マルシュロレーヌ(Marche Lorraine) とは、2016年生まれの日本の元競走馬である。鹿毛の牝馬。
登録上の馬名由来は「フランスの行進曲」。「ロレーヌ行進曲」とも訳される愛国歌である。
通算成績22戦9勝[9-2-2-9]
主な勝ち鞍
2020年:レディスプレリュード(JpnII)
2021年:ブリーダーズカップ・ディスタフ(米GI)、エンプレス杯(JpnII)、TCK女王盃(JpnIII)、ブリーダーズゴールドカップ(JpnIII)
概要
父オルフェーヴル、母ヴィートマルシェ、母父*フレンチデピュティという血統。
父は説明不要の三冠馬。種牡馬としてはGI4勝のラッキーライラックなどを輩出しているが、実はダートの方が産駒の勝率は高かったりする。
母は9戦1勝と目立つ戦績は残していないが、その母が桜花賞馬キョウエイマーチという良血。ちなみにキョウエイマーチは子を4頭しか残せず早逝しており、ヴィートマルシェは母が産んだ唯一の牝馬である。
母父は米国産馬で、*クロフネらの活躍により種牡馬として輸入されエイシンデピュティやアドマイヤジュピタなど多彩な活躍馬を輩出した。
0歳~2歳
2016年2月4日にノーザンファームにて誕生。同牧場やノーザンファームYearling(中間牧場)にいた頃は、スタッフ曰く「人に対して従順温厚で手のかからない馬」だったらしい。母からは肉付きや骨格の太さや馬格を受け継いだが、懸命に走るとブレーキが効かないという面も受け継ぎ、調教では非常に苦労したという。成長も遅めであったため時間をかけて育成・調教は進められていったが、そんな彼女が後に成す大偉業は、牧場関係者一同想像すらできないものだった。
この時、マルシュロレーヌはとある牝馬と共に放牧されていた。後にラヴズオンリーユーと名付けられる彼女は、マルシュロレーヌと共に日本競馬史に大きな蹄跡を残すことになる。この二頭はその後も共に成長していくことになるのだが、そもそも一世代600頭ほどいる生産馬の中で同じ放牧地になる確率はおよそ40~60分の1。そんな僅かな確率から2頭は出会ったのである。
一口馬主クラブ・キャロットファームの所有馬となったマルシュロレーヌは、DMMバヌーシーに購入されたラヴズオンリーユーと同じ矢作芳人厩舎に入厩する。
3歳~4歳
3歳2月にデビューしたが勝ち味に遅く、ようやく初勝利を挙げたのは8月の小倉。その後も芝中距離を使われ準OPまで出世したものの重賞戦線では敵わず。
転機は4歳夏の小倉開催。自己条件戦で2着と敗れ4連敗となったのを期に、早い段階から厩舎スタッフが勧めていたのもあり、初となるダート戦・桜島ステークス(3勝クラス)に挑戦。このレースで強烈な末脚を披露して快勝し、OPに昇格して、本格的にダート路線へ舵を切った。これまで鞍上がころころ変わっていたが、このレースからは川田将雅がしばらく主戦を努めている。
ダート2戦目の交流重賞レディスプレリュードでも、不良馬場の中上がり最速の末脚で突き抜け3馬身差の完勝を収める。堂々出走を決めたJBCレディスクラシックは単勝1.3倍の断然人気となったが、終始外を回らされたせいか末脚が不発、3着に敗れる。
5歳
仕切り直して翌2021年は、初頭からTCK女王盃、エンプレス杯を上がり最速の末脚で連勝。牝馬相手に格の違いを見せつけるが、中央に戻った平安Sで3着に敗戦。続く帝王賞では川田騎手がダノンファラオ騎乗のため公営船橋の森泰斗が代打騎乗したが、ダート転向以降初めて掲示板を外す厳しい結果(8着)に終わる。
夏は北海道に遠征し、ブリーダーズゴールドカップに出走。メンバーが手薄だったこともあって普段より前で競馬を進め、直線もほとんど追われることなく悠々と差しきって勝利。交流重賞4勝目を挙げる。
そのまま北海道で調整され、前年の雪辱を果たす……と思いきや、陣営は海外遠征を決定。それもアメリカのダート牝馬戦線最高峰であるブリーダーズカップ・ディスタフである。ラヴズオンリーユーがブリーダーズカップ・フィリー&メアターフの出走を予定しており、その帯同馬の意味合いもあったのだが、主な勝ち鞍が交流JpnIIまでで、国際的にはグレード競争未勝利扱いのマルシュロレーヌも出走するという話には、流石に懐疑的な目を向ける競馬ファンがほとんどであった。クラブ会員からは「何故ラヴズの遠征に付き合わされるのか…」という声も出ていたらしい。
無論、矢作師はじめ厩舎スタッフには勝算があった。マルシュロレーヌはかつて芝2000mで1分57秒9のタイムを計時し、軽い馬場に適性があることがわかってきた。となれば、日本よりも馬場が固く時計が早い米ダートコースへの適性があるはず。そして今年のJBCレディスクラシックは金沢競馬場開催で、マルシュロレーヌには距離が短い1500mコースになってしまう。一方ブリーダーズカップは西海岸のデルマー競馬場開催となり、日本から直行便で行くことが出来る。それならラヴズも行くんだし、一緒にアメリカ挑戦するのがいいだろう……という判断だった。
後に矢作師は自身の著作で、ラヴズは既に遠征実績もあり気性も問題がないがマルシュは皆さんご存知の通りの気性難血統なオルフェ産駒、どちらが帯同馬による恩恵が大きかったと考えればそれはマルシュの側に他ならないと前述の「ラヴズの帯同馬」どころかラヴズに帯同馬を務めてもらった形という旨を述べている。
