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ジークムント・フロイト（Sigmund Freud、1856～1936）とは、オーストリアの精神科医である。
概要
要約すると精神分析学を確立させた創始者的存在。心理学の分野においてはそこまでメインストリームではないのだが、彼のいわば無意識の「発見」が、フリードリヒ・ニーチェやフェルディナン・ド・ソシュールらと合わせて、20世紀の思想界に与えた影響は大きい。
というわけで、本来の文脈を離れて弟子（？）のカール・グスタフ・ユングと並んであちこちに引用され、創作物への影響も大きかったりする存在である。
フロイトの生涯
1856年に生まれ、1873年にウィーン大学の医学部に入学した。あちこちに関心の対象が移り、卒業までに8年もかかったという。フランツ・ブレンターノに影響され哲学書を読み漁った一方、エルンスト・ヴィルヘルム・フォン・ブリュッケの影響下で医学の勉強を進めていったようだ。しかし、ユダヤ人だったためもあって大学には残れず、開業医となった。
1885年にパリのサルペトリエール病院長・シャルコーのもとへ研修に行った。シャルコーは当時ヒステリー症の患者に催眠療法を行っており、催眠を病気のような異常な状態とみなしていた。一方、フロイトは帰国後催眠療法を試していったがうまくいかない時もあり、1889年にはナンシー学派のリエボーとベルネームに相談に行くこともあった。
このナンシー派は、サルペトリエール派と異なり、正常な人間であれば誰でも被暗示性があるとし、フロイトはこちらに影響されていったようだ。
そして、1895年にヨーゼフ・ブロイアーとの共著『ヒステリー研究』を発表する。彼らはヒステリーの原因を性的幻想の抑圧にあるとし、その抑圧された考えを言語化することで改善できる「カタルシス」という方法を用いたのである。
そして、翌1896年にフロイトは「ヒステリーの病因について」という論文を発表。「精神分析」という言葉がついに誕生したのである。ここではブロイアーの催眠を用いた分析を批判し、代わりとして「自由連想法」を提唱したのである。この過程で、フロイトは患者が夢について語ることが多いのに気づいたのも、重要な要素であった。
かくして単著『夢の解釈』を1900年に発表する。解説は後述するが、ここまでのフロイトを第1期、1914年頃までの意識の区分を中心に論じたフロイトを第2期、以降の自我の構造と自我防衛機制を中心とした自我論を展開したフロイトを第3期と区分される。
また、1909年にはクラーク大学の招聘で渡米。ウィリアム・ジェームズ、ジェームズ・マックイーン・キャッテル、ウィリアム・シュテルン、アドルフ・マイヤーといった著名人と交流を深めていき、フロイト自身はこの渡米には良い印象はなかったものの、アメリカの心理学にも精神分析が導入された端緒となった。
1933年にドイツでナチス政権が誕生すると、フロイトの著作は焼却されるようになる。さらに1938年のオーストリア併合で家族とともに脱出し、ロンドンに渡った。しかしガンに冒されていたフロイトはすぐに亡くなり、以降末娘で同じく精神分析家のアンナ・フロイトが家に残っていった。
なお、フロイトはついに大学で教えることはなかったが、1902年以降集会を自宅で行い、これを母体にウィーン精神分析協会が発展した。多くは後にフロイトから離れていったが、アルフレッド・アドラーやカール・グスタフ・ユングといった独自の心理学を切り開いた存在もこの中から現れていったのであった。
フロイトの思想
前述のとおりフロイトの出発点は、夢を自由連想法で分析しようと試みたことにある。フロイトはアンナ、ルーシー、エリザベートといった人々の治療体験を通じて、無意識下での「抑圧」に着目するようになる。この抑圧への「抵抗」に対し、「抵抗の絶対操作」で治療を試みていくのが、フロイトの自由連想法であったのだ。
やがてフロイトは精神分析を重ねていった結果、ヒステリーは幼児期の性的トラウマが原因という性的外傷説（誘惑理論）を一時的に仮定した。しかし、必ずしもこれですべての患者を説明できない、と破棄し、幼い子供にも性欲があるとする幼児性欲説を展開したのである。こうして展開されたのが、かの有名な、幼児は異性の親に対して愛情を、同性の親に対しては敵意を無意識に抱くとする、「エディプスコンプレックス」理論であった。
