ブレーキ(MotoGP)とは、タイヤの回転数を減少させることにより様々な効果を生む装置である。
MotoGPのマシンに備わるブレーキはフロントブレーキ、エンジンブレーキ、リアブレーキの3つである。
本記事では、フロントブレーキのことを中心に解説する。
フロントブレーキの機構
フロントブレーキはMotoGPのバイクの制動の大部分を行う装置である。
こちらの動画に、バイクの制動における各ブレーキの割合が示されている。最大排気量クラスのマシンでは、全ての制動力の中でフロントブレーキの割合は70%にものぼる。
油圧で動く
この動画を見ながら、フロントブレーキの機構を見ていこう。
フロントブレーキのレバーは、ハンドルの右にあり、右手で握る。
ハードブレーキングのコーナーにおけるフロントブレーキのレバーにかかる力は8kg程度になる(動画)。2リットルペットボトル4本を指数本で引っ張るのと同じ作業をする。
ブレーキディスクを挟む力は油圧で作動する。ブレーキレバーから油の管が伸びていて、その中にはブレーキオイルが入っている。暑いサーキットでブレーキオイルの油温が過度に上昇すると油圧が上手く作動しなくなり、いくらブレーキレバーを握ってもブレーキがうまく効かなくなってしまう。
ブレーキオイルを貯めているところをリザーバーという。このツィートの左の画像を見ると、HRCという文字が入った黒い帽子を被せてある部品があるが、これがリザーバーである。この動画でも、HRCという文字が入った黒い帽子を被せてあるリザーバーが映っている。
ちなみに余談ながら、ヤマハのマシンは右ハンドル付近にリザーバーを置くだけでなく、左ハンドル付近にもリザーバーを置いている(画像1、画像2、画像3)。これは、油圧式クラッチ用のリザーバーである。先ほどのホンダのマシンは、どちらも機械式クラッチ(ワイヤー式クラッチ)を採用しているので、左ハンドル付近のリザーバーが存在しない。
ブレーキオイルが入った管はブレーキキャリパーにつながっている。ブレーキキャリパーは、アルミニウム製で、放熱性が高くて冷えやすい。アルミニウムの色は銀色なので(画像)、銀色のブレーキキャリパーが多い。
ブレーキオイルで、ブレーキキャリパーの内部にある2ヶのピストンを押す。ピストンの先端にブレーキパッドがあり、2枚のブレーキパッドで両側からブレーキディスクを挟む。ブレーキパッドはカーボン製である。カーボンの色は黒である(画像)。
ブレーキディスクはカーボン製のものとステンレス鋼のものがある。最大排気量クラスはカーボンである。
市販公道車のブレーキディスクは、ステンレス鋼の材質で、穴がいっぱい空いているものが多い(画像)。
MotoGP最大排気量クラスのブレーキディスクは、穴が空いていないものが多い(画像)。
ブレーキディスクの温度は最高で800度程度にまで上昇する(動画)。
ディスクの数と大きさ
基本的にMotoGPのバイクは、どのクラスも、バイク前輪の左右に1枚ずつ、合計2枚のブレーキディスクが付いている(資料)。
ただし、Moto3クラスの一部のチームは、バイク前輪の片側に1枚だけ大きなブレーキディスクを付けることがある。
最大排気量クラスのブレーキディスクは、直径340mmのものと、直径320mmのものがある。ブレーキに大きな負担がかかるサーキットにおいては直径340mmのものが使われ、ブレーキにさしたる負担がかからないサーキットにおいては直径320mmのものが使われる。
Moto2クラスは、直径300mmである(資料)
Moto3クラスは、直径290mm程度のものを1枚使うか(記事1、記事2)、直径190mm程度のものを2枚使うかのどちらかである(記事1、記事2)
最大排気量クラスにおいて、フロントブレーキのディスクの素材はカーボンで、強烈な制動力を持つ。詳しくはカーボンブレーキ(MotoGP)の記事を参照のこと。
Moto2クラスやMoto3クラスにおいては、フロントブレーキのディスクの素材はステンレス鋼となっている。
以上のことをまとめると次のようになる。
ディスク枚数 | 直径 | 素材 | |
最大排気量クラス | 2枚 | 340~320mm | カーボン |
Moto2クラス | 2枚 | 300mm | ステンレス鋼 |
Moto3クラス | 1枚または2枚 | 1枚なら290mm 2枚なら190mm |
ステンレス鋼 |
人力のみでレバーを操作する
市販公道車の分野では4輪・2輪問わず、ABS(アンチロックブレーキシステム)の開発が盛んである。ブレーキングにコンピュータ制御を取り入れ、自動的にブレーキを補助してくれる。
ところがMotoGPにおいては全てのクラスでABSは禁止されている。
