ブラウブリッツ秋田とは、秋田市・にかほ市・由利本荘市・男鹿市・潟上市を中心とした秋田県全域を本拠地とするプロサッカークラブである。
概要
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1965年創部のTDKサッカー部を前身とし、2010年にクラブチーム化した際に現在のチーム名に改称。2014年にJリーグへ加盟している。
クラブ名の「ブラウブリッツ (Blaublitz) 」は一般公募によってにかほ市の女性の案が採用されたものであり、ドイツ語で「青い稲妻」を意味する。エンブレムは、TDKサッカー部を受け継いだ経緯から形状は変更せず、秋田のなまはげと稲妻(ブリッツ)を取り入れたものである。
クラブマスコットは公募にて採用された秋田市の小学生の案をもとに決定した「ブラウゴン」。秋田県の龍神伝説にちなむ龍神の子どもであり、永遠の8歳。
プロ化した後は、県庁所在地・秋田市の八橋(やばせ)運動公園球技場(あきぎんスタジアム)をホームスタジアムにしていたが収容人数や照明装置などの点でJ2基準を満たしておらず、秋田市八橋運動公園陸上競技場(ソユースタジアム)を改修することでJ2基準を満たしライセンスを取得した。
新規にサッカースタジアムを建設する構想もあり、秋田市卸売市場の跡地を候補に事業が検討されている。
歴史
- 記録メディア媒体で有名な大企業「TDK」の本社サッカー部(TDK SC)として秋田県由利郡仁賀保町(現:にかほ市)に創設される。(本社は東京にあるのに、その本社が直接運営するスポーツチームは各地方の拠点に置いている…というHonda FCと同様の形態をとっている。ちなみ同社の本社野球部もにかほ市を本拠地としている)。
- Jリーグの前身である日本サッカーリーグ(JSL)の2部に所属したことがあり、この時点でチームとしては全国リーグを既に経験している。その後は東北リーグに長らく在籍し、リーグがディビジョン制を敷いた後も同リーグの強豪として君臨し続け、特に2002年シーズンから2006年シーズンまで1部の5連覇を達成している。この5連覇の後、出場した地域リーグ決勝大会を制して2007年にJFLに昇格。JFLではセミプロ形態で臨んでいたものの下位争いをしていることが多かった。
- 2010年にJリーグ加盟を目指して現在のクラブチーム形態に移行し、チーム名も現在のものに変更。
- 2011年、2012年とホームスタジアムの問題で見送られたものの、2013年にJリーグ準加盟が承認される。監督に与那城ジョージを招聘したこの年はJFL昇格後最高タイの8位で終える。
- 2014年にJリーグ3部(J3リーグ)の創設に伴いJリーグに加盟。クラブの拠点を秋田市に移し、初のJ3リーグでは12チーム中8位となった。シーズン終了後、与那城ジョージ監督が退任。
- 間瀬秀一が監督に就任した2015年は8位、2016年は一時は首位に立ち、最終的に4位と躍進する。
- 2017年には杉山弘一が監督に就任。栃木SC、アスルクラロ沼津との優勝争いを最終節での逆転で制し、J3リーグ初優勝を成し遂げる。しかし、ホームスタジアムの問題でJ2ライセンスが付与されていなかったためJ2昇格にはならず。おかげでロアッソ熊本が命拾いする。
- 2018年、秋田市八橋運動公園陸上競技場(ソユースタジアム)を改修することでJ2基準を満たしライセンスを取得する。
- 2020年に前沼津監督の吉田謙が監督に就任し、3シーズンぶりにJ3リーグ優勝を果たし、J2リーグへの昇格を決める。この年は6試合残しての優勝という最速記録と開幕から28戦無敗の記録を達成。
この年J3王者として天皇杯に出場するが、準決勝でJ1王者の川崎フロンターレに敗れる。 - J2初参戦となった2021年、J3オールスターといえる陣容で堅守をベースに健闘。13位でシーズンを終え、目標だったJ2残留を大きく上回る成績となった。
この年、J1ライセンスが付与される。 - 2022年はシーズン中盤に主力に大量の負傷者が出たことで12試合未勝利と苦戦した時期があったが、後半戦に盛り返し12位で終える。
