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- 「七 ヘルム峡谷」[1] |
『ロード・オブ・ザ・リング/ローハンの戦い』(The Lord of the Rings: The War of the Rohirrim)とは、アメリカ・ニュージーランド・日本制作による2024年のアニメーション映画である。
原案:J・R・R・トールキン、監督:神山健治。
なお、当記事で原作『指輪物語』に触れる際には、原則として評論社最新訳(2022~)に基づく。
概要
J・R・R・トールキンのファンタジー小説『指輪物語』に基づくアニメーション映画。 『指輪物語』本篇を補完する附録(「追補篇」)に記述されているトールキンの作品世界「中つ国」の歴史を原案として、実写映画「ロード・オブ・ザ・リング」三部作より200年前[2]、馬乗りの国ローハンに訪れる空前の危機を描く。 ストーリーや脚本、製作総指揮といった中核スタッフには、フィリッパ・ボウエン、フラン・ウォルシュ、ピーター・ジャクソンなど「ロード・オブ・ザ・リング」「ホビット」実写両三部作の主要メンバーが再集結。アニメーションとして作るにあたり、監督には日本の神山健治が招聘された。デザインや美術面でも実写三部作を全面的に踏襲しており、アニメーションでありながら実写三部作と地続きの世界観が作り上げられている。 文献学者を本業とするトールキンの作品の日本語翻訳にあたっては、作中の単語の扱いの複雑さのために精緻な仕事が求められてきた過去があるが、本作では「翻訳助言」として辺見葉子、伊藤盡、高橋勇といった日本の名だたるトールキン研究者が名を連ねている。 |
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原案
本作のストーリーの原型は、『指輪物語』の附録(日本語版では「追補篇」として刊行)に収録された、中つ国の各王国の歴史を記す「王たち、統治者たちの年代記」のうちローハン(マーク)の王国とエオル王家の歴史を語る章より、第九代、ヘルム王の事績を記した一節である。 このヘルムについては、『指輪物語』本篇中ではローハン史上の英雄としてわずかに触れられているにすぎないが、記事冒頭に引用したように、その名前だけでローハンの民を勇気づける。『指輪物語』の第二部「二つの塔」で戦いの舞台となり、映画『ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔』のクライマックスにもなったローハンの城塞「角笛城」のある地「ヘルム峡谷(ヘルムズディープ)」も、このヘルム王から取られた名である。『指輪物語』の特徴である、物語の背景にある中つ国の奥深い歴史をさりげなく垣間見せ、読者の想像をそそる魅力的な描写のひとつといえよう。 とはいえ、原典はあくまで本項に引用しているような「年代記」すなわち巨視的な通史の一節である。トールキンは歴史の流れとヘルム王の人物像を物語るごく一部の詳細をこそ記したが、周辺の人物やこのとき起きたはずの出来事の多くを語らず、その記述は日本語訳文庫版で5ページ程度でしかない。本作は、「追補篇」の記述をもとにしつつ、詳細を補完して作り上げられたものである。 |
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製作
構想と制作本作製作の中核となったフィリッパ・ボウエン(「ロード・オブ・ザ・リング」「ホビット」実写両三部作で脚本)は、「ホビット」三部作ののち『指輪物語』をアニメーション、特に日本的なアニメとして映像化する構想を抱いていた。そこで当時『ブレードランナー:ブラックロータス』で日本国外作品とも関わりがあり、ストーリーテリングにも強みのあった神山健治が監督に推挙され、ボウエンからは人間の内面的葛藤が物語を動かす日本アニメに適した題材として、冥王サウロンや一つの指輪が直接関与しない、あくまで人間の物語である本作が提案された。 アニメ制作にあたっては、神山が全編の絵コンテを担当し、あくまで日本アニメ的な2D手描き作画のスタイルにこだわった。『指輪物語』のなかでも騎馬の国ローハンを舞台にするだけあって、2000の騎兵と5000の歩兵が戦うなど、とにかく大量の「馬」(馬の作画はとにかく大変なことで有名。