ハイパーテクノ単語

ハイパーテクノ

ハイパーテクノとは、ディスコクラブ音楽ジャンルのひとつである。


もともとは、90年代はじめより、ジュリア東京をはじめとしたディスコで流行した、しい4つ打ちテクノ音楽全体をす呼び方である。
ディスコクラブシーンの変遷とともに呼び方も変化しており、

という呼び方もある。特定の人物・音楽で定義付けされたジャンル名ではないため、の中でも様々な呼び方または区別を行うことがよくある。しかし現在では特に、上に挙げた呼び方の音楽はまとめて、このハイパーテクノや、レイヴという呼び方でくくられることが多い。この呼び方の変遷については、「成り立ち」の節にて説明を行う。

現在クラブシーンでは、パラパラ音楽(特に「テクパラ」と呼ばれる踊り)のジャンルとして知られており、パラパラの講習会・パーティにおいては「テクノ」と呼ばれている。

「ハイパーテクノ」は日本独自の呼び名であるため、海外で通用する場面は少ない。

音楽的特徴

オーケストラヒットに代表される手なシンセサウンドテンションをあげたくなるようなサンプリングボイスが基本。アーティストによっては叙情性溢れるピアノヴォーカルセットにすることも多い。パラパラの種類のひとつであるテクパラではこのジャンルを用いる。

よく知られているハイパーテクノの曲

世間的に有名なハイパーテクノを紹介します。

CAN'T UNDO THIS!! / MAXIMIZOR(キャント・アンドゥ・ディス!! / マキシマイザー)

ジュリアテクノ時代を代表するスマッシュヒットであり、「お立ち台」「バブル経済」の徴としてテレビ番組やJ-POPカバーに何度も用いられている。実は1992年リリースであり、リリース時には既に「バブル経済」と呼べるような状態ではなかった。avex trax制作集団によるナンバーである。
(→MAXIMIZORの紹介記事へジャンプ)

SO HIGH / CHANNEL X (ソー・ハイ / チャンネルX)

セガセガ ツーリングカーチャンピオンシップ」の挿入曲。1995年リリース
ゲームではプレイ中のBGMとして、ユーロビートテクノの曲が数曲収録されていた。
ベルギーよりリリースされた曲であり、プロデューサーPRAGA KHAN(プラガ・カーン)は、「デステクノ」という呼び方が定着する以前、そのルーツのひとつである「ニュービート」というジャンルからシーンを作り続けているパイオニア的な存在である。
(→PRAGA KHANの紹介記事へジャンプ)

Get'em Up To R.A.V.E. / Disconation (ゲッデム・アップ・トゥ・R.A.V.E. / ディスコネーション)

コナミ音楽ゲームbeatmania IIDXシリーズプレイできる楽曲。2005年稼働の「beatmaniaIIDX12 HAPPY SKY」が初出。2012年リリースされたCD"J-RAVE Nation(S2TB-0005)"にて、フルバージョン"Extended Edit"が収録されている。
beatmaniaシリーズでは、曲ごとにジャンル名をつける仕様があり、当曲では"RAVE"である。

アーティスト名である"Disconation"とは、kors kユーロビートやハイパーテクノ系統の曲を手掛ける際に用いていた名義。("kors k as Disconation"とも)
現在では原則として名義を"kors k"に統一した……はずなのだが、例外も多い。

JAMES BROWN IS DEAD / L.A. STYLE (ジェームス・ブラウン・イズ・デッド / L.A. スタイル)

この曲もまた、ジュリア東京」「デステクノ」を代表する曲として知られている。プロレスラー安生洋二選手の入場曲であり、avex traxリリースした「ジュリア東京CD第一弾のトリを飾った曲である。
1991年ベルギーよりリリースされた曲であり、曲のネタであるジェームス・ブラウン氏は当時ご存命であった(2006年末に他界)。この物騒なタイトルは、彼らがアメリカで聞いた酔っぱらいのうわ言にインスピレーションを受けたことによる。
世界的なスマッシュヒットであり、リリース当時欧ブームとなっていたレイヴパーティでもよくプレイされていた。このようなスタイル音楽日本ディスコシーンにもたらされた事により、ジュリアテクノブームが始まったとされている。
このヒットに便乗したアーティストも非常に多く、"○○ is ○○"等というテンプレで様々なデステクノナンバーが大量生産された。以下に例を挙げる。JBカワイソス

また、このブーム末についてはDJ TECHNORCHがブログでさらに詳しくまとめているexitので、そちらも参照されたい。
※元のURLではエントリが消失しているため、リンク先はInternet Archive
(→プロデューサーのDENZIL SLEMMINGの紹介記事へジャンプ)

KAMIKAZE / Sampling Masters AYA(カミカゼ / サンプリング・マスターズ・アヤ)

1995年稼働のナムコレースゲーム"Rave Racer(レイヴレーサー)"の挿入曲。
この"Rave Racer"をはじめとした"Ridge Racer(リッジレーサー)"シリーズでは、稼働当時のダンスロアサウンドがよく反映されており、とりわけ初期(1992年1995年あたり)のサウンドジュリアテクノテイストの物が多い。ビートマニア等の音楽ゲームが出てくる以前は、リッジレーサーシリーズをはじめとしたNAMCO Sampling Mastersのサウンドに影を受け、この手の音楽へ引き込まれるゲーム好きが多かった...と言っても過言ではない。

上に挙げたKAMIKAZE、庭用"Ridge Racer Revolution"にも収録されたDRIVE U2 DANCINGexit(ドライブユートゥー・ダンシング)は代表的なデステクノナンバーである。またSampling MastersのMEGA(細江慎治)氏がシリーズ第一作に収録したRotterdam Nationexit_nicovideo(ロッテダム・ネイション)は、当時のゲームプレイヤー達に「ガバ(ロッテルダムテクノ)」という当時最新の実験ハードコアテクノをぶつけた衝撃的な作品である。

