ル・マン24時間レース単語

ルマンニジュウヨジカンレース
  • 0
  • 0pt
掲示板へ

ル・マン24時間レースとは、世界三大レースの一つである。二輪、四輪の両方があるが、ここでは四輪について取り上げる。

概要

1923年に初開催され現在まで続いている、耐久レースの最高峰である。毎年6月中旬に開催され、毎年25万人をえる観客が押し寄せるビッグイベントである。参戦する者は全なプロフェッショナルとは限らず、趣味の延長や情熱、ロマン様式美で参加するチームドライバーも少なくい。このため、「偉大なるレース」と称されることもある。

土曜日過ぎから夕方までの時間帯にスタートし、翌日の同時刻になるまでの24時間をひたすら走破する。そして、24時間が過ぎた時点で最も周回を重ねた、すなわちトップを走っていたが優勝となる。当然、そのままではゴールまで辿りつけないので途中でピットインし、タイヤ交換と燃料補給を行う。何時間かごとにドライバーも交代して疲労を回復しながらレースを続けることになる。こうして優勝するが走り切る距離は、条件にもよるが優に5000kmをえる場合が多い。
ただ24時間チンタラと走りきればいい訳ではなく、ライバルと競り合いながら全のレーシングスピードで走り続けるわけで、当然ながらエンジンやサスペンション、シャシーといった部品には過大なストレスがかかり続けることになる。こうして、何らかのトラブルが起きる可性が非常に高くなるため、出場するはただ速いだけではなく、24時間トラブルしで走り切るだけの耐久性が要され、万が一トラブルが起こっても早急修理して戦線復帰することも考慮した設計である必要がある。「耐久レースと呼ばれるゆえんはここにあるのだ。
しかし、どれだけ万全を期しても思わぬところからトラブルが起こることはある。さらに、レースである以上、ドライバーミスや他とのアクシデントによる破損も起こりうる。これらを全て乗り越えたものだけがゴールを迎えることができ、その中でトップだったものが勝者となるのだ。極端な話、23時59分までトップを走っていても、そこで止まれば「負け」なのである。2016年トヨタがまさにこれに近い状況で敗北したのは記憶に新しいところだ。それ故に自動車メーカーをはじめ、あらゆる自動車を作る者にとって、ここで勝つことは何者にも代えがたい栄誉なのである。

エントリーには60台の上限が定められており、エントリーするには地域のスポーツカー耐久で結果を残していたり、前年のル・マンで好成績を収めていたり、WEC世界耐久選手権)にフル参戦している必要がある。

場所はフランスサルト・サーキット。一部を使用しており、その全長は13kmと、ニュルブルクリンク北側コースノルドシュライフェ)の20kmに次ぐ大きさ。最大の特徴は、かつて6kmにも及ぶストレートだったユノディエール。かつてはここで最高速度をいかに高めるかが重要だったが、今ではシケインが2つ設けられているので直線が速いだけでは勝てない。

現在ル・マン24時間レースはWECの1レースに組み込まれているが、ル・マン24時間レースの方がWECより格上の扱いになっている。同シリーズ内でも観客数や注度は断トツ、開催方法や扱いも独特で、この辺は同じ世界三大レースF1モナコGPよりは、インディアナポリス500マイルインディ500)に近いところがある。またル・マンのみポイント2倍となっているために、WECチャンピオンシップでも大きな意味を持つレースになっている。

ル・マンでは大別してLMP(ル・マンプロトタイプカー)とLM-GTE(ル・マンGTエンデュランス)の二つの2シータマシンが使用されており、これらの規格は欧州のELMS(ヨーロピアンル・マンシリーズ)やアジアAsLMS(アジアン・ル・マンシリーズ)、アメリカUSCC(ユナテッドスポーツカーチャンピオンシップ)など多くの耐久カテゴリで用いられている。このようにル・マン耐久レースの代名詞的な扱いを受けている。

日本との関係

古くから日本チームが参戦しており、トヨタ日産マツダの挑戦が有名である。プライベーターではシグマオートモーティブ(現SARD)、童夢マツダオート東京マツダスピード)、トムスチーム郷、コンドーレーシングが参戦したことがある。

