ルールブックの盲点の1点とは、漫画「ドカベン」におけるエピソードの一つである。「ルールブックの盲点」というが、これは規則の不備やルールブックの誤植があるのではなく、現役の選手や監督でも気付かない or 忘れていることが多い、という意味である。
野球における『アピールプレー』を取り扱ったエピソードで、これから転じて「アピールプレーのミスにより入ってしまった得点」を指すこともある。
概要
単行本35巻(文庫版では23巻)より。
夏の選抜高校野球、神奈川予選第3回戦、明訓高校対白新高校の試合。試合は0対0のまま、延長戦に突入していた。
十回表、明訓高校の攻撃。一死満塁のチャンスで、打者は微笑三太郎。ここで、明訓ナインはスクイズを試みる。しかし不運にも打球は小フライとなり、白新のエースピッチャーである不知火守が好捕、アウトを一つ獲られてしまう。自慢の俊足で、三塁走者の岩鬼正美がホームインこそ果たしていたが、同時に一塁走者の山田太郎が一塁から飛び出していた。山田は帰塁を試みるが、不知火が一塁に放ったボールの方が早く山田はアウト。併殺が成立し、スリーアウトとなった。
十回裏に向けてのチェンジのためベンチに引き上げた両校ナイン。その眼前で、スコアボードに明訓高校の1点が記載されているのを見て、不知火は愕然とする。
何故得点が認められたのか?
得点理由は、当然ながら岩鬼のホームインである。しかしながら同時に併殺となっており、一見すると岩鬼の生還は認められないように思える。
カラクリはこうである。
微笑のスクイズによる小フライを不知火が捕球し、この時点で打者である微笑はアウトとなる。走者達はこの時点で、自分が元いた塁に一度戻らない場合、その塁にボールを持った選手が触れた時点でアウトにされてしまう(リタッチ義務)。どんなに進塁したとしてもアウトを取られればそのプレーは無効になるため、アウトを避けるため通常は走者は一度帰塁を目指す。ただしこれは逆に言えば、塁にボールを持った選手が触れなければそのプレーは有効とされてしまうということをも意味する。また、当然ながら3アウトが取られればその時点で以降のプレーは無効になる。
今回のケースでは、フライが捕球されアウトを一つ獲られて2アウトになった時点で、岩鬼は帰塁せずそのままホームインした。岩鬼のホームイン後、同じく進塁の途中だった山田は帰塁できず、一塁でアウトにされて3アウトとなる。一つ目のポイントはここである。山田がアウトになって3アウトになる前に、岩鬼は本塁に生還していた。つまり、岩鬼のプレーはまだ有効と判断されるのである。
白新ナインは山田をアウトにしたことで併殺、3アウトになったと安堵し、ホームインした岩鬼を捨て置いてそのままベンチに引き上げてしまった。これが二つ目のポイントである。岩鬼のプレーは有効であるが、白新ナインはこれを無効化するために、三塁にボールを回し、「岩鬼のタッチアップが早かったので岩鬼をアウトにし、岩鬼のアウトを山田のアウトの代わりに第3アウトにしてくれ」と審判にアピールして、明確に岩鬼をアウトにする必要があった。
これは、いわゆる『第3アウトの置き換え』と呼ばれるプレーである。3つ目のアウトが成立した後でも、他に守備側に有利なプレーがあれば、第4アウトを取得し、アピールによってそれを第3アウトに置き換えられる。今回のケースにおける有利なアピールアウトとは、相手側に得点が入らない岩鬼のアウトである。
3アウトが取れたことに安堵し、岩鬼をアウトにすることを忘れていた白新ナインは、ファウルラインを超えてベンチに引き上げてしまった。そのため、白新ナインは岩鬼のアウトを取る権利を失ってしまった。
直前のプレーに関するアピールが有効と認められる期限は、「次のプレーが始まるまで」と「攻守交代のために野手全員がファウルラインを越えるまで」となっている。今回の場合、後者にあたる。
明訓の得点を防ぐには
この場合、白新が明訓の得点を防ぐためには、以下のいずれかを行う必要があった。
- 岩鬼が本塁に入る前に、山田をアウトにし、3アウトとする。
- 山田をアウトした後に3塁にボールを回し、岩鬼をアピールアウトにする(第4アウト)。
- アピールを行うことで3アウト目は1塁での山田のアウトでは無く岩鬼のアウトに変更となり、得点は認められない(第3アウトの置き換え)。もっとも安全かつ現実的な選択肢といえる。
