ステイゴールドとは、1994年生まれの日本の元競走馬・種牡馬である。
馬名の由来はスティーヴィー・ワンダーの楽曲から。香港での馬名表記は『黄金旅程』。
競馬ファンからは馬名を略して『ステイ』『ステゴ』とあだ名されることが多い。
概要
血統・性格面の特徴
父は言わずと知れた大種牡馬サンデーサイレンス、母はマイルCSなどを制した「弾丸シュート」サッカーボーイの全妹ゴールデンサッシュ、母父は日仏でGⅠ馬を輩出したディクタスという良血馬。
父からスピードと瞬発力を、母父からスタミナとパワーを、両者から旺盛な闘争心を受け継ぐことを期待できる血統であり、それらは後の現役生活で証明されることになる。
が、ステイゴールドはそれ以外のものも受け継いでしまった。
SS産駒はご存じの通り、優れた能力を発揮すると同時に、気性の激しさが大きな特徴である。ディクタス産駒もこの点においては人後に落ちず、前述した母の兄サッカーボーイは特にそれが顕著だった。
そんな配合から生まれたステイゴールドも、例に漏れず気性面で難を抱えていた。
他馬に乗りかかろうとする、あまつさえ噛みつきにもいく、厩舎の中でも油断すると蹴りが飛んでくる、 やたらと左にヨレる、と思ったら今度は右に行った、鞍上の熊沢重文を振り落とす、人間が馬房の前を通っただけで突進して威嚇するetc…とにかく気性面では問題点が目白押しだった。
ステイゴールドを管理する池江泰郎調教師の下で調教助手をしていた池江泰寿(後に調教師となりステゴの代表産駒ドリームジャーニー・オルフェーヴルを管理する)に「コイツ、肉やったら食うんじゃね?」と言わしめ、そのいとこでステイゴールドの担当厩務員だった山元重治氏を「とにかく自分が一番エラいと思ってる。自分の中のマイルールを絶対曲げようとしない(笑)」とあきれさせた。とにかく唯我独尊を地で行く俺様っぷりだったそうな。
こうした性格もあり、下級条件時代、後にコンビを組む武豊が初めてステイゴールドに騎乗した際には、
「競馬に集中できていない」とまで言われてしまった。
反面、身体能力には中々のものがあり、後ろ足二本のみで立ち上がってもフラつかない、小柄な体格にもかかわらず、調教時に体重60kg(レース時の騎手は大体50kg台、場合によっては40kg台)の人間が乗っても走ってのけたなど、能力の高さを示す逸話もある。
また、性格面についても、厩務員の山元氏は「(面倒は面倒だけど)猛獣ではない」といい、熊沢も「何がOK、何がNGということをはっきり表現している馬だから、それがわかってしまえばかえって扱いやすい」とも語る。要するに、ステイゴールド自身の中ではしっかりとしたルールがあって、ただ意味もなく暴れるということはなかった、その意味では「賢い馬」であったとも言える。
現役時代①善戦マンと呼ばないで(1996~1998年)
96年、旧3歳(現2歳)12月にデビュー。2戦目に骨膜炎を発症した影響で出世が遅れ、6戦目の4歳(現3歳)5月にようやく初勝利を挙げる。ちなみに3戦目には右回りの京都コースで左に旋回し落馬競走中止、調教再審査という暴れっぷりを見せつけている。
頭角を現したのは4歳の夏から。初勝利に続いてすいれん賞(4歳500万下)を勝利。さらに1戦を挟んだ阿寒湖特別(900万下←ここ重要)を勝って弾みをつけ、上がり馬の一角として牡馬クラシック最後の一冠・菊花賞戦線に挑む。
トライアルのGⅡ京都新聞杯では4着と好走、優先出走権は逃すも陣営や穴馬好みのファンに期待を抱かせる。 が、格上挑戦で出走した本番では、マチカネフクキタルの8着といいところなく敗れた。
その後は97年冬から98年春にかけて自己条件と格上挑戦で4戦し、4戦連続2着。この4戦の中にGⅢダイヤモンドステークスでの2着があったため、本賞金が加算され晴れてオープン馬となる。
その後、GⅡ日経賞での4着を経て、ステイゴールドは本格的に古馬G1路線へと駒を進める。
