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マルゼンスキー
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マルゼンスキーとは、日本競走馬、種であったサラブレッドである。称は1970年代後半のブームを反映した「スーパーカー」。

曖昧さ回避 この記事では実在競走馬について記述しています。
このを元にした『ウマ娘 プリティーダービー』に登場するキャラクターについては
マルゼンスキー(ウマ娘)を参照してください。

概要

戦績は8戦8勝。生涯敗で現役を終え、今なお、日本競馬界での最強の一頭と言われる事も少なくない。
勝利の中に重賞が二つ(府中3歳Sは、後に重賞に格上げ)含まれる。
敗とは言え重賞は二勝と、戦績だけ見るとやや地味に感じられがちだが、レースの2着との合計着差が61という勝ちっぷり。そして後述するレースフィクション染みたぶっ飛んだ内容から、競走馬としてのがずば抜けていたことは疑いようもない事実だろう。
また、マルゼンスキーがあまりに強かったため、マルゼンスキーが出走を決めたレースを回避・キャンセルするが続出、中にはほとんどのが回避してしまいレース自体が不成立寸前になった事もある。
その拠に、マルゼンスキーの出たレースは、全てのレースが10頭未満であった。

 競走馬として

は当時の世界的大種ニジンスキーはシル。はこれも世界的大種にして、特にそのニジンスキーと非常に相性の良いニックス配合と言われたバックパサークィルは1958年米国最優秀2歳で3歳になっても大活躍を続けた名と、血統表のどこをとってもスキのない当時の世界最高準といっていい良血である。

この時点で既にチートである。例えて言うなら、「すべてが手探りの中で設立された昭和初期のプロ野球界に、現代野球理論と技術を備えた全盛期のイチローがいきなり入団してきた」ようなもんである。

兼生産者は、スケート自転車五輪競技に参加し、参院議員、日本スケート連盟会長東京五輪担当大臣、東京五輪パラリンピック組織委員長などを歴任した橋本子の父親に当たる橋本善吉氏。シルが後のマルゼンスキーを妊娠した状態で上場されたアメリカのセリにおいて「こんなすばらしいは見たことがい」と驚き、血統の良さも相まって値段は高騰するも、なんとか落札に成功する。この話で面いのは、そもそも橋本氏がシルを購入するまでの経緯が何重もの偶然を重ねたものだったことにある。

  1. そもそも橋本氏はアメリカになんか行くつもりはまるでなかった。のだが軽種馬農協企画していたアメリカ視察研修ツアーに欠員が出てしまう。人数がわないとツアーそのものがキャンセルになりその際農協旅行会社に支払うキャンセル料が馬鹿にならない(当時は海外旅行は現代とは較にならない高嶺のでもあった)。そこで橋本氏が「パスポート持ってるし行ってもいいよ」と助け舟を出した。橋本氏はの仲買業者ではあったが、競走馬の生産もしてみたいという希望が以前からあり、これは好機だった。
  2. ツアーの訪問先には競走馬のセリで有名なキーランドがあり、このときは繁殖のセリが開催されていた。ツアーではこのセリは希望者のみ参加のオプションであったが、橋本氏はこれもなにかの巡り合わせだろうと、ろくろくカタログの下調べもしないままセリの会場に行ってみた。その場で、後にマルゼンスキーを管理する本郷重調教師とも知り合う。
  3. そこで「ならこれは最高にいい母親だぞ」と直感するに出会う。一緒に渡しセリにも同行していた夫人に対し「母ちゃんみたいな身体だよ」と惚気けたともいう(繰り返しになるが夫人は橋本子の上である)。「よしこを買うぞ」と決めたあとで、同行していた通訳から受胎中の子も含めたその=シルの麗な背景を教えられるのだが、これが「予備知識ゼロを評価した自分の観察眼」を知識で上書きされたような気分にさせて橋本氏のプライドをいたく傷つけ(このあたりの感情は人によって様々と思われ、逆に事実を教えられることでカンの鋭さを誇る人もいるだろう。動物を見る皆無の人でもこの背景を知っていれば高いカネを惜しまないので、長年にわたりの良し悪しを見極め続けて成功した人間としてそれと一緒にしてほしくはなかったのだろう)その反動で「いくらになっても絶対競り落とす」と決意させた。もし血統背景を知らずにセリに参加していたら、あまりに釣り上がる額に驚いて降りていたかもしれない。

