ミサイル防衛(MD:Missile Defense)とは、主に弾道ミサイルに対しての防衛システムについての総称である。BMD(Ballistic Missile Defense)とも呼ばれる。
概要
「ゴルフに例えればですね、相手はゴルフ場のどこかに居て、これからティーショットをする……打ち出されたボールがミサイルです。」
「どこかに隠れた相手がボールを打ち出した瞬間気がつく! そこであわてて自分も……ティーショットを打つ!」
「そこで、たがいのボールを、空中で衝突させる! それがTMDです!」「あらゆる情報網が必要でいつでも臨戦態勢のスタッフが張りつき、衛星、地上、海上の動きを瞬時に察知し、それを判断できる組織が出来て……初めて機能するシステムです。」
ミサイル防衛とは、相手側から打ち出されたミサイルから自分たちを防衛するために生み出された構想、およびその防衛体制やシステムを総称するものである。
相手がミサイルを発射したことを察知して自分たちもミサイルを発射し、ぶつけるかあるいは近くで爆発することで誘爆させ、相手のミサイルを無効化させるという手法が基本となる。
しかし、実際にそれらを行うには、相手のミサイル発射をいかに早期発見できるか、発見したところでいつ迎撃するのか、どこで迎撃するのかといった、ミサイル発射後の各段階に分けてさまざまな対応を行っていかなければならない。
また、地上のレーダーだけでなく船や衛星といった陸海空すべてのシステムを活用しなければならないこと、相手の物量攻撃に備えた質と量の揃った迎撃手段が必要になること、各段階での迎撃が失敗したときは次の手段も必要になること、などといったもろもろの問題もあるため、軍事技術の向上にともなって防御の負担も増加している。
近年は北朝鮮のミサイル実験の活発化によりネットやテレビでこの単語が多く出て来るようになってきたが、アメリカでは陸海空のミサイル研究開発を統合した専門機関「ミサイル防衛局」を1993年には設けている。
アメリカのミサイル防衛
ABM[1]
1950年代末にアメリカは弾道ミサイル迎撃ミサイル(ABM)の開発を始めた。まず、5メガトンの核弾頭を搭載し、高度20km以上で敵の弾道ミサイルを迎撃する「ナイキ・ジュース」と、より低高度で迎撃を行う核搭載ABM「ナイキ・スプリント」の開発を開始、その後ナイキ・ジュースはナイキ・スパルタンと改称され搭載弾頭も1メガトンのものに変更された。1967年に防御システムを開発する計画はセンチネル計画と改称、2年後にはセイフガード計画に改称された。全米の12箇所にABM基地を置き、ICBM基地を守る計画だった。
1972年に米ソでABM条約が締結され、両国のABM基地の数を各々2箇所(後に1箇所になった)に、ABMの数を100発にすることが決められた。アメリカ側はグランド・フォークスにABM基地を置いたが半年も経たずに運用を停止。それ以来核弾頭を搭載したABMは配備していない。ソ連はモスクワを取り囲む形で核弾頭搭載のABMを64基配備し、ロシアになった今もミサイルを近代化しつつ運用し続けていると考えられている。
SDI
1980年代、レーガン政権下ではSDI(戦略防衛構想) = スターウォーズ計画とも言われた、レーザー兵器、レールガンなど現在でも現実味のない兵器により核ミサイルを迎撃しようとするプランが誕生した。これに対抗しようとしたソ連が巨額の軍事費負担により崩壊していった…という説もあるが、現在ではいささか懐疑的に取られている。もし本当だとするとSDI計画により、結果的に話はややこしい方向に向かっていったことになるが…。
GPALS
ソ連が崩壊したことでSDIの必要性は薄れたが、その後のイラン・イラク戦争や湾岸戦争で、「戦域弾道ミサイルの世界への拡散」が大きな脅威として認識されるようになった。これに対処するため、ジョージ・ブッシュ政権(1989-1993)はG-PALS(限定した攻撃に対する全世界防衛)と呼ぶシステムを提唱したが、これは宇宙配備の警戒・迎撃システムを主力に地上配備の迎撃ミサイルを組み合わせており、ABM条約(宇宙空間への弾道ミサイル迎撃システムの実験・配備を禁じている)に抵触する可能性があった。
TMD以降
