バーザムショックとは、ガンプラ界隈で起こったとある事件である。
前置き
「主役機に比べて敵量産機・一般機は売れない」というのは、ガンプラに限らず模型界隈では常識となっている。毎話何かしら活躍する華々しい主役機に比べ、その活躍の引き立て役にならざるを得ない敵のモブ機はどうしても売りにくい。対象年齢が低い作品だとより顕著となる。当然デザイン的な面で見ても一番売れ線にするのは主役機になり、敵の使用する機体にはより強大で畏怖するべき存在として描かれる事も多く、純粋に「カッコいい」主役に購入者の視線が集中するのも仕方がない事であろう。
このジレンマを解決する方法は、敵に魅力的なキャラクターを生み、少量の改造を施した量産機に乗せる「キャラ専用機」や、様々な用途に向けた改造機を作り、複数買いを推奨する「バリエーション機」を多数作る事である。デザイン変更を若干に抑える事によってプラモの金型をなるべく使い回し生産数をかさ増し、足らない分は種類を増やし主役の生産数に並び、追い越す事が見込めるのである。代表的なのは、機動戦士ガンダムのライバルキャラ、シャア・アズナブルが搭乗する「ザクⅡ」を始めとする量産機の数々であり、そのどれもが今日までのガンプラ界隈で一線級の売り上げを出しトップクラスの人気を誇っている。
ガンダムのアニメや漫画、各メディアで新たに量産機を作る場合、当然「ザクⅡ」並みの売れる量産機が、ガンプラを作っているバンダイから求められ、各スタッフの課題の1つとなる。その結果生み出された「06」の型番を冠するMS達はそのどれもが「MS-06ザクⅡ」のオマージュ・リスペクトによって生み出された機体である。しかしそのどれもがザクⅡのような成果を果たしたかと言うと、様々な要因が絡み芳しくなかったというのが現実だ。「ガンダムばかり売れて店頭に無い代わりに量産機が在庫の山を築いている」「人気の無い敵MSのガンプラが半額で投げ売りされてるのに減らない」なんてことはよくある話である。当然小売り店としても売れるガンダムを店頭に多く並べたいものであり、売れない機体は在庫の圧迫にしかならないので遠慮したい。「ガンダム平成三部作」と呼ばれる作品群では特に顕著であり、明らかにザクⅡをオマージュした機体を作っても、在庫の山になるのを恐れHGシリーズ化せずリミテッドモデルのみの販売、という事態まで生んでいる。それほどまでに売れる量産機を作るのは難しく、「主役ガンダム」と「敵量産機」には実績・メーカーの扱い共に格差があると言ってよい。
しかし2010年、ガンダム生誕30周年に突入すると状況が徐々に変化していく。一つはカメラの発達・スマートフォンの台頭だ。より高品質なガンプラ写真を気軽に保存する事が可能となり、またSNSのTwitter等でより多くの人間にその写真を公開する事が可能となった。高品質な作品には当然多くの人間の目に留まるようになり、ガンプラの改造に手を出す人間が徐々に増えていったのだ。この動きにバンダイも応え「ビルダーズパーツ」と呼ばれるどのガンダム世界群にも属さないオリジナルの拡張パーツを販売、「俺MS」がより作りやすい環境が整えられた。こうなってくると主役だけでなく敵量産機の改造も盛んに行われ、またパーツ取りとしても多く買われるようになったのである。更に複数並べて写真を撮る見栄えの良さも量産機の方が上だった。
もう一つが公式通販サイト「プレミアムバンダイ(以下プレバン)」の誕生。公式から直でユーザーにガンプラを届ける事が可能になったのだ。その結果、通常の量産機は小売店に並べて貰い、マニアックなバリエーション機は直接買いたい人にだけ届ける……と言ったことが可能になり、余分にバリエーションガンプラを大量生産する事が減り、また買ったユーザーにはマニアック故の満足感も得られるという効果も生んだ。
有り体に言えば量産機を商品化しやすい環境に変化しつつあったのだ。しかし2010年代前半ではまだこの気風も感じ取ることが難しく、またプレバンも誕生したばかりで実績も無い為、機動戦士ガンダムUCの大ヒットに合わせられて生み出されたバリエーション機が先に販売され、元ネタの機体は後から出す・プレバンで売る等と言った、バリエーション機と元ネタ量産機の販売逆転現象なんて事も起こっていた。またUCという作品の性質上作られるバリエーション機は一部を除きその時代以前の人気MSであり、ガンダムワールド全体で見た場合、敵量産機やマイナー機はまだまだ不遇の時代であった。
そしてそのプラモは発売に至った
2016年11月20日、ガンプラの祭典「ガンプラEXPO 2016 WINTER」でとある新作ガンプラが展示された。そう、「HGUCバーザム」である。