しかし、の仲買人として米国を含め業界では有名人であった橋本氏が高額のを購買したことは、業界では奇行に映ったと言う。アメリカの競馬人が、これだけの日本商人が買って太平洋の向こうへ連れて行く、ということをどう思ったかはわからない。

そのニジンスキーの直として持ち込み母親海外で交配され、妊娠してから日本へ入日本で生まれたの事)の立場で走り始めたマルゼンスキーは、前脚の向きが外を向いていたため、いつ故障するからわからない、いわば爆弾を抱えたままデビューすることになった。

その脚の状態から、マルゼンスキーは満足調教もできず、常にセーブしながら、調整を続けられた。
しかし、そのような関係者の心配とは裏に、マルゼンスキーは新戦から圧勝を続ける。持って生まれたスピードが違うためか、普通レースに走るだけで、スタートから周りのがついてこれず、結果として逃げるつもりはないのに逃げる形になって、そのまま々とゴールというレースが繰り返された。

評価を高めたレース

競走馬としては実働期間約10ヶ。そんな短い競争歴で引退を余儀なくされたマルゼンスキーが、それでも最強の一頭と挙げられるにいたる要因として、次の3つのレースが挙げられる。

.朝日杯3歳S(現:朝日杯FS)

前走の府中3歳S(現:東京スポーツ杯2歳S)で、ヒシスピードハナ差で下したマルゼンスキー営は、調教不足のため接戦に持ち込まれたという反省から、初めて(かつ、競走馬として一の)一杯の調教を積み、体調を万全に整えた上で朝日杯3歳S(現:朝日杯FS)に臨むことになった。
そして当日のレースでは、いつも通りスタートからすぐに先頭を奪うと、4コーナーまで後続に影も踏ませず、それどころか直線では2着のヒシスピード以下を突き放す一方となり、ゴール地点では2.2の着差(13身以上の大差勝ち)、レースレコードを1以上短縮する1.34.4というレコードタイム叩き出し、大楽勝劇となってしまった。
なお、二着に入ったヒシスピードも、3着以下に3・1/2身という大きな着差をつけており、マルゼンスキーを抜きにして考えれば、このが圧勝で3歳(現2歳)チャンピオンいていたレース内容であった。マルゼンスキーは、そういったライバル達の、か前方でゴールを駆け抜けてしまったのである。

しかもこの時、上の中野渡騎手ムチを入れておらず、レース後に「本気で追ったら、あとふたつ(2)は縮まったはず」とまで言っている。当時の馬場現在より2以上時計がかかる状態だったので現在中山競馬場で走ったとしたら1.30.0を切る計算になる。なんだそれ。

当時はまだグレード制は導入されておらず、厳密にはGIではかった。とは言え、関東所属の3歳(現2歳)がその時点での世代王者を決めるレース関西で行われていたのは阪神3歳S。現在阪神ジュベナイルフィリーズだが、当時は混合戦だった)であった事には間違いなく、そのような大レースで、レース中継のカメラが思いっきり引いて撮らないと、後続のカメラ内に入りきらないというレースぶりは、見ている者にも、競馬関係者にも衝撃的でさえあった。ありえん

2.日本短波賞(現:ラジオNIKKEI賞) ※当時は中山競馬場で開催

このレースでもマルゼンスキーはスタート直後から一気に加速し、向こう正面では8身以上の大きなリードを作っていた。
しかし3コーナーの手前から突然失速し、後続のたちが猛追する中、レース前半に作った大差リードを全部吐き出してしまう。故障発生を予感させる不自然な減速に、実況アナウンサーも思わず「なんか止まった!」と言ったが、後続に並べかけられた間に再び加速し、4コーナー出口からは突き放すのみ。終わってみれば、7身差といつも通りの圧勝だった。

