ボンネビルレコード単語

ボンネビルレコード
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ボンネビルレコードとは、

1:日本の元競走馬。本稿で詳述する。
2:田村ゆかりのいたずら黒うさぎの常連リスナー名前は本稿の競走馬から取っている。ゆかり王国民でありボンネビルレコードファンという御仁である。
田村ゆかり女史がボンネビルレコードを好きといったり、競馬が好きといった記録は筆者が知るかぎりい。おそらく彼の趣味ダダ漏れしているだけである。
大井競馬場ボンネビルレコードの応援横断幕を広げており、先日行われた引退レースももちろん見に行っていた。
オーナーサイドの厚意で引退式の口取り写真にも写ったそうである。関係者にも認められるほどのガチファンと言えよう。
いたずら黒うさぎでも、2ちゃん宣戦布告しようと言われたほどメールはがきが読まれている。こっちもガチ。 

大井競馬場のその他大勢からの飛躍

アサティス、ダイワスタン、マルゼンスキーという血統。初期の頃のダビスタで生産したのような血統であるが、同い年にディープインパクトがいる2002年生まれである。
名は、アメリカサーキットボンネビルスピードウェイからボンネビルをとって、競馬でもよく使われるレコード(記録)を組み合わせたもの。

2004年10月、後のライバルになる同世代ヴァーミリアンカネヒキリより少し遅くにデビューし、鮮やかに勝ち上がるが、
その後は2着3連続と3着2連続をやるなどイマイチ勝ち切れないまま、南関クラシックシーズンに突入。
羽田盃5着、騎手的場文男の悲願である東京ダービーは4着とやっぱり全にいいとこなしではないが勝利には繋がらず。
しかしジャパンダートダービーではカネヒキリが圧勝する中、しれっと3着に突っ込み、ドンクールコンゴウリキシオーより先着するなど、兆しを見せると
の名物重賞黒潮盃を勝ち、勢いに乗った東京記念では古も撃破し連勝。さらにもう一丁勝ち三連勝。意気揚々と東京大賞典に挑むが、一個上のアジュディミツオー圧巻の逃げ切りの前に7着に敗れ3歳を終えた。
になった後はの惨敗スタートを切るが、大井記念2着で復調すると帝王賞5着を挟んでサンタアニタトロフィーを勝利。しかし連覇を狙った東京記念2着、JBCクラシック川崎で3着、東京大賞典6着として4歳を終えた。イマイチに見えなくもない。
翌年、初戦の川崎記念敗するが盃は巻き返しの勝利を挙げると、彼にとっての転機が訪れる。そう、中央移籍である。

謎の移籍と凱旋勝利

ん?大きな実績もいし5歳を中央に?と中央競馬ファンを丸くするなか、美堀井厩舎に移籍した彼は移籍初戦に芝2000mのエイリルステークス(オープン)に出走。
お?何か未知の適性でも見つかったか?ということで最低人気ではなくブービー人気に推されるがそんなものは存在せず最下位敗戦。
ちなみに、このエイリルステークスはかつての皐月賞2着タイガーカフェの最後の勝利となった。現在彼は変わりなければチェコで種をしている。
それはさておき、その後はダート路線に向かうがかしわ記念4着、ブリリアントステークス3着とやっぱり勝ちきれず。帝王賞に向かった。
大井所属とはいえ、中央でも立った成績はなく交流では大井時代も掲示板に届くか届かないかという彼はあまり人気はなく離された5番人気となった。
しかし、このレース背中に帰ってきた上・的場文男とのコンビで臨んだ、中央の施設で鍛えた彼は一味違った。
大井の砂が深い最内をロスなく回りつつ、強く抜け出しブルーコンコルドに1身半差を付け快勝。見事な凱旋勝利を飾ったのである。
この凱旋勝利は、中央の坂路を使って鍛え直したかったという移籍の的、大井を知り尽くした上もとい運命の人・的場文男量的に一番いい時期だったという事がうまく重なりあった結実と言えよう。

その後はJBCで除外の憂きに遭い、天皇賞に出て惨敗した以外はひたすら地方交流競争に出走。
じゃあ大井に居ても良かったんじゃないか?とも思うかも知れないが、それはスマートファルコンにでも言ってやって欲しい。を狙うのは世の習いである。
2008年かしわ記念を勝ったり、帝王賞では2008年フリオーソの2着、2009年ヴァーミリアンの3着と的場文男が乗れるレースかつ大井や船ではいい結果を残す反面、
中央のジャパンカップダート園田でのJBCでは苦戦を強いられた。そして2010年、8歳の川崎記念6着を最後に中央登録を抹消。再び大井競馬場に舞い戻った。