日本人ドライバー日本チームだけでく外チームから参戦することは多く、中には内でしか見れない日本人ル・マンだけ海外に出てくるケースも多い。女性ドライバーでは吉川とみ子、井原慶子が参戦し、井原アジア女性として初めてル・マン完走した。

日本メーカーではマツダ1991年に、(ドライバージョニー・ハーバートを初め3人共外国人2018年2019年トヨタが総合優勝した(ドライバーセバスチャン・ブエミ、中嶋一貴フェルナンド・アロンソ、このメンバーで2連覇している)。プライベーターでは2004年アウディを駆ったチーム郷、ドライバーでは1995年関谷正徳、2004年に荒治が総合優勝したことがある(関谷イギリスチームイギリスで、荒は先述のチーム郷で、日本チームであるがドイツでの優勝であった)。また1983年1990年マツダ1993年1994年1999年トヨタ1995年ホンダ日本チームとしてクラス優勝している。またポールポジション日本チームでは日産トヨタ日本人では中嶋一貴小林可夢偉が獲得したことがある。このように2017年まで日本チーム日本日本人ドライバーの組み合わせでの総合優勝はかった。だが、2018年トヨタの優勝によって、日本人中嶋一貴日本チーム日本との組み合わせでの総合優勝を達成した。

エピソード

関連動画

関連項目

【スポンサーリンク】

  • 0
  • 0pt
スマホ版URL:
https://dic.nicovideo.jp/t/a/%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%B324%E6%99%82%E9%96%93%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%82%B9

この記事の掲示板に最近描かれたお絵カキコ

お絵カキコがありません

この記事の掲示板に最近投稿されたピコカキコ

ピコカキコがありません

ル・マン24時間レース

55 削除しました
削除しました ID: Ds0VzWS4Vc
削除しました
56 ななしのよっしん
2019/06/09(日) 20:59:14 ID: 0g1/gdICAv
今更ながらだけど、今のル・マンってスポット参戦するチームいる?
57 ななしのよっしん
2019/06/15(土) 18:44:17 ID: W2wrWrKqA6
>>lv320508928exit_nicolive
58 ななしのよっしん
2019/06/16(日) 23:17:15 ID: tSPxSyIsmn
>>56
コルベットレーシングがそれ
不運にも日本人のヘタクソドライバー(なんでもないところでスピンするほど)にミサイルかまされてリタイアを余儀なくされた。
59 ななしのよっしん
2019/06/17(月) 03:24:40 ID: jyX9LJJShr
88との接触については運が悪かったとしか言いようがない

狭いポルシェカーブの途中なうえに譲ったマシンの更に後ろに64はいたから、88側の視線では恐らく隠れてて見えない位置から現れた様な感覚と思われる
60 ななしのよっしん
2019/06/17(月) 10:35:29 ID: iqFZXVXcdN
トヨタが連覇したぞ!
61 ななしのよっしん
2019/06/17(月) 10:49:15 ID: DJvh41EvMQ
素直に一連覇&WECチャンプはめでたいが、
可夢偉はつくづく運がなさ過ぎるというか……一も複雑そうな感情だったし
にしても戻ってきた一インタビューし始めた途端、その涙見てもらい泣きする高橋二朗さんがかわいいというか何というか
62 ななしのよっしん
2019/06/18(火) 13:15:29 ID: M/qdrxutif
そのためエイミーが泣けずに笑ってたんだぜ…
花粉症と宣ってたのにも笑った
63 ななしのよっしん
2019/07/14(日) 21:59:40 ID: wMAizPWYIN
F1でも勝てない、ライバル不在じゃないとルマン総合優勝出来ない とんだ抜けの集まりじゃのうGAZOO Racing
モリゾウ中嶋…それも仕方ねェか………!!
 
"トヨタ"は所詮…世界の"敗北"じゃけェ…!!!
64 ななしのよっしん
2019/08/04(日) 14:24:56 ID: VZtR1u0dcE
63
お前リアルでもつまらないって言われてるだろ

急上昇ワード

2019/10/23(水)01時更新