ミシュラン(Michelin)とは、MotoGPの最大排気量クラスで独占的にタイヤを供給するメーカーである。
青と黄色がミシュランのイメージカラーで、ビバンダムがマスコットキャラクターである。
歴史
MotoGP最大排気量クラスにおいて、ミシュランは数々の栄光を勝ち取ってきた。
ミシュランタイヤを履いてMotoGP最大排気量クラスのチャンピオンを獲得した最初のライダーは、1976年のバリー・シーンである。
ミシュランはMotoGPにてラジアルタイヤを持ち込み、成功を収めた。1984年にフレディ・スペンサーがラジアルタイヤで初勝利を収め、1985年にランディ・マモラが前後ともにラジアルタイヤを履いての初勝利を挙げた。これによりラジアルタイヤが全盛を迎え、そのまま今日に至る。MotoGPのタイヤの技術革新を先導するという大役を果たした。
1992年にウェイン・レイニーがダンロップで最大排気量クラスのチャンピオンを獲ったが、1993年から2006年までずっとミシュラン使用のライダーがチャンピオンを獲得し続けていた。
ブリヂストンの猛追を受け、2008年をもって一時撤退
長らく「ミシュランを使わないと最大排気量クラスのチャンピオンになれない」という状況が続いてきたが、1991年から2003年まで125ccクラスで腕を磨いて2002年から最大排気量クラスにやってきたブリヂストンが猛追してきた。
2004年、ブリヂストンは玉田誠と共に最大排気量クラス初勝利を勝ち取った。
2007年、ブリヂストンはドゥカティワークス所属のケーシー・ストーナーと共に最大排気量クラスチャンピオンの座を奪い取った。
2008年にはトップライダーが雪崩を打ってミシュランからブリヂストンに乗り換え、ブリヂストンを使うヴァレンティーノ・ロッシが最大排気量クラスチャンピオンになった。
2008年末にミシュランはリーマンショックの不景気の影響もあって撤退していった。
2015年末にブリヂストンが撤退し、その代わりにミシュランが復帰
2009年から2015年までブリヂストンがMotoGP最大排気量クラスの独占供給者だった。
2014年5月にブリヂストンが「2015年限りでMotoGPから撤退する」と発表した(記事)。
この当時のブリヂストンは、2020年の東京オリンピック開催に向けて、オリンピックのスポンサーになっていた(2014年6月13日に公式発表)。オリンピックのスポンサーの中でも最上位のTOP(The Olympic Partner)であり、宣伝効果が大きいがスポンサー料がとても高い。このため、MotoGPから撤退することになった。
MotoGPにおけるタイヤ供給における費用は、全面的にタイヤメーカーが負担することになっており、世界1位のタイヤメーカーであるブリヂストンにとっても馬鹿にならないのである。MotoGP最大排気量クラスにおけるタイヤメーカーの年間費用は20億円程度と試算する記者もいる(記事)。
2014年5月に、ミシュランが2016年からMotoGP最大排気量クラスへ復帰すると発表された(記事)。
2017年10月、ミシュランとドルナは契約を延長し、少なくとも2023年までミシュランがタイヤを供給し続けることを確定させた(記事)。
主要スタッフ
2輪モータースポーツのマネージャー。2019年現在、ミシュランのMotoGP部門の総責任者といった立場にある。
イタリア人で、話している英語がイタリア訛り。
MotoGPだけでなくダカール・ラリーの記事にも出てくる。
2016年から2017年までミシュランのMotoGP部門の総責任者といった立場だった。
1963年10月15日生まれ、フランス出身。1988年にミシュランに入社。1993年から1997年まで群馬県太田市の日本ミシュランに勤務し、JTCCや全日本GT選手権(いずれも四輪のレース)に参加していた。
※JTCCは1994年から1998年まで日本で開催されていた自動車レース。また全日本GT選手権は1994年から2004年まで日本で開催された自動車レースで、SUPER GTの前身。
ミシュランには「郷に入っては郷に従え」という社内方針があり、海外駐在する社員にその地の言葉を習得させるという掟がある。そのためニコラ・グベールも4年間で日本語を習得した。G+のインタビュアーに対しても流暢な日本語で答えてくれる。
