曖昧さ回避
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この記事は無用のものかもしれません。 「トマソン」とはそういうものです。消えないうちに、取り急ぎ観測を要します。 |
芸術とは芸術家が芸術だと思って作るものですが、この超芸術というものは、超芸術家が、超芸術だとも何とも知らずに無意識に作るものであります。だから超芸術にはアシスタントはいても作者はいない。ただそこに超芸術を発見する者だけがいるのです
トマソンとはなんであるか
トマソンとは、正式な定義に従えば「不動産に付着していて美しく保存されている無用の長物」であり、「超芸術」のいち部門である。誰も見向きもしないような街の隅で、明らかに無用なものが、にも関わらずそのまま残され、あまつさえ管理・補修を受けていることさえある。その美しい遺物こそがトマソンなのである。
諸氏は、建物の外壁に単独で突き出したヒサシを見たことはないだろうか。塗り込められた扉に残るドアノブ、塞がれているのに元の形が綺麗にわかる窓、外階段もないのに二階の外向きについたトビラ、重要なところだけ褪色して見えないカンバンといったものに、見覚えはないだろうか。ご近所に、どうにも不可思議な位置、不可思議な構造をなす構造物があったりは、しないだろうか。もしあったら、それがトマソンである。より大がかりなところでは、鉄道の廃線跡に残された廃ホームや廃橋台といったものもまた、トマソンの一種といえる。
たしかに、トマソン物件は、有用の陣営からは見捨てられながら、しかしゴミの陣営にも入らずに、その中間体を漂っているという点でユニークな存在だ
- 藤森照信
「トマソン」は1982年、白夜書房の雑誌『写真時代』内の赤瀬川原平の連載によってその存在が発表された。その後、彼は「トマソン」の概念を確立し、その分布を調査し、ついに「路上観察学」という一分野を成すに至る。
偉大なるゲーリー・トマソン
そこにはちゃんとしたボディがありながら、世の中の役に立つ機能というものがない。それをジャイアンツではちゃんと金をかけてテイネイに保存している。素晴らしいことです。いや皮肉ではない。真面目な話、これはもう生きた超芸術というほかに解釈のしようがないではありませんか
「トマソン」という名は、ほかならぬ読売ジャイアンツの四番打者、ゲーリー・トマソンに由来する。
彼は鳴り物入りで巨人軍に招聘されたが、二年目である1982年には、四番打者でありながら「扇風機」と呼ばれるほどに三振を繰り返した。その姿に「美しく保存されている無用の長物」を見た赤瀬川原平とその一派が、彼と同じような、街中に保存された無用物を指す分野名として「トマソン」を採用したのである。
そしてそのゲーリー・トマソンが同年を最後に「バットに球が当たらないという、ただそれだけの理由によって」解雇された時、赤瀬川原平はありとあらゆるトマソン物件の未来をそこに見ることとなる。ただの芸術と違い、超芸術はいつ破壊され、あるいは撤去されてしまうかわからない。早急に観測されねばならない、と。
トマソンの発見
最初の発見は1973年まで遡る。
赤瀬川原平が四谷本塩町の旅館、祥平館の外壁に見つけた、ただ6段分上って下るだけの、どこにも通じていないコンクリート階段が発見第一号であった。そしてその階段に取り付けられた木製の手すりに補修痕を認めた時、この階段は「まったく無用でありながらゴミではない(補修されている)何か」として観測されたのである。これを、ただ純粋に上り下りするだけの用途しか無い階段、すなわち純粋階段と呼ぶ。
第二の発見はその翌年。
偶然江古田駅を訪れた赤瀬川原平が、ベニヤ板で塞がれた駅窓口を発見した。それだけであればただの塞がれた窓口だが、台座となっている石板に長年の摩擦によってできた凹みがあり、無視してもいいものをわざわざその凹みに綺麗に合わせてベニヤが切りだされていたことが、赤瀬川原平に「確実に未知のもの」を感じさせた。
第三の発見は数カ月後、イラストレーター、南伸坊によってのものである。
お茶の水の三楽病院に、立派な門が存在していた。その門は、ヒサシも門灯も、「三楽病院通用門」という看板まで備えていながら、 ただ扉だけがセメントで見事に塗り込められているがために門としての用途を果たしていない。南伸坊の通報で駆けつけた赤瀬川原平も、これには「困った門です」と言うしかなかった。