本作でも「馬を描く」必要はかなりプレッシャーになったようである)とアクションのシーンの膨大さが特徴だが、これもすべてCGではなく手描きアニメで制作された。 そうした作品をわずか2年(最終的に2年半)の制作期間で制作するにあたり、はじめに全編をモーションキャプチャーで収録したうえ、簡易な3DCGアニメ化して編集し、そのラフ映像をもとに改めて作画するという三段階の手法がとられた。神山いわく「映画を3回撮った感じ」というこの手法により、多彩な服装の兵士や複雑な甲冑の動きを描き起こす際の負担が軽減されただけでなく、テンポやライティングの事前確認ができるなど制作上の大きな効果があったという。 主人公ヘラトールキンの原作では、出来事のきっかけとして「ヘルムの娘」の存在が触れられるのみである。その役割の重要性にもかかわらず、彼女には親兄弟と異なり名前もなく、辿った運命も定かではない。だが、ヘルムの物語を描くにあたっては、事態の当事者ながら歴史に名を残さなかったこの「ヘルムの娘」こそ、ヘルムの運命を見守り、記録に残らない活躍で貢献する主人公としてもっとも適任と考えられた。 彼女に与えられたキャラクター名ヘラHéraは、いずれもHで始まる親兄弟の名(ヘルムHelm、ハレスHaleth、ハマHáma)と一致するよう考案されたものである。Hで統一しようと考えたのはボウエンで、名前を思いついたのはフラン・ウォルシュ(本作の製作総指揮。実写両三部作で脚本・製作等)とのこと。 ボウエンはヘラをスーパーヒーロー的なウォリアープリンセスにならないよう、男親に育てられておてんばで勇敢、しかし傷つき挫折することもある、魅力的な等身大の王女として描いた。神山は、原作『指輪物語』で“盾の乙女”として活躍した後代のローハンの姫エーオウィン(エオウィン)の格を落とすことをおそれ、印象が被らないように注意したと語っている。 ヘラの人物像は、10世紀初頭にイングランドのマーシアを統治した貴婦人エゼルフレッド(アルフレッド大王の娘)から着想を得ている。アングロ=サクソン期のマーシアは言語や文化など少なからぬ点でローハンのモデルとなっていることが指摘され、ローハンの自称のひとつであるMark(マーク、辺境国。古英語mearc)とマーシアMerciaは語源も同じであるなど、ローハンとの縁が深い。 実写作品との関係本作はアニメではあるが、その製作体制などからわかる通り、明確に「ロード・オブ・ザ・リング」と「ホビット」の実写三部作の延長線上に存在する。 その性質がもっとも視覚的に出ているのが美術デザインで、映画にも登場した王都エドラスや角笛城(ホーンブルグ)など、風景はアニメながら実写三部作のローハンと地続きになるよう徹底されている。実写の中つ国さながら(というかロケ地であるニュージーランドのマウント・サンデー周辺さながら)のローハンの平原が広がる冒頭シーンはファン感涙もの。スタッフ面でも両三部作でコンセプトデザイナーを務めたアラン・リーとジョン・ハウや、武器類をデザインしたウェタ・ワークショップが参加している。 また、「ロード・オブ・ザ・リング」実写三部作とをつなぐ橋渡しとして、実写三部作でローハンの姫エオウィンを演じたミランダ・オットーが同役を再演する。直接エオウィンが登場することはないが、本作のナレーションはエオウィンが語り聞かせる物語の体裁を取っている。音楽は「ホビット」三部作に音楽編集として参加したスティーブン・ギャラガーが担当し、「ロード・オブ・ザ・リング」三部作でハワード・ショアが作曲した印象的なローハンのテーマとライトモティーフも再使用されている。 製作中盤からは、実写三部作を監督したピーター・ジャクソンも製作総指揮として加わった。はじめ当人は「もうローハンには戻らない」と言っていたらしいが、三部作の長編映画を三作同時進行で撮る恐ろしい激務(本来バタバーおやじめいた体型のジャクソンが撮影中に激痩せしていた。終わった途端に原型に復帰した)を二回もやったのでさもありなん。もっとも、ジャクソンは2026年公開予定のゴラム(ゴクリ)の映画のプロデューサー陣にも入っている。 |
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あらすじ
