トロイ(Troy)とは、1976年生まれのアイルランド生産・イギリス調教の競走馬である。
概要
父Petingo、母La Milo、母父Hornbeamという血統。
父ペティンゴはジムクラックS、ミドルパークS、セントジェームズパレスS、サセックスSなど8戦6勝2着2回。
母ラミロはイギリスで9戦4勝。トロイの他にワシントンD.C.インターナショナル優勝馬のAdmetusを生んでいる。
母父ホーンビームはヴォルティジュールS優勝やセントレジャー・アスコットゴールドカップ2着など27戦11勝2着9回で、トロイの活躍で1979年英愛リーディングブルードメアサイアーになっている。
父がスピード系、母が長距離系の傾向が強い。
トロイは足が三白の立派な馬体で、アイルランドのバリーマコール牧場で実業家・馬産家マイケル・ソベル卿と養子のウェインストックによって生産・所有された。
2歳時(1978年)
トロイは1978年の夏に6ハロンの未勝利戦でデビューしたが、ここでは2着に敗れた。その後のニューマーケットでの7ハロンの未勝利戦を2馬身のセーフティーリードで勝利した。
初重賞となるグッドウッドでのヴィンテージS(L・7ハロン)では6頭立ての後方からレースを進め、最後の1ハロンで全馬を追い抜きEla-Mana-Mou(のちのエクリプスSやキングジョージなどの優勝馬)に2馬身半差で優勝した。
翌年のクラシックを見据えて距離延長の1マイル戦に臨んだアスコット競馬場でのロイヤルロッジS(GII)では先行する*リファーズウィッシュを最後の1ハロンで追い抜いたが、Ela-Mana-Mouに最後で差され2着に終わった。
3歳時(1979年)
この年のトロイはダービーステークスを見据えて4月のクラシックトライアルS(GIII・10ハロン)から始動した。このレースでは本調子ではなかったがクビ差で勝利した。
続く5月のプレドミネートS(L・12ハロン)では直線で抜け出すとSerge Lifar(のちのスコットランドダービー優勝)とGalaxy Libra(のちにアメリカに渡りサンセットHやマンノウォーSなどを優勝)などに7馬身差で楽勝した。
本番の第200回という節目を迎えるダービーステークス、トロイは*ミルフォード(女王所有馬、ダービートライアルS(GIII)優勝)とEla-Mana-Mouに次ぐ3番人気に支持された。レースでは後方につけ、直線に入る前に仕掛けると大外から一気に追い込み、Dickens Hill(のちのエクリプスS優勝馬)やNorthern Baby(のちのチャンピオンS優勝馬)などを7馬身引き離してゴールした。マイケル・ソベル卿はこの勝利を「馬主歴20年の集大成」と称し、カーソン騎手は「今まで乗った中で最高の馬」と讃えた。
続くアイリッシュダービーではDickens HillやフランスのScorpio、ここまで4戦無敗のFabulous Dancerが相手になった。ここでは5番手でレースを進め、直線でDickens HillやScorpioを交わし4馬身差で優勝した(ここまで無敗のFabulous Dancerは7着に沈んだ)。
古馬との初対戦となるキングジョージVI世&クイーンエリザベスSでは前年の優勝馬で古馬最強と目されていた*イルドブルボンが感冒で回避したため相手はフランスの*ゲイメセンくらいとなり、その*ゲイメセンに1馬身半差で優勝した。英ダービー→愛ダービー→キングジョージの3連勝はNijinsky、*グランディ、The Minstrelに続いて4頭目となり、この路線を確立させることとなった。
8月のヨークでのベンソン&ヘッジスゴールドカップ(GI・10F110y)では道中先行馬から10馬身離される展開となったが、直線でいつものように追い込み、Crimson Bouを3/4馬身捕らえて優勝した。
そうなると目標は10月の凱旋門賞に向けられ(いまさら「セントレジャーは?」とか言わないよね)、本番のロンシャン競馬場での凱旋門賞ではジョッケクルブ賞(フランスダービー)優勝のTop Ville、ニエル賞優勝のLe Marmot、プール・デッセ・デ・プーリッシュ(フランス1000ギニー)とヴェルメイユ賞を勝ったThree Troikas、前述の*イルドブルボンやFabulous Dancerなどの22頭立てとなった。レースでは道中はそれほど後れをとっていなかったが、最後の直線ではいつもの手ごたえがなく、Three TroikasとLe Marmotの3着に敗れた。そしてトロイはこのレースを最後に引退した。
トロイは凱旋門賞3着の賞金を合わせてイギリス・アイルランド調教馬で当時の最高賞金獲得馬となり、これはGlint of Goldに更新されるまで3年間保持した。
種牡馬として
トロイは女王の競馬秘書であるポーチェスター卿によって当時の記録である720万ポンドのシンジケートが組まれ、1980年からハイクレア牧場で種牡馬として繋養された。
短い期間の中でトロイは優秀な牝馬・繁殖牝馬を多く輩出した。産駒の1頭で1984年仏カルヴァドス賞・1985年アイリッシュオークス優勝のHelen Streetは2002年ドバイワールドカップ優勝のStreet Cryを出した。またSheer Audacityは1999年の英ダービー馬*オースを出した。産駒の1頭Walenseeは1985年ヴェルメイユ賞を優勝し、その産駒Westernerは名ステイヤーとなった。産駒の1頭Cocotteは1996年BCターフ優勝などの*ピルサドスキー、2002年秋華賞・エリザベス女王杯優勝のファインモーションを出した。
種牡馬として4シーズンという短い期間の後、トロイは1983年5月12日に急性腹膜炎で7歳という若さで死亡した。死後はハイクレア牧場に埋葬された。
血統表
Petingo 1965 鹿毛 |
Petition 1944 黒鹿毛 |
Fair Trial | Fairway |
Lady Juror | |||
Art Paper | Artist's Proof | ||
Quire | |||
Alcazar 1957 栗毛 |
Alycidon | Donatello | |
Aurora | |||
Quarterdeck | Nearco | ||
Poker Chip | |||
La Milo 1963 栗毛 FNo.1-b |
Hornbeam 1953 栗毛 |
Hyperion | Gainsborough |
Selene | |||
Thicket | Nasrullah | ||
Thorn Wood | |||
Pin Prick 1955 鹿毛 |
Pinza | Chanteur | |
Pasqua | |||
Miss Winston | Royal Charger | ||
East Wantleye | |||
競走馬の4代血統表 |
クロス:Hyperion 3×5(15.63%)、Donatello 4×5(9.38%)、Nearco 4×5×5(12.5%)、Gainsborough 4×5(9.38%)
主な産駒
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関連項目
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