好物は神戸牛とてんぷら。
2017年シーズンをもって、28年務めてきたミシュランを退社し、ドルナに就職した。
2019年からドルナが「Moto-e World Cup」という電動バイクのレースを始めることになり、ニコラ・グベールはそのエグゼクティブディレクターに就任することになった(記事)。ちなみに、このレースにタイヤを供給するのは、ミシュランである。
ミシュランのモータースポーツディレクターという肩書きで、MotoGPのみならず全てのモータースポーツ活動の総責任者である。名前で検索するとF1への復帰を検討だとか、そういう記事が多くヒットする。
拠点
ミシュランはフランスのクレルモン・フェランに本社や主力工場がある。MotoGP向けのタイヤはクレルモン・フェランにて開発されて製造されており、ミシュランが語られる記事では「クレルモン・フェラン」が頻出する。詳しくはクレルモン・フェランの記事の「ミシュランのお膝元」の項目に記述されている。
日本では、群馬県太田市に研究開発の拠点を持っている。それについては、ミシュランの記事を参照のこと。
体制
世界第2位のタイヤメーカーミシュランは、MotoGP最大排気量クラスを25年近く支配し続けた名門で、レースに対する情熱は圧倒的である。
かつては、金曜日の練習走行のデータを見てから大急ぎでタイヤを作り、超特急でトラック輸送して、日曜日の決勝にギリギリ間に合わせる、そういう献身的としか言いようのない作業をしていた。タイヤ製造の人たちが夜を徹してタイヤ作りしたので「夜なべタイヤ」と言われていた。
そんなミシュランのMotoGPに臨む体制を列挙して紹介しておきたい。
レースごとに1200本のタイヤを持ち込む
レースごとに1200本のタイヤを持ち込む。そのうち40%がフロントタイヤで60%がリアタイヤ。レインタイヤは10%。レースで使うのは500本ほどだが、その2.4倍の本数を持ち込む。
すべてをバーコードで管理して、タイヤの所在のチェックに使う。
タイヤは温度管理されたコンテナに詰め込まれ、トラックで陸送され、航空機で空輸される。コンテナの中の温度は華氏50~70度、つまり摂氏10~21度に保たれ、ひんやりとした状態になっている。
タイヤは横倒しにされず、垂直を保って保管される。このブリヂストンの紹介動画でも、タイヤを垂直に保って保管している。
ヨーロッパ以外のサーキットにタイヤを輸送する手段の割合は、船が70%、飛行機が30%である。
かつてタイヤを盗まれてしまったことがあるので、警備を厳重にしている。工場からサーキットへ移動しているときはトラックに必ず誰かが残るようにしているし、トラックに警報装置も付いている。サーキットについてタイヤを降ろしたら、夜警を付ける。
ミシュランタイヤが盗まれた事件として有名なのは、2005年5月のアイルランド・モンデロパークにおける窃盗事件である。このとき、BSB(イギリス・スーパーバイク選手権)が開催されていたが、ミシュランはタイヤを盗まれてしまった。おそらく、ライバル企業の仕業だと思われる。
※この項の資料・・・ライディングスポーツ2018年1月号26~27ページ、記事1、記事2、記事3、記事4
フィッターがタイヤをホイールに装着する
ミシュランは、レースが開催されるときに19人の技術者をサーキットへ派遣していて、そのうち10人はタイヤをホイールに装着する作業を行うスタッフで、フィッター(fitter)と呼ばれる。
ブリヂストンのフィッターの作業の様子を捉えた動画があるので紹介したい。タイヤをホイールから外す、何かを塗ってタイヤをホイールに付ける、空気を入れる。
ちなみに、2016年第4戦ヘレスサーキットのスペインGPで、ミシュランのフィッター10人のうち5人が集団食中毒にかかった。どうやら、屋台の怪しいものを食べたらしい。この影響で最大排気量クラスの土曜日FP4の開始が遅れた。
※この項の資料・・・記事1、記事2
最大排気量クラスの各チームにスタッフを派遣する
ミシュランは、レースが開催されるときに19人の技術者をサーキットへ派遣していて、そのうち10人はフィッター(fitter)であり、残る9人は最大排気量クラスの各チームに派遣され、シーズンを通じてほぼそのチームの一員になり、タイヤに関してアドバイスをする。
