スタグフレーション(stagflation)とは、経済学に出てくる用語である。
概要
定義
スタグフレーションはインフレ率の上昇と失業率の上昇が同時に起こることである。
解説
経済政策の立案者はインフレ率の低さと失業率の低さの2つを目標とするものである[1]。スタグフレーションが発生すると、経済政策の立案者にとって目標をまったく達成できない失望の状態になる。
石油の減産のような「資本の量を減らす不利な供給ショック」が発生するとコスト・プッシュ・インフレーションになる。そのコスト・プッシュ・インフレーションに伴って失業率の上昇が発生してスタグフレーションになることが多い。
スタグフレーション(stagflation)とは「stagnation(停滞)」と「inflation(インフレーション)」の混成語である。
スタグフレーションの例
1973年の第1次オイルショックと1978年の第2次オイルショックの影響で、1974年から1981年までのアメリカ合衆国は典型的なスタグフレーションとなった。1982年はポール・ボルカーFRB議長によるディスインフレーションが効いて失業率が上昇しつつインフレ率が低下し、1983年は失業率が高いままインフレ率が下がって平常状態と言うべきインフレ率になり、1984年~1985年はインフレ率が維持されたまま大きく失業率が下がった。1986年にOPECの足並みが乱れて原油安になった追い風を受け、1986年~1987年はインフレ率が維持されたまま失業率が下がって平常状態と言うべき失業率になった[2]。
コストプッシュインフレーション止まりでスタグフレーションが発生しなかった例
1970年代の日本は2度のオイルショックによりインフレ率が上がったが、失業率はさほど上がっていない。このため1970年代の日本はコスト・プッシュ・インフレーションになっただけでスタグフレーションになっていない。
2022年2月24日に勃発したウクライナ戦争は世界有数の産油国であるロシアが関わるものなので、世界的に原油の供給が減り、原油高となった。そして世界有数の小麦生産国であるウクライナも関わるものなので世界的に小麦の供給が減った。こうした「資本の量を減らす不利な供給ショック」により、日本はコスト・プッシュ・インフレーションとなり、じわじわとインフレ率が上がっていった。しかし2024年1月の時点において、日本で失業率の顕著な上昇が見られていない。このため2024年1月の時点の日本はコスト・プッシュ・インフレーションになっただけでスタグフレーションになっていない。
スタグフレーションの分析
総需要-総供給モデルでの分析
スタグフレーションは、タテ軸物価・ヨコ軸実質GDPの総需要-総供給モデルで分析することができる。
フィリップス曲線モデルでの分析
スタグフレーションは、タテ軸インフレ率・ヨコ軸失業率のフィリップス曲線モデルで分析することができる。
- 石油の減産のように不利な供給ショックが起こると、フィリップス曲線が上に平行移動し、経済状況を指し示す点が上に平行移動し、インフレ率が上昇する。これをコスト・プッシュ・インフレーションという。
- インフレ率が上がったことで人々の適応的期待が生まれ、期待インフレ率が上がり、フィリップス曲線が上に平行移動し、経済状況を指し示す点が上に平行移動する。インフレ率が上がり、実質GDPと失業率が一定のままになる。人々は「実質賃金の下落ペースが速くなるだろうから、働いたら負けだ」と考えるようになり、摩擦的失業を増やし[3]、収入を減らして消費を減少させる。一方で期待インフレ率が上がって実質名目利子率が下がったことにより、人々は投資を増加させ、構造的失業を減少させる。消費の減少幅と投資の増加幅が等しくなって実質GDPが一定になり、摩擦的失業の増加幅と構造的失業の減少幅が等しくなって失業率が一定になる。
- 2.に引き続いて人々は「実質賃金の下落ペースが速くなるだろうから、働いたら負けだ」と考え、摩擦的失業を増やし、収入を減らして消費を減少させる。インフレ率が下がり、実質GDPが減少に転じて失業率が上がり、経済状況を指し示す点がフィリップス曲線に沿って右下に移動する。
1.~3.を通じた長期的な視点でみると、経済の状況を指し示す点が右上に移動し、インフレ率が上昇して失業率が上昇している。
2.と3.が同時に起こると、経済の状況を指し示す点が右に平行移動しているかのように見える。すなわち、インフレ率が一定でありつつ失業率が上がっているように見える。
スタグフレーションが発生しないことの分析
1970年代や2020年代の日本でスタグフレーションが起こらなかった
1970年代の日本や2022年2月24日のウクライナ戦争以降の日本では、コスト・プッシュ・インフレーションが発生してインフレ率の上昇が見られたが、失業率はほんのわずかだけしか上昇しておらず、「スタグフレーションが発生した」とはとても言えない状況だった。
1970年代や2020年代の日本を説明するときに使用するフィリップス曲線
入門者向けの経済学の教科書においてフィリップス曲線は右肩下がりの直線に描かれているが[4]、実際のフィリップス曲線は、低失業率のあたりで傾きが大きくて垂直に近く、高失業率のあたりで傾きが小さくて水平に近い(画像検索例1、画像検索例2)。
そして1970年代の日本の失業率は1%台であり、2020年代の日本の失業率は2%台であり、いずれも低い失業率である。そういう国は、「実際のフィリップス曲線」のなかの「傾きが大きくて垂直に近い部分」に経済状況を指し示す点を置くことになる。
ちなみに日本の失業率が全体的に低いことは、企業別労働組合が主流で御用組合が多くて企業に課せられる名目賃金の最低額が低くて構造的失業が少ないことや、文化的・言語的な国家統一が進んでいて労働者に感謝の声が届きやすく労働者に内発的動機付けが掛かりやすく「やりがい搾取」が行われやすく労働運動が下火になりやすく企業に課せられる名目賃金の最低額が低くなりやすく構造的失業が少なくなりやすいことが原因に考えられる。
フィリップス曲線モデルでの分析
1970年代の日本や2022年代の日本でスタグフレーションが発生しなかったことは、タテ軸インフレ率・ヨコ軸失業率のフィリップス曲線モデルで「傾きが大きくて垂直に近いフィリップス曲線」を使用して分析することができる。
- 石油の減産のように不利な供給ショックが起こると、フィリップス曲線が上に平行移動し、経済状況を指し示す点が上に平行移動し、インフレ率が上昇する。これをコスト・プッシュ・インフレーションという。
- インフレ率が上がったことで人々の適応的期待が生まれ、期待インフレ率が上がり、フィリップス曲線が上に平行移動し、経済状況を指し示す点が上に平行移動する。
- 2.に引き続いて人々は「実質賃金の下落ペースが速くなるだろうから、働いたら負けだ」と考え、摩擦的失業を増やし、収入を減らして消費を減少させる。インフレ率が下がり、実質GDPが減少に転じて失業率が上がり、経済状況を指し示す点がフィリップス曲線に沿って右下に移動する。ただし、フィリップス曲線の傾きが大きくて垂直に近いので、失業率の上昇幅が小さい。
1.~3.を通じた長期的な視点でみると、経済の状況を指し示す点が「真上に限りなく近い右上」に移動し、インフレ率が大きく上昇して失業率がすこしだけ上昇している。
2.と3.が同時に起こると、経済の状況を指し示す点がすこしだけ右に平行移動しているかのように見える。すなわち、インフレ率が一定でありつつ失業率がすこしだけ上がっているように見える。
関連リンク
関連項目
脚注
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』422ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』427ページ
- *期待インフレ率と摩擦的失業に正の相関があることについては自然率仮説の記事の『期待インフレ率と摩擦的失業が正の相関にあることの説明』の項目も参照のこと。
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』430ページ
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