トサミドリ単語

トサミドリ
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トサミドリとは、日本の元競走馬・種である。

快速を武器に活躍した、戦後競馬明期を代表する名

概要

1946年生まれ。プリメロフリッパンシーFlamboyantという血統。アイルランドの二冠で、日本で一時代を築いた名種イギリスで1勝したのち小岩井農場に輸入され、三冠馬セントライトなどを産んだ名小岩井農場が産から撤退したのに伴い青森県七戸の盛田牧場に売られ、当地でトサミドリを産んだ。当時すでに22歳という高齢で、結果的にトサミドリが最後の産駒になった。イギリスで長距離重賞を勝ち、1936年にドイツのリーディンサイアーになったらしい。とにかく良血である。

1948年9月札幌デビュー。幼駒時代の評価ははっきりわからないが、デビュー戦で5頭立ての3番人気だったのでそれほどでもなかったんではなかろうか。しかしこレースレコード勝ちすると、その後も逃げて勝ち、差して勝ちの大活躍。年をまたいで8戦6勝2着2回、レコード勝ち3回という文句なしの成績で、農省賞典から名称が変わったばかりの皐月賞に駒を進める。中1日で。今ではいろいろとあり得ない話である。ともあれ、1.5倍の一番人気に応えめ先頭から快勝。初の「皐月賞」となり、その前身を勝ったセントライトクリヒカリと並んで3兄弟で同一クラシック制覇の快挙を成し遂げた。すごいぞフリッパンシー。まあ、そのフリッパンシーはトサミドリがデビューする8日前にに召されたのでこの偉業は見られなかったのだが…。

さて、もう1勝を加えて臨んだダービー。10戦8勝、皐月賞も快勝しているとあって、単勝1.4倍の断然人気に推される。しかし、この時トサミドリは裂蹄から調整が思うように進まず、直前に理な調教を掛けたことで疲労が溜まりつつあった。そしてスタート直後、1コーナーで内外から絡まれ暴走したことが致命傷となり、一時は大きなリードを取るが直線沈没し7着。生涯初の惨敗を喫した。上の浅野武志はレース後厩務員に泣いて詫びたという。ちなみにこのレースではミネノマツとコマオーが落桜花賞ヤシマドオターは内ラチを飛び越えて逸走し競走中止と事故が多発。さらに単勝554.3倍の19番人気タチカゼが勝ち、12番人気シラオキが2着に突っ込むという史上最大の大波乱ダービーとなった。

しかしその後は調子を取り戻し、レコード2回を含め5連勝。しかもそのうち4回は60kg以上を背負って。こうなれば菊花賞はもらったようなもので、2着に2身差をつけ逃げ切り勝ち。セントライトとの兄弟制覇を成し遂げる。その後も3戦3勝、レコード2回(年内最終戦は斤量71kgでレコード勝ちである。わけがわからないよ)を加えてこの年を終えると、翌1950年杯もレコード勝ち。1年ぶりの休養に入る。

4月に戦列に復帰し初戦は74kgを背負って勝つが、続く京都記念(当時は芝3000m)、オープン戦と連敗。まあ、75kgも背負ってたら仕方ないよ。京都記念では勝ちとのハンデ21kgだもの…。酷量を背負ったためか一旦休養し、9月に復帰して札幌記念勝利天皇賞(秋)に出走。1番人気に推されたが、直線で斜行に押され落、競走中止。この後2戦して勝てずに年を越し、1951年には東京盃で久々レコード勝ちを収めるが天皇賞(春)は2着、ぶっつけで挑んだ天皇賞(秋)は最下位5着に敗戦。このレースを最後に引退したため、最後まで天皇には手が届かなかった。だがクラシック二冠を制し、レコード勝利10回を記録した快速り継がれるべきであろう。

実績や血統背景から大きな期待を背負い、静内の稗田牧場で種入りしたトサミドリ。期待に応えて初年度から菊花賞キタノオーを送り出すと、その後も1970年に死去するまでに7頭の八大競走、5頭の中山大障害を送り出す大活躍。故郷の盛田牧場でも1年だけ繋養され、当地からダービーコマヒカリが誕生した。当時は外産種が再解放されてヒンドスタンやライジングフレームがが世の謳歌していた時期だったが、トサミドリは負けじと多くの活躍を送り出し、リーディンサイアーこそならなかったが、産駒勝利1135勝を数えた。この記録はフジキセキ2011年に破るまで内産種としては最多勝利であった。しかしその後の外産種の台頭に抗えず、系は既に滅亡している。
距離っぽいトサミドリの血統背景に反し、産駒はトサミドリを写し取ったかのようにスピード豊かで、トサミドリに似れば似るほど活躍したという。長距離を走れるスタミナを兼備したも多く、3頭の産駒が菊花賞を制覇。またダート戦線でも南関東の名イチカントーを出すなど、産駒は舞台を問わず活躍した。としても3頭の桜花賞を出すなど成功。今でも系には度々その名を見ることができ、最近では有馬記念ゴールドアクターの4代がトサミドリである。

トサミドリの代表産駒ガーネツトを所有した五郎は、トサミドリを「日本競走馬生産50年の結晶だ」と評した。天皇賞を勝てなかったことなどから「悲運の」と言われたこともあるが、日本戦後競馬の礎を築いた偉大な1頭であることには違いない。1984年には顕彰馬に選出された。セントライトも同時に選出されており、兄弟での顕彰馬はこれまでにこの一組のみである。史上初の三冠馬であると並んで名誉ある称号を与えられたことが、トサミドリへの日本競馬の評価ではないだろうか。

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