かくして、フロイトは成人の「性器性欲」とは区別した「幼児性欲」の仮説を展開させていった。これは以下の過程を経る。
| おおよその年齢 | 名前 |
|---|---|
| 0歳～1歳 | 口唇期 |
| 2歳～4歳 | 肛門期 |
| 3歳～6歳 | 男根期 |
| 6、7歳～12、13歳 | 潜伏期 |
| それ以降 | 性器期 |
なお、この発達段階は「固着」、「退行」を伴うものである。
また、フロイトはこの正常なルートから逸脱した「性的逸脱者」の存在をも「発見」したのである。
フロイトはこのような分析を通じ、欲動には「性の欲動」と「自己保存欲動（自我欲動）」の二種類があるとする、欲動二元論と、欲動は「快感原則」と「現実原則」のどちらかに従っていることを主張した。しかしこの主張はフロイトの思想の深化と共に変遷し、自我リビドーと対象リビドーの二元論、さらには生の欲動（エロス）と死の欲動（タナトス）の二元論へと主張を改めていったのである。
この死の欲動概念の導入は、第一次世界大戦後に見られた外傷性神経症のために、フロイトの「夢は願望の充足である」というかつての主張と矛盾したがために、さらに根深い「反復強迫」を導入し、最終的に到達したものであった。
一方でフロイトといえば心の構造を分析した論者である。当初は「意識」、「前意識」、「無意識」の三分法を使っていたが、患者の治療を通じて「自我＝抑圧するもの＝意識」という考えから、「自我の多くが無意識的」という考えに移り、「自我」、「超自我」、「エス」の概念を導入したのである。
自我とは読んで字のごとく「わたし」、超自我とはいわばこころの中の「良心の声」、エスとは言ってみれば「欲動の貯蔵庫」。この3つから心が成り立つとするのがフロイトである。自我はエスをコントロールしているが、自我とエスは決して対立していない。こうした自我は様々な「防衛機制」を持っている。この防衛機制は以下のとおりである。
また、フロイトは精神分析を応用して、文明は人間を抑圧する、といった文明論も主張していった。ヴィルヘルム・イェンゼンの小説『グラディーヴァ』、ウィリアム・シェイクスピアの戯曲『ヴェニスの商人』、『リア王』についての文学評論、レオナルド・ダ・ヴィンチの絵画の評論も著している。
フロイト以後
フロイトの流れで最も有名なのは、カール・グスタフ・ユングである。彼は当初フロイトに共感したものの、性欲をめぐる考え方などで1913年に決別し、以後ユングは自分の理論を「分析心理学」と述べていった。ユングはフロイトの導入した無意識のさらに根っこに、「集合的無意識」を仮定したのである。また原因にさかのぼる手法を取ったフロイトに対し、目的へと進み成人以降の人生にも着目した点も、ユングの特徴であった。
また、近年なぜか文脈を無視された形でビジネス畑で有名になった感もあるアルフレッド・アドラーもフロイトの流れの有名人である。アドラーも1911年にフロイトと決別し、フロイトに対し「こころは分割できない」と主張。アドラーは「劣等感」を中心に据えた持論を展開したのであった。
一方娘であるアンナ・フロイトなどはフロイトの理論を継承し、「自我心理学」を確立。ハインツ・ハルトマンといった人々が継承しつつも戦火を避けてアメリカに亡命し、1930年代以降、アメリカで花開いたのであった。この流れにエリク・エリクソンの「アイデンティティ」や「モラトリアム」の概念や、ハインツ・コフートの「自己心理学」もある。
一方フロイトを受け、対象関係を中心に据え実証研究を行ったメラニー・クラインのクライン学派が、イギリスでは1930年代以降主流となっていく。さらに、アドラーに影響されて社会の影響を重視した、エーリッヒ・フロム、カレン・ホーナイ、ヴィルヘルム・ライヒといった「新フロイト派」も誕生した。
フロイトの流れは自我心理学派、クライン学派、対象関係学派といった分派を生み出していったが、やがて「象徴的秩序」を唱え、自我心理学に真っ向から対立したジャック・ラカンらも現れていった。ラカンは「フロイトへ帰れ」とたびたび主張したが、精神分析は時代に併せて変化させる必要があるという再批判もある。
最後に繰り返すが、今となっては精神分析は心理学における一つのサブストリームにすぎない。とはいえ、フロイトの思想が与えた影響は大きく、今でもフロイトの名前は語り継がれているのである。
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