先述の通りフロントブレーキが全制動力の70%を占めるので、フロントブレーキを操作する右手の指の感覚が、とてつもなく重要なものとなる。
後輪が浮くジャックナイフ
フロントブレーキの操作にはテクニックが必要で、最初からガツンと強く握ってはならない。そうしてしまうと後輪が浮き上がるジャックナイフとなる。
この動画では、最初からガツンと握って後輪が浮き上がり、130mのあいだジャックナイフで走った。
この動画では、最初からガツンと握って後輪が浮き上がり、ジャックナイフを通り越して前転した。
後輪が浮き上がるジャックナイフとなると、リアブレーキやエンジンブレーキがかからなくなる。リアブレーキやエンジンブレーキは後輪がしっかり接地していないと効かない。
とはいえ、どうしてもジャックナイフになってしまうコーナーはいくつか存在する。緩やかに下っているコーナーだとジャックナイフになりやすい。バレンシアサーキットの1コーナーはジャックナイフ多発地帯の1つである。こちらの動画でリアタイヤが僅かながらポンポンと浮き上がっていることがわかる。
ブレーキレバーを握る指の本数の違い
ブレーキレバーを握る指の本数はライダーによって違いがある。
ブレーキレバーを握る指の本数をコーナーによって使い分けるライダーもいる。
ちなみに、指の英語表記は、親指(thumb)、人差し指(index finger)、中指(middle finger)、薬指(ring finger)、小指(little finger)となっている。
1本指
指1本でフロントブレーキのレバーを操作するライダーは多い(記事)。残り4本の指でしっかりと右ハンドルを保持することができるし、アクセルを素早く開けることができる。
中でも、人差し指(index finger)1本でブレーキングをするライダーが多い。
中指(middle finger)1本でブレーキングをしていたライダーもおり、ケーシー・ストーナーがその方法を採用していた。
1本指のブレーキのライダーは、次の人たちである。
- マルク・マルケス (画像1、画像2、記事)
- ファビオ・クアルタラロ (画像1、画像2、記事)
- フランコ・モルビデリ (画像1、画像2、画像3)
- ケーシー・ストーナー (記事1、記事2、記事3 中指を使う)
2本指
- アンドレア・ドヴィツィオーゾ (画像)
- ホルヘ・ロレンソ (画像)
- ステファン・ブラドル (記事)
- ジーノ・レイ (画像)
- マーヴェリック・ヴィニャーレス (記事)
- アルベルト・アレナス (画像)
- コリン・エドワーズ (画像)
- ヴァレンティーノ・ロッシ (画像、記事 長年にわたって3本指だったが2019年日本GPから変更した)
3本指
- ヴァレンティーノ・ロッシ (画像1、画像2 人差し指と中指と薬指。長年にわたってこの方法だった)
- カル・クラッチロー (画像、記事 中指と薬指と小指の3本でブレーキを操作する。親指と人差し指をハンドルに巻きつける)
4本指
コーナーによって指の本数を使い分ける
- エディ・ローソン (RACERS外伝 vol.01 40ページ 激しいブレーキングをするところは人差し指と中指の2本指で、軽いブレーキングのところは人差し指の1本のみ)
- フランチェスコ・バニャイア (記事 通常は3本指だが、ときおり2本指になる)
- スコット・レディング (画像 1本指から4本指まで使い分けている)
ブレーキに厳しいサーキットでダクトを付ける
ブレンボというイタリア企業があり、MotoGPの最大排気量クラスでブレーキを独占的に供給している。
ここの技術者たちが「ブレーキに厳しいサーキット」を議論し、2016年3月に表としてまとめ上げた。2016年シーズンを経験したあとはレッドブルリンクの評価が「VERY HARD」に格上げされた。
ブレンボによると、ツインリンクもてぎ、セパン・インターナショナルサーキット、レッドブルリンク、カタルーニャサーキットが最もブレーキに厳しいサーキットとなる。
こうしたサーキットではフロントブレーキに負担がかかり、過度に温度が上昇してしまう。するとブレーキの効きが悪くなってしまうのである。
このため、フロントブレーキの横にダクトを付け、走行中に空気を拾い集めてブレーキキャリパーに浴びせて冷却するライダーが続出する。ダクトの画像はこちらやこちらで、遠くから見ると金管楽器のホルンを連想してしまう。風を集めているイメージ画像はこちら。こういう部品を付けると空気抵抗が増して走行に悪影響があるのだが、ブレーキを冷やすため、背に腹はかえられないとばかりに仕方なく付けている。