10月、矢作厩舎の親友コンビは米国へ飛んだ。現地では地元のリードホース・ロッコにもサポートされ、互いの存在を糧に順調に調教をこなしていたようだ。
21年BCディスタフ~鳴り響く血の凱旋マーチ~
BCディスタフはGI4勝のLetruskaが単勝2.7倍(現地オッズ。以下同様)の大本命で、当年のケンタッキーオークス馬Malathaatが4.6倍で続いた。一方、実績に劣るマルシュロレーヌは50.9倍(11頭中9番人気)と流石に人気薄であった。発走の2時間前、ラヴズオンリーユーはBCフィリー&メアターフを勝利し、日本調教馬によるBC競走初制覇の快挙に競馬ファンが沸き立ったものの、残念ながらBCディスタフはJRAの馬券発売はおろか、グリーンチャンネルでの生中継すらなし。マルシュロレーヌは鞍上オイシン・マーフィーと共に、静かに己の戦いの時を待った。
10番枠から出走したマルシュロレーヌは普段通り中団後方から様子をうかがう。レース前半は超ハイペースで進行し、馬群は縦に伸びていたが、3コーナー手前で後続が追い出し、先行馬も垂れ始めたことで一団になる。ここでマーフィー騎手は外目を回って進出、なんと4コーナーで早々に先頭に立つ。総崩れと化した先行馬を追い抜き、後方待機勢が猛然と追い上げてきたが、マルシュロレーヌも鞍上のゲキに応えて必死に粘り譲らない。最後は内から8番人気(といってもオッズは13.3倍で相当開いていた)の伏兵Dunbar Roadが並びかけたところがゴール板だった。
写真判定の結果、ハナ差でマルシュロレーヌに軍配が上がった。初のGI勝利を海外、それもアメリカ競馬の最高峰で掴む大金星。これは日本調教馬の海外ダートGI初制覇[1]という歴史的偉業でもある。
速報で事態を知った日本の競馬ファンは、父オルフェーヴルがつかみ損ねた海外GIを掴んだ娘を祝福したり、祖父ステイゴールドのドバイ遠征(GII2勝の段階で帯同馬として遠征、30kg近く減量しながら年度代表馬犇めく魔境に殴り込み、ハナ差でジャイアントキリング)を思い出したり、祖母キョウエイマーチの子孫が異国の地で花咲かせた感慨にふけったりと、僅か2時間後の「再びの快挙」に沸いた。一方米国の競馬ファンはラヴズとマルシュの血統表に、かつてアメリカから見放されたサンデーサイレンスの名を見つけ、その血がBCに帰ってきたことに驚いたとか。当のマルシュロレーヌは騎手インタビュー中に見事なディクタスアイを披露し、血統を証明していた。
「マルシュロレーヌは本当に特別賞に値しないのか?」
これほどの快挙ということで翌年のJRA賞にも期待がかかったが……特別賞は惜しくも逃した。
見送られた理由については「ダート部門でもう少しテーオーケインズに肉薄していれば」、「日本の競馬の歴史としてはすごいことだけどライトファンの認知度などを考えると、歴代の受賞馬との比較で少し弱いのでは」という意見が挙げられた。老舗スポーツ誌「Number」からは「マルシュロレーヌは本当に特別賞に値しないのか?」
との記事が挙がっている。そして2番目の理由を出した記者は猛烈に叩かれた挙げ句「ライトユーザーへの浸透が弱い」という言葉が世間知らずの妄言と化して更に炎上。盛大に赤っ恥をかく羽目になった
一方、地方競馬の主催自治体の共同法人・地方競馬全国協会(NAR)が発表する2021年特別表彰馬に選ばれた。ほぼ毎年JRAの馬が選ばれるダートグレード競走特別賞には、2021年は船橋競馬場所属のカジノフォンテンが選ばれたこともあり、今年JRAの馬から選ばれたのは彼女1頭のみであった。
米国エクリプス賞・最優秀古牝馬にもノミネートされていたが、圧倒的な221票を獲得したLetruskaの次点に留まった。次点のマルシュロレーヌが11票、あとは3頭が1票ずつだったという票差を考えれば何も言えない結果である(詳細はこちら)。だが、オンライン投票により選ばれる「Moment of the Year」では、ラヴズオンリーユーと共に「Japanese Duo」として第一位に輝いた。
エクリプス賞・最優秀芝牝馬を受賞したラヴズオンリーユーの担当として壇上に上がった矢作師は、彼女へ、そして関係者各位に謝意を述べた後、最後にこうスピーチした。
そして、マルシュロレーヌにも感謝しないといけません。
彼女はラヴズオンリーユーのベスト・パートナーでした。
今日は日本競馬にとって、歴史的な一日です。ありがとうございました。――矢作芳人
マルシュロレーヌは香港国際競走へ直行するラヴズオンリーユーをアメリカに残し、一足先に帰国。ラヴズはかなり寂しがっていたという。
6歳
キャロットファームの規定により、今年度で引退するマルシュロレーヌ。最後のレースにはサウジアラビア・サウジカップ(キングアブドゥルアジーズ競馬場・ダート1800メートル)が選択された。出国前の2022年1月22日には、香港カップを勝利して帰国したラヴズオンリーユーと併せ馬を行い、先に現役を退く親友から最後の後押しを受けた。
