モスクワ大公国(1263年11月14日-1547年10月22日)とは、モスクワを首都としたロシア諸侯の一つ。始め、ウラジーミル大公国の分領として設立され、後に、ウラジーミル大公国を吸収して全ロシア(大ルーシ)を統一した。
概要
アレクサンドル・ネフスキーの末子ダニール・アレクサンドロヴィチの分領として設立。当初はウラジーミル大公国の一部であったが、タタールの頸木の下で、モンゴル人の支持を取り付けたユーリー3世がウラジーミル大公位も兼任し、これに反対するトヴェリ大公国をドミートリー・ドンスコイが破ったことで、ロシア諸侯第一の地位を確立する。その後、周辺諸侯を次々に併呑した。イヴァン3世の時代には、東ローマ帝国最後の皇帝の娘を妻として、ローマ帝国の継承権を自任するようになり、更に、ノブゴロド公国、トヴェリ大公国を併合した上で、名実ともにタタールの頸木から脱することに成功する。
ここで、イヴァン3世はツァーリを名乗り、1547年にはイヴァン4世(イヴァン雷帝)がロシア元老院からインペラートルの称号を受けたことで、この国はロシア・ツァーリ国(ロシア帝国とも)へと変化していくこととなった。
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関連項目
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