ダン池田とは、「ダン池田とニューブリード」を率いたバンドマスターで、パーカッション奏者である。
概要
1935年ソウル市生まれ。終戦後に日本へ帰国し、北海道の留萌高校を経て
中央大学経済学部へ入学するも中退。
大学在学中からバンド活動を始め、1969年に「ダン池田とニューブリード」を結成。
パーカッション奏者らしいパンチパーマと色付きメガネ・ちょび髭という特徴ある外見で親しまれた。
ニューブリードはダン池田の元気の良い指揮もあってテレビに馴染みが良く、
結成当初より人気歌番組「夜のヒットスタジオ」の専属バンドとして活動する。
NHKの紅白歌合戦でも指揮者を務めるなど活躍するが、
止せばいいのに「芸能界本日モ反省ノ色ナシ」という暴露本を1985年に出版し、物議を醸す。
ベストセラーに気を良くしたのか、さらに翌年には第2弾も出版した。
実名であれこれ書いてしまったものでその内容が芸能界の反感を呼び、
結果的に表舞台から姿を消すことになる。
その後脳梗塞を患い、約10年間の療養生活を経て、2007年12月に自宅で転倒したことが原因で死去。
享年72歳であった。
昭和の歌謡番組はフルバンドをバックに歌手が生で歌うというのが売り物でもあり、
歌手・作曲家・作詞家、そしてバンドという分業制で次々とヒット曲を世に送り出した。
歌謡曲黄金時代の一端を担っていたのがダン池田とニューブリードである。
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