ハッピースプリントとは、日本の競走馬である。
馬名の由来は「幸せ+全力疾走」。
おもな勝ち鞍:全日本2歳優駿(交流Jpn1)・浦和記念(交流Jpn2)・北海道2歳優駿(交流Jpn3)・羽田盃・東京ダービー・京浜盃(南関東重賞)・サンライズカップ(ホッカイドウ重賞)
概要
血統
父・アッミラーレはサンデーサイレンスの直子で競走馬時代は数少ないダートで活躍するサンデーサイレンス産駒として注目されていた。(その後ゴールドアリュールが登場するが、それまではダートでは並みの種牡馬扱いだったのである)
一方、母マーゴーンはアメリカで生まれた馬で、現役時代は未勝利で終わったものの、辻牧場に来てから毎年のように子供を生み、子供たちは地方競馬を中心に勝ち上がりをしていた。
そして、2011年にハッピースプリントはマーゴーンの11番目の子供として誕生したのである。
2歳(2013年)夏
そんなハッピースプリントであったが、デビューしたのはホッカイドウ競馬の田中淳司厩舎であった。
田中調教師は、過去に中央でオープン勝ちのあるサンレイレーザーやロジータ記念を制したエミーズパラダイスを管理していた経験がある。
そしてデビュー戦のJRA認定フレッシュチャレンジは1200mのレースだったが、これを危なげなく逃げ切ると、続くJRA認定ウィナーズチャレンジでも広報に4馬身差をつけての逃げ切りで連勝し、函館2歳Sに挑むことなった。
なお、ウィナーズチャレンジで騎乗した宮崎光行騎手は通算で1600勝以上をあげているホッカイドウ競馬の名手であるが、その宮崎騎手が「とにかく大きなところを取れる!」「今でも十分強いけどパワーがつけば、もっと強い馬になるよ!」と大絶賛。
さらに、田中調教師も「今まで扱った2歳馬の中でもスピードも能力も1番と感じるほどの素材。もしかしたら芝でも……」と今まで管理した馬で1番だ!というふうに語る入れ込みようだったという。
しかし、函館2歳ステークスでは後方から上がり最速の脚を使ったものの、5着に敗れた。
それでも、宮崎騎手と田中調教師の入れ込みようは変わらなかったようで「今はダートがいいだろうけど、距離が延びれば芝でもやれる。能力は相当あるし、先々が楽しみ。」と宮崎騎手が語れば、「芝でも走ることが示せた」と田中調教師も語るなど、もっとやれる!という自信を持っていたようだ。
さらに、中央で連戦したコスモス賞でも5着に敗れ、この結果を受けて、ハッピースプリントはいったんダート専念となる。
ちなみに、このあとプレイアンドリアル(のちに川崎競馬へ移籍、2014年11月引退)が同じようにホッカイドウから飛び出して、芝のレースで結果を残すがそれはまた別のお話。
まぁ、中央の芝で2戦続けて5着に入ったことは評価してもいいかもしれないが、関係者としては納得のいかない部分もあったのかもしれない。
ただ、この2戦の経験は決して、無駄ではなかったことを秋以降証明していくこととなる。
2歳秋~地方競馬の年度代表馬へ
地元ホッカイドウに戻っての初戦は、サンライズカップ。
ところが、このレースではスタートで後手を踏んでしまい、さらに砂をかぶったことで前に進まず道中は最後方追走となってしまう。
しかし、真の力は向正面から発揮したのである。
向正面から、他馬を一気にまくっていくと、前で粘り込みを図ったエイシンホクトセイに2馬身半差をつけて重賞初勝利。
この勝利に、宮崎騎手は再び気を良くして「惚れ惚れする」「この馬のパワーは古馬を含めてホッカイドウで1番」と語るほどであったという。
そして、迎えた北海道2歳優駿(交流Jpn3)。
このレースは暮れの全日本2歳優駿の前哨戦という位置づけであり、中央からも有力な2歳のダート馬が参戦するようなレースである。
交流重賞になってからはJRA勢と地方競馬勢(ホッカイドウ勢が中心ではあるが)が、ほぼ五分五分の割合で勝ち馬が出ているレースでもあった。