クリントン政権(1993-2001)ではABM条約に絡む問題の煩雑さを嫌い、G-PALSを破棄し、ABM条約に抵触しない地上発射型の迎撃ミサイルシステムだけをTMD計画として推進することにした。当初はTMBD(戦域弾道ミサイル防衛)という略号が使われたが、巡航ミサイルにも対処することになり、Bを取りTMDとなった。TMDではパトリオットPAC-3とTHAADの開発が開始され、米海軍でも低空での迎撃を行うNAW(海軍広域防衛)用のSM-2ブロックⅣAミサイルと、大気圏外で迎撃するNTW(海軍戦域防衛)用のSM-3ミサイルを計画した(後にNAWは中止)。
その後TMDはNMDと名前を変え、各種の装備が開発が行われる一方、予算や技術的障害に合い、統合、廃止を繰り返している。
そして現在、ミサイル防衛(MD)、弾道ミサイル防衛(BMD)はある一定のシステムにより実現可能なところまできている。
ミサイル防衛について
ミサイル防衛における三つの段階(フェイズ)
(弾道)ミサイル防衛は三つの段階(フェイズ)に区切られて考えられており、それぞれ対応する兵器システムが存在する。
- ■ブースト・フェイズ (上昇段階)
- ミサイルが発射され、大気圏外に出るまでの間を指す。
ここでの防衛方法で現在開発中なのは空中発射型レーザー(ABL)及び運動エネルギー迎撃弾(KEI)があげられる。
ABL搭載のテスト機であるAL-1(B-747の機体をベースにしたもの)が開発されていたが技術的にも難航したものの2010年2月、実際AL-1が試射された弾道ミサイルの撃墜テストに成功。成果をあげつつあったのだが、2011年12月、AL-1の開発は中断(モスボール保存)されることが決定。ただし、レーザー兵器の研究開発は続行するとのこと。
KEIは後述するSM-3よりも大型の12m強のミサイルで、運動エネルギーを用いた直撃破壊を目指しているが、現在これも開発中のためどうなるか先行きは不透明。陸上、海上からの発射を可能にする模様。 - ■ミッドコース・フェイズ (中間段階)
- ミサイルが大気圏外に進出し、宇宙空間を飛び最終落下にいたるまでの慣性飛行段階を指す。
現実的にはこの段階での迎撃が一番理想的(ミサイル探知、付随被害の防止の観点から)であり、現在、イージス艦に搭載するスタンダード対空ミサイルをベースに開発されたSM-3ミサイルが実用化されつつある。イージス艦にBMD能力を付与することによって運用可能になるミサイルで、現在、SM-3は日米共同開発によるブロック2が各種迎撃テストの続行中。旧型のブロック1-Bが制御不能のまま落下中の衛星を撃墜するという「実戦」で見事クリア。BMDの中核ともいえる存在になっている。
また後述するGBI(Ground Based Interceptor)ミサイルの代替として、SM-3の地上発射型システムの開発が行われることが最近決定した。[2] - ■ターミナル・フェイズ (終末段階)
- ミサイルが目標に対して大気圏外から再突入し、命中するまでの間を指す。
この段階での撃墜は付随被害を発生させるが、背に腹は変えられないといったところ。また高速で落下する弾頭部に対して被害を与えるには技術的障害も大きい。
大気圏上層(成層圏より上)の撃墜はTHAADミサイル、それより下に突入した段階ではパトリオットPAC-3がその役目を負う。
MD/BMD対策
このようなアメリカのMD/BMD技術の発展に伴い、ロシアは従来までのMAD(相互確証破壊)理論の前提が崩れてしまう点を踏まえて危惧の声を揚げる一方、このようなMD/BMDの各種迎撃手段に対する対抗処置も導入が行われつつある。MIRVと呼ばれる多弾頭化対策が施されたSLBM(潜水艦発射型弾道ミサイル)R-30"ブラヴァー"など開発が行われている。
ダーティー・ボム[3]
ダーティー・ボムを装填した弾道ミサイルは大気圏に再突入すると目標地点の上空で爆薬を点火して自爆、再突入体に充填している放射性汚染物質(原子炉から取り出した燃料棒を硝酸で溶かしてから乾燥させたもの)が大気中で飛び散ってそのまま地表に降り注ぐ。例えMDによって大気圏内で破壊されても結果は変わらない。もちろん北朝鮮のような国家はダーティー・ボムを安価に大量生産できる。
