ニュークリアシェアリング(Nuclear Sharing)とは、核保有国と核兵器を共有することである。核共有とも。
概要
同盟国である核兵器保有国と共にどんなときに核兵器を使うかなどの作戦を策定し、自国内に同盟国の核兵器を配備し、場合によっては撃てるようにしておくこと。現在ニュークリアシェアリングによって核兵器を他国に配備しているのはアメリカ合衆国のみであり、ドイツ、イタリア、トルコ、オランダ、ベルギーがニュークリアシェアリングをしている。
東西冷戦当時、ソビエト連邦の侵攻に備え秘密裏に配備されたのが始まりで、自国領土に攻め入ったソ連軍を核共有国の責任で核攻撃することを目的としている。攻撃が実施された場合、当然核拡散防止条約(NPT)からは逸脱することになる。この考えは現在のNATOの骨格になっているとも言える。
2022年、ウクライナがロシア連邦による攻撃を受けた際、ウクライナが核保有をやめていなければ侵攻を受けなかったのではないか(ウクライナは核保有国ではないが、ソ連崩壊時にソ連の核を引き継ごうとしたり保有を検討したことはあった)、遡ればイラク戦争の時だって核保有していなかったイラクは攻撃され、核を持っていた北朝鮮はおいそれと手出しができず健在ではないか、そうだとすれば核保有は難しい日本もこれを検討すべきではないかと話題に上がり、安倍晋三元総理が好意的に言及したことがきっかけで国会レベルでの議論へと発展した。
メリット
- 核保有をしなくても核の抑止力を持つことが出来る。仮に日本が自前で核保有をすると、周辺国に「日本が核兵器を使って攻撃しようとしている」との疑念を持たれ関係の悪化を招く他、アメリカなどの同盟国からも「軍国主義の復活」と判断されてしまう恐れが高い。要するに、かえって攻撃の口実を与えてしまう可能性がある。しかし、ニュークリアシェアリングは核提供国(同盟国)の保障で成り立っているので、こういった疑念を与えにくい。
- 核実験をしなくて済む。核を持つならばどこかで核実験をするわけだが、この日本で核実験ができる場所は限られている。仮に核実験を行った場合も土壌汚染は避けられないが、そういった問題も回避できる。
- より強力な核の抑止力を手に入れることが出来る。アメリカの核兵器を使用することが出来るため、周辺国も手出しがしにくくなる。
- 最悪、使用することもできる。最終的に使用するかどうかの決定権はアメリカが持っているが、仮に使用が許可された場合敵戦力の一掃や戦意喪失効果が期待できる。
デメリット
- 核戦争の最前線となってしまう。確かに核抑止力としては機能するかも知れないが、一度一線を越えたら真っ先に攻撃対象となるだろう。確実に核戦力を破壊するため核ミサイルなどの大量破壊兵器による攻撃が想定される。
- 戦力配備に課題がある。核抑止力のキモである相互確証破壊(MAD)は敵の核攻撃を生き延びた自軍の核戦力で反撃し、敵に致命打を与える確証があって初めて成り立つ。国土が狭く自然災害の多い日本列島では場所も限られ、MADが成立するかすら怪しい。ヨーロッパでは複数国に核戦力を分散しているが、これに倣うならまず周辺国との軍事同盟が先であるし、相手国のニュークリアシェアリングも認める必要がある。勿論、維持費用も高くつく。
- 自国にも大きな損害が及ぶ。ニュークリアシェアリングに基づく核攻撃は前述した通り自国領土内での実行を前提としているので、敵を一掃できても周辺住民が蒸発し、母なる大地に黒い雨が降り注ぐことに変わりはない。ヨーロッパの場合ソ連と陸続きであるためベルカ式国防術のような戦略を取らざるを得なかったのだが、島国の日本でもこれが適しているかと言われると疑問符が付く。核の脅威には日米同盟がもたらす「核の傘」で対処し、有事の際には水際防衛で敵戦力の上陸を防ぐ方が遥かに合理的であるとする意見もある。実際、現在の自衛隊は水際防衛を前提とした戦力を備えている。
- 外交関係に悪影響を及ぼす。ヨーロッパに於けるニュークリアシェアリングはNPT締結時には存在が隠され、その後なし崩し的に認められた経緯がある。既にNPTを批准している日本は、NPTに残りつつ各国の賛成を取り付けるという非常に高いハードルを乗り越える必要がある。当然長年に渡り議論と努力が重ねられてきた核軍縮を真っ向から否定するもので「核拡散防止とは何ぞや?」という話になってしまう他、日本という前例ができたことで周辺国も次々とニュークリアシェアリングに走りNPTが有名無実化、キューバ危機以来各国が必死に回避に努めてきた核戦争の脅威が高まる恐れがあることから、認められない可能性が高い。もしNPTを脱退したら...北朝鮮がどうなったかを見れば言うまでもないだろう。
- 核攻撃の決定権が核提供国にある。アメリカが首を縦に振らない限り、核爆弾が戦地へ飛び立つことはない。米国有事に至らない程度の内戦や国境紛争で核を持ち出し威嚇することはできないのである。向こうからしてみれば核爆弾が却って格好の的となってしまう。流石に攻撃されたら米軍も動くだろうが、そもそも攻撃されてからでは遅い。
- 核提供国からみたメリットが薄い。前述の通り核爆弾を保管する基地は重要目標となるが、既にアメリカには高い技術を持つ大陸間弾道ミサイル(ICBM)や潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)がある。わざわざ戦場の最前線に核戦力を置かずとも、核抑止力が大きく損なわれるとは考えにくい。
