マーティン・ルーサー・キング・ジュニア(Martin Luther King Jr.、1929年1月15日 - 1968年4月4日)とは、アメリカ合衆国のプロテスタントバプテスト派の牧師である。基本的に「キング牧師」と呼ばれる。
概要
学生時代にガンジーの影響を受け、急進的なマルコムXとは対照的に、非暴力を訴え1950年代から60年代にかけてアメリカ南部で起こった公民権運動を成功に導いた。
今現在も公民権運動や平等、非暴力主義者の象徴として語り継がれている。
「I Have a Dream」(私には夢がある)という演説で知られる。
ボストン市中心部にある公園に設置された「The Embrace」という、キングと妻コレッタの抱擁を表現した巨大なブロンズ彫刻は賛否両論。
略歴
既にリンカーン大統領の奴隷解放宣言から数十年が経過していたが、キングが育ったアメリカ南部では 「ジム・クロウ法」とも呼ばれる人種による隔離が行われるなど差別が続いており、キング自身も小学生の時に白人の友人から肌の色を理由に絶交を宣言された時に人種差別を強く意識するようになった。
15歳の時に高校の弁論大会で「黒人と憲法」というスピーチを行い優勝。
高校を飛び級で卒業し、黒人のためのモアハウス大学を卒業後、牧師になることを決心しクロイツァー神学校とボストン大学で学び、19歳で牧師となる。
1953年6月18日にボストン大学在学中に出会ったコレッタ・スコットと結婚。のちに4人の子供をもうける。
1955年にボストン大学から博士号を取得。同年、赴任先のアラバマ州モントゴメリーでローザ・パークス事件に発するバスのボイコット運動に参加し、逮捕されたりクー・クラックス・クランに命を狙われたりするものの非暴力直接行動によって成功に導く。
1957年に南部キリスト教指導者会議 (SCLC)を結成し、その会長に選出。
1963年8月28日、ワシントンで「I Have a Dream」という名前で知られる有名な演説を行う。
60年代前半には五大黒人組織団結のつなぎ役をはたし、人種差別を撤廃する公民権法と黒人の投票権を守る投票権法という2つの公民権法を成立させる。1964年にはノーベル平和賞を受賞した。
1968年4月4日、テネシー州メンフィスで白人至上主義者で累犯のジェームズ・アール・レイの兇弾に倒れる。享年39歳。葬儀には10万人以上の人々が参列した。
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関連項目
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