2018年カタルーニャGPではホルヘ・ロレンソ、ヴァレンティーノ・ロッシ、ダニロ・ペトルッチ、といった面々がダクトを付けていた。
2018年オーストリアGPではジャック・ミラー、アレイシ・エスパルガロ、アレックス・リンス、アンドレア・イアンノーネといった面々がダクトを付けていた。
予選では各ライダーの様子が大写しになり、フロントブレーキの様子がよく分かる。ブレーキに厳しいサーキットでの予選は、ダクトの有無を確認するのも一興だろう。
ブレーキオイルのエア抜き
フロントブレーキは油圧で作動する。
ブレーキオイルの中に、なんらかの形で空気(エアー)が入ってしまうと、ブレーキの効きが悪くなる。このためブレーキオイルのエア抜き作業というのはバイクレースにおいて重要な作業となる。
激しいブレーキングが何度も続くと自然とブレーキオイルに空気が入ってしまう。このためブレーキングの激しいツインリンクもてぎで行われる日本GPでは、各チームがブレーキオイルの空気抜きで忙しくなる。2018年日本GPにおいて、G+の生放送でピットレポーターを務めた宮城光さんは、「エア抜き作業をしているチームが多い」と報告していた。
ライダーが転倒して、マシン右側が損傷したときは、ブレーキレバーが壊れてそこからブレーキオイルに空気が入ることが多い。転倒した後にエア抜き作業することが多々ある。
ブレーキガード
MotoGPの全クラスの車両には、フロントブレーキの外側にブレーキガードを付けるように義務づけられている。
ブレーキガードの機能を紹介する動画はこちらで、偶発的な衝突によってフロントブレーキが急に掛かってしまうことを防いでいる。
このブレーキガードを最も早く開発したのがrizomaというイタリア企業である。多くのワークスチームも、rizomaの『PROGUARD SYSTEM』という商標名のブレーキガードを使用している。
rizomaはチームLCRのスポンサーであり、たまに車体にrizomaの文字が躍る(画像)。
フロントブレーキが引き起こす転倒
スリップダウン
フロントブレーキを上手に握ると、フロントタイヤの回転数が減少し、うまく減速できる。
ところがフロントブレーキを急にギュッと強く握ってしまうことがある。そうなるとフロントタイヤの回転を完全に止めてしまう。タイヤの回転が完全に止まることを「タイヤがロックする(lock the tyre)」といい、極めて滑りやすい状態になる。
フロントタイヤの回転が完全に止まってフロントタイヤが路面の上を滑ると、そのまま転倒する(画像1、画像2、画像3)。こういう転倒をスリップダウン(slip down)とか、ローサイド(low side)とか、握りゴケとか、「フロントを失う」とか、「フロントズサー」などと表現する。
ちなみに、ローサイド(low side)の反対語は、ハイサイド(high side)という。リアタイヤが滑ったあとにいきなりグリップを回復させ、ライダーを空中に放り出す、という転倒のことである(動画)。
ローサイドは低い地面にいきなり直行するのに対し、ハイサイドは高い空中を飛んでから低い地面に着地する。先にどこへ行くかで、命名が変わっている。
ビックリ転倒
バイクレースの最中において、自分の前を走行するライダーが転倒したり転倒しそうになったりすると、それにビックリしてフロントブレーキをギュッと強く握ってしまい、フロントタイヤをロックさせて転倒することがある。これをビックリ転倒という。
2018年マレーシアGPにおいて、マルク・マルケスの挙動に驚いたアンドレア・イアンノーネが、ビックリ転倒した(画像1、画像2)。
バレンシアサーキットで行われた2020年ヨーロッパGPにおいて、アレイシ・エスパルガロの挙動に驚いたファビオ・クアルタラロが、ビックリ転倒した(画像1、画像2)。
フロントハイサイド
フロントタイヤが滑ると、そのまま転倒することがほとんどである。繰り返しになるが、これをスリップダウンとかローサイドという。
しかし、たまに、フロントサイドが滑ったあとにいきなりグリップを回復させてライダーが宙に放り出される、という転倒が発生する。つまり、フロントタイヤでハイサイド転倒する、ということである。これをフロントハイサイドという。
青木宣篤さんによると、フロントハイサイドというものは、ライダーにとって最も恐怖を感じる転倒だという。
2020年アラゴンGPの練習走行において、ファビオ・クアルタラロがフロントハイサイドを経験した(動画)。
関連リンク
- ブレンボ公式サイトのニュースコーナー(興味深い技術情報が多く発表される)
関連項目
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