パリス(Πάρις / Paris)とは、ギリシア神話に登場する英雄である。
概要
ホーメロスの叙事詩『イーリアス』にて語られる「トロイア戦争」のみならず、物語の発端となった人物。
生まれた時の名はアレクサンドロス。
父はトロイア王プリアモス、母はヘカベー。ヘクトールを兄とし、19人の兄弟姉妹がいる。妻にオイノーネー、ヘレネー。
その生い立ちからして数奇な運命にあった。
ヘカベーがアレクサンドロスを妊娠している時、不吉な夢を見る。それは彼女が「燃える木」を産み、その炎が王城を焼き尽くすという夢だった。不安になったヘカベーは占い師に尋ねると「貴方の子は災いの種になる。生まれたらすぐ殺してしまいなさい」と告げられる。
かくしてアレクサンドロスは生まれてすぐにプリアモスの家来の手に渡り、殺すよう命じられた。しかし家来は赤子を殺すのが忍びなく、ずだ袋に入れたままイーデー山に捨てる。そこで羊飼いに拾われ、パリス(ずだ袋を意味する)と名づけられて育てられた。
成人となったパリスは自らの出自も知らず、ニュンペーのオイノーネーと結婚し、羊飼いとして平凡に暮らしていた。
そんなある時、パリスの元に三柱の女神が訪れる。それは神々の女王ヘラ、戦と知恵の女神アテナ、愛と美の女神アプロディーテーだった。
これにさきがけ、英雄ペーレウスと海の女神テティスの婚儀が開かれていたが、争いの女神エリスが贈りつけた「黄金の林檎」が問題を起こしていた。エリスは神々にあって唯一招待されなかった事を恨み、「最も美しい女神への贈り物」として黄金の林檎を投げ入れ、女神達はそれぞれ所有権を名乗り出て争いになってしまった。
裁定を委ねられたゼウスは誰を選んでも恨みをかう為に「イーデー山の羊飼いパリスに裁定をあおぎなさい」と丸投げ。女神達は自分を選んだ場合の褒美」を提示して自分を選ぶよう、パリスに迫った。
ヘラは「大国の王の座と富」、アテナは「戦いにおける常勝」、そしてアプロディーテーは「この世で最も美しい女」。パリスはアプロディーテーを選び、以後彼女からの加護を受けるが、ヘラとアテナからは恨みを抱かれ、敵対する事となった。
アプロディーテーから自分がトロイアの王子である事を教えられたパリスは、妻オイノーネーを捨てて旅立つ。オイノーネーはこの仕打ちを悲しみつつ、もしも傷を負ったならそれを癒せるのは自分だけなので、その時はイーデー山に戻ってくるように告げた。
アプロディーテーは約束通り、「この世で最も美しい女」であるヘレネーを魅了。旅人を装って近づいたパリスに強烈な愛情を抱くように仕向けて誘拐させ、ついでにスパルタの財宝も持ち去らせた。
そしてパリスはヘレネーと財宝を伴い、トロイアへと帰還。一度は彼を殺そうとしたプリアモスも、成長して立派になった我が子を受け入れた。
この時予言の才を持つ王女カッサンドラーは「二人を受け入れれば災いが起きる」と警告したが、「予言は的中するが誰からも信じられない」というアポロンの呪いにより、聞き入れられなかった。
しかしヘレネーはスパルタ王メネラーオスの妻であった。ヘレネーを娶った時の約定に基づき、かつての求婚者であるギリシア諸国の王達は一致団結してトロイアとの戦争に向けて動き出す。
トロイアに危機をもたらしたパリスに対し、ヘクトールは激怒。しかし結局弟を見捨てる事は出来ず、同盟者と連絡を取り、アカイア(ギリシア連合軍)と対決する事を選んだ。
戦争が始まるとパリスは軍の戦闘に立って「誰でもいいから勝負しろ」とアカイアを挑発。メネラーオスが怒気も露わに進み出ると、途端にパリスは怖気づいて逃げ出した。その醜態をヘクトールはなじり「お前などさっさと殺されれば良かった」とまで言い放つ。
気を取り直したパリスは「私と彼とで一騎打ちをし、勝った方がヘレネーと財宝を得る」と申し出て、アカイアもこれを了承。一対一の勝負が始まった。
激しい打ち合いの末にパリスはメネラーオスに組みつかれ、兜を掴まれてアカイアの陣に引きずられてゆく。しかしアプロディーテーが介入、兜の顎ひもを切ってパリスを助け出すと霧で周囲を覆い、追いすがるメネラーオスをを惑わせ、その隙に退却した。
この一騎打ちはメネラーオスの勝ちとされ、両軍の間で交渉が始まる。しかしゼウスの持つ運命の天秤は既にトロイアの滅亡へと傾いており、パリスに遺恨を抱くアテナによってこの和議は決裂させられた。