天皇賞(春)では、クラシックを無冠で終えていた大器メジロブライトが遂に戴冠。
父メジロライアンが果たせなかった天皇賞制覇を成し遂げる。ステイゴールドはその陰で2着。
春のグランプリ・宝塚記念では本格化した稀代の快速馬サイレンススズカが優勝。道悪や急な乗り替わりに苦しみながらも、この年の緒戦から続く連勝街道にG1勝利という大輪の花を添えた。
ステイゴールドはその陰で2着。何気にススズにあと一歩まで詰め寄り、前年度代表馬エアグルーヴに先着する。
天皇賞(秋)では絶対的な存在であったサイレンススズカがレース中にまさかの故障発生、帰らぬ馬となる。
悲鳴と怒号が渦巻く中、伏兵の8歳(現7歳)馬オフサイドトラップが後味の悪い勝利を手にする。ステイゴールドはその陰で2着。
G1レースを3戦連続2着である。特に大本命馬が事故で消えた天皇賞(秋)は、言い方は悪いがG1を勝つまたとないチャンスだった。
これをみすみす逃したことで、競馬ファンのステイゴールドに対する評価はほぼ決まってしまう。
惜しいところまで行くが詰めが甘い善戦マン。ナイスネイチャ、ロイスアンドロイスの系譜に連なるネタ馬枠である。
「名前はゴールドなのにシルバーコレクター」、「ゴールドの前でステイ」などと揶揄されながらもネット住民から、牝馬並みの小柄な馬体が可愛らしいと女性ファンから、大レースでかなりの割合で馬券に絡んだめ馬券師からと、幅広い層に人気を博し始めた。
その後ジャパンカップでは10着と掲示板を外すも暮れのグランプリ・有馬記念では3着に入りシーズンを締めくくる。GⅠでの好走が目立つも自己条件戦も含め勝利は無かった。
これに「勝ち鞍は無いがこの結果。やはり力は有る」と翌年の飛躍に期待する者もいる一方で「有馬で3着・・・やはりナイスネイチャ枠か!?」と別の意味で今後の活躍に思いを馳せる者もいたとか何とか。
現役時代②ねんがんの じゅうしょうタイトルを てにいれたぞ!(1999~2000年)
明けて99年。旧6歳となったステイゴールドは緒戦の京都記念こそ着外となるも、ステップレースの日経賞と天皇賞(春)では掲示板に復帰。
その後は金鯱賞、鳴尾記念(当時は初夏開催のG2)、宝塚記念と3戦連続3着。ファンは惜しいレースにやきもきし、複勝馬券師は懐を温め、馬連馬券師は「どうして3着にこだわるんですか?2着では駄目なんですか!?」と憤慨し(この年の宝塚で2着はキツいって)、ネット住民はネタ的な意味で予想をはるかに超えるポテンシャルに身震いした。
京都大賞典を経て挑んだ天皇賞(秋)ではレコードを更新する勢いで末脚を発揮する強い競馬を見せるも、更に0.1秒速く駆けたスペシャルウィークを前にクビ差涙を呑む。なおステゴはこの時12番人気で2着という激走であり、スペ様は自身が勝ったレースで3度目の馬連万馬券を製造した。
その後JCと有馬記念は掲示板外に敗戦。結局、99年シーズンも前年に続き惜しいところで勝ち鞍を上げることはできずに終わった。
2000年にはステイゴールドも7歳(現6歳)。人間で言えばアラサーに当たる世代に突入していた。同期の多くはターフを去り、彼自身も残された時間は少なかった。
この年もAJCC2着、京都記念3着、日経賞2着、天皇賞(春)4着と惜敗を繰り返し、「もうステイは勝てないままなの? 重賞は取れないの?」「でもそれはそれで美味しい気がする」・・・そんな声も囁かれだした中、陣営は苦渋の選択を行う。騎手の交代である。
宝塚記念へのステップ・GⅡ目黒記念に挑むにあたり、これまでの主戦だった熊沢重文から、トップジョッキー武豊へ乗り替わりを決断した。
武はこれまでの主戦であった熊沢を慮って複雑な心境であったが、レースでは見事起用に応えてみせる。
雨の降りしきる重馬場の中を後方待機で進むと、最後の直線で超良血馬マチカネキンノホシを捉えて、そのまま突き放す。そのまま引き離すこと1と1/4馬身。ファンはついに、ステイゴールドが重賞で先頭に立ってゴールする瞬間を目撃したのだった。
