ピトー管とは、流体中の圧力を計測する装置である。名前の由来は発明者のフランス人アンリ・ピトーさん(1695~1771)から。飛行中の航空機が速度を知るための計測器として一般的で、非常に重要な部品のひとつ。
概要
自動車なら、60km/hで1時間走れば60kmの距離を進む。だが、飛行機の場合、速度計が300km/hを示している状態で1時間飛んだとしても、日によって250kmしか飛べてなかったり、350kmも進んでいたりすることがある。
これは、自動車のスピードメーターが対地速度を計測しているのに対し、飛行機は対気速度を測っているからである。
その対気速度を計測するセンサーこそ、ピトー管なのだ。現用の重航空機でピトー管が装備されていないものはないと言っても過言ではない。
原理
その名の示すごとく基本的には管であるが、二重構造となっている。内側の管は先端に口があり、外側の管は側面に孔が設けられている。前者を全圧孔、後者を静圧孔という。両者は根元で繋がっていて、そこには圧力計がある。
流体中のピトー管が圧力を受けると、全圧孔と静圧孔に圧力差が生じる。全圧と静圧の差、つまり動圧を圧力計で測定し、下記の式を適用して流速を求める。
V : 流速 m/s
C : ピトー係数(通常1)
p : 動圧 Pa
ρ: 流体密度 kg/m
つまりどういうことよ?
たとえば、そこそこの速度で走っている自動車から手を出すと、まるで乳房を揉んでいるような感覚を味わうことができる。で、速度が高ければ高いほど手に受ける圧力は大きくなる。ピトー管と圧力計はこの圧力から速度を求めているわけである。感覚としてはこれでだいたいあってる。
原理上、ピトー管の真正面から圧力を受けないと流速を正しく計測できない。そのため、ピトー管の先端を流体の流れてくる方向へ向けて設置される。航空機の場合は機首方向に管の先端を向けることとなる。胴体付近では気流が乱れているため、設置場所はなるべくなら生の圧力を受けることのできる機首付近がよい。航空自衛隊も採用していたF-104戦闘機は機首から針のように長く伸びたプローブの先端にピトー管があった。
ただし、機首にレーダーが搭載されている戦闘機では、機首レドームにピトー管なんて備わっていたらレーダーの邪魔になることがわかったので、近年は大抵は機首の側面あたりにぽつねんと顔を覗かせている場合が多い。F-15イーグル、F-22ラプター、Su-27フランカーなどである。
ちなみに、零戦では左翼の20mm機関銃の左にピトー管が設置されていた。現代でもセスナなどの単発プロペラ機は左主翼にピトー管を備えている。これは、単発プロペラ機では機首にピトー管を配置できないためである。
ピトー管には、原理の項目で述べたような全圧孔と静圧孔を両方持ちあわせたピトー静圧管と、ただ全圧を測るだけのものとがある。単にピトー管と言えば本来は後者を指す。航空機では、ピトー静圧管を用いる場合もあれば、全圧を計測するだけのピトー管と静圧孔が別個に設けられている機種もある。
なぜ飛行機はピトー管で速度を測るのか
飛行機は向かい風で飛んでいる。正面からの空気の流れで翼や胴体に揚力が発生して宙に浮かべるのだ。飛行機が離陸前に滑走路で助走をつけているのも、自身が高速で走ることで人為的に向かい風を作るためである。
というわけで飛行機にとっては対地速度なんてものは基本どうでもいい。いま自分が何ノットの風を受けているかが重要なのである。
たとえば、対気速度300km/hで離陸できる飛行機があったとする。飛行機が滑走路を全速力で突っ走って対地速度300km/h出したとしても、ものすごい追い風に煽られているとかで対気速度が270km/hしかなかったら、その飛行機は飛べない。
逆に、正面から20km/hの風を受けていたら、対地速度280km/hで機体はふわりと浮かぶ。
こういう事情から、航空母艦が艦載機を発艦させるときは、艦首を風上に向けて航行し、飛行機が向かい風を得られるようにする。これを「風に立つ」という。風に立って対気速度を稼いでやれば、艦載機はより低速でも発艦できるので、地上の飛行場に比べると遥かに短い距離しかない空母の甲板上からでも発進可能になるというわけだ。
ピトー管は圧力から速度を算出していると述べた。しかし空の気圧は常に一定ではない。高度が高くなれば気圧は下がる。また、上空を低気圧が通過したり高気圧が居座っていたりもしよう。同じルートを同じ巡航速度で航行するにしてもまったく同条件のフライトはふたつとないのだ。使用する航路と高度、ならびにその日の気象報告などから、目的地到着にかかる時間や燃料消費量を計算しておくことは重要な準備事項である。それはもちろんパイロットの仕事である。