- 2023年は主力の多くが退団しながらも、開幕から4試合連続無失点と変わらない鉄壁の守備を見せる。シーズン序盤は上位も狙える位置にいたが、中盤戦あたりから怪我人が続出したこともあり失速。それでも残留争いに巻き込まれることはなく、13位といつもの位置となる。
- J1昇格PO圏の6位以内を目標に定めた2024年は開幕2連敗と躓いたものの、その後は手堅いサッカーで好不調の波の少ない安定した戦いぶりで終盤戦までPOを狙える位置に付けるが、最終的には11位といつも通りの中位で終える。
新スタジアム問題についてクラブ側、秋田県側、秋田市側の話し合いがまとまらず、Jリーグ側から提示されていた2024年以内の着工が厳しくなり、ライセンス剥奪の可能性が浮上する。
プロチーム化した経緯
元々、TDK SCとしてJFL初参入時の2005年から、当時の監督であった小松勉が“1日も早くJリーグに参入できるように頑張りたい”と発言していた。
この発言の裏には、前年の2004年に、秋田県の青年会議所が開催したシンポジウムに当時日本サッカー協会会長であった川淵三郎が招かれたのだが、彼がその場で「私が生きている間に秋田にJリーグチームができる事はないでしょう」と発言したことが関係していると思われる。
なお、その年のTDK SCは全国地域サッカーリーグ決勝大会で優勝したことでJFL参入権を掴みとった。
JFL初参入時から2年後のJFL3シーズン目の2007年…札幌で行われた天皇杯3回戦。
対戦相手のコンサドーレ札幌にPK戦にもつれ込みながらも勝ち、これが初めて公式戦でJリーグチームに勝った瞬間であった。
これをきっかけに、にかほ市や県内のサッカー協会などがTDK SCをJリーグクラブにするべくTDK本社に協力を要請したが、TDKは「企業チーム」としてやっていく方針を変えるつもりは無く、この話は平行線を辿っていた。
2009年、TDKが経営不振の影響でサッカー部への直接支援を打ち切る方針(事実上の廃部方針)を発表したことを受け、県内の各自治団体やサッカー協会の協力もあり、後にTDK SCのクラブチーム化が正式に決定と同時にチーム名も翌シーズンから現在の名称になることが決定。
その一方で、同じ県内チームで東北リーグのFC秋田カンビアーレがJ2昇格を目指すことを発表し、一時期混乱が生じるが、カンビアーレの関係者との話し合いの結果、将来カンビアーレをブラウブリッツの実質的なセカンドチームになることが発表される。しかし、ジェフユナイテッド市原・千葉リザーブズのように、カンビアーレをブラウブリッツの直接的な下部組織に改組することはしないようである。
2010年正式に「TDK SC」から「ブラウブリッツ秋田」に改称しクラブチーム移行後初始動。しかしJリーグ加盟に必要な条件が揃っておらず、この年のJリーグ準加盟の申請を断念した。
2013年Jリーグ準加盟が認められたこともあり、翌年2014年の日本プロサッカーリーグ3部(J3リーグ)への参入が決定。コレに伴い、2014年からはプロチームとして活動している。
タイトル
現在の所属選手
背番号 | Pos. | 国籍 | 選手名 | 生年月日 | 加入年 | 前所属 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
- | 監督 | 吉田謙 | 1970.3.1 | 2020 | アスルクラロ沼津 監督 | ||
1 | GK | 山田元気 | 1994.12.16 | 2023 | カターレ富山 | ||
2 | DF | 岡﨑亮平 | 1992.4.25 | 2024 | 栃木SC | 【完】 | |
4 | DF | 蜂須賀幸次 | 1990.7.20 | 2024 | ベガルタ仙台 | 【完】 | |
5 | DF | 河野貴志 | 1996.6.17 | 2023 | ギラヴァンツ北九州 | ||
6 | MF | 諸岡裕人 | 1997.1.4 | 2023 | 福島ユナイテッドFC | ||
7 | MF | 水谷拓磨 | 1996.4.24 | 2023 | AC長野パルセイロ | ||