昨年の日本ダート王者・テーオーケインズと共に挑んだ14頭立てのレース本番では、外枠13番ゲートを引いてしまう。ほぼこれがすべてで、5着から6馬身半差の6着となった。だが、8番ゲートのテーオーケインズは展開に恵まれず8着に沈み(彼女とは1と4分の3馬身差)、もっと外枠の前年覇者・ミシュリフに至ってはまさかの最下位惨敗したことを踏まえると、そこまで悪い結果でもないだろう。昨年のドバイシーマクラシックで大親友を下したミシュリフに対する意趣返しもできたことだし。
なお、サウジカップでは10着まで賞金が出て、6着の賞金は60万ドル。2022年2月27日時点の為替レート(Google調べ)では6932万7000円となるが、これは2022年JBCレディスクラシックの1着賞金6000万円(2021年は4100万円)を超えている。中央重賞だと中山記念(6700万円)、札幌記念(7000万円)クラスの賞金である。
引退後
2022年3月9日をもって競走馬登録を抹消。ノーザンファームにて繫殖入りする。幸運にもラヴズオンリーユーも同牧場におり、再会が叶った。どこまでもこの2頭はベストパートナーのようだ。
血統表
オルフェーヴル 2008 栗毛 |
ステイゴールド 1994 黒鹿毛 |
*サンデーサイレンス 1986 青鹿毛 |
Halo 1969 黒鹿毛 |
Wishing Well 1975 鹿毛 |
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ゴールデンサッシュ 1988 栗毛 |
*ディクタス 1967 栗毛 |
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ダイナサッシュ 1979 鹿毛 |
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オリエンタルアート 1997 栗毛 |
メジロマックイーン 1987 芦毛 |
メジロティターン 1978 芦毛 |
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メジロオーロラ 1978 栗毛 |
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エレクトロアート 1986 栗毛 |
*ノーザンテースト 1971 栗毛 |
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*グランマスティーヴンス 1977 栗毛 |
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ヴィートマルシェ 2002 鹿毛 FNo.7-d |
*フレンチデピュティ 1992 栗毛 |
Deputy Minister 1979 黒鹿毛 |
Vice Regent 1967 栗毛 |
Mint Copy 1970 黒鹿毛 |
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Mitterand 1981 鹿毛 |
Hold Your Peace 1969 鹿毛 |
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Laredo Lass 1971 黒鹿毛 |
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キョウエイマーチ 1994 鹿毛 |
*ダンシングブレーヴ 1983 鹿毛 |
Lyphard 1969 鹿毛 |
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Navajo Princess 1974 鹿毛 |
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インターシャルマン 1987 鹿毛 |
*ブレイヴェストローマン 1972 鹿毛 |
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トキノシュリリー 1978 栗毛 |
クロス:ノーザンテースト 4×5(9.38%)、Northern Dancer 5×5×5(9.38%)
- 7代母が3200m時代の天皇賞秋を制したクインナルビーであり、そこから伸びる牝系子孫にオグリキャップ・オグリローマン兄妹やアンドレアモンらがいる。
- 半弟のバーデンヴァイラー(父ドゥラメンテ)は2022年のマーキュリーカップ(JpnIII)を制している。
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関連項目
脚注
- *2011年にヴィクトワールピサがドバイワールドカップを制しているが、当時(2010年〜2014年)はオールウェザーでの施行だった。また、日本生産馬としての海外ダートGI制覇は2018年にウッドワードSを制したYoshida(父ハーツクライ)に続く2頭目となる。
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