レオニダスとは、
- ギリシャで使われる人名。特にニコニコでは紀元前のスパルタ王、レオニダス1世を指す。
- ベルギーのチョコレートブランド「レオニダス(Leonidas)」。
ブランドロゴは創始者のレオニダス・ケステキディス、および1.に由来。 - 「シャドウバース」に登場するカード。1.に由来。
9コスト7/8というスペックもさながら、死しても「レオニダスの遺志」を出し恩恵を受けたユニットは破格のスペックとすぐ敵を殴れる権利を得る。むしろ死んでからが本番。
概要
レオニダス1世は、紀元前489年~紀元前480年、古代ギリシアの都市国家(ポリス)・スパルタ(ラケダイモン)を統治した王である。
軍事国家として知られるスパルタは、「二人の王を同時に頂く」という、ちょっと風変わりな王政だった。(片方が崩御しても、もう片方が戦争を継続し国家を存続できるメリットがある。)アギス家とエウリュポン家の王が世襲で統治しており、レオニダス1世はアギス家の王である。
王妃に聡明な事で知られるゴルゴー(レオニダスに取っては姪に当たる)を迎え、一子プレイスタルコスを設けた。
ヘロドトスの著作「歴史」第7巻によると、紀元前480年にスパルタはアケメネス朝ペルシアの侵攻を受けた。世に言う「ペルシア戦争」の始まりである。
戦争を前にレオニダス1世は聖地・デルポイにおいて巫女の神託を求めるが、「王が死ぬか、国が滅ぶか」という答えが返ってきた。
折しもスパルタでは重要な祭祀・カルネイア祭の為に大きく人手を裂く事が出来ず、王は300人の重装歩兵を連れ、他の都市国家から参集した兵士らによるギリシア連合軍に合流した。
この時、妻に「よき夫と結婚し、よき子供を生め」と言葉を残している。
そもそもペルシアを迎え撃ったのはスパルタだけでないのだが、ペルシアがあまりにも大軍を差し向けてきたため浮き足立ってしまい、ほとんど連合できなかった。
そのため、結局はスパルタ等のごく少数で戦う事になってしまったという経緯がある。
左右を崖に挟まれた天然の要害・テルモピュライにおいて、レオニダス1世率いるスパルタ兵、そしてギリシア連合軍は勇戦した。数については歴史家の意見が分かれるが、ギリシア連合軍5200に対し、ペルシア軍は210万の大軍だったという。(敵に兵隊の数教えてくれなんて言える訳ないだろ!いい加減にしろ!!)
しかし開戦から3日目、現地民が買収されて山間の抜け道をペルシア軍に密告。挟み撃ちにされる前にギリシア連合軍の大半は撤退したが、レオニダス1世と兵士達は、僅かな友軍と共に残る事を選んだ。
背後を取り、勝敗は決したとして投降を呼びかけるペルシア王・クセルクセス1世は「武器を棄てよ。」と言うが、レオニダス1世は「ΜΟΛΩΝ ΛΑΒΕ(モローン・ラーベー:(お前が)来て取ってみろ。)」と返事を寄越す。激戦の果てにレオニダス1世は戦死、最後は全員が玉砕した。だが、スパルタに接近したすべてのペルシャ兵を皆殺しにしている。
その戦いぶりは凄まじく、槍が折れれば剣を、剣が折れれば素手や歯で立ち向かい、近づく者を皆殺した。恐れをなしたペルシア軍の兵士が遠くから矢を放ち、ようやく全滅させられたという。
この日だけで、ペルシア軍は2万人の戦死者を出したとも伝えられている。
テルモピュライで足止めを食らいながらも、その後もペルシア軍はギリシア各地に侵攻。
しかし時間稼ぎが功を奏して軍備を整えたギリシア連合軍は、サラミスの海戦においてペルシア軍を撃破。
更に1年後のプラタイアの戦いで勝利を治めて後、ペルシア戦争は終結した。
レオニダス1世と300人のスパルタ兵による勇敢な戦いと壮絶な最期は、その後多くの人に語り継がれた。
その後の戦いにおいても、彼らを引き合いに出して発奮する将軍・兵士は少なくなく、また、レオニダスの首級はその最前線で見せしめにされたが、英雄の首というこの上なく士気を挫く筈の脅しは却って「我等の英雄の首を取り返せ」という怒りと義憤の燃料となってしまい、ギリシア連合軍の勝利に貢献したとされる。
テルモピュライは現在、テルモピュレと呼ばれている。
かつての激戦地にはレオニダス1世の像と共に、詩人・シモニデスが書いたと伝わる詩が、碑文として刻まれている。
関連作品
- 300(スリーハンドレッド)
- テルモピュライの戦いを題材にしたコミック、映画。
- Fate/Grand Order
- 個別記事→レオニダス一世(Fate/Grand Order)
- Assassin's Creed Odyssey
- 主人公の祖父として過去回想に登場。CV.中田譲治。
- 終末のワルキューレ
関連動画
ニコニコでは映画「300(スリーハンドレッド)」を基にした嘘字幕シリーズとして一角を築いている。
関連商品
外部リンク
関連項目
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