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フェンタニル(Fentanyl)とは、麻酔や鎮痛のため利用される麻薬性鎮痛薬である。
先発医薬品の販売名はデュロテップ®MTパッチ、ワンデュロ®パッチ、ラフェンタ®テープ、フェントス®テープ、アブストラル®舌下錠、イーフェン®バッカル錠。
違法に用いられる場合には、チャイナホワイトやホワイトヘロインとも呼ばれるが、この隠語には3-メチルフェンタニルやα-メチルフェンタニルなどのフェンタニル誘導体も含まれることがある。
概要
フェンタニルは、フェニルピペリジン系の合成オピオイドであり、麻薬性鎮痛薬である。オピオイドμ受容体に作用して強力な鎮痛作用を示すため、癌性疼痛や慢性疼痛の治療、全身麻酔における鎮痛を目的に使用される。ほかのオピオイドと同じく鎮痛作用のほか、呼吸抑制作用、鎮静作用、鎮咳作用、催吐作用、消化管運動抑制作用なども有する。静脈内投与には速効性があり、5分程度で最大の鎮痛効果が発揮される。脂溶性が高く分子量が小さいため経皮吸収も良好で、貼付剤としても利用されている。現代の医療に不可欠な医薬品であるとして、世界保健機関(WHO)が策定する必須医薬品モデルリストにも収載されている。
フェンタニルは、1959年にベルギーの薬理学者ポール・ヤンセンによって合成された。麻薬性鎮痛薬のペチジンに類似した物質のオピオイド活性についてスクリーニングする過程で、強力な合成オピオイドとして見出された。彼はヤンセン・ファーマシューティカ社(現在はジョンソン・エンド・ジョンソン社の子会社)の創設者であり、リスペリドンやハロペリドールの開発でも知られる。同じフェンタニル系オピオイドであるスフェンタニルやカルフェンタニルの開発にも成功している。
ロシア連邦で開発された化学兵器(無力化ガス)の「KOLOKOL-1」の主成分は、フェンタニル系の合成オピオイド(とくにレミフェンタニルやカルフェンタニル)であった。KOLOKOL-1に曝露すると数時間にわたって意識を失う。2002年に発生したモスクワ劇場占拠事件ではテロリストの鎮圧のため使用されたが、人質約900名のうち129名はKOLOKOL-1によるオピオイド誘発性の呼吸抑制のため死亡した。
アメリカ合衆国では、ヘロインやフェンタニルなどのオピオイドの濫用が社会問題化しており「オピオイドクライシス」と呼ばれている。2000年代から2010年代初頭までは処方されたオキシコドンやヒドロコドンの濫用が半数を占めていたが、これら合法的に入手可能なオピオイドへの規制が強化されたために、オピオイドに依存した患者は違法に製造されたオピオイドへと移行してしまい事態が悪化した。2013年、違法に製造された安価なフェンタニルによる死亡者数が顕著に増加。2019年以降、COVID-19流行による社会不安や適切な医療サポートを受けられなかったことを要因として死亡者数が大幅に増加した。アメリカ疾病予防管理センター(CDC)によると、オピオイド濫用による死亡者数は、2010年には約21,000人だったが2023年には約81,000人に増えた。フェンタニル濫用による死亡者数も、2010年には1,000~2,000人程度だったと推定されているが2023年には74,000人を超えている。
効能・効果
日本では、フェンタニルやそのクエン酸塩の注射剤、貼付剤、錠剤(舌下錠・バッカル錠)が製造販売されており、麻酔や疼痛緩和のために使用されている。一部の貼付剤はジェネリック医薬品もある。
注射剤 - フェンタニルクエン酸塩注射液
貼付剤 - デュロテップ®MTパッチ / ワンデュロ®パッチ / ラフェンタ®テープ / フェントス®テープ
- 中等度から高度の癌性疼痛における鎮痛
- 中等度から高度の慢性疼痛における鎮痛
錠剤 - アブストラル®舌下錠 / イーフェン®バッカル錠