2017年の最大排気量クラスは12のチームが参加しているので、6人は6チームに1人ずつ派遣、残りの3人が1人で2チームを掛け持ちして担当、そんな体制になっていると推測される。
この画像は、レプソルホンダに加入したアレックス・マルケスが、レプソルホンダを担当するミシュランのスタッフと話し込んでいる様子を映している。
※この項の資料・・・記事1
タイヤの所有権はミシュランにあり、最終的にミシュランへ返却される
タイヤの所有権はミシュランにあり、各チームに貸し出しているに過ぎない。
先述のようにタイヤ1本1本にバーコードがあり、コンテナから出したらスキャン、チームのピットでもスキャン、使用し終わってコンテナに戻す時もスキャンする。こうして、どのタイヤがどのチームのどこに存在しているか、完璧に把握している。ミシュランの紹介動画でも、ブリヂストンの紹介動画でも、タイヤのバーコードをスキャンしている。
レースが終わったらフランスのクレルモン・フェラン市のミシュラン工場へ送り返され、詳細に分析された後、破砕されて処分される。
※この項の資料・・・記事1
2016年中頃から空気圧センサーをホイールに装着
2016年のシーズン序盤にミシュランは復帰早々苦い思いをすることになった。
2月セパンテストでロリス・バズがタイヤバースト。映像、音声、タイヤ画像のどれを見ても、タイヤバーストの凄まじさを感じさせる。
第2戦アルゼンチンGPの土曜日FP4でスコット・レディングがタイヤ剥離。
調査の結果、両者ともグリップを得るために過度に空気圧を低くしていたことが判明した。
これにより、ミシュランは空気圧センサーを導入することを決意した。全ての車両のホイールにこんな形状の空気圧センサーを取付け、過度に空気圧が低くなったらすぐにバイクの電子制御装置に信号を送って、エンジンパワーを弱めるものである。ちなみに、その空気圧センサーはドイツの電子部品関連企業2D(ツーディー)が作った。
※この項の資料・・・記事1、記事2
2017年からタイヤ自動識別システムを稼働
2014年シーズンから当時のタイヤ供給者だったブリヂストンがタイヤ識別を始めた。タイヤのサイドに色を塗り、色でタイヤの種類を識別する方法であった。
エキストラソフトが緑、ソフトが白、ミディアムは黒(何も塗らない)、ハードは赤だった。ちなみにブリヂストンのイメージカラーは白、黒、赤であるので、会社カラーを採用したわけである。2015年はさらに2色増え、エクストラハードが黄、左右非対称フロントタイヤが青となった。
2016年にミシュランがタイヤ供給者になっても同様の手法でタイヤ識別システムが続いた。ソフトが白、ミディアムが黒(何も塗らない)、ハードに黄色となった。ミシュランのイメージカラーは青と黄色なので、多用されるハードタイヤに黄色を塗ったのである。
この画像を見ると、タイヤの側面に色の付いたシールが貼られていることが分かる。
2017年には先述の空気圧センサーを利用して、自動的にタイヤの種類が分かるようにした。ホイールにタイヤを装着するとき、タイヤのバーコードをスキャンして、タイヤの種類を示す情報を空気圧センサーに送り込んでおく。空気圧センサーは電子制御装置につながっているので、すぐに電子制御装置へタイヤ情報が届く。ライダーが走り出してタイム計測地点を通過するとき、レース運営にタイヤ情報が電波で送信される。レース運営はテレビ放送部にタイヤ情報を送信し、テレビ中継でタイヤ情報が表示される。
1つのサーキットにはタイム計測地点が12から20ヶ所あるので、わりとすぐにタイヤ情報が判明する。
サーキットに詰めかけている観客のためにも、タイヤのサイドの色塗りは継続している。
※この項の資料・・・記事1、記事2
2019年現在のテレビ画面表示
2019年現在のMotoGPテレビ中継におけるタイヤ表示は、次のようになっている。
乾いた路面向けのスリックタイヤの場合、ハードタイヤが黄色、ミディアムタイヤが灰色、ソフトタイヤが白である。
濡れた路面向けのレインタイヤの場合、ハードタイヤはめったに支給されず、ミディアムタイヤが灰色、ソフトタイヤが青色である。しかも外径が点線になっており、レインタイヤの溝を表現している。