これは、レース前の練習(返し)の際、上の中野渡騎手が、4コーナー付近で一度止まり、馬場を確認した事を覚えていて、マルゼンスキーが自発的に止まろうとしたともいわれる。

この時の2着が、のちの菊花賞レコードタイム制したプレストウコウでありながら、「ペース配分がどうなろうと、自分が加速したい時に加速すれば、それだけで後続を突き放してゴールできる」事実を突きつけた事、さらに一般のにとってキレ・が減殺される不良馬場(当レースは、レースまでの大で芝の内側にあるダートコースが浮いたままであるほど、極度に悪化した馬場状態のレースだった)の中でそんな芸当を見せた事から、「同世代相手なら、遊んで勝ててしまう」とまで言われた。またもやありえん

このレースは、(予想としてはイマイチだが)競馬関連のデータにおいては日本の知識を持つ井崎脩五郎氏をして日本競馬史上一、重賞を遊んで大楽勝したと言わしめ、井崎氏が考える歴代最強補の1頭に挙げる理由となっている。

3.短距離S

結果として生涯最後のレースとなったこのレースは、ダート1200mであった。
デビュー以来初めてのダート戦、同じく初めての古との混合戦。そんな不安視される条件がう中、マルゼンスキーはここでも10身差の圧勝を収めた。

本来ダートは芝のレースより速度差がつきにくく、さらに当レースは古とのオープン戦であるため、古の中からダートの実が出てくる以上、4歳(現3歳)にとっては年齢的な不利もあり、着差がハデに開く事は考えにくい。
また、このレースでは前述した同世代のヒシスピード(既に他のレースで重賞を制覇し、またマルゼンスキーに先んじて古を相手にダート勝利を収めダート適性をも示していた)、芝・ダート不問の走りを見せ、生涯で重賞6勝を挙げた古の実・ヤマブキオーが出走しており、決してレベルが低いメンバーだったわけではない。
しかも、1200mというスプリント戦である以上、常識的に考えると、そもそもレース全体の距離としてリードを作るための物理的余裕もないはずであった。
実際、当時よりスピード化が増している現在でも「『ダート1200m・中央の古オープン戦』で、古の重賞相手に、3歳が10身差で勝つ」などと言うと、多少競馬の知識があるファンなら、「ご冗談を」「それなんてゲーム世界?」というような返答が返ってくるだろう。ところが、そんな常識を覆してしまう走りを、マルゼンスキーはやってのけてしまったのである。やはりありえん

不運 

しかし、マルゼンスキーは持ち込みであったがゆえに、内産種を保護しようとする当時の規定から、多くのレース(後にGIに定されるようなレース)に出る事が出来なかった。その中には、クラシック競走も含まれており、ついに世代を代表するクラシックレースでマルゼンスキーを見ることはできなかった。
その遇に、上の中野渡騎手
28頭立ての大外でもいい。賞もいらない。他のの邪魔もしない。だからマルゼンスキーを日本ダービーで走らせてくれ。そうすれば、どのが一番強いかわかる」

と周囲に漏らしたといわれる。

以降、有馬記念標に調整され、古トップレベルとの戦いを期待されたが、調教中に遂に脚の爆弾爆発。故障を発生してしまい、引退に追い込まれた。

同世代の悲劇

本来、競馬界で「同世代の悲劇」と表現されるものは、「実があるのに、ライバル相手に勝ち切れなかったす事がほとんどである。 しかし、マルゼンスキーに関連したは、別の形での同世代の悲劇を味わう事になった。