悪性腫瘍(がん)による疼痛には、24時間のうち12時間以上を占める「持続痛」と、一過性に発生・増強する「突出痛」がある。持続痛のコントロールにフェンタニルの貼付剤が、突出痛の緩和にフェンタニルの錠剤(舌下錠・バッカル錠)が用いられる。
用法・用量
フェンタニル注射液は、静脈内投与のほか、皮下、硬膜外、クモ膜下腔への投与が可能である。全身麻酔の導入や維持における鎮痛にはレミフェンタニル(アルチバ®)を使うことも増えたが、フェンタニルもバランス麻酔における安定した鎮痛、術後疼痛や癌性疼痛の鎮痛を目的に使われている。術後疼痛に対して、初回に1~2μg/kgを緩徐に静注したのち、1~2μg/kg/hrを持続静注する。年齢や症状に応じて適宜増減。癌性疼痛に対して、0.1~0.3mg/dayから開始し、症状に応じて適宜増減しながら至適用量を決定する。
フェンタニル製剤間の換算は、フェンタニル注射液0.3mg/day = デュロテップ®MTパッチ2.1mg = ワンデュロ®パッチ0.84mg = ラフェンタ®テープ1.38mg = フェントス®テープ1mg(詳細は下表のとおり)となる。オピオイド注射剤からフェンタニル貼付剤へ切り替える場合は、貼付後6~12時間を目安にオピオイド注射剤を減量して中止する。初回貼付後および増量後は、少なくとも2日間増量しない。投与を中止する場合、急激な減量は行わず漸減する。
デュロテップ®やラフェンタ®は72時間製剤のため3日ごと、ワンデュロ®やフェントス®は24時間製剤のため毎日同じ時間に貼り替える。貼付部位は胸部・腹部・上腕部・大腿部など。かゆみ・かぶれを予防するため、貼る場所を毎回変える。はさみやカッターで切らずにそのまま貼付する。貼付部位の温度が上昇するとフェンタニルの吸収量が増加するため、電気毛布、こたつ、ファンヒーターといった熱源に接しないよう注意する。また、入浴時も長時間または熱い温度での入浴を避け、シャワーのお湯も直接当てないように注意する。
突出痛の鎮痛のために用いられるアブストラル®舌下錠やイーフェン®バッカル錠は、通常の錠剤のように飲み込む製剤ではない。舌下錠は舌の下に入れ溶解させ、バッカル錠は臼歯の歯茎と頬の間で溶解させて使う。それぞれの初回用量は、アブストラル®が100μg、イーフェン®が50μgまたは100μg。症状に応じて一段階ずつ800μgまでの範囲で用量を調節していく。用量調節期においては、十分な鎮痛効果が得られない場合には30分後に同一用量を1回のみ追加投与できる。至適用量が決まれば、1回の突出痛に至適用量を1回投与することとする。アブストラル®なら前回の突出痛への投与から2時間以上、イーフェン®なら前回の突出痛への投与から4時間以上の間隔を空ければ、再投与できる。ただし、1日あたり4回以下の突出痛に対する使用にとどめる。
| 0.15 |
0.3 |
0.6 |
1.2 |
1.8 |
2.4 |
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| 6.25 |
12.5 |
25 |
50 |
75 |
100 |
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| デュロテップ® | - | 2.1 |
4.2 |
8.4 |
12.6 |
16.8 |
| ワンデュロ® | - | 0.84 |
1.7 |
3.4 |
5 |
6.7 |
| ラフェンタ® | - | 1.38 |
2.75 |
5.5 |
8.25 |
11 |
| フェントス® | 0.5 |
1 |
2 |
4 |
6 |
8 |
作用機序
フェンタニルなどのオピオイド鎮痛薬は、オピオイドμ受容体に作用する。脊髄の感覚神経、視床および大脳皮質知覚領域を介した上行性痛覚情報伝達の抑制と、中脳水道周囲灰白質、延髄網様体細胞、大縫線核を介した下行性抑制系の賦活によって、鎮痛作用をもたらす。扁桃体や帯状回、腹側被蓋野や側坐核に存在するμ受容体にも作用するため、感情のコントロールや報酬系にも影響を与えうる。延髄呼吸中枢の抑制による呼吸抑制作用、孤束核咳中枢の抑制による鎮咳作用、化学受容器引き金帯(CTZ)への作用による催吐作用、末梢の消化管運動抑制作用も示す。ただし、モルヒネにみられるヒスタミン遊離作用は、フェンタニルにはない。