さて、レースではハッピースプリントが圧倒的な1番人気に支持されており、中央競馬のファンからしてみたら「芝で5着がやっとな馬が、なぜ圧倒的な1番人気なんだ?」と思うようなレースだったかもしれない。
しかし、芝でもそれなりに結果を出していたが、ダートでのハッピースプリントはもっと強かった。
レースでは道中逃げた中央のアースコネクターを後方からまくっていくと、最後は2馬身差をつけての勝利で交流重賞初制覇を成し遂げた。
ちなみにレース後、武豊騎手が「この馬は強い!」と語るほどの強さだったという。
さらに、続く全日本2歳優駿でも、圧倒的!とは言わずとも中央勢を抑えて1番人気に押されていた。
そして、レースでは積極的に進め、3番手を追走すると、自分のペースで逃げていた武豊騎手騎乗のスザクが押し切ろうとするところ、外から力でねじ伏せて、1馬身半差をつけて交流Jpn1初制覇となった。
地方競馬所属馬の全日本2歳優駿制覇は、奇しくもこの年に引退した笠松のラブミーチャン以来4年ぶりの快挙であった。
レース後、宮崎騎手は「世界とか行ってみたいね」と語るなど、完全にこの馬にほれ込み、そして一時はドバイ遠征が計画されたほどであった。
一方で、このレースに関して、運命のいたずら的なものを感じる出来事があった。
このレースに中央競馬からダートで圧倒的な勝ちっぷりを見せ、このレースに出走すれば上位人気間違いなし!の馬がいて、もちろんのように出走登録した。
しかし、その馬は中央競馬の出走枠の補欠になってしまい、結局このレースを除外となって、朝日杯フューチュリティステークスに出走し、見事に勝利を収めた。
その馬こそ、アジアエクスプレスである。
なお、プレイアンドリアルも川崎への移籍初戦として、朝日杯FSに出走していたが結局7着に敗れている。
そして、NARグランプリ(地方競馬の年単位の表彰制度)でハッピースプリントは、ラブミーチャン以来となる2歳馬としての地方競馬年度代表馬に選出された(なお、同時に最優秀2歳牡馬に選出されている)。
3歳(2014年)春~夏:大井に移籍、そして…
ドバイ遠征を計画していた、ハッピースプリントであったがドバイ遠征を断念。
その後、大井競馬の森下淳平厩舎に移籍することとなった。
しかし、その移籍も東京ダービーまでの期間限定で、その後はホッカイドウ競馬に復帰し、いつかは中央競馬に再挑戦する計画を立てているという。
そして、南関東では主戦として期間限定で南関東で騎乗している金沢競馬の吉原寛人騎手が騎乗することで、ファンの中からは「南関東の騎手を乗せないなら、宮崎騎手で行ってほしかった」という声も上がった。
それだけ、宮崎騎手とのコンビが愛されていたということではないだろうか。
そんなこんながあって、大井移籍初戦となった京浜盃であったが、昨年の全日本2歳優駿の勝ちっぷりを知る地方競馬のファンはこの馬を圧倒的1番人気に支持した。
レースは先行馬を追走すると、4コーナーで差を詰めて、最後の直線の追い比べも何事もなかったように制するとドラゴンエアルの猛烈な追い込みも抑えて、そのまま押し切り、移籍初戦を白星で飾った。
続く、南関東一冠目となる羽田盃でも圧倒的1番人気に支持され、レースでは3番手を追走すると4コーナーで前の馬をとらえ、一気に突き放し最後は後続に5馬身差をつける圧勝劇で何事もなく一冠を達成。
さらに、南関東二冠目の東京ダービーでもやはり圧倒的1番人気で、支持率は約70%だったという。
そして、レースでは3番手を追走すると、直線では他の馬とは比べ物にならないような強烈な脚を見せつけ、結果は4馬身差をつける圧勝劇で何事もなかったかのように2011年のクラーベセクレタ以来となる南関東二冠を達成。
レース後、吉原騎手は「夢のダービージョッキーになれました」と語り、涙を流したという。
