データモッシュ(datamosh)とは、動画ファイルの情報を意図的に破壊することによって、映像にある種の美的効果を与える、グリッチアートの手法の一つである。
原理
データモッシュは、動画圧縮のために用いられている「フレーム間予測符号化」と呼ばれる技術の特性を利用した手法である。
一般に動画においては、現在のフレームはその直前のフレームと共通する部分を多く持っている。それゆえ、すべてのフレームが完全な情報を含んでいる必要はなく、最初に完全な情報を含んだフレームがあれば、そのあとには、前のフレームと比較して変化があった部分の差分情報だけを含んだフレームさえあれば、描画が可能となる。差分情報だけを含んだフレームは、完全な情報を含むフレームに比べてデータサイズが小さいので、これによって動画データを圧縮することができる。これがフレーム間予測符号化を用いた動画圧縮の概略である。
完全な情報を含むフレームは「キーフレーム」あるいは「Iフレーム」と呼ばれ、差分情報だけを含んだフレームのうち、自分より前のフレームのみを参照するものを「Pフレーム」、自分の前後のフレームを参照するものを「Bフレーム」と呼ぶ。
以下では説明を簡略化するため、動画がIフレームとPフレームだけから成っているものとする。データモッシュとは、Iフレームを削除もしくは破壊したり、Pフレームの配列に操作を加えることによって、映像に特殊な効果を与える手法である。Pフレームはそれより前のIフレームの情報に依存しているため、参照元のIフレームが存在しなかったり破壊されていたりすると、正常に描画されなくなる。このとき生じるエラーが映像効果となるわけである。例えば、次のようなClip1とClip2とから成る映像シーケンスを考える。
(Clip1) I1 - P1 - P2 - P3 - P4 - P5 - (Clip2) I2 - P6 - P7 - P8 - P9 ...
ここで、Clip2のIフレームであるI2を削除してみると、I2からの変化を記録していたはずの情報が本来の参照元を失ってClip1に作用するようになり、ノイズをともなった特殊な映像効果が得られる。
(Clip1) I1 - P1 - P2 - P3 - P4 - P5 - (Clip2) P6 - P7 - P8 - P9 ...
I1 - P1 - P2 - P3 - P4 - P5 - P5 - P5 - P5 - P5 ...
これによって独特の色ずれ効果が得られる。
方法
データモッシュを実現する方法としては、
等のやり方がある。バイナリエディタを使用する方法は、文字列の置換によってでたらめにデータを破壊するのには向いているが、特定のIフレームだけを削除するのには向かない。特定のIフレームだけを削除するには、Avidemuxのような、Iフレームが欠けた状態でファイルを保存することができる動画編集ソフトを使うとよい。(他の動画編集ソフト、例えばAviUtlなどでは、ファイルの破損を防ぐため、Iフレームが欠けた状態での保存は不可能となっているので注意されたい。)
その他のやり方やAviGlitch導入法については、下記サイトを参照されたい。
- メモ datamoshing
- かりふらPによる解説(Macユーザー向け)
- Aviglitch導入
- アリシャスPによる解説
歴史
データモッシュの手法が正確にいつ創案されたかは明らかでないが、少なくとも2005年ごろには用いられていたとされる。この手法が一般に認知されるようになったのは、ChairliftのEvident Utensil(2007年)あたりからだと推測される。
ニコニコ動画におけるデータモッシュ
ニコニコ動画においては、「アイドルマスター シチュー」(投稿者削除)を嚆矢として、主にアイドルマスターのMAD動画でこの手法を用いたものが多く投稿されている(タグ検索「datamosh」
)。作例として、まちぼんPの動画を挙げる。
関連項目
外部リンク
- Datamoshing – The Beauty of Glitch
- Bit_Synthesis(2009年4月28日):本稿「原理」の節はほぼこちらの記述に拠っている。
- How to create compression artifacts [ Datamoshing ]
- Sunshine in My Throat(2009年2月21日):Rosa Menkman(グリッチアートで知られるオランダの映像作家)による、バイナリエディタを使ったIフレーム削除方法の解説。ここで述べられている情報は特定のコーデックの特定のヴァージョンでしか通用しないため、実際にはほぼ再現不可能であるが、参考のため紹介しておく。
- Avidemux
- :Iフレームが欠けた状態で動画を保存できる動画編集ソフト。フリーウェアで、Windows版、Mac OS X版、Linux版がある。MP4コンテナの読み込みにも対応しているが、MP4の場合はIフレームを弄っているとクラッシュすることがあるため、AVIコンテナでの編集をおすすめする。コーデックにXvidを使用したAVIコンテナのファイルで、Iフレーム削除によるデータモッシュが可能であることを確認済み。
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