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トッテナムホットスパー
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トッテナム・ホットスパーTottenham Hotspur Football Club)とは、イングランドプレミアリーグに所属するサッカークラブである。

本拠地はロンドンであり、ホームスタジアムはトッテナム・ホットスパースタジアム。愛称スパーズ(Spurs)。トットナム・ホットスパーと表記されることもある。

概要

ヨーロッパサッカーリーグ
トッテナム・ホットスパー
基本情報
創設 1886年
所属リーグ プレミアリーグ
ホームタウン ロンドン
ホームスタジアム トッテナム・ホットスパースタジアム
(62,850人)
クラブカラー ,
代表者 ピーターチャリントン
プロサッカークラブテンプレート

1882年創設。クラブ名の「ホットスパー」は、トッテナム湿地(英語版)を英国貴族パーシーが所有していたことから、同の祖先である中世イングランド騎士ヘンリーパーシーあだ名「ホットスパー」から取ったものである。チームカラーは、1888-89シーズンリーグ戦とカップ戦の2冠を達成したプレストンノースエンドのキットカラーである。1898年以降はのシャツとパンツが基本スタイルとなり、現在まで続いている。

本拠地は1899年から2017年までの長い間ホワイトハート・レーンを使用していたが、収容キャパが少なかったが長年の懸案事項となっており、2019年から専用スタジアムのトッテナム・ホットスパースタジアムに移転している。ちなみに新スタジアムが建設中だった2017-2018シーズンから2018-2019シーズンの前半戦まではウェンブリー・スタジアムを使用していた。

長年プレミアリーグ中堅クラブとして地位を確立していたが、2009-2010シーズンリーグ戦で4位へ躍進したことを機に上位に定着。2013年マウリシオポチェッティーノが監督に就任して以降は、優勝争いに顔を出すようになり、2019年にはクラブ創設以来初めてUEFAチャンピオンズリーグ決勝まで進出したが、タイトルとはなかなか縁がく、リーグ優勝1951年1961年に2回優勝したのみである。2024-25シーズンUEFAヨーロッパリーグ優勝したのが実に17年ぶりのタイトル獲得となった。

同じロンドン北部に本拠を置くアーセナルしいライバル関係にあり、両チームの対戦はノースロンドンダービーとして大きな盛り上がりを見せ、サポーター同士の衝突もよく発生する。2001年に当時の将だったソル・キャンベルアーセナルに移籍した際のサポーターの怒りはしく、キャンベルに対して裏切者を意味する「ユダ」という罵を浴びせた。

NBAスティーブナッシュ水泳選手のイアンソープコールドプレイジョニーバックランドなどがスパーズのファンとして知られている。

なお過去には日本人選手としては戸田和幸が2003年に所属していたことがある。また、1991年には来日しキリンカップサッカー91で日本代表と対戦しているが、4-0で大敗している。

歴史

1882年にロンドントッテナム地区にある教会聖書研究会に所属するグラマースクール学生によって創設された。結成当初の名前はホットスパFCであり、彼らはホットスパークリケットクラブのメンバーでもあった。1884年、トッテナム・ホットスパーFCと改称した。1901年にはクラブ創設初タイトルとなるFAカップ優勝を果たしている。ちなみにこの当時はまだフットボールリーグに加盟しておらず、長いFAカップ歴史でもリーグに加盟していないチーム優勝した一の事例となっている。

1908年プロリーグであるフットボールリーグに加入し、2部からスタート1909年に1部へと昇格している。1914-15シーズンに最下位になり2部への降格が決定するが、第一次世界大戦による中断を挟んだ1919年に1部リーグチーム数が20チームに増えたことで残留の見込みとなっていた。ところが、FAトッテナムを2部降格とし、2部リーグで5位だったアーセナルを1部昇格としてしまう。当然、トッテナム側はこれに激怒し、以降アーセナルとはの仲になったとされている。

1920年代から30年代にかけては2度FAカップ優勝を経験しているものの、1928年に再び2部に降格。5年後の1933年に1部へ復帰するが、2シーズン後の1935年に再び2部へ降格。ここから15年間2部リーグで過ごすという低迷期を迎える。