この画像を見ると、タイヤの固さの色分けを確認できる。
ちなみに、「新品は黒文字」「中古は黒い背景」と頭に叩き込んでおくと便利である。
この画像を見てみると、すべてが黒文字になっている。ゆえに、これらは全て新品タイヤである。
この画像を見てみると、いずれも、黒い背景にタイヤの固さを表す色、となっている。ゆえに、これらは全て中古タイヤである。
ミシュランタイヤの特性
MotoGP最大排気量クラスはバイクが大きいのでタイヤも太くて大きい。ゆえにタイヤがバイクの走行に及ぼす影響は計り知れないほど重大である。
ミシュランタイヤの特性を理解しておくと、MotoGP最大排気量クラスもより分かりやすくなるので、簡単に紹介しておきたい。
リアタイヤのグリップが良い
リアタイヤのグリップが非常に良い。2008年以前も2016年以降も、ミシュランのリアタイヤのグリップは賞賛された。
それに対してブリヂストンのリアタイヤのグリップは、そこまでべた褒めされていたわけでは無い。
ミシュランタイヤのリアタイヤのグリップがあまりにも良すぎて、2016年の復帰初年度はフロントタイヤを後ろから押してしまう現象が度々起こっていた。リアタイヤのグリップが強いがフロントタイヤのグリップはそれほどでも無いので、フロントタイヤが後ろから押され、ズルッと滑り、スリップダウンの転倒となってしまっていた。こうした現象をプッシュアンダーという。
プッシュアンダーという術語は4輪でも2輪でも使われる。本来の意味は、「リアタイヤのグリップが良すぎて、フロントタイヤを後ろから押してしまい、アンダーステアをもたらしてしまい、コーナーを曲がれなくなる」というものである。
※アンダーステアとは、コーナーを曲がりきれず外へ膨らむ現象のこと。アンダーステアの反対がオーバーステアで、コーナーを曲がりすぎて内側へ切れ込む現象のこと。
ただ、そうした本来の意味をさらに拡大して、2016年のミシュランタイヤのような「リアタイヤのグリップが良すぎてフロントタイヤを後ろから押してしまい、スリップダウン転倒」という現象もプッシュアンダーと呼ばれていた。
後述するように、ミシュランのフロントタイヤはグリップがしょぼいので、ブレーキングの際にフロントタイヤ1本だけで止めるとあまり好ましくないことになる。このため、各ライダーは、リアタイヤをしっかり接地させつつブレーキングして、リアタイヤのグリップ力を借りて2本のタイヤでマシンを止めることを目指すようになる。
またコーナー脱出の際、ミシュランリアタイヤのグリップは素晴らしく、かなり傾けた状態でアクセルを開けてもリアタイヤが空転しにくい。ブリヂストンのリアタイヤはグリップが悪くて空転しやすいので各ライダーはできるだけ早くマシンを起こす努力をしていたが、ミシュラン時代ではそういう必要があまりないという。
コーナーの進入でリアタイヤを使い、コーナーの脱出でもリアタイヤのグリップを最大限に活かす。これが、ミシュランを履いたときの理想的な走りだという。
※この項の資料・・・ノブ青木の知って得するMotoGP第4回、ノブ青木の知って得するMotoGP第19回、マルク・マルケス発言1、マルク・マルケス発言2、カル・クラッチロー発言、ジャック・ミラー発言
フロントタイヤのグリップが今ひとつ
ミシュランのフロントタイヤのグリップは普通というかボチボチというか、そんなところである。
それに対してブリヂストンはフロントタイヤの安定したグリップが常に絶賛された。「ブリヂストンだとフロントを信頼して思いっきりコーナーに突っ込んでいける」と最大排気量クラスのライダー達が口を揃えて絶賛していた。
ミシュランのフロントタイヤがしょぼく、ブリヂストンのフロントタイヤが素晴らしいことを示すライダーたちの発言は次の通り。
- ダニロ・ペトルッチ「ブリヂストンのフロントはとても奇妙だった。できるだけマシンを傾けつつできるだけ強くブレーキを掛けながらコーナーに進入すると、速く走れる。ブリヂストンのフロントは、限界点に達することが簡単ではなかった(かなり無茶にブレーキングできた)。ミシュランのフロントはすぐに限界点に達する(無茶にブレーキングすると転倒する)。コーナーに入る前のストレート部分でマシンを直立させながらブレーキングし、コーナーに進入するときにできるだけ早くブレーキを離さねばならない」(記事)