バーザムと言えば機動戦士Zガンダムの登場MSだが「作中で殆ど活躍が無い」「ネームドキャラが搭乗したわけでもない」「そもそも元の見た目がダサくガンプラとして出せるバリエーションが乏しい」と散々ネタにされ続けたMSである。放送当時ですらガンプラは販売されず、ネタ扱いに拍車を掛け様々なバーザムコラージュ、通称ザムコラは一つのジャンルと化し、後続の有名クリエイターは何とかこの機体を既存のMSに結び付けよう、カッコよくしようと新規デザインしまくった。日本のみならず世界のガンダムユーザーにネタにされていたと言われている。
そんな中登場したHGUCバーザムは当然その扱いを知る者に衝撃を与えた。ZガンダムのMSならばライバルキャラが搭乗し多数のバリエーション機が先に発売されていた「バイアラン」を差し置いての展示である。展示されたテストショットのバーザムは元のデザイナーの解釈を踏まえた上でしっかりとバランス良くデザインされており、展示を見た人間はそのクオリティーと本気っぷりに戸惑った。
数か月後、予約が始まったバーザムはネット予約であっという間にトップを獲得、発売されれば店頭から即姿を消し、ハイクオリティから成るそのガンプラは多くの人間に受け入れられ、HGUCバーザムは2017年を代表する傑作ガンプラとして称えられた。人の心が奇跡を生んだ瞬間である。惜しむらくはバーザム自体にそのままパーツ追加で出せるようなバリエーション機体が少ないため、せっかくの金型を活かせていないことだろうか(そのかわりカラバリは出ている)。
この結果に驚いたのは他でも無い、商品化し発売したバンダイである。2019年『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』スペシャルトークショーにてバンダイの企画担当者は「ラインナップがHGUCバーザム以降どんどん斜め上になってきている。バーザムは兎に角売れ、バンダイ社内でも(アクシズショックに準え)バーザムショックと呼ばれている」とコメントした。バーザムのようなマイナーであり且つバリエーションも少ない機体でも売れた実績が、他のマイナー機・量産機の光明となり企画が通りやすくなったようである。そもそもSEED DESTINYのイベントでバーザムの話題になること自体おかしいが、それくらいインパクトがあったのだろう。現にバーザム販売後のラインナップは、それ以前とは全く別物と言っていいくらい雰囲気が変わった。この後発表された瞬間から驚愕をもたらすガンプラを見て、一部のユーザは「バーザムショック」とHGUCバーザムを崇めるようになった。
バーザムショックがもたらしたガンプラの一例
- HGACリーオー
「活躍が無い」「ネームドキャラが乗ってない」「小改造で出せるバリエーションが無い」バーザムが売れたならば、「多数の活躍を残した」「多数のネームドキャラが乗った」「バリエーションが豊富」でありながらもプラモデルが一切無かった機体に目が向くのは当然だった。
2018年1月21日、「HGACリーオー」がガンダムベースで展示された。
リーオーと言えば新機動戦記ガンダムWシリーズで数多の活躍を残し、多くの視聴者に愛された傑作量産機だが、「ガンダム以外は売れにくい」当時の風潮を引き継いで商品展開された結果、簡素なキットであるリミテッドモデル以外にプラモが全く出ないまま20年以上放置されていた不遇機である。しかしバーザムが売れた事でその期待も高まったのか商品化に至った。
HGUCリーオーには「GUNPLA EVOLUTION PROJECT 第4弾」と実験商品としての意味合いも持たされ、「Fine Build(簡単組立)」と呼ばれたそれは非常に組み立てやすくパーツが少ない構成になっており、やろうと思えば30分程度で1機完成するという破格の組み立てやすさであった。値段も1,080円と、これまでの実績が無い事から考えれば有り得ない値段で販売された。
そうして販売されたHGACリーオーはまたもやバンダイの想定を超えて大ヒット。複数買いするユーザーが多くの店で見られあっという間に完売、その組み立てやすさと改造しやすさは多くの人間に受け入れられた。
バンダイは以前より兼ねて考えていたオリジナルプラモデルブランドにリーオーの構成から着想を得て、「30MM(30 MINUTES MISSIONS)」というオリジナル量産機ブランドを立ち上げた。更にリーオーのヒットを受けて、これまで発売にまでは至らなかった他のアナザーガンダム量産機「HGFCデスアーミ―」「HGCEウィンダム」等の発売も決定し、その影響力は計り知れないものとなった。