また、離陸した飛行機は、かならず着陸しなければならない。しかし、飛行機にとっていちばんやりたくないことが、まさに着陸であったりする。なにせ飛んでいる状態から滑走路、つまり地上に降りるのである。「地上に降りる」という点だけを見れば、着陸は墜落と同義とさえ言える。飛行機をわざと失速させゆっくり墜落させる作業と言えば、着陸がいかに厄介な工程であるかおわかりいただけると思う(実際、艦載機の空母への着艦は制御された墜落とも言われている)。
飛行機を着陸させるには、失速速度を下回るよう減速しなければならない。失速しないと接地させても機体がまた浮き上がるからだ。しかし下手に減速すると滑走路手前で失速して墜落してしまう。かといってじゅうぶんに減速していないと着陸後に止まりきれず滑走路をオーバーランする恐れもある。ジレンマである。よって、飛行機が着陸するときは、(だいぶ極端な言い方になるが)失速直前のスピードで滑走路に入り、接地させたらただちに失速させるという非常にデリケートな速度管理が必須となる。
この速度が対地速度ではなく対気速度であることは、もはや説明の要もないだろう。理屈は離陸のときとおなじだ。対気速度150km/hで失速する飛行機があったとして、20km/hの追い風があれば、対地速度170km/hで失速してしまうわけである。
だから飛行機が対地速度計しか使っていなかったら、飛行場が高地にあって気圧が低いとか、アプローチ中にいきなり横風が吹いたとか、追い風がいきなり向かい風になったとかで、失速速度がリアルタイムでころころ変わることになってしまう。
けれども、対気速度計を見ていれば、どんな気象条件下でも、ちゃんと150km/hで失速してくれるのである。
で、その対気速度を計測するには、いまのところピトー管がもっとも確実で、正確、かつ安価な道具なのである。ありがとうピトーさん。
総括すると、飛行機の速度計は「速度そのものではなく、前方からの風圧を測っている」ということである。
航空事故の原因
既に記したように、ピトー管は飛行機が飛ぶために重要な要素である対気速度を測るための装置である。複雑な飛行機の計器もここから受信したデータをもとに動くのが一般的である。
そのため、何らかの原因でピトー管が正常に作動しなかった場合、速度や高度の情報が得られなくなるため、重大な事態に発展することも多い。その場所が夜の海上など、目視での確認がほぼ不可能な状況であり計器飛行を行わなければならないような環境であればなおのことである。
現実にも以下に例として上げたように、ピトー管が正常に作動しなかったことが主要因、そうでなくても要因の一つとなったことで発生した墜落事故が存在する。整備ミスによるものの他、ピトー管内に入った水分が凍結するという気象要因に起因するものがある。
また、オーストラリアのブリスベン空港では、速度計に異常が発生した旅客機が離陸をとりやめたり、あるいは離陸してもすぐに引き返して緊急着陸を余儀なくされたりするインシデントが頻発していたのだが、その犯人が、キーホールワスプと通称されるスズメバチ(学名:Pachodynerus nasidens)だったことが判明した。くわしくはこちら→https://www.abc.net.au/news/science/2020-11-26/keyhole-wasp-nest-pitot-probes-brisbane-airport-aviation-safety/12919668
このスズメバチは、狩人バチのように卵を産みつけた昆虫を穴に埋め、泥で蓋をする習性をもつ。どうやらこのハチにとってエアバスA330型機とボーイング737型機が装備しているピトー管の口径が営巣にちょうどぴったりのサイズだったらしい。たった1匹の小さなハチにピトー管を塞がれただけで、巨大な旅客機が飛べなくなってしまう。それほどピトー管は旅客機にとって「急所」である。
航空機以外でも働くピトー管
民生用・産業用電気機器、医薬品、電子部品や半導体および光学機器の製造だけでなく、試験・分析・測定、研究機関、医療などなど、さまざまな分野で重宝されているそうです。
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