マルゼンスキーのクラシックレースは、皐月賞ハードバージ日本ダービーラッキールーラ菊花賞プレストウコウが、それぞれ制しているのだが、
レースぶりが鮮であったが、クラシックに出走できなかったマルゼンスキーへの同情論が根強かった。
・三頭のうち、プレストウコウがマルゼンスキーに敗してしまっており、この年のクラシックレース自体が「(マルゼンスキーの)敗者復活レース」と揶揄されるほどだった。
・上の世代が、いわゆるやかなTTG三強世代であり、ハードバージ以下の活躍が余計にその陰に隠れてしまった。

と、上記の三頭はクラシックレース勝利していながら(特にプレストウコウは、後に最優秀四歳に選出されている)、 他になかなか例を挙げられないほど、低い評価に留まってしまった。
その低評価は、引退後もついてまわり、常にマルゼンスキーと較され続ける中、良質な肌わず種付け頭数が低迷を続け、次々に種として見切りをつけられてしまう。ラッキールーラプレストウコウ韓国に輸出される事で、一応種生活は続いたが、 ハードバージの種引退後のあまりに悲惨過ぎる末路は、新聞記事で取り上げられたほどであった。ただし、その末路はただ意味だったわけではなく、中央競馬会への競走馬保護への批判のうねりへと繋がり、そして、後に大レースを制したの養老施設や、引退後の助成システムが生みだされる契機となっている。
このように(マルゼンスキーに全く罪はいのだが)、この世代は、勝利の栄冠を手にしたにも関わらず、悲劇的な評価を被ったとして、マルゼンスキーとは別の形の不運を背負った世代として記憶されている。

種牡馬として

としても
ニシスキー朝日杯3歳S
サクラチヨノオー朝日杯3歳S日本ダービー
スズカコバン宝塚記念
ホリスキー菊花賞
レオダーバン(菊花賞
ダイカツストーム中山大障害
サクラトウコウ(重賞3勝・種としてG1を輩出)
など数々のGI・重賞を輩出。
特にサクラチヨノオーは自身の出走がわなかった日本ダービーを制覇し、見事念をらした。

また、としてもライスシャワーウイニングチケットメジロブライトスペシャルウィークサクラプレジデントロイヤルタッチボンネビルレコードといった活躍を多数輩出し、BMSリーディングでも10年以上上位に入り続ける成績を上げた。

孫世代になると、
ホリスキーサクラチヨノオーは重賞勝ちを複数輩出し
スズカコバン競馬などダートを中心に活躍
中でもサクラトウコウ産駒のネーハイシーザー天皇賞優勝し、孫世代からもG1が誕生する
としてもも見せた。

現在2019年3月時点)、系としての子孫はクラグオーのみであり勢は非常に小さな物になってしまったが、祖スズカコバンクラキングオーと共にクラグオー産駒のダート路線の活躍とその血をさらに代々繋がる事を期待したい。

引退後の評価

との対決がほとんどかった事、レースが全て1800m以下であった事から、そのスピードが、古G1に多い、2000mをえる要なレースで発揮されたかどうかは疑問が残る。
とは言え、圧勝に次ぐ圧勝でスピードが非常に高い事を示した事、実際にどのレースタイムとしては当時のレベルとして圧倒的に優秀だった事から、長距離はともかく、中距離以下では間違いなく、一級の実を持っていたというところで衆は一致している。

あまりの強さと人気ぶりに産地ではニジンスキーブームが到来、マルゼンスキー自身の種人気はもちろんのこと、代用種人気も沸騰した。代表格はヤマニンスキーとラシアンルーブルで、ヤマニンスキー皐月賞天皇賞(秋)優勝ヤエノムテキオークス優勝ライトカラーに加えてまでマルゼンスキーと血統が同じというラシアンルーブルオークス優勝・イソノルーブルを誕生させている。

なお、マルゼンスキーが被った持ち込みゆえの一連の規制については、マルゼンスキーの現役時代から以前より注されるとともに疑問のが高まっていき、次第に規制訂へ動き出す事になった。そしてマルゼンスキー引退から数年後、クラシックレース他、多くの重賞参加への門が持ち込みに対して開かれたのである。このように、マルゼンスキーが競馬界のシステムについて一石を投じ、そしてその流れを変えた事は、競馬界全体において決して小さくない功績だったと言えよう。