その後も宇宙仕様やNPDなどのバリエーションが続いているあたり、かなり売れたのだろう。
ちなみにその後同世界観から「マグアナック」「ガンダムサンドロック」が発売され、企画担当者がインタビューで言うには「ガンダムサンドロックを出すためのマグアナックであり、マグアナックを出すための実績作りとしてのリーオー」だったらしい。あの手この手で企画者のセールスポイントも広がりを見せているようだ。マグアナックは作中よくみる4人のバリエーションに加え、残りの36機セット販売という頭ゼロシステムな商品展開を行い、プレバンとはいえ在庫大丈夫かとファンを心配させた。なお、ちゃんと売れたどころか再販までしている始末。
- HGUCギャン・クリーガー
マイナーなガンプラが作られると言っても、アニメや公式外伝のみだろうとユーザーは考えていた。しかし2017年11月20日、唐突にプレバンで予約が開始。「HGUCギャン・クリーガー」である。
ゲーム「ギレンの野望」に登場するMSだが、これまで商品化されたブルーディスティニーのようなゲームオリジナルとは訳が違い、「ゲーム中のif歴史展開の先でその姿を確認出来る」if上の存在である。その為公式設定に組み込まれている訳ではない。
発表と同時に存在を知るマニアから驚嘆の声が漏れた。到底ガンプラ化なんて有り得ない存在すら商品化するようになったのだ。
予約と同時に即完売、三次予約にまでもつれ込みマイナーながらも根強い人気を見せ成功を収めた。その後「SDCSシスクード」「SDCSフェニックスガンダム」等、ギャン・クリーガーと同様ゲームでのみ見られるオリジナルMSのSD体型での販売も決まった。以前Gジェネブランドで販売してたSDガンプラは、MSVに近い機体のみの販売だったので大きな進歩である。これらのスケールモデルもそう遠くは無いだろう。
- HGUCガンダムTR-6[ウーンドウォート]
マイナー量産機のヒットを見た一部ユーザーは「客演に乏しい、TVアニメですらないマイナーでも人気ある機体ももしかしたらイケるんじゃないか?」と更に期待を高める。
2018年3月23日、「HGUCガンダムTR-6ウーンドウォート」が展示された。
「ADVANCE OF Z ティターンズの旗のもとに」という作品のオリジナルガンダムであり、その造形からコアながら非常に高い人気を誇るも、商品化を考慮すると「既存の機体ラインとは全く異なる完全新規造形」であったために、ランナーの流用が厳しく長く発売が願われながらも商品化にまでは至らなかった。
しかし2018年に完全新規造形でプレミアムバンダイ発売に至る。これまでプレバンでは何かしらの流用ランナーを用いたキットを扱っていたが、ここで全てオリジナルランナーの商品発売に踏み切った(ちなみに、プレバンガンプラ完全新規商品としてはMGメガ・バズーカ・ランチャーがあるが、これはあくまでサブメカ。主役機完全新規という点でウーンドウォート商品化は偉業である)。
予約開始されたウーンドウォートはあまりの人気に即日予約完売・四次予約まで突入する程の人気っぷりを見せ大成功。元々ウーンドウォートとはこの機体を中心とした換装機であった為に、バリエーション装備が発売される度に再販、今では計10回以上再販すると一般小売販売と差し支えない程の熱狂を見せた(とはいえ、ウーンドウォート自体のランナーは金型流用を考えていないように思える。最初からバリエありきではなく、本当に売れたからこその展開といえる)。ちなみにウーンドウォートとバーザムは親戚みたいな関係なので、いろんな意味でバーザムさまさまである。
ウーンドウォートのヒットを受け、プレミアムバンダイ限定ガンプラは新たな動きを見せることになる。一つは『AOZ』関連機体の商品化で、ウーンドウォートのパーツを流用した「HGUCヘイズルⅡ」や「HGUCハイゼンスレイⅡ・ラー」の他、一般販売されているヘイズル改及びアドバンスド・ヘイズルの一部ランナーを素材変更し新造拡張パーツを同梱したアップグレード版、果ては嘗て雑誌付録で立体化されたことがあるフルドドやプリムローズの完全新規造形での再商品化などHGUCを中心に多岐にわたって展開されている。中でも「HGUCキハールⅡ」は予約当時態々6個纏め買いも受け付けており、インレを視野に入れているのではないか?とユーザーを戦慄させた。もう一つは続々販売される事となるマイナー機の完全新規キット群である。「MGガンダムF90」は「AtoZプロジェクト」と言うこれまで全てまで描かれなかった26種ミッション装備が改めて商品化される事が決定し、「HGACガンダムジェミナス」は「G-UNIT Re:OPERATION」と称されHG最新フォーマットで新たに商品展開が行われた。