最期の日々

大井に舞い戻った彼だが、8歳になっておりもう競走馬としての斜陽を迎えつつあった。しかし復帰初戦の大井記念で2着と健在をアピール
帝王賞では3着に入り、その次走となったサンタアニタトロフィーでも2着。まだまだ元気じゃないか…と思ったが、さすがにこれ以降は走が続き、2着が一回、3着が一回あっただけで振るわず。それでも帝王賞では出走すれば元気に掲示板を取るあたり、彼は帝王賞の申し子か何かだったのであろう。
そして、同世代で走っている上級も数えるほどいなくなった2012年12月東京大賞典を最後に引退することを発表。的場文男と共に引退レースに臨んだ。
しかしながら衰えは隠せず、追走にすら手間取り9着に敗し引退。彼が愛し大井競馬場で誘導になることとなった。
引退後に若干不満がある方もいるだろうが、引退式もフリオーソ合同で開いてもらえたし、血統面から言っても変に種にされて失敗して消息不明になるよりは幾分もマシであろう。 
的場文男快なダンス追い以外では梃子でも動かないくらいズブかった彼ではあるが、2013年6月26日晴れて誘導としてデビューした。その舞台帝王賞帝王賞の申し子たる彼にとって、これ以上ない相応しい舞台で誘導としての一歩を踏み出した。

ちなみに、2002年まれの競走馬の収得賞ではGⅠ2勝のラインクラフトに次ぐ6位である。シーザリオインティライミあたりより稼いでいる。
ちなみに1位ディープインパクト2位ヴァーミリアン、3位はカネヒキリ、4位はトウカイトリック(現役)である。 なんか色々おかしいのは突っ込んではいけない。

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ボンネビルレコード

1 ななしのよっしん
2012/12/31(月) 11:15:26 ID: 4wT+LrLgoj
フリオーソの記事も頼む
2 ななしのよっしん
2012/12/31(月) 11:36:08 ID: 1rwn8V3Erw
ここでもふれられているけど、2002年世代獲得賞ランキングはこうなるんだよね。

1位 ディープインパクト
2位 ヴァーミリアン
3位 カネヒキリ
4位 トウカイトリック(現役)
5位 ラインクラフト
6位 ボンネビルレコード(今年まで現役)

だけを見たら、1位が飛びぬけすぎてる時点でおかしいのだが、4位も4位で異常なんだよなw
しかも、この前ディープインパクト子供に勝ってたしwww
ボンネビルレコードの記事でこれを書くのもアレだけど、ボンネビルレコードだってこの前まで現役だったという十分丈夫すぎるなだったわけですしね。
ホントに、この世代は恐ろしいわ……。
3 ななしのよっしん
2013/03/09(土) 03:10:36 ID: 0tjjfREwWS
ボンネビルレコード引退を見届けるような形で管理していた庄子連兵調教師も2月28日調教師を引退しました。
4 ななしのよっしん
2013/05/06(月) 00:53:13 ID: c7246cmQEg
ボンネは本当に南関のファンからされてたよね。
5 ななしのよっしん
2013/09/02(月) 12:27:17 ID: mRFBuhRKnY
別に田村ゆかりのとこ修正線引かなくてもよくね?w

と思ったけど、そのRNの元ネタのほうだからしょうがないかw

大井にはいまだ、中央の相手に好勝負できるはいません。短距離はまだいいんだが中距離はホント悲惨。
6 名無しのよっきん
2016/12/12(月) 15:25:54 ID: qWLp/Tq4Am
この世代って走ってないと死んじゃう病気にでもかかってるかと思うくらい引退するとすぐに亡くなるよなぁ…トリック爺さん然りフジノウェーブ然り…
7 ななしのよっしん
2017/09/19(火) 20:05:25 ID: 8QQC96w3Ky
ラインクラフトに至っては夏休み中…
8 ななしのよっしん
2018/12/25(火) 19:09:36 ID: GKc6tUvRzD
まも大井競馬を見ればあのボンネビルレコードがみれるというのは嬉しいね

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