 


「さようなら マルゼンスキー   り継ごう おまえの強さを」

 


引退式の時にファンが用意した横断幕にはこう書かれていた。マルゼンスキーを伝える名文句として有名なものである。
※当時、引退式にまで横断幕が作られる事はほとんどかった。それだけ、マルゼンスキーの引退を惜しむが高かった事を示すエピソードと言える。

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マルゼンスキー

75 ななしのよっしん
2021/04/14(水) 15:33:45 ID: vq6T2/j3b7
まぁマルゼン血統のスタミナが系を支えたと自分で言っておいてなんだけど、スペは遺伝悪特化産駒製造機だったし、すくなくともシーザリオの遺伝的スタミナ要素は間違いなくサドラーズウェルズ経由だし、マルゼンスキー系が支えてくれてる部分はパワーの補強かなと思う タクトも間違いなくエピファ経由でパワーの傾向が出てるし
 
スペ以外に5代血統にマルゼンの見えるだと最近はウイニングチケット経由でレイパパレが活躍してたな あれも悪のだった
76 ななしのよっしん
2021/04/17(土) 21:56:27 ID: R0xXkYBZ5i
スーパーカーにあこがれて本当に買っちゃうところが可愛い
77 ななしのよっしん
2021/04/18(日) 18:39:53 ID: ZF2aaSkJQS
先のレイパパレに続き、またマルゼンスキーの末裔がやってくれた(エフフォーリア)
78 ななしのよっしん
2021/04/19(月) 21:01:24 ID: JZHTEkl2Ks
>>77
さすがに血統表の5代目まで下ると、ずいぶん遠くなる感じ
79 ななしのよっしん
2021/04/19(月) 22:25:46 ID: aTeyIxXd2W
>>78
ニワカ丸出しで済まないけど、競争世界だと末裔って表現でも近すぎる感じ?
80 ななしのよっしん
2021/04/20(火) 20:10:45 ID: I/0TR46ERY
>>79
世界的な経緯だとセントサイモンとかノーザンダンサーミスタープロスペクター
日本ではサンデーサイレンスとか、たった一頭が一気に血統表を塗り替えるケースもあって、
そうすると逆に、それまで栄えてた種系統が急に細な流れに落ち込んだり、
下手したら系が途絶えてしまったりするからね。

そういう意味ではかなり浮き沈みがしい界だから、世代では5~6代、年数的には40年~50年続いた血統だと、
末端競走馬が始祖の種の「末裔」って捉えられる感じになってるかも。
81 ななしのよっしん
2021/04/20(火) 22:54:15 ID: aTeyIxXd2W
末裔と呼べるか否かって系でずっと来てる前提の話なのかな
系堕ちしたらもうアウト的な
82 ななしのよっしん
2021/04/25(日) 15:49:59 ID: 5DSaJq9pZm
競馬世界では
・血統表の一番上の行のサイアーライン(の…)
・血統表の一番下の行のメアライン(の…)
が重視されるからね
もちろん遺伝子的には同じ列にいるの影度は等しいはずなんだけど
まあその辺は昔からの慣例みたいなところもある
83 ななしのよっしん
2021/05/06(木) 17:03:49 ID: vq6T2/j3b7
系の普及率はエクリプスが9割9分と言われてるが遺伝子プール全体だと存亡の危機に片足つっこんでるマッチェム系がぶっちぎりだしな

まぁ痛いなら言えばいいんじゃない? 異兄弟兄弟とは言わないみたいに競馬特有の慣例はあるにはあるが
84 ななしのよっしん
2021/05/14(金) 09:14:22 ID: uGXcgufjBK
園田の重賞のじぎく賞でクラグオー産駒のクレモナ(3歳)が勝利
(地方も含む)5世代内重賞勝ちは恐らくこれが初か