00外伝からは数年ぶりのHG00完全新規商品「HGガンダムプルトーネ」が登場。アストレアの陰に隠れがちなプロトタイプガンダムたちにも光が当たることとなった。
- HGUCユーリスディス・シニストラ・ディキトゥス
いよいよここまで来ると「もっとマイナーなのもドンドン出してくれ」と欲を出すのも人間の性だろう。しかし、マイナーとは言え現実的なラインでまだ商品化されてないMSは多数存在しており、おいそれと誰も想像していないような商品化は妄想出来ないものである。
しかし、それは2020年5月13日に突如予約開始された。ユーリスディス・シニストラ・ディキトゥスが「HGUCディキトゥス(光のカリスト専用機)」としてまさかのキット化である。
存在を知らない多くの人間はその造形を見て驚愕し、知る者はそのマイナーっぷりからバンダイに畏怖した。それもその筈である。本機体は「機動戦士クロスボーン・ガンダム鋼鉄の7人」でクロスボーンガンダムX1フルクロスの相手を務めるラスボス機であるが、フルクロスと違いゲーム等への出演は一部しか無く、「知る人ぞ知る」をド直球で行くMSだったからだ。
また本ガンプラは長らくクロスボーンファンに望まれていた「木星製MSの初ガンプラ化」でもある。クロスボーンの敵MSにはもっとマトモなラインのMSも存在し、逆にディキトゥスはその中でもトップクラスのゲテモノMSである。様々な段階を完全にすっ飛ばしてプレミアムバンダイで販売が決定してしまったのだ。特設サイトでは「突撃ガンプラフロンティア」と称し、新たなフロンティア(新天地)として木星帝国が選ばれたようだが、それにしてもチョイスが吹っ飛びすぎだろう。
「第二のバーザムショックを狙う者」「純粋にフルクロスと並べたいファン」「他の木星MSの為にお布施する木星人」「イヤらしいニギニギお手手として美少女プラモに巻き付けたいと企む紳士」等、多数の思惑を抱えたまま予約が開始されるとプレバンで好調な状況でお馴染みの早期終了のお知らせが記載され、プレバンランキング1位を掻っ攫い、数日後には一次予約が完売した。「木星MSはダサいから売れない」と言われ続けた常識すら打ち破ってしまったのである。
そして当然のごとくリーベルダス・デクストラ・ディキトゥスも「HGUCディキトゥス(影のカリスト専用機)」名義で商品化されることとなった。
- HGUCバーザム(A.O.Z RE-BOOT版)
「バーザムについてなら既に読んだぞ」とか「単なるバリエーションなら書く必要ないだろ」と思うかもしれないが、こちらはZガンダム公式外伝「A.O.Z RE-BOOT」に登場する、藤岡建機によってデザインされたバーザム(通称建機ザム)。設定上はオリジナルバーザムと同一だが、スタイリッシュで力強いデザインにアレンジされており、バーザムファンからも人気が高い。
しかし、バーザムとはいえあくまで外伝に登場する量産機なので立体化が厳しいだろう、既にオリジナルバーザムが発売している状況でデザイン違いの商品化はなおさら無理だろうと思われていた。
が、よりによって2021年4月1日に突如プレミアムバンダイ限定でキット化されることが告知され、ファンを動揺させた。キットはオリジナルバーザムのパーツを一切流用しない(というかできそうにない)完全新規で、ティターンズ機とレジオン鹵獲機の2バージョンで予約開始。バーザムのおかげでバーザム発売というよくわからない状況だが、予約開始数時間で既に品薄が告知されるほどの人気っぷり。さすがバーザム。
今後ガンプラ販売のラインナップはドンドン変化していく事が期待出来るだろう。
青バンダイ
バーザムショックというワードと共に「青バンダイ」というワードにも聞き覚えがある人間もいるだろう。
青バンダイとはバンダイナムコグループの再編によって設立された「BANDAI SPIRITS(バンダイスピリッツ)」の通称である。お馴染みの赤いロゴが青色に変化しており、プラモデルの箱にも赤から青に変更されているのを確認出来るだろう。ホビー部門に於ける構成は殆ど変わっていない。
HGUCバーザムを発売し終え伝説となった後に再編された為に、「青バンダイは一味違う」「青くなってからティターンズに支配された」「青バンダイの青はティターンズの青」「バンダイスピリッツ社員の8割はアースノイド」等と称される。しかし近年ティターンズMS以外の不遇機等も多数出している為に、後者の部分にはサナリィが入ったり、ザンスカールが入ったり、OZが入ったり、木星人が入ったりする。どんな魔境だ。
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