1949年アーサーロー監督に就任すると、就任1年で15年ぶりの1部昇格を果たす。すると、1部昇格1年となる1950-51シーズンにはアーサーローが考案した 「プッシュ・アンド・ラン」 (ショート・パス戦術) によって旋を起こし、クラブ史上初のリーグ優勝を果たす。「プッシュ・アンド・ラン」戦術は当時のイングランドでは新しいものであり、「スパーズ・ウェイ」もしくは「クィック・パッシングゲーム」 と称されていた。

1958年ビルニコルソン監督に就任すると、彼が在任した16年間でスパーズは強クラブへと成長していく。アルフラムゼイ、ダニーブランフラワー、ボビー・スミスジミーグリーブスといった名選手が所属していたチームは、1960-61シーズンフットボールリーグFAカップシーズンダブルを達成。1961-62シーズンにはFAカップ連覇を果たすと、1963年にはUEFAカップウィナーズカップを制し、欧州クラブ大会を制したイギリス初のクラブとなる。1960年代半ばに入ってシーズンダブルを達成したメンバーの多くがチームを去るが、テリー・ヴェナブルズやパット・ジェニングスの補強によってチーム世代交代に成功。1970年代に入るとスティーブ・ペリマンやマーティン・チヴァーズが加わり、1971-72シーズンにはUEFAカップ優勝を成し遂げる。

1973-74シーズンクラブ黄金期を築いたニコルソンが退任すると衰退期に入り、1977-78シーズンには2部降格の憂きに遭う。それでも1年で1部復帰に成功すると、1980年代に入りチーム生え抜きグレン・ホドルアルゼンチン出身のオズワルドアルディレスが中心となってチームを立て直し、1981年1982年FAカップを連覇。1983-84シーズンには、UEFAカップ決勝でアンデルレヒトを破り、12年ぶり2度優勝を果たす。この頃はホドルを筆頭にユース出身の選手が多くチーム力を担っていた。

チーム一のスター選手だったホドルが退団した後のスター選手として1987年ポールガスコインが加入。1989年にはワールドカップ得点王のゲーリー・リネカーも加わり、1990-91シーズンには7シーズンぶりのタイトルとなるFAカップ優勝を果たす。その後もユルゲン・クリンスマンやダビド・ジノラテディ・シェリンガムといったスター選手がチームに加わるが、1992年以降は成績は低迷してしまい、面子はいるのに中位が定位置の時代が続くことになる。

2001年イギリス投資会社ENICグループクラブの所有権を握り、ダニエルレヴィ会長となる。さらにロビー・キーン、ルカ・モドリッチ、ディミタール・ベルバトフ、ガレス・ベイルといった若いスター補といえる選手を積極的に獲得し、彼らはチームの中で成長していった。2007-2008シーズンにEFLカップ優勝するなど90年代の万年中位からあと一歩でトップ4というところまで力をつける。ハリーレドナップが監督に就任した2年2009-10シーズンには悲願のトップ4入りを果たし、ビッグ4(アーセナルチェルシーマンチェスター・ユナイテッドリヴァプール)によるUEFAチャンピオンズリーグの出場権独占を終わらせた。2010-11シーズンでは初のCL舞台チームは躍動し、インテル・ミラノACミランといったイタリアの強を次々と撃破しベスト8進出を果たす。しかし、このCLでの活躍でビッグクラブから注を浴びるようになったモドリッチベイルが次々とレアル・マドリードに引き抜かれてしまう。

2012年サウサンプトンで好成績を残したマウリシオポチェッティーノが監督に就任。ポチェッティーノはチーム世代交代を図り、ハリー・ケインソン・フンミンデレアリクリスティアン・エリクセンチームの中心として台頭。前線からのタイトなハイプレッシングと縦のスピードを活かした速攻による魅力的なチームを作り上げる。2015-16シーズンライバルチームが軒並み調子を落としたこともありレスター・シティ優勝争いを演じ、終盤に失速したものの3位でフィニッシュ。翌シーズンも最後まで首位のチェルシーに喰らいつくが、2位に終わりまたもリーグ優勝チャンスを逃す。それでも、ケインソン・フンミンの強力2トップ爆発的な攻撃力を発揮し、CLに4年連続で出場。2018-19シーズンCLでは準々決勝で下評を覆してマンチェスター・シティを下すと、準決勝ではアヤックスを相手に劇的な逆転勝利を飾り、クラブ史上初となる決勝進出を果たす。しかし、決勝ではリヴァプールFCとの同対決に敗れ、またもビッグタイトルをあと一歩のところで逃す。なお、2019年4月に新本拠地トッテナム・ホットスパースタジアムが完成