フェンタニルは脂溶性が高い。よって、血液脳関門を速やかに通過するほか、脂肪組織へ移行しやすく分布容積が大きい。フェンタニルの半減期は約3.6時間だが、脂肪組織に蓄積したフェンタニルが血中に再分布するため、投与終了後も鎮痛効果が遷延する。
主に肝臓で代謝され、CYP3A4による酸化的N-脱アルキル化を受けてノルフェンタニルとなる。フェンタニルの鎮痛効果はモルヒネの約50~100倍(モルヒネ60mg内服 ≒ モルヒネ30mg静注 ≒ フェンタニル0.6mg静注)とされるが、ノルフェンタニルに鎮痛作用はほとんどない。
禁忌・副作用
アルコール依存症治療薬のナルメフェン(セリンクロ®)にはオピオイドμ受容体拮抗作用があるため、併用するとオピオイド離脱症状が発現するおそれがある。よって、フェンタニルを含むオピオイドとナルメフェンの併用は禁忌。緊急に必要な場合を除き、ナルメフェンの投与を中止して1週間以上経過してからオピオイドを投与する。
オピオイドに共通する副作用として、依存性がよく知られている。連用中の急激な減量や中止によって、不安、薬物の渇望、呼吸数の増加、発汗、流涙、散瞳、振戦、頻脈、高血圧、悪心・嘔吐、下痢などの退薬症候が発現する。また、濫用によって過量投与となるリスクがあり、フェンタニルの場合わずか1~2mgの投与で死亡に至る可能性がある。ただし、疼痛下で適切に使用する場合において、依存性はほとんど形成されない。医師に指示された用法・用量を守って使用することが大切である。
副作用として、呼吸抑制、悪心・嘔吐、徐脈などがある。便秘や眠気もあるが、ほかのオピオイドと比較すると少ない。呼吸抑制があらわれた場合には、拮抗薬のナロキソンを投与する。
同種同効薬
オピオイドは、ケシ由来のアルカロイド(オピエート)、オピエートをもとに合成された物質、オピエートと同じ作用を示す内因性物質を指す。モルヒネやヘロインがオピオイドとして広く知られている。また、ヒトの体内に存在する内因性のオピオイドとしてβ-エンドルフィンがある。
フェニルピペリジン系オピオイドに分類される麻薬は、フェンタニルやレミフェンタニルなどのフェンタニル系オピオイドのほかに、ペチジン(メペリジン)、フェノペリジン、アニレリジン、ケトベミドンなどがある。ペチジンは激しい疼痛における鎮痛や麻酔前投薬・無痛分娩に用いられる。
フェンタニル系オピオイドは、スフェンタニル、アルフェンタニル、オームフェンタニル、レミフェンタニル、カルフェンタニル、ロフェンタニルなどがある。このうち、日本で上市されているのはレミフェンタニルのみ。
レミフェンタニル(アルチバ®)は、全身麻酔の導入・維持における鎮痛に用いられる。フェンタニルより鎮痛作用の発現・消失が速やかであり、血中や組織中のエステラーゼによって代謝されるため蓄積性がなく、肝機能や腎機能の影響を受けない点で優れる。
カルフェンタニル(4-カルボメトキシフェンタニル)は、フェンタニルより脂溶性が高く、μ受容体への親和性が高められている。カルフェンタニルの鎮痛効果は、動物実験のデータに基づきフェンタニルの約100倍、モルヒネの約10,000倍と考えられている。
ロフェンタニル(3-メチルカルフェンタニル)は、理論的にはカルフェンタニルよりμ受容体への親和性が向上している可能性がある。そのため、ロフェンタニルの鎮痛効果はカルフェンタニルより強いことが示唆されているが、定量的なデータに乏しい。
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関連項目
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