13:15 ID: t0D5QFV/yH
>>12
F-22はE-M理論的にはたぶん優秀な子だし、F-35は「マルチロール機だからね」って理由で多少妥協してるだけだと思う。
あとはミサイルだろうな。ボイドの時代から見て空対空ミサイルは格段に進化しているし、戦闘機30年とか50年は使うものだから今後も搭載兵器の威・精度・命中率は向上していく。
どうやったって機体の機動よりミサイルの機動の方が強いんだから、機体は生存性(ステルス性)に振ってミサイルキャリアーとして割り切るっていうのは正しい思想なんだ。
14 ななしのよっしん
2016/02/01(月) 00:47:39 ID: 3obrjg0LaU
OODAループ理論自体、間接的アプローチ理論と同じように、単に戦争の技術的側面(テクノロジーというよりもテクニック)に焦点を当てた話に過ぎないとも言えるからね。
その点では、ステルスネットワーク中心の戦いのような要素にられる、テクノロジーがちがちのRMA(や電撃戦などの観念)と近い性質を持っているのかもしれない。処方箋的だし、戦争における、戦争術それ自体の(工学的)進歩や解決があるし決定的だと考えているという点ではね。
一方、戦争を広く捉えれば、政治の延長(クラウヴィッツ)か文化(戦争文化論者)かという話になってくるし、政治経済社会軍事領域の双方向的な影が見いだせる軍事革命やそれに近い事の価値を重く見ることになるだろう。
15 ななしのよっしん
2016/02/10(水) 08:56:15 ID: L2XBH2+uUX
>>7
自動車においてはエンジン回転計がエネルギー計みたいな扱いのような気がする。いかに回転落とさず走るか
それ突き詰めたらポルシェ博士ティーガー戦車が出来上がったわけだが
16 ななしのよっしん
2016/09/03(土) 18:27:15 ID: 5Q1YQg+lan
F-35は最近開発が順調に進みだして実は武装した状態でも何も積んでないF-16並の維持旋回率とコブラもできるAoA間的に向きを変えるSu-35以上、物凄いエンジンパワー(単発で双発戦闘機並)のおかげでエネルギー回復速度F-16F-15以上。ドッグファイト演習ではF-15F-16を相手にステルス/非ステルス状態両方で勝。
と、実はF-22以上に格闘戦にも拘った戦闘機だってことが明らかになってきたな。
17 ななしのよっしん
2016/09/05(月) 01:10:50 ID: czlT7nNLdP
>>16
F-22以上にこだわってたというか、むしろF-22が世間の評判ほど機動性にこだわってなかったというか……推偏向装置って速度の喪失がスゲーらしいじゃん。
そもそも「地対空ミサイル地を高速+ステルス性でぶっちぎる」っていうSR-71の魂が乗り移ったようなコンセプトからして格闘戦やる気ねーし。それでも強いけど。

もっともコンセプトからするとF-35もこんなにキビキビ動ける機体になるはずじゃなかったんだが……どうしてこうなった? 絶対開発者のかボイドに乗り移られてるって。
18 ななしのよっしん
2016/09/10(土) 20:06:00 ID: bTS/rGCqa7
>>17
たぶんF-35って、サッカーで言うところのメッシみたいな存在なんだよ。
体格は凄くない(運動重視の設計じゃない)けど動作の最適化FBW最適化)と間認識(各種センサー)で合理的な動きをするから他を圧倒できちゃう、みたいな。

コンピュータ情報を統合して思考のロスを減らす。コンピュータで動きを補正してエネルギーロスを減らす。これもOODAループやE-M理論の一つの応用ではなかろうか。そして飛ぶスーパーコンピュータであるF-35はその申し子だと思う。
19 ななしのよっしん
2016/11/23(水) 13:43:32 ID: VPzjdi+fGY
>>17
F-22ベクターノズルは音速・高高度領域での機動性向上を狙ったものじゃないの?
コブラフックみたいな失速後機動をするなら推偏向装置あってもなくても速度はがた落ちだろう。
20 ななしのよっしん
2017/02/20(月) 10:44:54 ID: czlT7nNLdP
>>19
そういうレベルの話ではなく、EF-2000との模擬戦で、推偏向装置が速度の低下を招いていた、という話があってな。
模擬戦自体はハンデマッチだったようだから、これを見てF-22EF-2000以下だというつもりはないけど、推偏向装置に関する話は唾ではないと思う。

らくだが、もともと的にそれほど格闘戦に向いてるわけじゃないのを、推偏向装置で強引に曲げてる部分があるんじゃないか?
21 ななしのよっしん
2017/03/02(木) 18:11:01 ID: VPzjdi+fGY
>>20
なるほどね。
ハンデがどんなものか気になるけど、どっちみAIM-9X積んでもJHMCS使えないF-22
わざわざ視界内に留まってタイフーンとやり合うのは自分の強みを殺す悪手なのかも知れないな。
視程外からの先制攻撃をもし避けられても余裕で離脱できるだけの足の速さはあるだろうし。
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