- ホルヘ・ロレンソ「ミシュランのフロントを履いているときはコーナーの入る前の直線部分でブレーキングしなければならない。また、ブレーキを離してからコーナーに進入しないと転倒してしまう。ブリヂストンのフロントを履いているときはコーナー部分でブレーキングできたし、最後の最後までブレーキングを掛けっぱなしにすることができた。(中略)ミシュランのフロントのグリップは薄く、いつもフロントが後ろから押される感じである」(記事1、記事2)
- ジャック・ミラー「ブリヂストンを履いていたときは、バンク角30度でコーナーに進入しつつ、リアタイヤを浮かすことができた。(中略)ミシュランタイヤを履く現在は、コーナーの進入で静かにして、タイムを稼ごうと考えないことが大切だ」(記事)
- カル・クラッチロー「ミシュランのフロントタイヤは、ブリヂストンのものと比べて、ブレーキングするときに多く動いてしまう。そのため、マシンが起きた状態の早い段階でブレーキングしなければならない。ブリヂストンのフロントタイヤのときは、深くマシンを傾けた状態でブレーキングでき、進入速度をしっかり落としてコーナーに進入できた。ブリヂストン時代は、バンク角50度でリアタイヤを浮かすこともできた。ミシュラン時代にそういう芸当ができるのは、マルク・マルケスだけだ。(中略)ミシュラン時代はリアタイヤを接地させて2つのタイヤでブレーキングする必要がある。ブリヂストン時代はリアタイヤを接地させる必要が無く、フロントタイヤだけで上手にマシンを止めることができた」(記事)
- アレイシ・エスパルガロ「ブリヂストンのフロントを履いていたときは、ブレーキを掛けてマシンの傾斜角を60度にして肘を路面にこすらせてフロントタイヤをロックさせても、転倒しなかったことがある。ミシュランではそれが不可能だ。(中略)ミシュランのフロントタイヤを履いているときは、できるだけ短い時間でフロントブレーキを済ませて、できるだけ早いタイミングでフロントブレーキを離すことだ」(記事)
フロントタイヤがしょぼいのでコーナーの進入でタイムを稼げないミシュラン、フロントタイヤが凄いのでコーナーの進入でタイムを稼ぐことができるブリヂストン、という違いがよく分かる。
適切な温度域が狭いが、その温度域では非常に速い
ミシュランは適切な温度域が狭いが、その温度域にハマると素晴らしく速い。このことは伝統的にMotoGPパドックで語られていたことであった。
それに対してブリヂストンは比較的に適切な温度域が広く、様々な路面温度に対応できる。「この温度域なら速くなる」というツボはないのだが、それなりの速さを幅広い状況で実現する。
「得意教科で100点、苦手な科目で30点をとるミシュラン」「全教科で65点を取るブリヂストン」こんな具合にイメージすると良いだろう。
アンドレア・ドヴィツィオーゾは、2017年シーズンに1レースにおいて5種類のコンパウンドのタイヤを持ち込んだミシュランについて「適切な温度域が狭すぎるからそんなに種類を増やしているのだろう」と言っている。また、レプソルホンダのリヴィオ・スッポ監督も「ミシュランの適正温度域が狭くて苦労している」と発言している。
ブリヂストンは適切な温度域が広く、持ち込むタイヤの種類は少なかった。2013年チェコGPでG+のゲスト解説としてやってきたブリヂストンの山田宏さんはこんなことを語っている。「2013年はリアタイヤにソフトを選ぶライダーが圧倒的に多い。最近は、セッティングの進歩で、ソフトタイヤでもレース周回をこなせるようになってきた。だから持ち込むタイヤはソフトタイヤだけでも良い状況になった。ただし、『ソフト1種類だけの供給で良いよね?』とライダー達に訊いてみると、『・・・いや、やっぱり2種類あって選択肢が多いほうが安心感がある』と答えが返ってくる。そこで仕方なく、ハードタイヤも持ち込んでいる」
このコメントから察するに、ブリジストンはタイヤ1種類だけの供給も検討したほどで、それだけタイヤの適切な温度域が広いことが分かる。
※この項の資料・・・アンドレア・ドヴィツィオーゾ発言、リヴィオ・スッポ発言