中つ国に危機が訪れ、「一つの指輪」が滅ぼされた指輪戦争から200年ばかり前のこと。 時はローハン第9代、ヘルム王の世。傲岸不遜な西境の領主フレカが王都エドラスを訪れ、王の一人娘ヘラを自分の息子ウルフと結婚させるよう要求してきた。王を王とも思わぬフレカの態度を見たヘルムは拒否し、怒るフレカと徒手決闘に及ぶ。だが図に乗ってヘルムを打ち据えていたフレカは、反撃の拳ひとつで昏倒し、あっさりと息絶えてしまった。愕然とするヘルム。悲しみと怒りに震え剣を向けるウルフを、ヘルムは追放に処して事を収める。ウルフはヘルムとローハンへの復讐を誓って闇へ駆け去った。 ヘラは幼馴染であるウルフの行方を気にかけたものの、彼の消息は杳として掴めない。だがしばらく経って、ヘラは偶然の導きによってウルフと再会する。西の捨てられた要塞アイゼンガルドに、国境の向こうの異民族ダンレンディングの大軍を集めている彼が語る目的は、ヘルムを苦しめて殺し、ローハンの王座を奪うことだった。危うくウルフのもとを逃れたヘラは、王都に駆け戻り危急を告げる。ローハンに強力な外敵が迫っているのだ。 |
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ローハンについて
中つ国北西部に位置する、大河と山脈にはさまれた広大で肥沃な平原を国土とする王国。国民は生来勇猛にして率直、馬を愛するすぐれた乗手として知られ、強力な騎馬軍団を擁している。 本作より200年あまり前、北方から駆けつけて南方の大国ゴンドールの危急を救った“青年王”エオルが、両者の永遠の友情のあかしとして人口希薄なゴンドール北部の平原地帯を譲られ、民とともに移り住んで建てた国である。以来エオルの子孫が王位を嗣ぎ、本作当時では第9代、ヘルム。原作『指輪物語』や実写三部作における王セーオデン(セオデン)は、エオル王家第17代の王にあたる。 王都エドラスは南方国境をなす白の山脈のふもと、雪白川の流れに近い丘にある。西部、白の山脈に切れ込む谷間には、かつてゴンドール人が建てた古く強固な角笛城(ホーンブルグ)が王国危急の際の避難所となっている。北西の山すそにある半天然の要塞アイゼンガルドはゴンドールの主権のもとに残されているが、ほとんど放棄された状態。西方の辺境地帯である西境は、国境の向こうの褐色国(ダンランド)に住む異民族・褐色国人(ダンレンディング)の影響が強く、王権にまつろわない傾向が強い。 国名「ローハン」は「馬の国(horse-country)」を意味するシンダール語(エルフ語の一種)Rochandの転訛[6]。原題にある「Rohirrim(ロヒルリム、ロヒアリム)」は同様に「馬の司(horse-master)」を意味し、ローハン国人のことを指す。 |
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登場人物
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スタッフ
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関連動画
関連リンク
関連項目
脚注
- * J・R・R・トールキン、瀬田貞二/田中明子訳『最新版 指輪物語3 二つの塔[上]』、評論社、2022年。
- *映画作中に詳細な年代への言及はないが、原作の設定においてはほぼ260年前。宣伝関係では「183年前」という数字がしばしば使われるが、これは「ホビット」三部作から数えたものと合致する。
- *J・R・R・トールキン、瀬田貞二/田中明子訳『最新版 指輪物語7 追補篇』、評論社、2023年。
- *J・R・R・トールキン、瀬田貞二/田中明子訳『最新版 指輪物語7 追補篇』、評論社、2023年。
- *J・R・R・トールキン、瀬田貞二/田中明子訳『最新版 指輪物語7 追補篇』、評論社、2023年。
- *自称は騎士国(リダーマーク)、ないしマーク(辺境国の意)。これはローハン人のことばを古英語に訳した上で綴りを現代化した語である。
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