8 | FW | 畑潤基 | 1994.8.14 | 2023 | FC岐阜 | ||
9 | MF | 中村亮太 | 1991.1.28 | 2018 | アスルクラロ沼津 | ||
10 | FW | 小松蓮 | 1998.8.10 | 2024 | 松本山雅FC | 【完】 | |
11 | FW | 梶谷政仁 | 2000.3.9 | 2023 | サガン鳥栖 | 【完】 | |
13 | DF | 才藤龍治 | 1993.3.12 | 2021 | SC相模原 | ||
14 | MF | 大石竜平 | 1997.1.21 | 2024 | ツエーゲン金沢 | 【完】 | |
16 | DF | 村松航太 | 1997.8.22 | 2024 | ギラヴァンツ北九州 | 【完】 | |
17 | FW | 半田航也 | 1998.9.27 | 2020 | ヴェルスパ大分 | 【復】 | |
18 | FW | 吉田伊吹 | 1997.11.1 | 2023 | AC長野パルセイロ | ||
20 | MF | 栗本広輝 | 1990.6.16 | 2024 | 大宮アルディージャ | 【完】 | |
22 | DF | 河村匠 | 2000.9.13 | 2024 | 東京ヴェルディ | 【レ】 | |
23 | GK | 矢田貝壮貴 | 1998.6.11 | 2024 | AC長野パルセイロ | 【完】 | |
25 | MF | 藤山智史 | 1994.4.23 | 2021 | AC長野パルセイロ | ||
27 | DF | 喜岡佳太 | 1997.10.5 | 2024 | モンテディオ山形 | 【レ】 | |
29 | FW | 佐藤大樹 | 1999.9.23 | 2024 | Y.S.C.C.横浜 | 【レ】 | |
39 | DF | 星キョーウァン | 1997.6.25 | 2023 | いわきFC | ||
40 | FW | 青木将太 | 1990.3.31 | 2020 | AC長野パルセイロ | ||
41 | GK | 猪瀬康介 | 2000.12.25 | 2024 | 相模原SC | 【レ】 | |
47 | DF | 堀内智幸 | 2006.12.17 | 2024 | グランセナ新潟ジュニアユース | 【2】 | |
77 | FW | 河村慶人 | 1999.9.11 | 2024 | 東京ヴェルディ | 【レ】 | |
80 | MF | 小野原和哉 | 1996.4.19 | 2024 | ツエーゲン金沢 | 【レ】 | |
88 | DF | 加賀健一 | 1983.9.30 | 2020 | モンテディオ山形 |
※備考欄は【完】=完全移籍での加入、【レ】=レンタル移籍での加入、【復】=レンタル先からの復帰、【新】=新任の監督、【昇】=トップチーム昇格、【卒】=新卒での加入、【特】=特別指定選手、【2】=2種登録、【H】=ホームグロウン選手
過去に所属したおもな選手
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歴代監督
国籍 | 監督名 | 在任期間 | 備考 |
---|---|---|---|
横山博敏 | 2010年~2011年 | 前身のTDK時代から在任 | |
横山雄次 | 2012年 | ||
与那城ジョージ | 2013年~2014年 | J3リーグ参戦(2014年) | |
間瀬秀一 | 2015年~2016年 | ||
杉山弘一 | 2017年~2018年7月 | J3優勝(2017年) | |
間瀬秀一 | 2018年7月~2019年 | ||
吉田謙 | 2020年~ | J3優勝&J2昇格(2020年) |
関連動画
関連項目
- Jリーグ - Jリーグチーム一覧
- J2リーグ(2021年 - )
- J3リーグ(2014年 - 2020年)
- JFL(2010年 - 2013年)
- 秋田県 - 秋田市/にかほ市/由利本荘市/男鹿市
- 東北
- TDK
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