AYA氏はリッジレーサーシリーズを担当するまではこのようなジャンルに接点はかったそうだが、知り合いからデステクノのCD(HOLY NOISEアルバム)をオススメされ、社内へ持ち込まれたことにより、このような音楽の方向性が決定されたとっている。その後は、当時ジュリアテクノを代表するアーティストであったTHE PRODIGYの初来日ライブを観に、ジュリア東京へ2デイズ日共に赴き、大騒ぎするほど熱心なファンになっていた。[1]

音楽ゲームへの楽曲提供も多く、Beatmania IIDXシリーズではOne or Eightexit(ワン・オア・エイト)が有名である。KONAMI音ゲーに限らず、太鼓の達人グルーヴコースターなど幅広く活動している。

最近ではSPEEDKING PRODUCTIONより発売されている「デステクノ」コンピレーション"SPEEDKING"シリーズexitのVol.3, 4, 5に、当時のテイストを全面に押し出した楽曲を提供している。

SUPER SONIC DANCE / m.o.v.e(スーパー・ソニック・ダンス / ムーヴ)

2001年リリースm.o.v.e(当時はmove名義)の11枚シングルである。
m.o.v.eは、90年代初頭よりレイヴミュージックを取り入れて音楽活動を行っていたSUB SONIC FACTOR(サブソニックファクター)の木村 志(t-kimura)MORE DEEP(モア・ディープ)のMOTSU、今でも数多く活躍しているアイドルシンガー登竜門となったテレビ東京バラエティ番組"ASAYAN"のオーディション企画から見出されたyuriの3名によるユニットとして1997年スタートした。前述の2人は、93年にRAVEMAN(レイヴマン)と呼ばれるテクノユニットを結成しており、ジュリアテクノ伝説ヒットナンバーを数多く製作していた。(→RAVEMANの紹介記事へジャンプ)
m.o.v.eはじめavex traxに所属しているミュージシャンの楽曲は、「ジュリアテクノブーム時に数多くテクノユーロビート制作リミックスしていたトラックメイカー・リミキサーによる編曲が多いため、どこかハイパーテクノやユーロダンステイストを思わせる楽曲が多い。またm.o.v.eTRFFAVORITE BLUEリリース後にハイパーテクノのスタイルリミックスした企画盤も多く発売されている。企画盤ではavex製作だけではなく、DJ ZORROやL.A. STYLE等海外大物トラックメイカーも参加している。

個別ページm.o.v.eとは (ムーヴとは) [単語記事] - ニコニコ大百科

Secrets / good-cool feat. CHiCO (シークレッツ / グッド・クール feat. ちこ)

コナミ音楽ゲームbeatmania IIDXシリーズプレイできる楽曲。2008年稼働の「beatmania IIDX 16 EMPRESS」が初出。2009年リリースされたCD"crazy operation(LC1775)"にて、ロングバージョンが収録されている。ゲームでのジャンル名は"TECH-PARA"である。

ジャンル名が示す通り、2000年代中盤~現代のハイパーテクノのスタンダードである「テクパラ(We Love系とも)」スタイルの楽曲である。
過去に"SENSE"シリーズ等のRAVE楽曲を手がけたgood-coolであったが、テクパラ系の楽曲製作は初めてであったそうで、「最近の傾向を身体にブチ込み」「テクパラ体質」になるまで音源を聴き込んだexit上での製作であった。
定番の男性ラッパー・女性シンガーの組み合わせやテクパラ特有の展開は、音ゲープレイヤーならずとも必聴のクオリティである。

CHURCH OF HOUSE / PERPLEXER (チャーチ・オブ・ハウス / パープレクサー)exit

1995年リリース。当時ドイツオランダで流行していたポップな音のトランススマッシュヒット
日本でもトランスヒットとして認知されているが、「ハイパーテクノ」として解説している音があった。
そのため、ジャンルが成り立ちはじめた1994年1997年頃、「ハイパーテクノ」と表記されていた楽曲には、現在では別のジャンルとして再定義が可な楽曲が多数存在するこの現については、「成り立ち」の説で後述する。

代表的なアーティスト

DJ ZORRO (DJ ゾーロ) - イタリア

<代表曲>
BAILA BAILAexit_nicovideo (バイラ・バイラ)
BANDIDOexit (バンディード)
EL DIABLOexit (エルディアブロ)
ESTO ES LA VIDAexit (エストエス・ラ・ヴィーダ)
ZORROexit (ゾーロ)
EL PASOexit (エル・パソ)
BARCELONAexit (バルセロナ)

ユーロビート帝王 Dave Rodgersプロデュースの下、1993年デビューから非常に多くの楽曲に携わっている。ハイパーテクノを代表するアーティストと言っても過言ではない。
"BAILA BAILA"exit_nicovideo, "ESTO ES LA VIDA"exitといったタイトルからも分かる通り、タイトル歌詞共にスペイン語制作されており、Ahhhhh!!, Oleee!!というような煽りが入る事が大きな特徴。
ちなみに、彼はユーロビートシンガーとしても活動しており、代表的な名義としては"MEGA NRG MAN"がある。MAXカバーした"SEVENTIES"exit_nicovideoヒットや、アニメ版「頭文字D」の挿入歌exit_nicovideoとして彼の曲が多数選曲されていることからも、こちらの名義で知っている方も多いかもしれない。

2 UNLIMITED (2 アンリミテッド) - ベルギー

個別記事があります : → 2unlimitedとは(ニコニコ大百科)

<代表曲>
GET READY FOR THISexit_nicovideo (ゲットレディフォー・ディス)
TWILIGHT ZONEexit_nicovideo (トワイライトゾーン)
NO LIMITexit_nicovideo (ノーリミット)
WORKAHOLICexit_nicovideo (ワーカホリック)
TRIBAL DANCEexit_nicovideo (トラバルダンス)
THE REAL THINGexit_nicovideo (ザ・リアルシング)