レース数にして実に26戦、時間にして約2年と8カ月ぶりの勝利である。
このレースまではGⅠの複勝圏内に6回入っていたが「主な勝ち鞍:阿寒湖特別(900万下)」だった。
この勝利に会場となった東京競馬場では雨天・土曜開催にも関わらずG1並みの拍手と歓声が巻き起こり、レースを中継していた中京競馬場でも拍手を送る者が絶えなかったという。
しかし宝塚記念以降はこれまでと打って変わって鞍上がコロコロ変更された影響もあってか不振に陥り、この年はGⅠで馬券に絡むことが出来ずに終わる。
現役時代③~そして伝説へ~(2001年)
世紀は変わり2001年。前年の重賞制覇に気を良くしてか、ステイゴールドはこの年も現役を続けていた。
年齢表記は7歳で変わらず。JRAの制度改革の一環として、馬齢を従来の数えから満表記に変更したため、2年目の「7歳シーズン」になったのである。
これで1歳若返った気にでもなったのか、ステイゴールドは初戦のGⅡ日経新春杯を藤田伸二の手綱で勝利し重賞2勝目を挙げる。
そして勢いに乗って海外に遠征。ドバイシーマクラシックへの参戦を決定した。
ドバイワールドカップのサポートレースであるドバイSCは当時の格付けでは国際GⅡながら、高い賞金もあってか欧州の強豪馬も参戦。中でも前年のドバイSCで英ダービー馬、凱旋門賞馬を下しレコード勝利を上げたファンタスティックライトが連覇を狙ってこの年も出走したのは、特筆すべきことであろう。
苦戦が予想されると同時に、もしかししてステゴなら2、3着に入って笑いをとるのではと期待されたが、 これがなんと、ファンタスティックライトをハナ差で下す大金星を挙げる。
しかもこれは、日本調教の馬に限ればサンデーサイレンス産駒、初の海外重賞制覇である。日本調教の、と前置きをつけたのは、1999年に日本産でフランス調教のサンデーピクニックが当時のGⅢクレオパトル賞を勝利していたからである。この快挙を、海外に輸出された馬に先んじられるあたりもステゴらしい。
恐らくこれが現役最後の年。このままの勢いでGⅠも制覇を、と期待が高まったが、国内復帰初戦の宝塚記念では4着。GⅡ京都大賞典では『あの』テイエムオペラオーから1位入線を奪うも、直線で例の左にヨレる癖を出して斜行し進路を妨害、審議の結果失格する。この際に接触したナリタトップロードの鞍上渡辺薫彦騎手は落馬。トップロードもハ行を発症して天皇賞を回避するという後味の悪いレースとなった。
本番の天皇賞(秋)でも再び左に行きたがった影響で惨敗。ジャパンカップでは左への斜行癖対策を重点的に行い、まっすぐ走らせることには成功したが4着に終わった。
50戦目のラストラン、GⅠ香港ヴァーズでようやく悲願のGⅠ制覇。
日本産の日本調教馬による初めてのGⅠ制覇という快挙の上、その年(2001年)の香港国際競争は4レース中3レースを日本調教馬が制覇。
当時実況に対応していなかった2ちゃんねるの競馬板が鯖落ちする事態となった。
なお、その香港ヴァーズの動画が競馬タグの最古投稿動画である。
ここまで本稿を追記させてもらったが、あえてそのレースの内容については語らない。
是非とも動画上でその雄姿に触れてほしい。
引退後~それから~
海外重賞2勝の戦績が評価され、2001年度JRA特別賞を受賞。これを手土産に引退、繁殖入りする。
生涯成績50戦7勝。
最速の逃げ馬サイレンススズカの栄光と最期、世界に飛翔するエルコンドルパサーの雄姿、
怪物グラスワンダーの復活とスペシャルウィークとの死闘、世紀末を制したテイエムオペラオーの凱歌と
メイショウドトウの逆襲、解放後初の外国産天皇賞馬アグネスデジタル、
新世紀最初のダービー馬・ジャングルポケットのJC制覇――。
ステイゴールドの現役生活は、多くの名馬たちが紡ぎだす伝説と共にあった。
そして最後は自らも伝説を残して去っていく。その蹄跡の一つ一つが、名前の通り黄金の旅程であった。