ブリヂストンに比べて、品質のばらつきがある
タイヤを製造する過程で、どうしても品質の良い当たりタイヤと品質の悪い外れタイヤが発生する。
ブリヂストンは、こうした当たり外れのバラツキを抑える技術が卓越していた。
2014年5月1日にブリヂストンが2015年をもってMotoGPから撤退すると発表した。そのあとのフランスGPで、G+の解説者である辻本聡さんがこう語っている。「ブリヂストンは品質のバラツキが少なく、同じロットで均一な品質を保っていた。それゆえセッティングを非常に詰めやすかった」
タイヤの品質のバラツキがあると、部品の比較テストをしても、そのデータを信用しづらい。「部品Aを付けて走行したデータと部品Bを付けて走行したデータを比較して、違いが分かったのだが、この違いはタイヤの品質のバラツキによるものかもしれない・・・」このようにいちいち疑わなければならず、開発ライダーとしては苦労するのである。
タイヤの品質が均一なら「部品Aを付けて走行したデータと部品Bを付けて走行したデータを比較して、違いが分かった。ならば部品Aと部品Bの優劣があるのは間違いない」と断言でき、開発しやすい。
ブリヂストンは品質の均一性において褒められるのだが、この点、ミシュランは少し後れをとっている。
ブリヂストンを体験してきたカル・クラッチローが「ブリヂストンの時代も多少はタイヤの当たり外れがあったが、いまほど酷くなかった」「ミシュランは当たり外れが大きい」とコメントしている。
また、「タイヤが急激に消耗した」というコメントもライダーからたまに聞かれる。これは、ミシュランの外れタイヤを引いてしまったことを示唆しているわけである。
※この項の資料・・・2017年6月カル・クラッチロー、2017年9月ダニロ・ペトルッチ、2019年4月ポル・エスパルガロ
タイヤが滑ったときも前に進んでくれる
2016年のミシュラン復帰初年度に向けて、ホンダのテストライダー青山博一はミシュランで走り込み、山のような走行データを積み上げた。その彼が2016年第1戦カタールGPのあとに、以下のことを語っている。
「ミシュランはタイヤが滑ったときも横滑りにならず、前に進んでくれる」
「ミシュランはタイヤが滑ってもトラクションが抜けない感じである」
「ゆえにタイヤが滑ってもアクセルを戻す必要が無く、アクセルを開けて加速することができる」
「こうした現象はミシュラン特有で、ブリヂストンやダンロップには見られなかった」
「驚くべきことに市販のスーパーモタードに市販のミシュランを付けても同じ現象が起こった」
タイヤのことには細かいことまで気が付くと賞賛されていた青山博一の発言なので、重みがある。
タイヤの構造に工夫を凝らす
ミシュランはタイヤの構造をあれこれ工夫し、コロコロと変更する、そういう傾向がある。
それに対してブリヂストンはタイヤのコンパウンドに工夫を凝らす傾向がある。コンパウンドとは簡単に言うとゴムのこと。コンパウンドを詳しく言うと、ゴムにシリカやカーボンのような補強材や劣化を防ぐ化学薬品を入れて混ぜ合わせたもの。コンパウンド(compound)は英語で混合物、化合物、といった意味。
「構造のミシュラン、コンパウンドのブリヂストン」と比較して評される。
2016~2017年のミシュランは、タイヤの構造をレースごとに変更していた。MotoGP最大排気量クラスに復帰して間もないので、色々な構造を試していたのだろう。そのため、ライダーたちが戸惑っていた。
※この項の資料・・・ノブ青木の知って得するMotoGP第4回(2ページ目)、ノブ青木の知って得するMotoGP第4回(3ページ目)、motorsport.com記事、autosport記事
薄い17インチタイヤを採用
2016年のミシュラン復帰の際には、17インチタイヤが採用された。
ミシュランはMotoGPにおける革新的技術を市販車にもフィードバックしようと意気込んでおり、そのためMotoGP最大排気量クラスのタイヤのサイズを市販車で一般的な17インチにした。
2015年までのブリヂストンは16.5インチを採用していた。長年の研究により16.5インチが最善であると結論付けられたと山田宏さんが語っている。
