ライドハイトアジャスター(MotoGP)とは、MotoGPの最大排気量クラスのマシンに付けられる部品である。
概要
定義
ライドハイトアジャスターは、走行している最中にサスペンションのバネを縮めて、バネが縮んだ状態を固定する部品である。
リア沈めのライドハイトアジャスターばかりが開発されている
2020年現在のMotoGP最大排気量クラスにおいて、参加する6メーカーが一様にライドハイトアジャスターを開発している。
6メーカーの全てが、リアサスペンションを縮めるライドハイトアジャスター、いわゆるリア沈めのライドハイトアジャスターを作っている。
ライドハイトアジャスターの作動方法
ドゥカティのライダーは、左ハンドルについたボタンを左手親指で押してライドハイトアジャスターを作動させている。この記事の2番目の画像にピンク色のボタンと白色のボタンが写っているが、片方がライドハイトアジャスターを作動させてサスペンションのバネを縮めるボタンで、もう片方がライドハイトアジャスターを強制的に終了させてサスペンションのバネを元通りに伸ばすボタンである。この記事や、この記事や、このツィートにも、ドゥカティのマシンのボタンが映っている。
ヤマハのライダーは、何らかのレバーでライドハイトアジャスターを作動させているという(記事)。
KTMは、ライドハイトアジャスターの起動をボタン方式にするかレバー方式にするか、両方の方式を検討しているという(記事)。
マシンが沈む瞬間の映像
この動画や、この記事の画像が、ライドハイトアジャスターを起動させたときの動画である。ググッとリアの車高が下がり、テールカウルとリアタイヤの距離が縮まっている。
2020年11月のヨーロッパGPとバレンシアGPは、どちらもバレンシアサーキットで開催された。このときライドハイトアジャスターを実用化していたのはドゥカティとヤマハとアプリリアとKTMだった。これらのメーカーに所属するライダーは、最終14コーナーを立ち上がるときにライドハイトアジャスターを使っており、最終14コーナーの立ち上がりで露骨にリアの車高が下がっていた。テレビ中継を担当するドルナもライドハイトアジャスターに注目しており、最終14コーナーを立ち上がっていくところを映す視点を積極的にテレビ中継に取り入れていた。
ライドハイトアジャスターの効果
リア沈めのライドハイトアジャスターを作動させると、リアサスペンションの反発力が小さくなるので、ライダーがリアタイヤに荷重をかけやすくなる。リアタイヤがより大きく変形し、リアタイヤと路面の接触面積が増え、リアタイヤのグリップが増す。
長い直線の序盤においてライドハイトアジャスターを使った場合、リアタイヤのグリップが増すので、リアタイヤがスピン(空回り)しにくくなり、立ち上がり加速が力強くなる。
長い直線の序盤においてライドハイトアジャスターを使ってリアの車高を沈めた場合、ウィリーしやすくなるか、それとも逆にウィリーを抑制するか、どちらになるのだろうか。この点はMotoGP有識者の中でも意見が分かれている。詳しくは、ホールショットデバイスの記事を参照されたい。
長い直線の終盤においてライドハイトアジャスターを使った場合、リアタイヤのグリップが増すので、フロントタイヤとリアタイヤの2本が路面に接触している状態になりやすくなる。リアタイヤが路面に接触すると、リアブレーキやエンジンブレーキによる制動力が増し、短い距離でハードブレーキングできるようになる。短い距離でハードブレーキングできると、後続車の追い抜きを防ぎやすくなるし、先行車のインに飛び込んで追い抜くこともできるようになる。
ブレーキングやボタン・レバーで解除する
長い直線の序盤において、ライドハイトアジャスターを使ってリアサスペンションのバネを縮めたとする。
長い直線の終盤において激しくブレーキングすると、バネが縮んだ状態が自動的に解除されるようになっている。
長い直線の次に、あまりブレーキングを強く掛けず車速を保ったまま飛び込んで行く中速・高速コーナーが配置されることがある。MotoGPが開催されるサーキットの中では、次に紹介するところが「長い直線の後の中速・高速コーナー」である。
- ル・マンブガッティサーキット(コース図)の1コーナー
- TTサーキット・アッセン(コース図)の1コーナー、6コーナー
- バレンシアサーキット(コース図)の1コーナー
こうしたコーナーでは、自動的にバネの縮みが解除されるかどうか不安である。そこでライダーは、直線のなかばで「ライドハイトアジャスターを強制的に解除するボタンまたはレバー」を操作して、手動でバネの縮みを解除する。
ライドハイトアジャスターの欠点
とにかく使用するのが難しい、というのが欠点である。
MotoGPのバイクをレースで走行させるという大変な仕事をしている中で、ボタンまたはレバーを操作して車高を変えるというのは、慣れていないと非常に難しく感じられる。
ファビオ・クアルタラロも、非常に難しいとこぼしていた(記事)。
ライドハイトアジャスターの別名称
ライドハイトアジャスター、ライドハイトデバイス
