ニタラゴとは、日本の仮名和文書体である。佐藤豊(タイプラボ)によってデザインされ、1995年前後に発表された。和文書体としてはゴシック系デザイン書体に分類され、欧文書体の区分で表現するとジオメトリックサンセリフにあたる。
当初「ニュー・タイプラボ・ゴシック」として発表され、タイプファウンドリーの都合によってモリサワからは「タイプラボN」、キヤノンやフォントワークスからは「NTLG」として提供されているが、のちに略称である「ニタラゴ」が正式名称と定められた(後述)。
概要
線の端が直角・垂直に切られ、モダンな印象を強く持つ、〈ロゴタイプ風〉和文書体。漢字書体も揃った「総合書体」ではなく仮名だけが用意されており、他のモダンゴシック体と混植して使われるものである。モリサワ、フォントワークス、キヤノンといった複数の大手ベンダーにOEM提供されて発売されてきたため、用例が非常に多く、タイプラボを象徴し佐藤豊を代表する仮名書体の一つといえる。
わかりやすくすっきりしたデザインに、細〜極太まで揃った豊富なウエイトファミリーの充実もあって、汎用性が非常に高い。そのため、見掛ける場面は印刷物、ロゴタイプ、テレビテロップ、ゲームUIなど非常に多岐にわたる。
ニコニコ的に馴染み深いのは、例えばバンダイナムコエンターテインメントのメディアミックス作品「アイドルマスター」シリーズであろう。このシリーズでは多くのゲーム作品でUIにフォントワークスOEM〈ロダンNTLG〉が使用されており、プロデューサーであればピンとくる書体といえる。
またゲーム会社・任天堂もニタラゴのヘビーユーザーの一つである。WiiやWiiU、ニンテンドーDSシリーズ、Switchなど近年のゲームハードでデフォルトUIデザインの書体に用いられている。ソフトとして有名な例にポケットモンスターシリーズ(「ポケットモンスターX・Y」以降)、大乱闘スマッシュブラザーズなど。
モリサワユーザーからは提供名「タイプラボN」から「タイプラボ」と通称される場合が多いが、その場合、提供元である佐藤のファウンドリー名と混同してしまう。末尾の「N」までが書体としての名称なので、注意されたい。
背景
背景として、活字における〈仮名書体〉という概念についてまず触れる。
例えば、書籍などで本文の標準書体となっている〈明朝体〉は、漢字と日本語で異なるパーツデザインが基本となっている。漢字は独特のパーツを持った幾何学的なデザインなのに、仮名は筆系の書体になっているのだ。これは可読性が理由にある。
というのも、漢字と仮名は、成り立ちの違いから曲線や直線の法則が異なる(仮名は漢字を崩して作られたものだ)。その為、デザインを全く同じにするとむしろ読みづらくなり、本文に厳しいものとなってしまうのである。
一方、逆に言えば、元から両者の法則が違うので、ある程度コントラストなどが同じであれば、異なる造形でも影響せず読めるものになるということでもある。明朝体と同じようにして、ゴシック体の漢字と筆系の仮名を組み合わせた〈アンチック体〉という書体もある。
次いで、デザイン系仮名書体という和文書体における潮流の登場について触れたい。元々、入力を繰り返し再現できる活字書体としては、明朝体・ゴシック体などといった活字書体が伝統的な主流で、デザイン系書体はレタリングなどで表現するものだった。
これは写真植字機による印字の時代となっても続いたものだが、ここに1968年、グループ・タイポという集団によって石井明朝と混植するデザイン系仮名書体「タイポス」書体が提唱され、新書体ブームへと続くこととなる。この頃、ヘルムート・シュミットの「カタカナ・エル」(1968-71)、杉山金三の「KSゴシック」(1968)などの書体が、幾何学的な線や直角に切れた端などの特徴をもって登場している。
タイポスが与えた影響は単に新書体に対する関心だけでなく、「仮名のみを組み替えるだけでも文面の表情は大きく変わる」ということをデザイナーに改めて示唆したことにもあるだろう。漢字をいちいちデザインするのでは非常に時間も手間もかかり、仮名だけであれば比較的短期間で完成させられる。こうした背景により、様々なところから、仮名書体のデザインも開始されることとなった。
これらに比べると、ニタラゴの前身となる書体が登場するのは幾分か後年のことであった。ニタラゴは〈ニュータイプラボゴシック〉であるから、先に登場するのは〈ニュー〉の付かない前身である。
前身
佐藤は、1974年より書体デザインの活動を開始した。初作「ゆたんぽん」(1974)には、ニタラゴに続く骨格の片鱗をみることができる。また、1979年に「YS-1979」として、直角的な線の切れ目を持つ書体の一種類を発表している(のち1985年に写研より「ラボゴ」として発売)。
