フレデリック・バスティア単語

フレデリックバスティア

国家とは皆が他人ので生きようとするために作られた壮大なフィクションである。(フレデリック・バスティア)

フレデリック・バスティアとは、19世紀に活躍したフランス政治家政治経済学者である。

概要

コブデン、ブライトに影を受けた古典自由義経済学者。バスティアのような自由論者をリバタリアンと呼ぶ。バスティア底的に攻撃した三大論敵は、保護義、社会主義リカード経済学である。彼はリカード悲観論的予測で世界調和の土台を壊す傾向にあると考えていた。

彼は優れた経済理論新な経済思想を残すことは出来なかったが、論敵の批判風刺や皮をよく用いておりある意味経済学史史上並ぶものがいないと言える。その中で最も有名なのが「ロウソク製造業者の嘆願」である。少し長いが全部引用してみよう。

ロウソク製造業者の嘆願

請願書  

ロウソク、小ロウソク、ランタン、台、ロウソク消し、消火器に関わる製造業者、並びに、脂、植物油、脂、アルコール、そして照明に関連する一般的にすべての生産者より。  

立法議会の名誉ある代議士各位へ。  

方々  

 皆様は正しい方向に向かっておられます。それは抽的な理論を拒否し、余剰や低価格ということについて関心を持っておられないこと、そしてに生産者の命運について御心配になっているということです。生産者を外からの競争から解放しようとなさっていること、つまり、市場内産業にとっておくということです。  

 私たちは、皆様に対して、皆様の――何とお呼びすれば良いのでしょうか?皆様の理論?いいえ、理論ほど詐欺的なものはありません。皆様の原則?皆様の体系?皆様の原理?しかし皆様は原則などお嫌いですし、体系性には恐怖をお持ちです。そして原理につきましては、政治経済にはそんなものの存在を否定されています。ですから皆様の実践とお呼びしましょう――理論と原理のない実践を適用していただく素晴らしい機会をお持ちいたしました。  

 私たちは、外の競合者からの破滅的な競争に苦しんでおります。競合者は明らか々のの生産よりもはるかに優れた状況で働いており、信じられない低価格で市場洪水のようにやってくるほどです現在のところ、その様子は、私たちの売り上げはなくなり、すべての消費者は競合者に流れ、数え切れないほどの影を持つフランス産業の一部門が、全に停滞してしまうほどに減産しているのです。この競合者は、まさに太陽そのものなのですが、私たちに対してまったく無慈悲な戦いを挑んできており、その有様は、不実な1によってそそのかされている(今日においては、すばらしい外交政策です!)と私たちは憶測しているほどです。特にこのことは、太陽があの傲慢に対しては、私たちには示すことのない敬意を払っていることに明らかです。  

 私たちは、すべての、屋根、内外にある戸、カーテン、覆い、円形ガラスガラスブラインド、つまり、太陽が屋内へと入りがちである、すべての開口部部、隙間や割れ目、を閉めることを要する立法を、皆様に通していただく道徳正さをめております。それらが、に与えられたと私たちが誇りを持って言える正な産業の損失につながるのであり、は、これまでの恩を裏切ることなしには、私たち業者をこれほど不正な今日の競争状態に捨て置くことはできないのであります。  

 名誉ある代議士各位、私たちの要真剣に取り上げていただく正さをお持ちいただき、そして少なくとも、私たちがこの議論を補強するために提出する理由をお聞きにならないままに拒否されることがありませぬようお願いいたします。  

 最初に、もし太陽が入ってくることを出来るだけ遮断して、人工の需要を作り出すなら、一体フランスのどの産業が、最終的な拡大の利益を受けないというのでしょうか?  もしフランスがより多くの脂を消費するなら、はもっと多くなり、その結果、開けた地、羊毛、皮革、そしてすべての農業的な富の基盤となる尿の増加につながるでしょう。  

 もしフランスがより多くの植物油を消費するなら、ケシオリーブアブラナの栽培の拡大につながります。これらの豊饒な、しかし土壌の養分を消耗してしまう植物は、の放牧によってより肥沃になった土地を有益に利用することを、まさに適切な時に可にするのです。  