90年代ダンスポップ界、そしてハイパーテクノを紹介する上で絶対に欠かせない存在であるのが、彼ら2 Unlimitedである。
ラッパーのRayシンガーのAnitaによる1991年デビュー"GET READY FOR THIS"exit_nicovideoをはじめ、"TWILIGHT ZONE"exit_nicovideo,"NO LIMIT"exit_nicovideoフレーズは、タイトルを知らずともどこかで聴いた方も多いはずである。
ハイパーテクノでは、彼等の作品の影を色濃く受けた作品が非常に多い。参考までに当時2 Unlimited内販売権はマーキュリーエンターテイメントが独占保有していたため、avex社の「ジュリア東京シリーズCDに収録することができなかった。後のメモリアル盤では当時の担当ディレクターが「どうしても収録したかったアーティストのひとつ」として彼らを挙げている。
あまりに爆発的なヒットであったため、数多くの露パクりナンバー非公式リミックス(ブートレグ)が産み出され(大体がイタリア産)、これらはまとめて「2 Unlimited症候群」「2 Unlimitedクローン」と形容された。当時2 Unlimited作品を収録することが出来なかったavexでは、この「症候群モノ」作品の権利を獲得し、2 Unlimited症候群の作品だけを収録した企画盤 "テクノ・シンドローム"exitを発売している。
また、小室哲哉率いるglobeの、KEIKO(女性シンガー) + MARC PANTHER(男性ラッパー)という組み合わせは、2 Unlimitedを意識していたという話もある。

JOHN ROBINSON (ジョン・ロビンソン) - 日本(アイルランド)

<代表曲>
TOKYO GO!exit_nicovideo (トーキョー・ゴー!)
EVERYBODYexit_nicovideo (エブリバディ)
DON'T CLOSE YOUR MIND / MAXIMIZOR + JOHN ROBINSONexit
(ドント・クローズ・ユア・マインド)
EVERYTHING'S GONNA BE ALRIGHTexit (エブリシングス・ゴナ・ビー・オーライ)

ジュリアナズ、トオオオキオオオオオオ!!」でお染みの「ジョンロビ」。
beatmania IIDX 11 RED"KECAK"exit_nicovideoでお染みの「ジョンロビ」。
そんな彼はジュリア東京ヴェルファーレでレジデントDJを務めていた凄腕DJである。avexから発売されていたジュリア東京のコンピレーションで彼の煽りMCを聞いた方も多いのではないだろうか。
アーティストとしても、楽曲リミックストラック制作共に完成度の非常に高い物を多数手がけている。"TOKYO GO!"exit_nicovideoは、今なお「ジュリアテクノ」系のイベントで、締めのお約束としてプレイされることが多い。1995年リリースされた"EVERYBODY"exit_nicovideoも、"TOKYO GO!"exit_nicovideoに隠れがちだが、後半のコールアンドレポンスがアツい傑作ハイパーテクノである。
音楽のトレンドに合わせて、様々なジャンル音楽制作しており、1996年頃の[john]アルバム以降はハイパーテクノのような楽曲からは離れている。
ヴェルファーレ閉店後は、自らの音楽活動を再確認するため日本を離れているが、今なおDJ活動は行っており、年に一度は日本(六本木や麻布、厚木など)でプレイをしている。

余談ではあるが、1994年にはDANELA(ダナレイ)と呼ばれるユーロビートシンガーのプロデュースexitを行ったこともある。彼が1993年末まで勤めていたジュリア東京ではユーロビート(いわゆる"1次・2次ブーム系"や"湾系")がプレイされないと言われていたため、この時期の突然プロデュース話題になった。

MAXIMIZOR(マキシマイザー) - 日本

<代表曲>
CAN'T UNDO THIS!!exit_nicovideo (キャント・アンドゥ・ディス!!)
I LIKE IT(GIVE IT TO ME)exit_nicovideo (アイ・ライク・イット)
DON'T CLOSE YOUR MINDexit (ドント・クローズ・ユア・マインド)

バブル経済」等のテロップとともに、お立ち台の上で羽根センスを持ったボディコンギャルが踊り狂っている映像が流れていれば、およそ90確率で彼の"CAN'T UNDO THIS!!"exit_nicovideoBGMで当てられているはずである。(「バブル経済」とは、この頃すでに呼べなくなっている状況であったが)5年程前には"I RAVE U"としてDJ OZMAカバーされ、こちらも大ヒットした事は記憶に新しい。
"STARR GAZER"名義で活動していた星野(と、GTSメンバーである日高智も携わっていたらしいが詳細は不明)によるプロジェクトであり、avex traxジュリアテクノ専門レーベル"D-FORCE"に在籍していた。
ハイパーテクノとしての作品では、JOHN ROBINSONと共作の"DON'T CLOSE YOUR MIND"exit"BABY BABY... DON'T STOP!"exit_nicovideoが挙げられる。

RAVEMAN(レイヴマン) - 日本

<代表曲>
PUMPIN'exit (パンピン)
RAVEMAN'S THEME (レイヴマンズ・テーマ)
FUCKIN' SERIOUSexit (ファキンシリアス)
しんちゃん"てくの"音頭 / れいぶまん スペシャルゲスト のはらしんのすけ
NOBODY (RAVEMAN MIX) / MORE DEEPexit_nicovideo (ノーバディ)
Bomb A Head! (RAVEMAN MIX) / m.c.A・T (ボンバ・ヘッド!)

m.o.v.eで活動していたことで知られている木村貴志(KIM RAVEMAN)とMOTSU(U.S-TOM)、後に"GTS"でクラブシーンを席巻するDJ GEE(GEE RAVEMAN)とボーカリスト・ラッパーからなるユニットである。MOTSUの在籍していた"MORE DEEP(モア・ディープ)"と木村氏が協してトラックを作成した事がきっかけで活動を開始。1993年末にリリースされたデビュータイトル"PUMPIN'"exitがいきなり全で大ヒット。"RAVEMAN'S THEME", "FUCKIN' SERIOUS"exitと立て続けにヒットを飛ばす。
リミックス作品にも傑作が多い。元々テクノではない曲をこの手のサウンドに仕立て上げる、いわゆる「HYPER TECHNO REMIX」物が多く、特にm.c.A・Tの"Bomb A Head!"のリミックスが有名である。