MotoGP公式サイトのTwitterでは、ライドハイトアジャスター(ride height adjuster)とか、ライドハイトデバイス(ride height device)という呼称を使っている(ツイート)。
ライドハイト(ride height)は車高という意味で、アジャスター(adjuster)は調節器という意味で、デバイス(device)は部品という意味である。
ホールショット2.0
一部のニュースサイトでは「ホールショット2.0(Holeshot2.0)」と呼んでいる(記事1、記事2)。
リアサスペンションのバネを縮めるリア沈め型のホールショットデバイスを発展させると、リア沈めのライドハイトアジャスターになる。そのため、このように呼ばれる。
シェイプシフター
名物記者のマット・オクスリーは、シェイプシフター(shapeshifter)と呼んでいる(記事1、記事2)。
彼に言わせると、「ライドハイトアジャスターというのは、2010年に禁止された電子制御サスペンションを意味する用語である」となる。
シェイプシフター(shapeshifter)とは「色々な姿に変化する妖怪」という意味である(記事1、記事2)。
ライドハイトアジャスターを真っ先に開発したのはドゥカティワークスであり、2020年2月の開幕前テストにも試作品を持ち込んでいた。その試作品は、ドイツのマウンテンバイク製造企業であるキャニオン(Canyon)が作っているシェイプシフター(shapeshifter)という装置とよく似ていた。キャニオンのシェイプシフターを紹介する動画は、いくつか存在する(動画1、動画2)。
ドゥカティワークスのジジ・ダッリーニャはマウンテンバイク愛好家なので、「多分、ジジ・ダッリーニャは、キャニオンのシェイプシフターからヒントを得たのだろう」という記事が書かれた(記事1、記事2)。マット・オクスリーも、その流れを受け継いで、「あれはシェイプシフターだ」と呼ぶようになった(記事)。
ちなみにキャニオンのシェイプシフターの製造は、サンツアー(Suntour)という日本企業が協力している。
様々なコース形態と、それに応じたライドハイトアジャスターの使い方
MotoGPは様々なサーキットで開催されるので、直線とコーナーの組み合わせには色んなものがある。この項目ではいくつかの例を挙げて、その例に応じたライドハイトアジャスターの使い方を解説していく。
低速コーナーを立ち上がって直線を走り、低速コーナーに突入する
低速コーナー・直線・低速コーナーの組み合わせの代表例は、セパン・インターナショナルサーキット(コース図)の14コーナー・バックストレート・最終15コーナーである。
まず、14コーナーの立ち上がりでライドハイトアジャスターを起動させて、リアのグリップを強めて加速力を強化させる。
ライドハイトアジャスターでリアが沈んだ状態を維持しつつ、最終15コーナーに突入する。リアのグリップが高いのでリアブレーキやエンジンブレーキがしっかり機能し、短い距離でハードにブレーキングできる。ハードブレーキングをしていると自動的にリアサスペンションのバネの縮みが解除される。
低速コーナーを立ち上がって直線を走り、高速コーナーに突入する
低速コーナー・直線・高速コーナーの組み合わせの代表例は、ル・マンブガッティサーキット(コース図)の最終14コーナー・メインストレート・1コーナーである。
まず、最終14コーナーの立ち上がりでライドハイトアジャスターを起動させて、リアのグリップを強めて加速力を強化させる。
1コーナーは高速コーナーで、ブレーキングを強く掛けるところではなく、リアサスペンションのバネの縮みが自動的に解除されるわけではない。そのため、直線走行の途中でボタンまたはレバーを操作して、手動でリアサスペンションのバネの縮みを解除する。
ブレーキを緩めにかけて、車速を保って1コーナーに飛び込んで行く。
高速コーナーを立ち上がって直線を走り、低速コーナーに突入する
高速コーナー・直線・低速コーナーの組み合わせの代表例は、カタルーニャサーキット(コース図)の最終コーナー・メインストレート・1コーナーである。
カタルーニャサーキットの最終コーナーでは、ライドハイトアジャスターを起動しない。ライドハイトアジャスターは低速からの立ち上がりで威力を発揮するものであり、高速コーナーを旋回しつつ車速を乗せて直線に入っていくところでは、あまり効果が無い。
カタルーニャサーキットの最終コーナーでは、走行ラインの選択やアクセルワークに集中し、車速を乗せることを最優先する。
直線を走っていき、1コーナーに向けたブレーキングを始める前にライドハイトアジャスターを起動させ、リアの車高を落とし、リアタイヤに荷重をかける。
リアのグリップが高いのでリアブレーキやエンジンブレーキがしっかり機能し、短い距離でハードにブレーキングできる。ハードブレーキングをしていると自動的にリアサスペンションのバネの縮みが解除される。
高速コーナーを立ち上がって直線を走り、高速コーナーに突入する
高速コーナー・直線・高速コーナーの組み合わせの代表例は、フィリップアイランドサーキット(コース図)の最終12コーナー・メインストレート・1コーナーである。
こうした場所では、最初から最後まで、一切ライドハイトアジャスターを使わない。