- 同盟関係が破綻する恐れがある。核の傘に対する疑問視からニュークリアシェアリングを推す意見もあるが、この場合議論されるべきは自力での核保有であろう。どっちにしろ日米安全保障条約を信用していないと受け止められアメリカから有らぬ疑いをかけられたり、最悪の場合同盟破棄にも繋がりかねない。アメリカがGOサインを出す確証などないのである。
- 平時でも惨事に繋がる恐れがある。国内に核兵器がある以上、事故で放射能漏れしたり新興宗教団体やテロリストにハッキングされたりして悪用される可能性もある。サイバー攻撃対策やスパイ対策が未熟とされる日本にとって、この問題は避けては通れない。
- 原子力発電の立場が危うくなる。原発は国民の生活水準向上を目的として、原子力の平和利用と成果の公開を定めた「原子力基本法」の上に成り立っている。核共有を行う場合当法律の改正は必須と見られるが、原発の根拠となる法律が変質するため国内外から疑いの目を向けられるのは当然である。原発立地自治体の反応もネガティブなものになるだろう。また、推進側の経済産業省と規制側の環境省(原子力規制委員会)という関係に防衛省や内閣府も絡んでくるため、軍事機密を理由としてチェック体制が機能しなくなったり骨抜きにされる恐れもある。
- 国民の反発が強い。日本は広島への原爆投下に始まり、長崎への原爆投下・第五福竜丸事件・東海村JCO臨界事故・福島第一原発事故などで核戦争・放射能の恐ろしさを目の当たりにしている。曲がりなりにも核軍縮の旗振り役を務めてきた我が国が真逆の方向に進むとなれば、当然国民からの反発を招くだろう。ただし時の情勢によって反応は変化する可能性がある。
このようにニュークリアシェアリングには様々なメリットとデメリットがあるが、現在の日本に於いてはデメリットが上回るとする見方が強い。
過去の日本では
詳しくは「非核三原則」の項を参照。
日本国成立後国内への核配備は行われていないとされているが、沖縄は別であった。1950年代後半から在沖米軍により核ミサイルの配備が行われ、伊江島では低高度核爆撃訓練を連日実施。極東の核戦力基地としての地位を確固たるものにしていた。沖縄返還を優先した佐藤栄作政権も当初はこれを追認するつもりであり、返還後の政局次第で核共有が実現していた可能性がある。しかし度重なる事故で沖縄の反基地感情が高まったことと弾道ミサイルの技術発展を受け佐藤政権は方針を転換、基地の制限なき使用と引き換えに「核なし」返還へと漕ぎ着けた。
本土でも芦屋基地に核戦力を配備する計画があった他、板付基地(現・福岡空港)所属の爆撃機が核爆弾を搭載した状態で韓国で火災事故を起こしていたことが後年明らかとなっており、核持ち込みが恒常的に行われていた可能性がある。これが当時明るみに出ていた場合、こちらも妥協の産物として核共有に至っていたかも知れない。
ロシアによるウクライナ侵攻を受けた日本の政界の動き(2022年)
元総理大臣安倍晋三はこれまで議論そのものがタブー視されてきたとする現状を批判[1]。日本維新の会共同代表松井一郎も「非核三原則は時代遅れ」と一刀両断し、同調する姿勢を見せた[2]。これを受けて与党を中心にタカ派議員からも賛同の声が上がり始めたことから、自民党は安全保障調査会にて勉強会を開催。大学教授などを招き討論を行ったが、前述のデメリットを中心にレクチャーされたようで前向きな意見は出ず、自民内では事実上の棚上げとなった[3]。内閣総理大臣岸田文雄も歴代内閣での見解を踏襲し、ニュークリアシェアリングは認められないと答弁している他、立憲民主党を初めとした左派政党は一貫して反対の立場をとっている。一方で維新は方針を変えず、参院選2022でも公約に盛り込む[4]などタカ派色を鮮明にしている。国政政党では国民民主党とNHK党も前向きな考えを示している。
参院選に突入すると維新は更に気勢を上げ、原子力潜水艦の保有を主張。米軍との共有でハードルを下げられるとし[5]、反対の立場を示した岸田を「昭和の価値観」と扱き下ろした。これも一種の核共有と言える。国民とN党は自力での保有を主張した。投票の結果国民を除く各党は議席を伸ばした他、新興右派の参政党も議席を獲得した。一方で左派は歴史的大敗を喫したため、今後更に議論に向けた突き上げが激しくなることが予想される。しかし言い出しっぺの安倍はその趨勢を見届けることなく、投開票前々日に凶弾に斃れた。
関連動画
関連項目
脚注
- *https://www.tokyo-np.co.jp/amp/article/177518
- *https://www.jiji.com/amp/article?k=2022022800933&g=pol
- *https://www.tokyo-np.co.jp/amp/article/165962
- *https://www.tokyo-np.co.jp/amp/article/176975
- *https://www.fnn.jp/articles/-/377544
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