DJ SICK feat. DR. D.O.P.E. & BULLDOZER, BRATT SINCLAIRE (DJシック feat. ドクターD.O.P.E. & ブルドーザー, ブラット・シンクレア) - イタリア

<代表曲>
TO HELL & BACK / MMMexit (トゥー・ヘル & バック / メタルマインデッド・マニアックス)
PAINT IT BLUEexit (ペイント・イット・ブルー)
YUM YUMexit (ヤム・ヤム)
F.A.Y. / MMMexit (F.A.Y. / メタルマインデッド・マニアックス)
HYPERCONDRIACexit (ハイパーコンドリアック)
AVE AVE / THE PROPHETexit (アヴェ・アヴェ / ザ・プロフェット)
HORROR / THE PROPHETexit (ホラー / ザ・プロフェット)

現在のハイパーテクノのデファクトスタンダードである、メタルテイストアレンジハードコアラップを織り交ぜたスタイルは、彼らイタリアユーロビート製作集団の曲に端を発する。

彼らはもともと、大手ユーロビートレーベルであるA Beat C(A ビート C)で活動をしていたミュージシャン達である。DJ SICKはこのレーベルの設立メンバーであり、今なお数多くのユーロビート製作に携わっている重鎮ALBERTO CONTINI(アルベルト・コンティニ)である。彼はイタリアで活動していたスラッシュメタルバンド"BULLDOZER"のメンバーでもある。

BULLDOZERが92年にリリースした"DANCE GOT SICK"exit(ダンス・ゴット・シック)という曲でラッパーとしてDR. D.O.P.E.ことFAUSTO GUIO(ファウスト・ギュイオ)をフィーチャリング。以降DJ SICK、ラッパーのDR. D.O.P.E.とバンドのBULLDOZERというグループ体制で、日本ディスコシーンに強トラックドロップし続けた。

もう一人、彼らの仲間として忘れてはならないのが、BRATT SINCLAIRE(ブラット・シンクレア)である。彼は後にユーロビートで一番有名と言っても過言ではない、あのNIKOの"NIGHT OF FIRE"exit_nicovideoを手掛けるプロデューサーである。彼を交えたプロデューサーチーム90年代中盤からめきめきと頭を現し、現在もテクパライベントで根強い人気を誇る傑作を数多く製作している。当時破の勢い(大体3ヶに1~2曲)で曲を量産している様を、avex社では"またBULLDOZER一が -"というように形容をしていた。特に彼らの音楽性を示しているものとしては、"YUM YUM"exit"F.A.Y. / MMM"exit"SHOW NO MERCY / BLACK METAL feat. LADY LUST"exitが挙げられる。

1995年末、SINCLAIREがA Beat Cを離れ新レーベル"DELTA"(デルタ)の創設に携わる。同時にGUIOとBULLDOZERのギタリストであるANDREA PANIGADA(アンドレア・パニガーダ)がDELTAへ移籍。ここでも"SO WHAT / INDEPENCE DAYS"exit"CRAZY TRAIN / THE PROPHET"exit"HYPER TECHNO MISSION / MISSION ONE"exitといった傑作を残している。

現在SINCLAIREはDELTAより独立し、自身のレーベル"SINCLAIRESTYLE"(シンクレアスタイル)の総帥となった。DR. D.O.P.E.、PANIGADAと共にハイパーテクノのリリースを続けている。

CAPPELLA(カペラ) - イタリア

<代表曲>
U & ME <B4 ZA BEAT MIX>exit_nicovideo (ユー & ミー)
MOVE ON BABYexit_nicovideo (ムーヴオンベイビー)
EVERYBODYexit_nicovideo (エヴリバディ)
TAKE ME AWAYexit (テイク・ミー・アウェイ)
U GOT 2 KNOWexit (ユー・ガット・トゥ・ノウ)
MOVE IT UPexit (ムーヴ・イット・アップ)
TURN IT UP & DOWNexit (ターン・イット・アップ & ダウン )
U TURN ME ONexit (ユー・ターン・ミー・オン)

イタリアの名門レイヴミュージックレーベルであるMEDIA RECORDS(メディア・レコーズ)。総帥GIANFRANCO BORTOLOTTI(ジャンフランコ・ボルトロッティ)率いる創設明期からの看アーティストが彼らCAPPELLAである。
レイヴミュージックのトレンドに合わせ様々なスタイルの曲をリリースしており、"HELYOM HALIB"exitのようなアシッドハウスやイタロハウスジュリア東京パワープレイされた"EVERYBODY"exit_nicovideo、さらには"THE BIG BEAT"exit_nicovideoのようなラテンハウスまで手がけている。そしてほとんどのリリース世界的な成功をあげている。
 ジュリア東京が営業をしていた1991年1994年においては、レーベルメイトである49ers(フォーティーナイナーズ)と共にヒットを量産した。代表作としては先に上げたEVERYBODYの他、TAKE ME AWAYexit_nicovideoU GOT 2 LET THE MUSICexit_nicovideo等が挙げられる。
 1994年以降はユーロダンススタイルの楽曲を量産。特に、1994年リリースされた"U & ME"exit_nicovideoを、日本リミックスチームB4 ZA BEAT(ビフォー・ザ・ビート)が手がけたものexit_nicovideoが全的なヒットを飛ばした。10分近くに渡るハードなハイパーテクノ・リミックスは必聴である。
 彼らが所属していたMEDIA RECORDSのアーティストは非常に多くの名義・サブレーベルを使用しており、特にジュリアテクノの世代に多い。参考までに彼らMEDIA RECORDSの日本国内でのリリースは、1994年まではavexからではなく、Alfa Records(アルファ・レコーズ)からのリリースが中心であった。MEDIAの活動に関しては、Alfa社のCD"That's CLUB TRAX(ザッツ・クラブトラックス)"シリーズが詳しく解説を残している。