日本政府は福島第一原発の近傍の町村に住民が戻ることを許しておらず、同じ安全基準をあてはめるなら、どんな大都市であろうとダーティー・ボムが何発も降ってきた都市には、住民は半永久的に戻れないことになる。これを無効化するためには少しでも高い高度、できれば大気圏外(ミッドコース)でミサイルを撃破する必要がある。
日本のミサイル防衛
日本におけるミサイル防衛が切実なものになったのは北朝鮮が行ったテポドンの発射テストが行われたことがきっかけである。アメリカと違って、日本の場合、ミサイル攻撃を行うであろう「仮想敵国」は日本に隣接しているといってもよく、ミサイルの探知から迎撃に残された時間はあまりにも少ないことが問題であった。国内では様々な意見が飛び交ったものの、アメリカの技術を取り入れることを決定。急激な勢いでミサイル防衛(にまつわる様々な計画が)行われることなった。以下は大まかな対策。
- パトリオットPAC-3システムの導入。
- イージス艦に対してのBMD能力の付与。あわせてSM-3の日米共同開発。
- AIRBOSSなど空中哨戒型線センサシステムの開発、導入(UP-3Cでテスト中)
- "ガメラレーダー"ことJ/FPS-5の導入。
- 偵察衛星の導入。
無論、これらの開発・導入費用は巨額なもので、日本は基本的に防衛費からこれを捻出する結果となった。これにより自衛隊はありとあらゆるところで予算不足に喘ぐ破目になっていることも書かねばならないだろう。
(またイージス艦の運用についても大幅な変更が行われることになるなど、各種運用についても変化が求められることになった。…宇宙開発関係者からは偵察衛星の導入などについても色々と言いたいことは山ほどあるらしい。気持ちはわからないわけでもない…)
2009年の北朝鮮ミサイル発射実験などに応じてパトリオットPAC-3部隊の展開などが行われたが、現状の部隊配備や編成では日本全域を網羅するには足りず、まだ問題を数多く抱えていることが判明した。THAADミサイルシステムの導入まで行うか、あるいは近頃開発されるというSM-3の陸上発射型で対応するのか、まだ日本のミサイル防衛はこれからというところであるのが実情である。
また、前述した通り、日本におけるミサイル防衛は技術的困難さが付きまとうのも事実である。さらには日本国内におけるミサイル防衛について誤解、様々な政治的な立場による無責任な発言が政治家から行われるなど、いろいろな問題もある。
しかしながらミサイル防衛は切実な問題である一方、日本が現在おかれた政治的、思想的立場からすると、ある種の理想的な防衛システム(つまり、核ミサイルによる相互確証破壊 = MADに頼らずして自国の防衛を確立できる)という点も無視できない利点ともいえるだろう。
問題点
たとえさまざまな迎撃態勢をとったとしても、弾道ミサイルは対処することが非常に難しい。
理由を列挙すると以下のようになる。
- 通常のミサイルと違う
- 弾道ミサイルは誘導を行うのは打ち上げ直後の数分間だけで、あとは弾道軌道で特定地点に落下してくるため、通常のミサイルのように狙った相手を常に追いかける誘導性のものではない。
つまり、通常のミサイルに有効なチャフ / フレア / ECMといった、誘導機能を妨害するごまかしの手段(ソフトキル)が通用しないため、物理的な手段で迎撃(ハードキル)しなければならない。 - 非常に高速である
- 物理的に迎撃する必要があるのに、物凄い速さで飛んでくるのだからたまったものではない。弾頭が再突入するときの速度に至ってはマッハ20以上なんてこともある。
- 着弾までの時間が短い
- ロシアからアメリカといった大陸間弾道弾のようなものでも打ち上げから着弾まで30分程度しかかからない。北朝鮮から日本へ飛んでくる可能性のあるノドンやテポドンなどはさらに短い。
- 発射地点がどこだか分かりにくい
- そもそも射程が長いのでこちらへ飛んでくるまでわからないことが多いという恐ろしさもあるが、弾道ミサイルの中には移動式プラットフォームである車両や列車から発射するものなどもあり、実際に世界初の弾道ミサイルであるV2は一度も発射前に発見されることがなかった。現在は潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)などの海中に潜む戦略原潜から発射してくるものさえあるためお手上げ状態である。