この三つ、すなわち「四谷の純粋階段」、「江古田の無用窓口」、「お茶の水の無用門」の三点が揃った時、ついに赤瀬川原平は、「これは超芸術である」と認識するに至ったのである。そしてそれには「トマソン」という名が付けられ、彼が教鞭をとる美学校の生徒や「写真時代」の誌上において、その観測と分類が進められることとなった。ここに、「超芸術探査本部トマソン観測センター」が発足する。
やがて彼らの活動は「考現学」とも接続し、赤瀬川原平、藤森照信、南伸坊、林丈二、とり・みき、一木努、荒俣宏といったそうそうたるメンバーを揃えた「路上観察学会」の結成へと繋がってゆくのであった。
トマソンの分類
- 無用階段
上った先がどこにも繋がっていない、あるいは中空や壁に繋がっている階段。本来あるべき目的地が存在せず純粋に階段であるだけの存在と化していることから「純粋階段」とも呼ばれる。 - 無用門
美麗に塞がれているにもかかわらず、なお門の形をとどめている構造物。あるいはただ門ないし扉だけがあり、周りにその続きとなる障壁がないため不必要な構造物。完全に門としての形を喪失している場合は含まれない。 - 無用庇
「庇タイプ」とも。覆っていた窓などが塗り込められた後も撤去されずに残っている庇のこと。 - 原爆タイプ
建物の壁に、取り壊された隣家の跡などが張り付いているように見えるもの。原爆投下時、爆心地近くの人の影がそのまま建物に焼きついていた故事を思い起こさせるためにこう呼ばれる。街並みの”リアル感”に大きく寄与するため、アニメ・ドラマなどで登場することもある。なお、原爆の名称が芸術に使われるのは不適切なため、近年では「影タイプ」と言い換えられることが多い。 - 高所
やたら高いところにあるトビラや、高いところにだけあって下に繋がっていないハシゴ、階段などを指す。
極普通の家庭用の玄関扉が二階についていたりと、町並みに溶け込んだシュールさが魅力。
上写真はその実例といえるベンチ。急な斜面と高すぎる段に挟まれ常人には利用し難い位置に、錆びつきつつもなお居座り続ける、玉座のごとき威風をまとったベンチであり、高所タイプのトマソンといえる。 - ウヤマ / 蒸発
最初の発見例である「卯山◯店」という看板のように、褪色、塗り潰しなどによって何を意味するのか判らなくなっている看板類。記事冒頭にくっついているようなヤツである。 - カステラ
壁から出っ張る謎の箱型構造物。引っ込んでいると「逆カステラ」と言われる。 - アタゴタイプ
東京愛宕山で第一号が発見された、道路際などの謎の突出物。繰り返し補修されているものもある。 - 阿部定
根元で切られた電信柱などの出っ張りが放置されているもの。阿部定事件を思い起こさせる「痛い」切られ方をしていることから命名。
有名なもの
無用エントツ
おそらくトマソン史上もっとも有名なもの。トマソン観測センター活動当時の「ビルに沈む町」こと再開発直前の麻布谷町のどまんなかにぽつんと立ち尽くす一本の煙突であり、その根元はバラックによって守られていた。発見後、飯村昭彦が無謀にも錆びたハシゴを単身その頂点まで上り詰め、そこで煙突の魚拓を取り、立ちあがって魚眼レンズで下界を撮影した。そのときの写真は、赤瀬川原平の著作『超芸術トマソン』の表紙に見ることができる。
のちに解体されたが、エントツのあったその場所には現在、アークヒルズの煙突が聳え立っている。
海部の無用トンネル
徳島県、JR四国牟岐線海部駅のすぐ北にある短い鉄道トンネル(町内まちうちトンネル)。建設時には山だった部分が住宅造成によりほとんど切り崩されたため、遂にはトンネルだけが残ってしまったもの。
かつて赤瀬川原平『超芸術トマソン』でも紹介された、由緒正しきトマソンといえる。掲載当時には周辺の建築物や草木もなく、現代よりさらにスッキリした姿であった。
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超芸術トマソンの概念は、人類史上、この私たちの時代になって、しかもこの私たちの日本国においてはじめて姿を見せたものである。その意味でこの本は、地球上の意識史に残る記念碑となるだろう。人類が都市を持ち、その一方で意識を持っているかぎりは、その都市と意識の関係に見え隠れして、超芸術トマソンはいつまでもあらわれてくるのである
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関連項目
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