DENZIL SLEMMING, FONNY DE WOLF (デンジル・スレミング, フォニー・ド・ウルフ) - オランダ, ベルギー

<代表曲>
JAMES BROWN IS DEAD / L.A. STYLEexit_nicovideo (ジェームス・ブラウン・イズ・デッド / L.A. スタイル)
ALL SYSTEMS(ARE GO) / THE CURSEexit (オールシステムズ・アー・ゴー / ザ・カーズ)
TURN YOUR BODY / NUVO RICHEexit (ターン・ユア・ボディ / ヌーヴォ・リッチ)

デステクノを代表するナンバーJAMES BROWN IS DEAD”を手掛けたのは、オランダプロデューサーDENZIL SLEMMINGである。 そして、彼とタッグを組み、DeCADANCE RECORDS(デカダンス・レコーズ)でデステクノヒットを数多く手がけたもう一人のプロデューサーがFONNY DE WOLFである。

二人はデステクノを手がける前である1980年代から、イタロダンスやユーロビート等、幅広くダンスミュージックを手がけているベテランプロデューサーである。DENZIL SLEMMINGMICHIEL VAN DER KUY (ミッシェルキー)[2]という名義で活躍しており、日本では80年代ユーロビートハイエナジーのプロデューサーとしてに知られている。FONNY DE WOLF80年代の名ユーロビートプロデューサーであり、代表作には”MUSIC IS MY THING / SAMANTHA GILLESexit_nicovideo"(ミュージックがすべて / サマンサ・ジルズ)が挙げられる。

1991年、二人はDeCADANCEでの活動を開始し、それからまもなくしてDENZIL SLEMMINGJAMES BROWN IS DEAD”をリリースした。2人がこのレーベルプロデュースした楽曲は、今尚ハードコアテクノクラシックとして世界中でプレイされている。代表的なプロジェクトとしては、”CONTACT(コンタクト)”exitで知られるNUVO RICHE”DANCE YOUR ASS OFF(ダンス・ユア・アス・オフ)”exitのR.T.Z. (リターン・トゥ・ゼロ)が挙げられる。

1992年には、FONNY DE WOLFがFOCO(フォコ)という名義でL.A. STYLEを手がけ、”BALLOONY(バルーニー)”exitヒットさせた。ジュリアテクノブームが最高潮にあった日本においてもこの曲はジュリア東京マハラジャヒットした。 当時マハラジャ店にてDJをしていた“BOSS横田聡氏が、“REMO-CON田村哲也氏と共に本作をリミックスした音源exitが、Y&Co. (横田商会)活動最初期の作品として知られている。

PRAGA KHAN(プラガ・カーン) - ベルギー

<代表曲>
INJECTED WITH A POISONexit_nicovideo (インジェクテッドウィズ・ア・ポイズン)
KICK BACK FOR THE RAVE ALARM / PRAGA KHAN feat. J.J.exit
(キックバックフォー・ザ・レイヴアラーム)
GOD OF ABRAHAM / MNOexit (ゴッドオブアブラハム / MNO)
TAKE CONTROL / LORDS OF ACIDexit_nicovideo (テイク・コントロール / ローズオブアシッド)
GROOVE TO MOVE / CHANNEL Xexit (グルーヴ・トゥ・ムーヴ / チャンネルX)
TAKE IT TO THE TOP / CHANNEL Xexit_nicovideo (テイク・イット・トゥ・ザ・トップ / チャンネルX)
A WORLD FOR YOU AND ME / PRAGA KHAN & OLIVER ADAMSexit
(ア・ワールドフォー・ユー・アンド・ミー)

彼もまた、ジュリアテクノを説明する上では欠かすことの出来ないアーティストである。

1980年代よりニュービートDJトラックメイカーとして活躍しており、ANTLER-SUBWAY”(アントラー・サブウェイ)レーベルの創設者のひとりである。

1990年初頭のレイヴパーティムーヴメントにおいては、”KICK BACK FOR THE RAVE ALARM”exit,“INJECTED WITH A POISON”exit_nicovideoといった極めて重要なレイヴアンセムを産み出している。

本人名義の楽曲もさることながら、彼が運営をしているANTLER-SUBWAY(と姉妹レーベル)からリリースされた楽曲群は本場ベルギー欧州レイヴだけではなく、ジュリア東京をはじめとした日本ディスコロアにおいてもヒットを連発した。

特にプロデュースチームMNO”メンバーであるJADE 4U(ジェイドフォーユー), OLIVER ADAMS(オリヴァーアダムス), KHANが携わったCHANNEL X, 2 FABIOLA(2 ファビオラ), LORDS OF ACID(ローズオブアシッド)といったユニットレイヴパーティの現場に収まらず、ユーロダンスのようなダンスポップシーンからポストインダストリアルシーンにまで幅広く影を及ぼした。参考までに、後の日本の”サイバートランスブームにおける大アンセム”L’esperanza”exit_nicovideoでお染みAirscapeのJOHAN GIELEN(ヨハン・ギーレン)もANTLER SUBWAYにて活動をしていた。

日本においては、avex traxのコンピレーションに数多く楽曲が収録されており、特に「ジュリア東京」のコンピレーションではVol.1からラストリリースとなった”LEGEND”、度々リバイバルされるメモリアル盤にまで、数多くの楽曲がMIXに用いられている。L.A. STYLEのDeCADANCEレーベルMAXIMIZORのD-FORCEレーベルと並び、彼らがavex traxにおいての「ジュリアテクノ」ムーブメントの中心にあった事を物語っている。