当初、引退式は予定されていなかったが、ファンの嘆願とJRAの要請により急きょ開催が決定。
馬名の由来となった名曲を背にターフを去った。エルコンドルパサーが何か言いたげにこちらを見ている。
かくして、黄金旅程の第一幕は閉じられる。
種牡馬としては最初こそ期待されていなかったものの、グランプリ連覇のドリームジャーニー・三冠馬オルフェーヴルの兄弟、GⅠ6勝のゴールドシップなどGⅠ勝利馬を数多く輩出。サンデーサイレンス系の後継種牡馬としての地位を確立した。産駒もやっぱり癖馬ばかりだなぁ…。
こうして輝きに満ちた旅程を歩んでいた彼であったが、その終焉は突如訪れる。2015年2月5日午後に種付けをした後様子が一変。苫小牧市の社台ホースクリニックで診察を受け一度は馬房に戻ったものの、その後容態が急変し、ついに永遠の眠りに就いた。21歳。死因は大動脈破裂であった。一般的な競走馬の平均寿命(25歳前後)よりも数年早く、夢半ばにして、彼の旅は幕を閉じた。
しかし、死後も天才障害馬オジュウチョウサンが障害獲得賞金記録とJRA重賞連勝記録を塗り替えるなど、産駒は話題に事欠かない活躍。また、オルフェーヴルとドリームジャーニーの兄弟、ナカヤマフェスタ、ゴールドシップ、フェノーメノなどすでに多くの後継者に恵まれており、さらには孫世代もラッキーライラック、エポカドーロなどの活躍馬が輩出されつつある。これからは彼らが、さらなる黄金の旅路を拓いていく。
余談~善戦マン達のちょっとした言い訳~
――能力は確かにある。レースでも好走はする。だが、なぜか勝てない。
人はそんな詰めの甘い馬たちが勝ちきれない訳を、勝負根性の四文字だけで説明しがちだ。
後一歩で勝ちきれないのは、根性が足りないから。闘争心が不足しているからだ、と。
ステイゴールドにもそんな評価が下されたこともある。
だがその通説には疑問が残る。
我々は『勝負根性』という便利な言葉で、不可解な敗因を分かった気になっているだけではないだろうか。
競走馬の個性は千差万別で、その勝因も敗因も、十人(十馬?)十色であることを忘れていないだろうか。
果たして、たった四文字の言葉で惜敗を重ねる馬たちの敗因を説明していいのだろうか。
例として、一頭の馬を挙げさせてもらいたい。
ビワハヤヒデ。三冠馬ナリタブライアンの半兄で、自身もG1レース3勝を誇る名馬である。
だが、彼を評する言葉の中に、ある不名誉な言葉がある。
顔がデカイ勝負根性不足である。
なるほど、朝日杯、皐月賞、ダービーとG1レースで2着惜敗を繰り返したビワハヤヒデは、確かに一見して
勝負根性が欠けて見える。
だが、彼を預かった浜田光正調教師は後年、競馬雑誌『サラブレ』の取材にこう答えている。
『ビワには勝負根性は十分にあった。だから何度も2着に食い下がれた。
あいつに本当に欠けていたのは瞬発力だった――』
ビワハヤヒデは先行抜けだしの、いわゆる横綱相撲と呼ばれる競馬を得意とする。
抜かれまいとする逃げ馬をねじ伏せ、抜こうとする差し馬を封じ込めるための勝負根性が無ければ決して務まらない戦法である。
そんなスタイルを貫くビワハヤヒデが根性無しな訳は無い。
逆にビワハヤヒデを負かした馬たちはトニービン産駒のウイニングチケットに追込馬のナリタタイシン、そして全身是バネ也ともいうべきトウカイテイオーと、瞬発力に恵まれたタイプが多い。ビワハヤヒデ陣営が敗因を瞬発力不足と捉えるのも、自然な発想だろう。
事実、日本ダービーの敗戦後は放牧を拒み猛特訓を積んでこの弱点を補強し、菊花賞を勝ち取っている。
話をステイゴールドを戻す。彼の場合はビワハヤヒデとは逆に、瞬発力に秀でたタイプの競走馬だ。
それだけに勝負根性の不足という論は、あるいはより説得力を持ってしまうかもしれない。
しかし、待ってほしい。その前に彼の血統をつぶさに注目するべきではないか。
母母父ノーザンテースト、母父ディクタス、父サンデーサイレンス・・・・・・。