なお、ここで三塁にボールを投げるだけでは岩鬼はアウトにならない。しっかり「岩鬼のタッチアップが早かった」ことと、「第3アウトの置き換え」について明確にアピールする必要がある。
何故なら、公認野球規則7.08「次の場合、走者はアウトとなる。」(d)項の「フェア飛球、ファウル飛球が正確に捕らえられた後、走者が帰塁するまでに、野手にその身体またはその塁に触球された場合」とは、言い換えれば「明確に走者が帰塁の意思を示し、帰塁しようとしているときに野手にその身体またはその塁に触球された場合にアウトになる」という事であり、岩鬼は三塁に帰塁する意思を示していないためこれに当てはまらないからである。(この場合は、公認野球規則7.10「次の場合、アピールがあれば、走者はアウトになる。」(a)項の「飛球が捕えられた後、走者が再度の触塁(リタッチ)を果たす前に、身体あるいはその塁に触球された場合。」により、アピールがあって初めて岩鬼はアウトになる。)逆に山田は不知火から一塁送球される際に一塁に帰塁しようとしているため、一塁手がアピールしなくても山田はアウトとなっている。
- アピールを行うことで3アウト目は1塁での山田のアウトでは無く岩鬼のアウトに変更となり、得点は認められない(第3アウトの置き換え)。もっとも安全かつ現実的な選択肢といえる。
また「フライ捕球→一塁に送球し山田アウト」という流れでなく、以下のようにプレーが進行すれば
そもそも得点にはならない。
ちなみに、作中での試合結果
なおこの試合は、このプレーで入った1点を守った明訓高校が1-0で勝利した。
実際の発生例
併殺成立前に本塁を踏まなければ成立しないという条件もあり、根本的に発生自体が珍しいプレーであり、この事例そのものを知っていなければこれが得点になるとは思いが至りにくい事例である。現役のプロ野球選手ですら知らないことが少なくなく、現に「ドカベン」の原作でこのエピソードが描かれた当時は、プロ野球選手から抗議が行われたこともあったという。しかも、水島と関係を深めていた野村克也氏からも「あんなウソを描いたらアカンで」と批判されたが、水島と審判の説明を聞いて野村も理解した上で「水島の漫画の中での説明がヘタクソだったから勘違いしたが、カラクリが解ければ只の基本ルールの積み重ねだった」と述べている。このためかアニメ版では山田の祖父による解説で多少わかりやすく説明している。
現代ではこのエピソードの正当性が認められ、アピールプレーの重要さを説く際の好例とされることも多い。ちなみにこのプレーについて野球規則には、注釈に類例が記載されている上、いくつかのルールからこの例の想像は実は可能である。
2009年、ダイヤモンドバックス対ドジャース
4月12日のアリゾナ・ダイヤモンドバックス対ロサンゼルス・ドジャースの2回表、ドジャースの攻撃。
一死二・三塁でランディ・ウルフが放ったライナーを捕球したダン・ヘイレンは二塁に送球、二塁手フェリペ・ロペスがタッチアウトを取った。
しかしながらこの時点でドジャースのアンドレ・イーシアが生還しており、にも関わらずダイヤモンドバックスナインはベンチに引き上げてしまったため、得点が認められた。(厳密にはそのことをドジャースのジョー・トーリ監督らが主張し、審判が認めた)
2012年、済々黌高校対鳴門高校
8月13日、第94回全国高等学校野球選手権大会の2回戦、この日の第2試合である済々黌(熊本)対鳴門(徳島)戦の7回裏、済々黌の攻撃。
一死一・三塁で、ライナーを捕球した遊撃手が一塁に送球してアウトを取ったが、その前に三塁ランナーが生還していた。にも関わらず、鳴門ナインがベンチに引き上げてしまったため、済々黌の得点が認められた。この時生還した済々黌の三塁ランナーだった選手は「ドカベン」の上記エピソードを知っており、狙って発生させたと語っている(現に済々黌は同じ試合で、先に一度これに挑戦している)。
余談だが、同日の第4試合にはドカベンの舞台となる高校の名前の由来である新潟明訓高校が試合を行なっており、しかも熱闘!甲子園で同校の「4番キャッチャー」が特集されていた。
関連動画
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