の最初に挙げた”SO HIGH / CHANNEL X”exit_nicovideoも彼らによるものであり、ゲームBGMavexが楽曲提供したことによる収録であった。この楽曲がリリースされた1995年頃より様々なスタイル音楽に挑戦しており、ガバexitジャングルexitといったしいスタイルでもリリースを残している。イギリスのTHE PRODIGY(ザ・プロディジー)同様に、90年代後半より、レイヴサウンドだけでなく、ロックインダストリアルの現場でも成功を収めているテクノアーティストである。

今なおプロデューサーとして現役である。


成り立ち

ハイパーテクノの成り立ちには、1980年代末にベルギードイツクラブプレイされていた「ニュービート」、1993年以降の進歩については、「ユーロダンス」や日本国内でも大流行した「ユーロビート」の影が非常に大きい。

「レイヴパーティ」の音楽(1988〜)

ハイパーテクノの直系のルーツを辿って行くと、現在では「オールスクールレイヴ(Oldskool rave)」とよく呼ばれている音楽にたどり着く。この言葉は、1980年代末からUKで火が点き、1993年ごろまで世界的なブームとなったレイヴパーティで流れていた音楽の総称である。ブームも初期(いわゆる「セカンド・サマー・オブラブ」)の1980年代末はアシッドハウス(TB-303という機材が発振する「ビキビキ」音を中心に構成した音楽)やイタロハウス(イタリア制作されていたハウス)、ヒップハウス(ヒップホップハウスを合わせたような楽曲)が中心であったが、1990年に入り状況が一変する。しい音のテクノハードコアテクノレイヴパーティーの中心に台頭したのである。

ハードコア・テクノ(1990〜)

ハイパーテクノの成り立ちを見るので、とりあえずここでは、この頃の「ハードコア」を以下の2つに大別して考えることにする。

ひとつはブレイクビーツ・ハードコアTHE PRODIGY "CHARLY"exit_nicovideoSL2 "ON A RAGGA TIP"exit_nicovideo 等に代表される、ブレイクビーツを中心に構成されたハードコアテクノである。特にUK産の楽曲が多く、携わったクリエイター達は1990年代中盤より、ドラムンベースハッピーハードコアの発展に多大な影を及ぼしている。

そしてもうひとつはハードコアレイヴ(今日においては、レイヴクラシック」、「オールスクールハードコアレイヴとも呼ばれている)、T99 "ANASTHASIA"exit_nicovideoや、L.A. STYLE "JAMES BROWN IS DEAD"exit_nicovideoに代表される、上にも述べたニュービートやデトロイト・テクノトラックに影を受けている、重たい4つ打ちキック・扇情的なシンセリードを中心に構成された「ハードコアである。

レイヴ発祥の地UKでは、ブレイクビーツ・ハードコアの方が当時レイヴでよくプレイされており、今日"Oldskool Rave"というと、ブレイクビーツ・ハードコアトラックすことが多い。先んじて概要を述べてしまうと、ハイパーテクノは、後者4つ打ちの「ハードコアレイヴサウンドから生した(といっても差し支えないほど影を受けている)音楽である。

欧米の「レイヴ」と日本の「レイヴ」

この「レイヴパーティ」は、屋外やウェアハウス(大きな倉庫)で秘密裏に開催され、フライヤー(ビラ)や自動応答の電話等のメディアや噂で情報のやりとりが行われた。レイヴが開催される週末には、話を聞きつけた1000人以上のパーティ好き(レイバー)が会場に現れ、通し踊ったと言われている。

そんな欧の「レイヴ」文化と較をすると、その後日本にもたらされた「レイヴ」の文化は、非常に特異なものであった。な「レイヴ」の会場がディスコであったからだ。[3]
そして、音楽性にもはっきりとした嗜好の違いがあった。

「ジュリアナテクノ」ブーム(1991〜)

日本では少し遅れて1991年ごろ、ユーロビートブームも落ち着いてきたマハラジャ、そしてオープン直後のジュリア東京等に代表されるようなディスコクラブで、この手の音楽パワープレイされ始めた。後に90年代初頭の社会としてられる「ジュリアテクノブームの始まりである。
参考までに一部ではバブル時代の徴として使われる曲もあるが、流行っていたのはバブル気がはじけた後である。

ジュリア東京」をはじめとしたディスコプレイされたハードコアテクノユーロダンスハウス、果ては初期のガバ(通称「ロッテダムテクノ」)といったダンスチューンはまとめてジュリアテクノと呼ばれ、今日に伝わっている。

ジュリアテクノ」の代表的なバリエーション
デステクノ(4つ打ちハードコアレイヴ内での別名)
ブレイクビーツ・ハードコア
ユーロダンス(欧州ダンスポップ)
ハウス(アンビエントハウスやイタロハウス人気であったそうだ)
ロッテルダムテクノ(初期のガバ日本国内での呼び名)

「デステクノ」の独自進化(1992〜)

この中でも特に、重たい4つ打ちキックを用いたハードコアレイヴトラック日本国内で「デステクノ(発狂テクノ/テクノハウスとも)」と名付けられ、ディスコDJ扇子ギャルの注を浴びた。この名前の由来については諸説あり、「デスメタルサウンドテクノ版である」「髄まで破壊されてしまいそうな殺人サウンド」等の煽り文句で紹介されていた。当時、テクノグループ電気グルーヴの2人も「電気グルーヴオールナイトニッポン」の番組内にてこの呼称に触れており、レコードショップで「殺人テクノ」とも紹介されていた旨を話している。ブレイクビーツ・ハードコア流であった本場UKとは違ったシーンが展開されていたのである。

また、Y&Co.(横田商会)やI.S.D.、DIGITAL VOLCANO等、内各店舗のディスコDJによるリミックスオリジナルトラックは、avex traxやテイチク等から正式に、商業音としてリリースされていた。日本各地で数多くのリミックスチームが結成され、様々なデステクノのエディットリミックスが作られてはプレイされた。これが引き金となり、この「デステクノ」は、以降日本での独自進化を始めることとなる。

avex trax率いるトラック制作レーベルである"D-FORCE"勢をはじめ、MORE DEEP, RAVEMAN擁するSONYの"pee-de-rom"、テイチク・SONYの"MEGA RAVE / GLOBAL DANCE NETWORK"からヒットナンバーが量産された。