最終12コーナーは高速コーナーなので、車速を乗せることに専念し、ライドハイトアジャスターを使わない。
1コーナーは高速コーナーなので、ライドハイトアジャスターを使ってリアブレーキやエンジンブレーキを掛けることをする必要がない。
まとめ
ここまで述べたことをまとめると、次のようになる。
直線入口 | 直線のなかごろ | 直線の終わり | |
低速コーナー・直線・低速コーナー | ライドハイトアジャスターを使う | ライドハイトアジャスターを手動で解除しない | ライドハイトアジャスターを使う |
低速コーナー・直線・高速コーナー | ライドハイトアジャスターを使う | ライドハイトアジャスターを手動で解除する | ライドハイトアジャスターを使わない |
高速コーナー・直線・低速コーナー | ライドハイトアジャスターを使わない | ライドハイトアジャスターを使う | |
高速コーナー・直線・高速コーナー | ライドハイトアジャスターを使わない | ライドハイトアジャスターを使わない |
資料その1
ジャック・ミラーは「フィリップアイランドサーキットではライドハイトアジャスターを使わない」と述べている(記事)。
ブラッド・ビンダーは「アウトードロモ・インテルナシオナル・ド・アルガルヴェ(ポルティマオサーキット)では、ライドハイトアジャスターを使わなかった」と述べている(記事)。ポルティマオサーキットは高速コーナーの最終コーナーを過ぎてから直線に入っていくのだが、その最終コーナーでライドハイトアジャスターの出番がなかった、と言っている。
マーヴェリック・ヴィニャーレスは「モーターランド・アラゴンでは、15コーナーだけでライドハイトアジャスターを使う」と述べている(記事)。モーターランド・アラゴンでは高速コーナーの最終17コーナーを過ぎてから直線に入っていくのだが、その最終コーナーでライドハイトアジャスターの出番がなかった、と言っている。
ブラッド・ビンダーの発言も、マーヴェリック・ヴィニャーレスの発言も、「高速コーナーから直線に入っていくときはライドハイトアジャスターを使わない」という定説を裏付けるものとなっている。
資料その2
ファビオ・クアルタラロは、「自分はブレーキングにホールショットデバイスを使う」と語っている(記事)。ここでのホールショットデバイスは、ライドハイトアジャスターのことだろう。
ダニロ・ペトルッチは「我々は、加速したい場所と激しくブレーキングしたいところでライドハイトアジャスターを使う」と語っている(記事)
このどちらの発言も、「ブレーキングの際にライドハイトアジャスターを起動させ、ブレーキングに役立てる」ということを証言するものである。
ライドハイトアジャスター導入の歴史
ライドハイトアジャスターを真っ先に導入したのは、ジジ・ダッリーニャ率いるドゥカティワークスである。
ドゥカティは、2018年10月の日本GPで、ワークスライダーの1人であるジャック・ミラーに対してホールショットデバイスを与え、先行開発させた。そして、2019年3月の開幕戦からドゥカティワークスのアンドレア・ドヴィツィオーゾとダニロ・ペトルッチにもホールショットデバイスを供給するようになった。
ドゥカティは、2019年10月のタイGPのころにはライドハイトアジャスターの試作品を完成させていた。またしても先行開発に付き合ったのはジャック・ミラーだった。
ジャックは、親指で操作するライドハイトアジャスターが追加されたことで少々頭が混乱したらしく、2019年タイGPのスタート時にうっかりキルスイッチ(エンジン緊急停止スイッチ)を押してしまい、ピットレーンスタートの憂き目に遭っている(動画1、動画2)。本人も「このときはライドハイトアジャスターの導入で混乱していた」ということをほのめかす発言をしている(記事1、記事2)。
ジャックがレース中にライドハイトアジャスターを使いこなしたのは2019年11月のマレーシアGPである。このレースで2周ほどジャックの後ろを追走したアレックス・リンスは、走行中にジャックのリアの車高が下がるのを目撃したという(記事)。
2020年7月の開幕戦にはドゥカティ所属の全員にライドハイトアジャスターが届けられた。
同じ時期、アプリリアもライドハイトアジャスターを供給していた(記事)。アプリリアはフロント沈めのホールショットデバイスを使っているのだが、それに加えてリア沈めのライドハイトアジャスターを装備したことになる。
2020年8月にはヤマハもファビオ・クアルタラロなどにライドハイトアジャスターを届けた(記事)。
2020年11月の最終戦あたりでは、KTMもライドハイトアジャスターを実用化していた(記事)。ホンダとスズキは、この時期になってもライドハイトアジャスターを各ライダーに供給する状態ではなかった。
ちなみに、2020年3月には「Moto2クラスやMoto3クラスにはライドハイトアジャスターが導入されないように規制を敷く。コスト削減のためである」と運営のドルナが宣言している(記事)。
関連項目
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