ミサノ・アドリアーティコとは、イタリア北東部のアドリア海沿岸にある都市である。
現地ではミザーノと呼ばれるためその表記例も多い。
この街にあるミサノサーキットで、毎年9月にMotoGPが開催される。
位置と気候
イタリア北東部のアドリア海沿岸にある。
この街のすぐ隣にあるリミニの夏の平均最高気温は28.5度とまあまあ暑い。
このため砂浜での海水浴に最適である。
この街のすぐ隣にあるリミニの冬の平均最高気温は7.7度、平均最低気温は0.4度。
これは日本の東京と大体同じぐらいである。
冬には雪がしっかり降り、市内のミサノサーキットも雪化粧する。
この街は海から近いので塩分を含んだ潮風の影響がつよく、金属が非常に錆びやすい。
メッキや塗装といった表面処理が施されていない鉄を屋内の倉庫に置いておくだけで真っ赤に錆びる。
「海沿い 錆」と検索すると錆に苦しむ海沿いの人々の声が多く聞かれる。
アドリア海沿いのリゾート地
イタリアは東西を横切る北アペニン山脈が一つの区切りになっていて、
北アペニン山脈より北は工業が発達していて経済的に繁栄している地域、
北アペニン山脈より南は文化遺産と農業の地域となっている。
ミサノ・アドリアーティコは北アペニン山脈より北で、
その中でも東の端のアドリア海海岸沿いのリミニ海岸に位置している。
このあたりはイタリア北部の人たちにとって憧れの観光地・リゾート地になっていて、
高級ホテルから手頃なホテルまで大小様々なホテルが乱立している。
夏のバカンスになると多くの観光客が青くて綺麗なアドリア海の砂浜で楽しいひとときを過ごす。
イタリア北部のみならず、ドイツや北欧からも多くの人たちがやってくる。
砂浜に無数のビーチパラソルが並び、観光客でごった返す様子は圧巻である。
ミサノサーキットで開催されるMotoGPの正式名称は
「○×(スポンサー名) GP San Marino e Riviera di Rimini」となる。
Riviera di Rimini というのは「リミニの海岸」という意味。
ミサノ・アドリアーティコももちろんリミニの海岸に含まれる。
ミサノサーキットの隣に、A14という高速道路が通っている。片道3車線で広い。
チェゼーナまで40km、ボローニャまで120km、ミラノまで320km、真っ直ぐ走れば到着できて、
交通の便が非常に良い。
「夏のバカンスを楽しむために仕事をする」というイタリア人たちのために作ったような道路で、
大都市からバカンス用の砂浜に向けて一直線に高速道路が延びている。
MotoGPの開催時には、ヘリコプターからの空撮カメラで行き交う自動車の様子が見える。
二輪レースの聖地
ミサノ・アドリアーティコにはミサノサーキットがあり、毎年9月にMotoGPが開催される。
また、MotoGPのスーパースターのヴァレンティーノ・ロッシが近くに住んでいる。
MotoGPの名門プライベートチームのグレッシーニ・レーシングもこの地に工場を持っている。
ゆえにこの地は二輪レースの聖地である。
ライダー輩出の地
ミサノサーキットから北西に75km離れた場所にはイモラサーキットという立派なサーキットがあり、
この2つのサーキットがある一帯は多くの優れたライダーを輩出してきた。ざっと名前を挙げると
ファウスト・グレシーニ(イモラ)、
ヴァレンティーノ・ロッシ(ウルビーノ生まれタヴーリア育ち)、
マニュエル・ポジャーリ(サンマリノ共和国)、
マルコ・メランドリ(ラヴェンナ)、
アレックス・デアンジェリス(サンマリノ共和国)、
アンドレア・ドヴィツィオーゾ(フォルリンポーポリ)、
マルコ・シモンチェリ(カットーリカ)、
マティア・パシーニ(リミニ)、
ニッコロ・アントネッリ(カットーリカ)、
アンドレア・ミーニョ(カットーリカ)、
エネア・バスティアニーニ(リミニ)、
ルカ・マリーニ(ウルビーノ)となっている。 ※太字はニコニコ大百科に記事があるライダー
ヴァレンティーノ・ロッシの地元
ヴァレンティーノ・ロッシの自宅があるタヴーリア(Tavullia)とミサノサーキットの距離は10kmで、
ロッシにとって地元中の地元である。
2000年から2007年頃までロッシはイギリス・ロンドンに住んでいたが、ちょっとした事情があって
タヴーリアに戻ることになった。
2012年頃にタヴーリアの土地を購入して、そこにランチ(ranch)という
私設のトレーニング用ダートコースを建設した。
楕円形のオーバルコースが2つあり、アメリカ風のコースになっている。
オリーブやブドウを栽培したり動物を放牧したりすることも計画していて、
それで英語のranchという名前を付けた。ranchとは農場、牧場という意味。
このランチに後輩ライダーを多数呼び集めて一緒にモトクロスでトレーニングするのが
近年のヴァレンティーノ・ロッシの習慣である。
「若者に囲まれる教師は長生きする人が多い。実際に100歳以上の百寿者には教師が多い」と言われ、
若い人と過ごすと若返りの効果があることは知られているが、ロッシもそういう効果を享受しているのか、
30代後半になってMotoGP最大排気量クラスでチャンピオン争いに加わる驚異的な活躍を見せている。
ロッシとトレーニングするため、多くのイタリア人ライダーがミサノ・アドリアーティコに住んでいる。
グレッシーニ・レーシングの本拠地
MotoGPの名門プライベートチームであるグレッシーニ・レーシングはミサノが本拠地である。
ミサノ・アドリアーティコすぐそばのサン・クレメンテに工場を持っている。
チームのオフィスは少し離れたファエンツァにある。
グレッシーニ・レーシングで一番最初に世界チャンピオンになったライダーが加藤大治郎で、
ミサノサーキットの正門前の公道は彼の功績をたたえてviale daijiro kato(加藤大治郎通り)と
命名されている。
ちなみに加藤大治郎もミサノ・アドリアーティコに住んでいた。
関連項目
- アプリリアワークス(現在のグレッシーニレーシングはアプリリアワークスを兼ねている)
- 0
- 0pt