- プロ野球選手一覧 > ロベルト・ペタジーニ
ロベルト・ペタジーニ(Roberto Antonio Petagine、1971年6月2日-)とは、ベネズエラ出身の元プロ野球選手である。
概要
OB | |
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ロベルト・ペタジーニ Roberto Petagine |
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基本情報 | |
国籍 | ベネズエラ |
出身地 | ヌエバ・エスパルタ州 |
生年月日 | 1971年6月2日 |
身長 体重 |
185cm 84kg |
選手情報 | |
投球・打撃 | 左投左打 |
守備位置 | 一塁手、外野手 |
プロ入り | 1990年 |
引退 | 2010年 |
経歴 | |
選手歴 | |
プロ野球選手テンプレート |
MLB時代
1990年にヒューストン・アストロズと契約し、1994年にメジャーデビューを果たす。
ヤクルト時代
1999年、ヤクルトスワローズと契約。背番号は9。来日1年目から44本塁打を放ち、本塁打王を獲得。以降、毎年巨人の松井秀喜と熾烈な本塁打王争いを展開しした。
2001年には2度目の本塁打王を獲得、チームのリーグ優勝・日本一に貢献した。
2002年は41本塁打を記録したが、膝痛の悪化、高い年俸がネックとなり退団した。
巨人時代
2003年からは読売ジャイアンツに入団。背番号は13。一塁に清原和博がいたため外野手として起用され、9月14日にプロ野球通算8万号本塁打を記録した。
2004年は堀内恒夫監督の方針で清原と併用される。持病の膝痛の悪化もあり、規定打席に到達したが、29本塁打、84打点に留まる。さらに球団が清原の残留、自身の守備難がネックとなり退団した。
巨人退団後
その後、ボストン・レッドソックス、シアトル・マリナーズ、LGツインズでプレー。
ソフトバンク時代
2010年4月15日、福岡ソフトバンクホークスが獲得を発表。背番号は16、6年ぶりの日本球界復帰となった。
小久保裕紀の戦線離脱によって5月末に一軍登録されると、主に一塁手・指名打者として起用された。小久保の復帰後は指名打者で松中信彦と併用され、三振や併殺も多いが、サヨナラ本塁打を2本放つなど、ここぞの場面で活躍してリーグ優勝に貢献した。しかしオフにはチームの大型補強の煽りを受ける格好になり、退団。
プレースタイル・人物
- ヤクルト・巨人に所属した6年間で通算打率.317、223本塁打、594打点という数字を残しており、通算出塁率.446、通算OPSは1.079と、紛れもなく日本プロ野球史上に残る最強助っ人のひとりである。また、肩の強さに定評があり、ヤクルト時代はゴールデングラブ賞を3回受賞している。巨人では外野を守ることが多かったが、強肩自体は健全だったもののコントロールが悪かったため関連動画にあるようにネタにされることが多かった。
- プレーと並んで彼を有名にしたのが、馴れ初めは友達のお母さんだったという、実に25歳年上の妻・オルガ夫人への愛妻家ぶりである。練習中だろうがところかまわず熱烈なキスをする二人の姿は
ちょっとしたグロ、多くのメディアに取り上げられた。2010年の再来日時にはオルガ夫人は既に還暦を越えているが、そのアツアツぶりは相変わらずであった。この事から、「極端な熟女趣味の男」「極端な年の差カップル」などを例えて「ペタジーニ」と呼ばれることも多く、ニコニコ動画ではそういった意味で「ペタジーニ」というタグが動画に付けられる事もある。
応援歌
球団 | レス | No | プレイヤー |
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ヤクルト | 応援歌のピコカキコ一覧#1044 | 12192 | |
巨人 | 応援歌のピコカキコ一覧#783 | 11104 | |
ソフトバンク | 応援歌のピコカキコ一覧#1033 | 12144 |
成績
通算打撃成績
通算:16年 Total |
試 合 G |
打 席 PA |
打 数 AB |
得 点 R |
安 打 H |
二 塁 打 2B |
三 塁 打 3B |
本 塁 打 HR |
打 点 RBI |
盗 塁 SB |
犠 打 SH |
犠 飛 SF |
四 球 BB |
死 球 HB |
三 振 SO |
併 殺 打 GDP |
打 率 AVG |
出 塁 率 OBP |
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MLB:7年 | 242 | 438 | 366 | 48 | 83 | 17 | 1 | 12 | 54 | 1 | 3 | 2 | 63 | 4 | 103 | 11 | .227 | .345 |
NPB:7年 | 837 | 3496 | 2830 | 545 | 882 | 149 | 3 | 233 | 635 | 24 | 0 | 18 | 609 | 39 | 622 | 71 | .312 | .438 |
KBO:2年 | 183 | 757 | 604 | 91 | 204 | 33 | 1 | 33 | 135 | 3 | 0 | 7 | 137 | 9 | 96 | 12 | .338 | .462 |
タイトル・表彰・その他
タイトル | |||
---|---|---|---|
NPB | 最多本塁打 | 2回 | 1999年、2001年 |
最高出塁率 | 2回 | 1999年、2001年 | |
最多打点 | 1回 | 2001年 | |
表彰 | |||
NPB | 月間MVP | 3回 | 1999年7月、2001年4月・5月 |
ベストナイン | 4回 | 1999年-2002年 | |
ゴールデングラブ賞 | 3回 | 2000年-2002年 | |
その他 | |||
NPB | オールスターゲーム出場 | 3回 | 1999年-2001年 |
関連動画
関連コミュニティ
関連項目
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