2019年11月に成績不振でポチェッティーノが解任となり、後任となったジョゼ・モウリーニョチームタイトルをもたらすことができないまま2021年4月シーズン途中に解任となる。2021年11月にはアントニオ・コンテが監督に就任。得意とする3バックチームに定着させ不振のチームを3シーズンぶりにCL舞台へと返り咲かせる。また、2021-22シーズンソン・フンミンアジア人としては初の得点を獲得。2シーズン連続でのCL出場権を獲得。しかし、2022-23シーズンはソンと新加入のリシャルリソンが不調に陥ったこともあって3月の時点で冠が確定。ついにはの場で選手や首への不満をぶちまけたコンテが解任となる。その後もチームは暫定監督が解任になるという混乱状態が続き、シーズン8位に終わりCLはおろか欧州舞台へのも閉ざされてしまう。

2023-24シーズンより、セルティック三冠に導いたアンジェ・ポステコグルー監督に就任。エースケインが移籍した中、新将のソン・フンミンを中心に攻撃的なフットボールを見せ、序盤戦は一時は首位に立つなど快進撃を見せる。しかし、次第にリスキーなハイラインの裏を取られて守備が綻びを見せるようになる。以降は好不調の波のしい戦いが続き、最終的には5位に終わりCL出場権を逃す。2024-25シーズンは前半戦は相変わらず好不調のしい戦いぶりだったが、守備って故障で欠場するようになった後半戦に入ると大きく調子を落とす。最終的にリーグ戦では11勝5分22敗と大きく負け越し、プレミアリーグ創設以来最悪の17位で終わるシーズンとなった。一方でELではリーグ戦とは対照的に着実に勝利を重ねて決勝まで進出。決勝では同じくプレミアリーグで低迷するマンチェスター・ユナイテッドとの同対決となったが、ブレナン・ジョンソンゴールを守り切る「らしくない」戦いぶりでこれを制し、クラブにとっては2007-08シーズンカラバオ・カップ優勝以来のタイトル獲得となり、リーグ戦17位ながらも来季のCL出場権を獲得する。

2025-26シーズンタイトルをもたらしたポステコグルー監督を解任し、ブレンフォードFCを躍進させたトーマスフランクを招聘。2025年9月24日には25年にわたってクラブを経営していたレヴィ会長が退任し、ピーターチャリントンが新設の非常勤社外取締役会長に就任。新体制となったものの2026年に入って深刻な低迷が続き、フランク監督が解任となりイゴール・トゥドールが解任しても低迷は止まらず、3か勝利という状況で第32節にはとうとう降格圏にまで転落する。それでも3人監督となったロベルト・デ・ゼルビの元、第34節で14試合ぶりの勝利を飾り、降格圏を脱出。最終節のエヴァートン戦に勝利し、辛うじてプレミアリーグ残留を果たす。最終順位は2年連続で17位となった。