いずれも大舞台でこそより輝ける馬を送り出してきた時代のトップサイアー達である。
彼らの血の結晶であるステイゴールドが、果たして本当に勝負根性に欠ける馬なのだろうか。
私は違うと考えたい。
前項まで長々と解説した通り、ステイゴールドの最大の弱点は気性からくる斜行癖だった。
このために最大の武器である瞬発力はその発揮が遅れ、本領が目に見えるころには先頭馬がゴールしている。それこそが彼を苦しめていた真の欠点ではないだろうか。
考えても見てほしい。果たして闘争心に欠ける末脚だけの馬があのエアグルーヴを抜きサイレンススズカをクビ差まで追い詰めることが出来るのだろうか。
スペシャルウィークに0.1秒差の勝負を強いることが出来るだろうか。
失格になったとはいえ、接触事故の起こったレースでテイエムオペラオーに先んじることが出来るだろうか。
ステイゴールドの代表産駒オルフェーヴルは、不良馬場の日本ダービーで他の馬に挟まれる不利を受けながらも、怯まず果敢に走り2冠目を手にした。
その豪快な末脚のみならず、旺盛な闘争心もまたステイゴールドから受け継いだものであると、私は信じたい。
まあ、勝負根性を競馬へのやる気と言い替えたら、足りてなかったかもしれないけど。
左に行きたがる癖は、騎手が追えなくなって楽できるようになると思ってたからって言うし。
賞金などについて
ステイゴールドが獲得した賞金は海外でのレース含めて10億3909万円と推定されており、歴代17位となっている(為替レートの関係でおおよその計算である)。ちなみにナリタブライアンは18位の10億2691万円(ボーナス含む)、スペシャルウィークは13位の10億9262万円、オグリキャップは9億1251万円である。物価の変動ということを加味しても名馬に並ぶ稼ぎ頭であったことは間違いない。
ここで競馬にあまり詳しくない人から見たら1着少ないのにここまで稼げるのはおかしいと思うかもしれない。しかし、日本の競馬においては入着すれば(5着まで入っていれば)賞金が貰えるシステムであり、貰える賞金を1着を100としたら2着40、3着25、4着15、5着10となるので善戦を続けたステイゴールドは他の名馬に比べたら遅いものの着実に賞金を積み上げたのである。
更に実動期間6年で50戦出馬、更に大きなケガもないという「『無事是名馬』を地に行くような、素晴らしい馬(池江泰寿氏評)」であり、まさに「塵も積もれば山となる」を地に行った名馬なのであった。
血統表
*サンデーサイレンス 1986 青鹿毛 |
Halo 1969 黒鹿毛 |
Hail to Reason | Turn-to |
Nothirdchance | |||
Cosmah | Cosmic Bomb | ||
Almahmoud | |||
Wishing Well 1975 鹿毛 |
Understanding | Promised Land | |
Pretty Ways | |||
Mountain Flower | Montparnasse | ||
Edelweiss | |||
ゴールデンサッシュ 1988 栗毛 FNo.1-t |
*ディクタス 1967 栗毛 |
Sanctus | Fine Top |
Sanelta | |||
Dronic | Worden | ||
Dulzetta | |||
ダイナサッシュ 1979 鹿毛 |
*ノーザンテースト | Northern Dancer | |
Lady Victoria | |||
*ロイヤルサッシュ | Princely Gift | ||
Sash of Honour |
主な産駒
→ステイゴールド産駒の記事を参照
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関連項目・リンク
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