なお、東京ダービー後にホッカイドウに復帰させる予定であったが、予定を変更しジャパンダートダービーまで南関東に所属させ南関東三冠に挑戦させることとなったという。
さらに、南関東では他地区の騎手がダートグレードのつく重賞競走に乗れない規定(ちなみに同様の規定が園田競馬と佐賀競馬でもある)があったが、東京ダービーの数日前に「羽田盃と東京ダービーの2冠を達成した競走馬の騎手は、ジャパンダートダービーの出走馬に限り騎乗を許可する」という、規定が追加され、吉原が騎乗可能になったという。
そして迎えたジャパンダートダービー。ここでもJRAから参戦の6頭を抑え、単勝1.4倍の圧倒的1番人気に支持される。ここでも好位追走からの仕掛けを狙うが、他の馬もハッピースプリントを意識した仕掛けを見せ、思うようにレースを運べない。直線に入ってから先頭に抜け出すも、後方から猛追してきたカゼノコにゴール目前で追いつかれる。結果は写真判定にもつれたがカゼノコ先着の判定となり、あとわずかのところで南関東三冠はならなかった。
3歳秋~4歳(2015年):強豪への挑戦
上記の通り、当初はホッカイドウ競馬に復帰ことが想定されていたものの、引き続き大井競馬所属のままで競走生活を送ることとなった。
3歳秋はしばらく休養し、11月下旬の南関東のローカル重賞・勝島王冠から始動。1番人気に支持されるが、不良馬場が響いたか5着に敗れる。そして年末の大一番・東京大賞典は4着となって3歳を終える。3歳では交流重賞制覇こそならなかったものの、「二冠+僅差の2着」は地方競馬の最優秀3歳牡馬に選出されるには十分すぎる結果であった。
4歳になってからはGI/JpnIを立て続けに出走。しかし中央競馬の強豪(特にホッコータルマエとコパノリッキー)がいることもあり、好走こそするもののなかなか勝利はかなわない。4歳になってからGI/JpnIを6走して、フェブラリーステークスこそ11着の大敗であったが、掲示板(5着以内)を外したのは他にはマイルチャンピオンシップ南部杯の6着だけであったので、なおのこともどかしい。
さてハッピースプリント陣営は、中央競馬のフェブラリーステークスともう一つのダートGI・チャンピオンズカップ(12月6日)に登録を行う。しかしこちらは賞金不足で除外となってしまう。JRAでは「出走順位を決める賞金は、1着かグレード付き重賞の2着のみについて計算する」「夏になると、4歳の馬はそれまでに加算された賞金額を半分にする」というルールがある(ただしこれは基本ルールであり、チャンピオンズカップの計算はもう少し複雑)。4歳夏を過ぎてから2着以内に入れていなかったハッピースプリントは、フェブラリーステークスのときに比べ大幅に条件が厳しくなり、結局出走可能頭数16頭のところ選定順序が18位となってしまったのである。
そこで代わって出走することになったのが、その4日前に行われるJpnIIの交流重賞・浦和記念。有力馬は軒並みチャンピオンズカップに流れていたため、1番人気こそ最近好調のJRA所属・ドコフクカゼに譲ったものの、2番人気に支持される。ここでは「好位に付けて抜け出す」という理想的なレース運びで勝利を収め、3歳春の東京ダービー以来となる勝利を手にした。しかし騎乗した宮崎光行騎手が「負けられない一戦だったから、勝ちにいくことに徹した」と述べた通り、陣営にとってはこれはあくまで、もう一度GI/JpnIのタイトルを得るための通過点であろう。
そんな中で迎えた東京大賞典。勝つための強気の競馬を仕掛け、積極的に前に出る。しかし速いペースに最後まで着いていけず6着に敗れた。これには「そこまで強気に行かなければ3着はあったのでは」「あくまで1着を取ることを目指した戦い方も一つだった」という賛否両論だった。馬券を買っていた人からしたらそりゃ3着にでも入ってほしかったわけだけど。8戦1勝という戦績で2015年を終えた。