タイトル

国内タイトル

国際タイトル

現所属選手

背番号 Pos. 選手名 生年月日 加入年 前所属
- 監督 ロベルト・デ・ゼル 1979.6.6 2026 オリンピック・マルセイユ 監督
3 DF アンドリューロバートソン 1994.3.11 2026 リヴァプールFC
4 DF トシン・アダラビヨオ 1997.9.24 2026 チェルシーFC
5 DF マルコス・セネシ 1997.5.10 2026 AFCボーンマス
6 DF ヤン・ポールファン・ヘッケ 2000.6.8 2026 ブライトン&ホーヴ・アルビオン
7 MF シャビシモン 2003.4.21 2025 RBライプツィヒ
8 MF コナーギャラガー 2000.2.6 2026 アトレティコ・マドリード
9 FW シャルリソン 1997.5.10 2022 エヴァートン
10 MF ジェームズ・マディソン 1996.11.23 2023 レスター・シティ
11 FW ティス・テル 2005.4.27 2025 バイエルン・ミュンヘン
13 DF デスティニー・ウドジェ 2002.12.28 2022 ウディネーゼ
14 MF アーチグレイ 2006.3.12 2024 リーズ・ユナイテッド
15 MF ルーカス・ベリヴァル 2006.2.2 2024 ユールゴーデン
16 MF サンドロ・トナーリ 2000.5.8 2026 ニューカッスル・ユナイテッド
17 FW サヴィーニョ 2004.4.10 2026 マンチェスター・シティ
18 MF マテウス・フェルナンデス 2004.7.10 2026 ウェストハム・ユナイテッド
19 FW ドミニクソランケ 1997.9.14 2024 AFCボーンマス
20 FW モハメド・クドゥス 2000.8.2 2025 ウェストハム・ユナイテッド
21 MF デヤン・クルゼフスキ 2000.4.25 2022 ユヴェントス
22 FW マルマーモウシ 1999.2.7 2026 マンチェスター・シティ
23 DF ペドロ・ポロ 1999.9.13 2023 スポルティングCP
27 FW ミハイロ・ムドリク 2001.1.5 2026 チェルシーFC
28 FW ジェームズ・オドベール 2004.11.28 2024 バーンリーFC
29 MF パペ・マタル・サール 2002.9.14 2001 FCメス
30 MF ロドリゴ・ベンタンクール 2000.9.3 2021 ユヴェントス
31 GK アントニーン・キンスキー 2003.3.13 2025 ラヴィア・プラハ
33 DF ベン・デイヴィス 1993.4.24 2014 スウォンジー・シティ
37 DF ミッキーファン・デ・フェン(C) 2001.4.19 2023 VfLヴォルフスブルク
39 GK マルティン・ドゥブラフカ 1989.1.15 2026 ユヴェントス
40 GK ブランドンオースティン 1999.1.8 2019 オーランド
48 DF アルフィー・ドリントン  2005.4.20 2026 サルフォード・シティ
64 MF カラム・オルセシ 2007.3.11 2025 トッテナム・ホットスパーU-21
65 DF ジェームズロウスウェル  2006.7.13 2026 トッテナム・ホットスパーU-21
67 DF ジュナイ・バイフィールド  2007.3.11 2025 トッテナム・ホットスパーU-21
68 MF ルカウィリアムズ=バーネット  2008.10.1 2025 トッテナム・ホットスパーU-21

※はリザブチーム所属。

過去所属した主な選手

歴代監督

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1 ナンプレたん
◆lNQvK9PV.. 2013/03/03(日) 22:14:49 ID: AtU61zfF/m
コンビニのホットスパーとは関係あるのかな?
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2 ななしのよっしん
2013/03/05(火) 05:30:36 ID: tEbJyxuuq0
モドリッチ パーカーのCHは世界だったと思う
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3 ななしのよっしん
2013/03/08(金) 06:26:59 ID: vAIoPUqhxo
日本でもファンが多い印があるけどなんでだろう
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4 ななしのよっしん
2013/03/16(土) 19:13:18 ID: /yehlywGGM
>>3
スパーズジャパンアカウントが手当たり次第フォローしまくってるからじゃないかな
ここ数年の実績から、世界的にはアーセナルべると絶望的に不人気だが、地元だと差はいとか。
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5 ななしのよっしん
2015/01/03(土) 10:50:33 ID: EMgA0IaKl9
下部組織が結構優秀
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6 ななしのよっしん
2015/07/23(木) 04:00:19 ID: DCcuYxWu0y
ソルダードとアデバヨールを押しのけてケインが出てくるんだからサッカーって面いよな
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7 ななしのよっしん
2019/11/07(木) 12:43:36 ID: /UKnYQKBhF
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8 ななしのよっしん
2020/02/27(木) 10:47:54 ID: +p8zs/AZNG
>>3
おっさんファンだとゲーリー・リネカーオズワルドアルディレスとかが居たチームだしヒューレットパッカードが胸スポンサーについてた(セリエAブームだった頃)
チーム的には初めて南米選手を使ったりドカポンしないでパスサッカーをしたりと色々エポックメイキングチームとしても有名(イングランドで最初に欧州タイトルとったのもココ
チェルシーライバルアーセナルは【敵】。
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9 ななしのよっしん
2025/05/22(木) 09:22:08 ID: wvrJ7vwgOd
今年はハリー・ケインソン・フンミンの双方がチームタイトル取れてよかったなあと思います
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