そこに、イタリアユーロビート制作集団によるトラックが追従した。
とりわけ、Dave Rodgers率いるユーロビートの名門A Beat Cが乱発したメタルテイストトラックハードコアラップナンバーは強であり、しばしばavexCDでは彼らを「BULLDOZER一と形容している。現在のハイパーテクノのデファクトスタンダードと言っても良い、メタルテイストアレンジは彼らに端を発している。また、A Beat Cのライバル格である名門TIME RECORDSからも大変良質なイタロハウスハードコアレイヴトラックが数多くリリースされた。

「ハイパーテクノ」という呼び名

1994年8月末にジュリア東京閉店すると、その年の12月にVELFARRE(現 : ニコファーレ)がオープンする。
avex traxジュリア東京の時同様に、 VELFARREのDJらによるミックスCDを発売したが、この際、使用した楽曲をひとつひとつジャンル分けしており、ここで従来のいわゆる「デステクノ」を、[ TECHNO ]および[ HYPER TECHNO ]として紹介している。ライナー末尾の紹介によると、

[ HYPER TECHNO ]
テクノの中でもよりコマーシャルかつパワフルアグレッシブサウンド、それが「ハイパーテクノ」である。直接的にボディにくるそのサウンドは、扇情的で、聴く人全てに恍惚感を与える。
理屈抜きで楽しめるということを追求する「ハイパーテクノ」は、ダンス・フロアの盛り上げに欠かせないサウンドとして常にDJたちの熱い注を浴びている。
(AVCD-11301 "VELFARRE Vol.1"より引用しました)

となっている。以降avex社の音解説では、この手の音楽は「ハイパーテクノ」と呼ばれることが多くなった。参考までに、「ハイパーテクノ」という言葉自体は1992年頃には呼び方として使われていたことが確認されている。[4]

1994年以降、ハイパーテクノと呼ばれ始めた音楽は、次第に産・イタリア産のナンバーが中心になり、ユーロビート同様、日本シーンに向けた音作りがされるようになったイタリアナンバーについては、先に述べたユーロビート勢のほか、CAPPELLA擁するMEDIA RECORDSの存在も外せない。

1997年ごろまでVELFARRE等のコンピレーションCDに[ HYPER TECHNO ]の表記・解説があったが、1996年ごろのトランステクノハッピーハードコア流行時には"CHURCH OF HOUSE / PERPLEXER"exit, "FLY AWAY / CLOCK"exit_nicovideoをはじめとした高BPM楽曲(現在となっては、別のジャンル呼称がついている楽曲)についても引っ括めて[ HYPER TECHNO ] へジャンル分けがされている。
この当時に発売されたCDをあたる際は、1994年1995年頃に、いちジャンルとして確立した」ということを考慮する必要があり、現在組みと確立当時の括り方が随分違う事を知っておきたい。

1997年以降のハードハウスブームやダッチトランスブームに押され、以降人気は下火になっているようであるが、今なおパラパラの振り付けをつけて踊る「テクパラ」を中心に講習会が続けられている。昔はボディコンという、ボディラインを強調したドレスを着たおちゃんやギラギラしたちゃんが踊り狂うための音楽というイメージが強かったが、現在はいわゆるegg系と呼ばれる男女が好む、あるいはパラパラユーロビートの他に踊るための音楽というイメージが付きつつある。

一般的には流行を終えた感のある音楽ではあるが、熱狂的なファンも多く、影を受けたアーティストもいる。


補足 : J-POPとハイパーテクノについて

よく勘違いされる例として初期Every Little ThingFavorite BlueTWO-MIXらもハイパーテクノミュージシャンと言われるが、彼らはJ-POPアーティストである。事実アルバム楽曲も含めて視聴すればエッセンスとして取り入れていることがわかる。特にTWO-MIXオーケストラヒットを全面に押し出す曲調が多いため、非常に誤解されやすい。

例として、TWO-MIX4thアルバムFANTASTIX」からはロックを基調とした曲や、1stアルバムの時点で多数のデジタルポップスを製作している。

逆に、活動開始当初からレイヴを柱にしているTRFについてはジャンルJ-POPかハイパーテクノか、議論されがちである。小室哲哉氏が同ジャンルについてどう思っているかはわからないが。

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"HYPER TECHNO / JULIANA'S 21"シリーズ

 avex traxからリリースされていたノンストップミックスCDである。
 2000年シリーズ第一弾「ハイパーテクノ・ミュージアム」をリリースしており、2001年4月からは「ミッションシリーズが開始された。「ミッションシリーズは以下に挙げた6枚のほか、番外編として名古屋クラブOZONの企画"HYPER TECHNO ~MISSION OZON~ FRIDAY HYPER RAVE"exitベスト"HYPER TECHNO ~BEST MISSION~"exitが発売されている。
  シリーズ通しての選曲としては、本シリーズで新曲となるナンバーだけではなく、古くは1991年ごろのユーロハウスからジュリアテクノm.o.v.eをはじめとした邦楽リミックス、さらにはジュリア東京閉店後から当CD発売時までのハイパーテクノナンバーまで網羅されている。どの1枚をとっても、ざっくりと日本国内でのハイパーテクノの成り立ちを追体験する事ができるノンストップCDである。

ニコニコ市場

ハイパーテクノ・リミックス

 ユーロビート同様に、ハイパーテクノはアレンジテーマとして洋邦問わずよく用いられている。古くはTM NETWORKからtrf、最近でもアニメユーロビートの楽曲をリミックスした物など、数多くのCDデジタルが発売されている。