16インチのフロントをダンロップが試したこともあるし、2004年はミシュランも16.5インチだった。2008年のミシュランは全車がフロント16インチ・リア16.5インチだった。タイヤメーカー同士が競争する時代では17インチでは競争相手に勝てなかったのである。
ところが2016年はタイヤをミシュランが独占的に供給し、競争相手がいない。ならば市販車と同じ17インチにしよう、とミシュランは考えた。
ここでいう16.5インチとか17インチというのは、タイヤの内径の直径を指している。つまり、タイヤを嵌め込むホイールの外径の直径である。
2015年までのブリヂストン16.5インチ時代も2016年からのミシュラン17インチ時代も、タイヤの外径の直径は色んな技術的な事情のために全く同じである。ゆえに、16.5インチはぶ厚いタイヤ、17インチは薄っぺらいタイヤ、ということになる。
16.5インチタイヤと17インチタイヤの厚さの差は、半径で0.25インチ(6.35mm)、直径で0.5インチ(12.7mm)しか違わない。
しかしながら、たったこれだけの差がマシン設計にとって非常に大きな違いを生む。「16.5インチのバイクと17インチのバイクは全く別物」と技術者達は語っていた。
ライダーにとっても17インチへの変更は不満の声が多かった。「16.5インチの方が走りやすいのに・・・」と言うライダーが多かったと青山博一が語っている。
17インチという薄いタイヤになると、タイヤ自体の衝撃吸収性や路面追従性が落ちてしまう。また、ライダーがタイヤの限界を探るのも難しくなる。
とはいえ、ミシュランの掲げる「市販車へのフィードバック」も大切なことではあるので、技術者達やライダー達はぐっとこらえて変化に対応していった。
※この項の資料・・・ノブ青木の知って得するMotoGP第4回
MotoGPにおけるミシュラン陰謀説
ミシュランというと、「ミシュランは特定のライダーを贔屓して、特定のライダーを勝たせようとしている」という内容の陰謀説がしばしば囁かれる。
2000年代の中盤頃のミシュランは、夜なべタイヤを作っていた。金曜日の練習走行のデータを見てから夜を徹して大急ぎでタイヤを作り、超特急でクレルモン・フェランからサーキットへトラック輸送して、日曜日の決勝にギリギリ間に合わせていた。
外国のMotoGP記事において、ミシュランの特製タイヤは、「ジャストインタイム(just in time 自動車業界でよく使われる用語)」「オンデマンド(on demand 必要に応じる、という意味)」「アラカルト(à la carte フランス語で“お好みの一品料理”を意味する。レストランで使われる用語)」などと表現されている。
こうしたミシュラン特製タイヤを手にすることができたのは、MotoGPの中でもごく一部のライダーだけだった。2000年代中盤でいえば、ヴァレンティーノ・ロッシだけがミシュラン特製タイヤを入手できたと言われている。
2000年代中盤に、ヴァレンティーノ・ロッシと激しい争いをしていたマルコ・メランドリは、しばしば「ロッシはミシュランに贔屓されていた」と語っている。2010年6月にも自身のブログで「ロッシは、タイヤワンメイク時代になってライダーの差が無くなったと発言した。2004年にミシュランに贔屓されていたことを公然と認めたわけだ」と記している(記事1、記事2)。
こういう事があったので、しばしばミシュランの陰謀説が囁かれることになる。2016年の中盤戦からホルヘ・ロレンソが失速していったのはミシュランが外れタイヤを与え続けたからだ、だとか、そんな調子である。この記事でも、ヨーロッパの記者たちの間で囁かれるミシュラン陰謀説の一端を読むことができる。
関連リンク
- Michelin Motorsport Twitter
- Michelin Motorsport Facebook
- Michelin Motorsport Youtubeチャンネル
- Michelin Motorsport 公式ウェブサイト
関連項目
- ミシュラン
- クレルモン・フェラン (ヨーロッパの開発拠点)
- 2
- 0pt
- ページ番号: 5517163
- リビジョン番号: 2759254
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