 フランスの原野は脂性の木で覆われるでしょう。数のハチの群れが山々から、現在駄になっている芳しい財宝を、ちょうどから出るもののように、集めてくるでしょう。よって、大きく飛躍することのない農業分野は一つとしてないのです。  

 同じことが運送についても当てはまります。何千もの船が捕鯨にいそしむことになり、間もなくのうちに、フランスの名誉の維持ならびに、請願書の署名者とロウソク業者、その他の者の愛国的な熱望を可にするだけのを獲得するでしょう。  

 しかし、パリの製造業者の特産品については何が言えるのでしょうか?これから皆様は、装飾、、そして水晶細工が、台やランプシャンリア、装飾枝付きの台などにほどこされ、広大な商業広場にきらめくのを見ることでしょう。それらにべれば、現在あるものなど、まがい物という程度でしかありません。  

 砂丘をのぼる困窮した脂の採集者、暗いに行く貧乏な鉱夫といった、結局は、高い賃を得られず、より大きな繁栄を享受することのできないような人もいなくなります。  方々、ほんの少しばかり考えただけで、アンザン株式会社の裕福なから最も小さなマッチ売りに至るまで、私たちの請願がかなうことによって状況が善されないものなどフランス人にはおそらくいないことを確信されるでしょう。  

 方々、私たちは反論があるだろうことを知っています。しかし、それらのすべては自由貿易の信奉者によるカビ臭い古本に書かれていることです。私たちは、私たちに反対する意見が、皆様と皆様のすべての政策を導く原理に即座に反するものではない、という考えに挑戦いたします。  

 皆様は、この保護政策によって私たちは得をするものの、消費者がその負担を課されるということから、フランスは得るところがないとおっしゃるのでしょうか?  

 私たちの答えは、以下のように、すでに用意されています。  

 皆様は、もはや消費者の利益を引き合いに出す権利など持っていないのです。皆様は、消費者の利益が生産者の利益と反する場合には、常に消費者を犠牲にしてきました。それは産業を振し、雇用を増大させるためでした。同じ理由から、皆様は今回もまたそうしなければならないのです。  

 実際、皆様自身がこのような反対を予想されていたでしょう。、石炭、ゴマ、小麦、織物の市場への自由な参入が消費者の利益になるといわれた時、皆様は「そうだ、だが生産者はその締め出しから利益を得る」と答えられました。すばらしい!当然に、もし消費者が太陽が入ることから利益を得るのであれば、生産者はその遮断から利益を得るのです。  

 皆様はなおもおっしゃるかもしれません。「しかし、生産者と消費者は同じ一人の人間なのだ。もし製造業者が保護によって利益を得るのであれば、彼らは農民をも繁栄させるだろう。その反対に、もし農業が発展していれば、それは製造された商品の市場をつくるだろう。」すばらしい!もし皆様が私たちに日中生産の独占権を与えていただけるなら、まず最初に私たちは、々の産業に供給するために大量の脂、松脂植物油、脂、蜜ろう、アルコール、そして水晶を購入いたします。そしてさらには、私たちとその数の商品供給者が豊かになり、大量に消費して、内産業のすべての領域に繁栄をもたらすのです。  

 皆様は、太陽自然からの無料の贈り物であり、それを利用する手段を促進するための言い訳として、それを拒否することは富を拒否することだとおっしゃるのでしょうか?  