ニコニコ市場

"JULIANA'S TOKYO"シリーズ

 avex traxが発売していたCDシリーズである。
 かつて社会を巻き起こした芝ディスコジュリア東京」のDJによるMCMIXがされたノンストップミックスCDである。
 1992年シリーズ第一弾がリリースされ、1994年8月末の閉店までに9枚のナンバリングタイトルリリースされた。当CDシリーズが「ジュリアテクノ」ムーブメントの軸にあったこともあり、選曲はまさにブームの序盤から閉店まで、各々リリース「当時の最新」ヒットナンバーが収録されている。

"WE LOVE TECHPARA"シリーズ

 avex traxが発売していたCDDVDシリーズである。
 2000年の「第三次パラパラブーム」後の、「テクパラ」音を中心に選曲したノンストップミックス(DVDはテクパラ振り付けが収録されている)である。上記"HYPER TECHNO MISSION"時代にリリースされた音のリエディットや、SINCLAIRESTYLE、RODGERS & CONTINI、HI-NRG ATTACKSTEFANO CASTAGNA PRODUCTION (SCP)からのテクノナンバーが多く収録されている。以下ではノンストップMIXCDリリースを紹介しているが、音楽配信サイト「レコチョク」にて、"シングル"(注:"ビデオクリップ"ではないため注意)と表記されたmp3のセパレート音源("シングル"と表記されたもの。DJMIXが非常にしやすいエディットになっているが、再生時間は3分程度になっているものが多数なので注意されたし)がいくつか発売されている。exit

ニコニコ市場

関連項目

脚注

  1. *"BUBBLE-B m1dyのこれ、食えますか? 第34回"exitゲスト出演した際にっている。
  2. *ここでの日本語読みについては、AVEX TRAXより1991年リリースされた"ウォッチ・ミー / ミッシェル・キー"exitに従う。
  3. *もちろん、ディスコに限らず、日本国内においてもクラブでのこれら「レイヴ音楽シーンはあった。いわゆる「ウェアハウスパーティ」も行われていたという話もある。特に大阪においては、電気グルーヴ石野卓球氏がラジオで度々紹介していた"M2(Mathematic Modern)"にて、極めて早い段階からハードコア・テクノのイベントを行っておりexit、また現HELLHOUSE RECORDINGSのYOJI氏がレジデントDJを勤めていた"QOO"はトランステクノメッカとされていた。具体的な書籍・音を編者は持っていないため、明確な記述ができない。
  4. *avex社から発売された"KING & QUEEN PRESENTS SUPER CLUB GROOVIN' VOL.10 ANNIVERSARY TECHNO MEGAMIX(AVCD-40010)"exitライナーノーツにて、「(引用) JAMES BROWN IS DEAD, NIGHT IN MOTION, ANASTHASIAを筆頭にイケイケハイパーテクノをこれでもかーってなぐらい詰め込んで」という記述がある。ちなみにMIXも大変素晴らしいのでぜひ聴いてみてください。

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スマホ版URL:
https://dic.nicovideo.jp/t/a/%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%86%E3%82%AF%E3%83%8E

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ハイパーテクノ

12 ななしのよっしん
2014/09/09(火) 21:57:31 ID: GyYjAXSOW6
「成り立ち」節を編集した者です。

>>11
 "ARE U WAKE UP? / STARR GAZER"良いですね。
 たしかSO HIGHと同じくセガツーリングカーチャンピオンシップの挿入曲なんですよね。STARR GAZERなら、私は"RE-FLUX"のKAMさんのラップの入ったやつが滅大好きです。追加します。

 仰る通りで、度重なる編集により長文になってしまったため、STARR GAZERとMAXIMIZORの関連性からSTARR GAZERの紹介を割愛しておりました。もしも長文がご迷惑でなければ(特に心配をしている点)、そしてこのページから色々音リンクを辿って頂けるのであれば、どしどし追加したいと私は考えています。

 特に4つ打ちのレイヴクラシックは、ビートマニアシリーズからハマったは良いが、どう音検索・入手すればよいかわからないという話をよく伺いますので、その辺のTipsも書いていきたいと考えております。時代や、好し
(省略しています。全て読むにはこのリンクをクリック!)
13 ななしのよっしん
2015/03/02(月) 01:35:18 ID: K+SHzxex20
記事駄に詳しくてびびる
14 ななしのよっしん
2015/04/19(日) 02:09:39 ID: fKKX7Bl4qb
音ゲーで言えばRAVEといえばRAMイメージなんだがActとかLABとか載せないんですかね…?
15 ななしのよっしん
2015/05/10(日) 01:02:50 ID: canqsQQsDY
そんなこといったらcrankyとか名前出したくなるだろいい加減にしろ!
16 Knuckle Key
◆.xjSlLbq9U 2015/05/10(日) 08:06:49 ID: r7h873T7sM
>>14-15
個人的にはこのメンツ出すならDJ TECHNORCHも出したいかな。
彼も初期の頃からこのジャンルプレイしているわけだし。
最近だと「すごいきもちいい」とか「X↑X↓」、
内閣総理大臣賞 〜THE WORLD〜」など、結構有りますし。
17 ななしのよっしん
2016/11/24(木) 15:13:47 ID: 7iazjW1fPy
ぜひLove Machineも追加して欲しいですね!
J-Technoハイパーテクノ進化するまでの中間のような存在だと思います。
18 ななしのよっしん
2016/12/06(火) 20:44:43 ID: OIJZPG5G0H
最近興味を持ったからこの充実っぷりは非常にありがたい
感謝感謝です
19 ななしのよっしん
2016/12/17(土) 20:49:49 ID: 7INoiv/jH2
デステクノってのは初だわ、このハイパーテクノって言葉もそうだけど
20 ななしのよっしん
2017/03/11(土) 21:34:54 ID: +g//NM3E8q
IIDXハイパーテクノといったらREAL LOVEJUST DO IT
21 ななしのよっしん
2019/06/01(土) 23:43:37 ID: 4JUb8qlHda
この記事凄いな。
ネットで閲覧できるHYPER TECHNOの説明としては一番奮ってるんじゃなかろうか。

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