GI/JpnIの勝利こそ叶わなかったものの好走を見せたことは評価され、グレード付きの競走(浦和記念)を勝っていたこともあり、NARグランプリで2歳のとき以来2度目となる年度代表馬に選出された(記事)。
5歳~6歳(2016~2017年):不調の中での挑戦
5歳初戦はかしわ記念。しかし昨年の「優勝馬と2 1/2馬身差・地方馬最先着」という結果には程遠く、優勝馬のコパノリッキーからは9馬身近く離された7着。地方馬の中でも最近短距離戦線で絶好調のソルテ(2着)、こちらも最近好調のタイムズアロー(6着)に次ぐ3番手という結果であった。なお、同年のフェブラリーステークス優勝馬であるモーニンが、そんな不調なハッピースプリントにさらに後塵を拝して8着だったことにも驚いた人も多かったのではないだろうか。
日本テレビ盃6着を挟んで、久しぶりに交流重賞ではなく南関東ローカル重賞のマイルグランプリに出走するのだが、こちらも7着と結果を残せず。前年の優勝馬として挑んだ浦和記念は3着…とはいえ優勝馬ケイティブレイブとは8馬身差。
そしてまたGI・JpnI戦線に挑むも、東京大賞典は8着、6歳初戦の川崎記念は6着。2年ぶりに中央競馬に挑戦したマーチステークス(GIII)は14着の大敗。
その後、蹄に骨折が見つかったことから、しばらく競走からは離れることになる。
7歳(2018年):門別で再起を期す
2018年の7月になって、ホッカイドウ競馬で復帰することが明らかになった。デビュー時と同じ田中淳司厩舎に入っている。
能力検査競走(※競走能力に問題がないかを見るための検査で、所定のタイムで走れれば合格にはなる)でも1000mを1分00秒8で走り、実戦で何も問題なく走れるところを見せつけた(参考記事)。
復帰初戦はタイミングの関係もあって重賞ではなくオープン特別のロードカナロア・プレミアムとなり、有力馬の回避も多かったが、余裕を見せての勝利。瑞穂賞・道営記念はともに4着に入線するが、交流重賞の名古屋グランプリ(JpnII)では9頭立て7着に沈んだ。
8歳(2019年)~
この年から大井の森下淳平厩舎に移籍。3月19日の隅田川オープンで移籍後初勝利を飾った。その後ブリリアントC7着、スパーキングサマーC10着の後マイルグランプリトライアル3着で健在ぶりをみせた。
しかしその後は蹄が変形していくという疾患に悩まされ不出走となり、マイルGpTから約1年後の2020年10月19日に引退が発表された。引退後は浦賀町西幌別のイーストスタッドで種牡馬として繋養されている。
血統表
アッミラーレ 1997 黒鹿毛 |
*サンデーサイレンス 1986 青鹿毛 |
Halo | Hail to Reason |
Cosmah | |||
Wishing Well | Understanding | ||
Mountain Flower | |||
*ダジルミージョリエ 1988 鹿毛 |
Carr de Naskra | Star de Naskra | |
Cornish Runner | |||
Mawgrit | Hoist the Flag | ||
Spring Sunshine | |||
*マーゴーン 1995 青鹿毛 FNo.23-b |
Dayjur 1987 黒鹿毛 |
Danzig | Northern Dancer |
Pas de Nom | |||
Gold Beauty | Mr. Prospector | ||
Stick to Beauty | |||
Whispered Secret 1990 黒鹿毛 |
Secretariat | Bold Ruler | |
Somethingroyal | |||
Classy'n Smart | Smarten | ||
No Class |
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