アテナは兵士の姿になると、トロイアの武将パンダロスに甘言をささやく。これに惑わされたパンダロスは功名心をくすぐられ、無防備な姿をさらすメネラーオスに矢を射た。矢は急所を外れたものの、これにより再び戦いが始まってしまう。
アカイアの名だたる諸将が負傷して押し込まれていく中、ヘクトールがアキレウスの親友パトロクロスを討ちとった。それまで総大将アガメムノンとの遺恨ゆえに参戦しなかったアキレウスは怒りと悲しみを覚え、遂に戦場に立つ。
アキレウスはヘクトールと一騎打ちをし、彼を殺害。この時ヘクトールはアキレウスに「いずれアポロンの加護を受けたパリスが仇を討つ」と告げており、後にその予言は的中する。パリスが放った矢は無敵の肉体を誇るアキレウスの急所である踵を貫き、英雄は呆気なく最期を迎えた。
そのパリスも、戦争の終盤で遂にその命を落とす。
アカイアが勝利する条件の一つとして「ヘラクレスの弓を持つピロクテーテースが参戦する事」という予言があった。諸事情あって遅れて参戦したピロクテーテースは、パリスと弓で勝負する。
パリスの矢が外れた一方、ピロクテーテースが放った矢はパリスに致命傷を与えた。瀕死となった彼はかつての妻オイノーネーの言葉を思い出し、イーデー山へと向かう。
しかしオイノーネーはかつての恨みを忘れられず、パリスの傷を癒す事を拒否。トロイアへと戻るとパリスは力尽き、翻意して後から追いかけてきたオイノーネーは、自ら首を吊って死んだ。
その後「トロイの木馬」の計によりトロイア王城は陥落。一部を除いて男は皆殺しとなり、女達は戦利品とされた。
かつてヘカベーが見た災厄の夢は、あやまたず的中したのである。
異説
パリスによるヘレネーの誘拐については、ヘロドトスの著書『歴史』で「エジプトで得た話」という別伝が伝わっている。
それによると、パリスとヘレネーが乗った船がトロイアへ向かう途中、嵐を避けてエジプトに立ち寄ったという。この時パリスの従者が神殿に駆け込み、自分の主人がヘレネーを誘拐したと密告。パリスは国外追放となり、ヘレネーとスパルタの財宝はエジプトの法に基づいて丁重に保護された。
一方メネラーオスはそんな事情も知らず、アカイアはトロイア側の弁明も聞かずに戦争を始めてしまう。トロイア落城後、メネラーオスは生き残った捕虜からかくかくしかじかと説明されてようやくエジプトに向かい、妻と財宝を取り戻したという。
これについてヘロドトスは「戦争による多大な犠牲を考えれば、王であるプリアモスがヘレネーを返還しない理由がない」と自らの考えを示している。
また別の伝承として「ヘレネーは半神(ゼウスとレーダーの子)であり、人の子であるパリスが誘拐するのは不敬である」として、彼女をかたどった雲の像を持ち去ったという説がある。
補遺
三柱の女神が美青年を前にその美を競い合う「パリスの審判」は芸術の主題として古くから好まれ、多くの絵画が制作された。
著名な所ではルーベンス、ルノワール、ミュシャなどが「パリスの審判」と題した作品を残している。
2004年の映画「トロイ」では、神々の存在は描かれず、人間を中心とした群像劇となっている。
パリスがヘレネーを誘拐したのはお互いが禁断の恋に落ちたからという理由となっており、一騎打ちに介入したヘクトールによってメネラーオスは殺され、落城後にアキレウスがパリスに射殺されるなど大幅な改変が入っている。こうした事から一部の批評家からはクソミソに酷評されたものの、ブラッド・ピットはじめ豪華な俳優陣をそろえた事で商業的には成功している。
ちなみにパリスを演じたのはオーランド・ブルームで、エリック・バナ演じるヘクトールの足にすがりついて助けを求めるなど、イケメンだが割と情けない描写がなされている。
ソーシャルゲーム『Fate/Grand Order』では、アーチャーのサーヴァントとして実装。詳細はパリス(Fate)を参照。
愛くるしい男の娘として描かれており、金の羊に姿を変えたアポロンがマスコットのようにくっついている。この姿になったのはアポロン曰く「この時期のパリスちゃんが一番輝いていた」から。
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