 しかし、もし皆様がこのようにお考えであるのなら、皆様自身の政策に致命的な一撃を与えることになってしまいます。御記憶ですか、これまで皆様は、外の商品を、それらが無料の贈り物である程度に応じて、あるいはそうであるために、排除してきました。皆様が他の独占業者からの要請に応じるための理由づけは、皆様の確立した政策に全に適合している私たちの要請を許容するための半分でしかないのです。そして私たちの要を、まさに他の者たちの要よりもより理由付けられているという理由から拒否することは、+ x + = - という等式を受け入れることと同値なのです。つまり不条理に不条理を重ねるということです。  

 労働と自然は、や気に応じて異なった割合で、商品生産において協働します。自然が貢献する部分は常に無料です。そして人間の労働による貢献部分が価値を持つのであり、対価が支払われるべきなのです。  

 もしリスボンからのオレンジパリからのオレンジ半額で売られるのだとしたら、それは太陽からの自然の熱、それはもちろん無料です、が、パリにおいては人工の熱によってなされることをリスボンでしてくれているからなのです。そして、人工の熱は市場における代償を支払わざるを得ません。  

 よって、ポルトガルからオレンジがやってくる場合、それは半分無料提供されているといえるのです。あるいはまた別の言い方をすれば、パリオレンジべると、半額提供されているともいえるでしょう。  

 さて、まさしくそれらの準無料(この言葉をお許しください)ということに基づいて、皆様はそれらの禁輸を維持してこられました。皆様はおっしゃいます。「フランスではすべての仕事をしなければならないのに、外ではその半分しかする必要がなく、残りは太陽がやってくれるのに、どうやってフランスの労働者は外の労働者との競争に耐えられるというのだろうか?」しかし、もし生産物が半分無料であるという事実によって、皆様が競争から排除するというのであれば、全に無料であるという事実によって、どうして皆様が競争に参入することをお許しになることができましょうか?つじつまが合わないことをお認めになるか、あるいは、半分無料のものを内産業に有であるとして排除した以上、全に無料であるものもまったく同じ理由で、2倍の情熱を持って排除しなければなりません。  

 別の例を挙げてみましょう。石炭、、小麦、織物といった産物が外から来る場合、あるいはそれらを私たちが自分で生産するよりも少ない労働量によって獲得する場合、その差は私たちに与えられた無料の贈り物です。この贈り物の大きさは、その差に例します。それは、外国人内価格の4分の4、半分、4分の1を要する場合、その生産物の価値の4分の1、半分、4分の3なのです。このことは、ちょうど太陽を与えてくれる場合のように、送り手が何らの対価もめない場合に、まったく全に当てはまります。私たちがここで正式に提示する疑問とは、皆様がフランスに望むものが無料の消費からの便益であるのか、それとも面倒くさい生産というものにおける想像上の利益なのかということなのです。論理的になることなく、どちらかをお選びください。なぜなら、皆様がなさっているように、外の石炭、、小麦や織物を、その価格がゼロに近づくに例して禁止する限り、一日中ただである太陽をお許しになるというのは、なんとつじつまが合わないことでしょうか?

要するに?

ロウソク売る為に太陽規制するようロウソク屋がに訴えているのだ。

バスティアのこういった風刺や寓話は「保護貿易の詭弁」(1877)に見られるものとともに、自由貿易義者や反社会主義者の手によって現在も広められている。

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フレデリック・バスティア

1 ななしのよっしん
2014/08/31(日) 21:28:34 ID: HbsWI8tSX3
Wikipediaにすら記事がないバスティアの記事をよくぞ作ってくれた。
彼はケインズ登場の一世紀前からケインズ的政策を批判していた点で十分新であったと言える。

民衆から吸い上げた大な税共事業に使うことは、本来庶民が自己の効用を最大化するよう使うはずであった財産を国家が取り上げ、非効率な事業やからない産業へ恣意的に投じることであり、これは富の総額を減らすどころか、政治に圧をかけ利益を得ようとする団体を助長することでもある。
しかし民衆は自由経済の「見えない利益」を想像できず、介入義による先の「見える利益」に飛びついてしまう。こういった人気取り政策は均衡財政の制約により自然限界が訪れるが、国家による尽蔵の赤字国債発行と貨幣増発を認めてしまった現代では支出の拡大に止めがかからない……となる。
2 ななしのよっしん
2017/10/29(日) 01:41:27 ID: mUEhYHIn6C
今の無駄遣い至上義になってる日本で一番必要な経済学者