しばらく後、佐藤は自身の参加していた書体デザイナーグループ「タイポパワーズ」の1984年に催した展示に合わせて新しい書体のデザインを行った。線の端が水平垂直に切れた特徴を持つモダンな「ロゴタイプ風の」ゴシック書体で、これが「タイプラボ・ゴシック」ファミリーである。現在のニタラゴと比較すると、線幅が曲線により一定でなく幾許か有機的な印象を受ける。
1985年「日本タイプグラフィ年鑑」入選。〈タイポス〉同様に仮名のみの書体で、〈ゴナ〉などのモダン系角ゴシックとの混植が想定された。先ほどのように同種の書体は数種提唱・デザインされてきてはいたが、打ち込みの可能な写植書体としてはまだそう多くなかった。
経緯は佐藤のウェブサイト内記事「ニタラゴの秘密」に詳しいが、写真植字書体としての販売が目指され、写研との契約は叶わなかったものの佐藤によって写植文字盤の自主販売が行われた(製造は外部委託)。その後、モリサワとのライセンス契約が締結され、1986年より「タイプラボG」として写植文字盤が販売されている(当時の同社からリリースされていたモダンゴシック体〈アローG〉との混植が想定)。
なお、何の奇縁か鴨野実による仮名書体「ロゴライン」(同様に線端が水平垂直なロゴタイプ風書体)もこのタイポパワーズ1984で発表され、またタイプラボG発売と同時期に写研(モリサワ競合)から写植書体として販売されている。
発表
発表から約10年後、佐藤はリデザインを全面的に施し、〈ニュータイプラボゴシック〉として現在のデザインを完成させた。線幅が一定となり、有機感が抑えられ、水平・垂直線が強調されるなど洗練されたこの新書体は、1995年、「日本タイポグラフィ年鑑」入選。佐藤の著述によれば、この書体を「あちこちにプレゼンして
[1]」いったらしい。
これは1996年にキヤノンのフォントパックに収録され、初めてフォント製品として発売された。この時、ソフトウェアの制約によって四文字に名前が制限されており、〈NTLG〉という略称で発売されることになった。次年にフォントワークスから「ロダンNTLG」発売。名前の通り、フォントワークスの和文書体〈ロダン〉との混植が行われているフォントとなった。
2004年、モリサワから「タイプラボN」として発売。過去の「タイプラボG」との命名規則に合わせたネーミングにする必要が出たためで、これによって名前にバラけが生じてしまった。
これらは、名前、ウエイトや漢字の仕様以外、デザインの面では違いはない。
2012年、佐藤による公式名称を、NTLGと同じく頭文字をとった「ニタラゴ」に統一することを発表。同年、佐藤による総合書体「ルイカ」との混植書体「ニタラゴルイカ」が発売。買い切りで、1ウエイト税抜2000円というフォントの相場の中では安価の部類での発売となった。漢字が限られるが商用利用可能の無料体験版も頒布開始。
こうして、2000年代に人気を博したキヤノンのフォントパック、DTPにおいて覇権と呼ばれるまでに成長を遂げたモリサワ、ゲーム業界やテレビ業界に強く訴求したフォントワークスの3社と、安価提供のタイプラボ版という4版によって、この書体は非常に広く使用されることとなった。
2020年には「ニタラゴ丸」という丸ゴシック化版も発表され、タイプラボから発売されている。2021年にはニタラゴルイカのうち太めの「ニタラゴルイカ06」という1ウエイトがAdobe Fontsから提供開始となった。
注目点
数あるロゴタイプ風書体の中で、この書体に特筆すべき点は、非常にフトコロが広く、余裕を持って曲線が整理されている点と、漢字が他のモダン系ゴシック体に委ねられている点と思われる。先述したように漢字を基本書体に委ねることによって、可読性を確保しつつ、デザイン性を確保した。
混植を前提とする点では、先述の〈ロゴライン〉やニィス「ウインクスL+JTCウインS」なども同様だが、前者はロゴタイプの傾向が強く、逆に後者は字面サイズなどに手書きのように機微な揺らぎが現れている。比べて、ニタラゴは特に表情が一定ですっきりしている。しつこすぎず、本文にもタイトルにも使えるデザインとなっており、普及ぶりに見合った完成度の高いデザインになっているのである。
そのうえ頭に述べたようにウエイト展開も豊富で、極細から極太まで存在する。佐藤の献身的な売り込みによって大手ベンダーから発売され、佐藤個人からも売り出されるなど使用機会にも恵まれている。各ベンダーの努力もあってそのユーザーは増え続け、定番書体の一つとして定着したのは目覚ましいものである。
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関連項目
脚注
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