- 宇宙空間を飛んでくる
- つまり飛行する高度が高いため、弾道ミサイルを迎撃する理想的な段階の中間段階では、迎撃手段もかなりの長射程が求められる。「変遷」の項目にあるスターウォーズ計画のように、弾道ミサイルを迎撃するための人工衛星を打ち上げようという話もあったが、あまりにもコストが高く頓挫してしまった。
- そもそも数が多い
- 例えばロシアがアメリカに弾道ミサイルを撃ってくる場合、数百発が同時に、いろいろな地点から、いろいろな目標へ向かって発射されるであろうことは想像に難くない。現実的に考えてこれらすべてを迎撃することは不可能に近く、たとえ99%を迎撃したとしても数発は核兵器が着弾することになる。
- 近年の弾道ミサイルはクラスター爆弾のように小型の核兵器をいくつも搭載しているものが登場しており、一発の弾道ミサイルでいくつもの弾頭が降ってくる。また迎撃に備えて軽量のデコイ(囮)の弾頭を放出するものもあり、終末段階での迎撃を一層困難にしている。
- 中国のミサイルなどはまさに物量による攻撃(数で勝負)を志向しており、ICBMの一つである東風41(DF-41)は最大10個の核弾頭を搭載でき着弾前に分散する"散弾ミサイル"であるとされている。2019年の軍事パレードでは東風41が16基もお披露目された。 [4]
- ミサイル防衛を回避するミサイルもある
- 近年になって開発されたロシアの極超音速ミサイル「アバンガルド」は、迎撃用のレーダーを避けるため垂直・水平方向への移動ができる様になっている(とされている)。ミサイルを迎撃するには相手のミサイルに当てないとダメなので、攻撃側の動きが不規則だと当然ミサイルを当てづらくなるため、防衛側が不利になるという部分がある。 [5]
また、技術的な問題ではないが大量破壊兵器は迎撃したとしても、兵器の残骸が問題になる。弾頭が核兵器であればウランやプルトニウムが飛散してしまうし、化学兵器であれば熱に耐えるものならやはり飛散してしまい、落下地点の周囲を汚染してしまう。生物兵器に関しては熱で無毒化されてしまうのでこの限りではない。
こういった様々な理由から、3つの段階(フェーズ)のうちどの段階でも弾道ミサイルを迎撃することは技術的に容易ではない。
そのため、今のところはミサイル防衛よりも、こちらも核兵器を搭載した弾道ミサイルとレーダー網を用意して敵が弾道ミサイルを撃てばその国に全力で撃ち返せる体制を整えることで、「互いが互いの国を滅ぼせる力を持っているため、相手に対してうかつに大量破壊兵器を使用できない」という、相互確証破壊という考え方のほうがより現実的で確実な対策である。
ミサイル防衛の環境
日本 | 北朝鮮 | 中国 | ロシア | |
---|---|---|---|---|
人員 | 24万人 | 128万人 | 203万人 | 90万人 |
船舶 | 134隻 | 780隻 | 740隻 | 260隻 |
航空機 | 400機 | 560機 | 2720機 | 390機 |
ミサイル (核弾頭) |
- | 30 ~ 40発 | 320発 | 6375発 |
防衛費 (公称) |
約5兆円 | - | 約19兆9200億円 | 約6兆7000億円 |
関連動画
関連項目
関連リンク
脚注
- *「兵器と戦略」江畑謙介 朝日新聞社 1994
- *GBIミサイル:手っ取り早く言うと、既存の弾道ミサイルを迎撃ミサイル化した非常に力技的なシロモノで、発射設備も従来のミサイル・サイロを転用する…というもの。目的としては大陸間弾道弾クラスのミサイルを撃墜するためにある。運搬を可能にした簡易型GBIも計画に上がっていたが、欧州におけるミサイル防衛はロシアの反対もあり紆余曲折。結局はSM-3の地上発射型開発が行われることになった。
- *「空母を持って自衛隊は何をするのか」兵頭二十八 2018 徳間書店 pp.93-95
- *2020年6月26日テレビ朝日「"極超音速"時代 空の脅威」より
- *2020年6月26日テレビ朝日「"極超音速"時代 空の脅威」より
- *2020年6月26日 テレビ朝日「拡大する軍備"日米安保"のいま」
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