一つの花とは、1975年に発表された作品である。著者は今西祐行。
概要
小学四年生用の国語の教科書に掲載されている物語の一つ。当初は光村教育図書の教科書にのみ収録されていたが、文部科学省の選定で平成元年以降は全ての教科書に収録されるようになった。また本作は日本児童文学者教会の新人賞に輝いた経歴がある。
大東亜戦争中の厳しい耐乏生活を題材にしており、短編ながらも、涙を誘う物語に仕上がっている。小学生の頃に読んだ事のある諸兄も多いのではないだろうか。どうやら、子供よりも大人の琴線に触れるらしく、教師の方が涙をこらえていたという報告も、ちらほら聞こえてくるとか。
全体的な流れは変わらないものの、媒体によっては展開に若干のアレンジが加えられ、出征のシーンで駅のプラットフォームまで行かない短縮版も確認されている。時代の変化に合わせてか、ゆみ子やお母さんが美少女と化している場合も。
2015年7月3日、集英社みらい文庫から「一つの花 ヒロシマの歌」という戦争文学9作をまとめた欲張りセットが発売された。題名から分かるように本作品がメインに据えられている。
あらすじ
幼いゆみ子は、お父さんとお母さんの三人家族。ゆみ子はまだ片言しか喋れなかったが、よく「一つだけ、一つだけちょうだい」と言って、両親から物をねだっていた。
しかし今は戦時中(媒体によっては1944年夏と設定されている)。戦況は悪化の一途を辿り続け、日々ひもじい生活を強いられていた。それでも、優しいお母さんはゆみ子のために、自分の分を分け与えていたので、いつのまにか「一つだけ」が口癖になってしまった。お父さんはゆみ子を不憫に思った。「一つだけの幸せ」、でもこの子が大きくなる頃には、その幸せさえなくなってしまうかもしれないと……。
敗色が濃くなる中、体が弱いお父さんのもとにも遂に召集令状が届き、戦地へ送られる事となる。軍服に身を包んで出征するお父さんを、お母さんとゆみ子が見送りについていく。駅には他にも出征する人がいるようで時折勇ましい軍歌が聞こえてくる。プラットフォームでゆみ子を抱いたお父さんは軍歌を唄いながら気丈に振る舞う。しかし、お父さんが戦地に連れてかれる事を知らないゆみ子は、お父さんにも「一つだけちょうだい」と言ってしまう。教科書によってはお父さんの前でゆみ子がぐずり出したとも。
困ったお父さんは、プラットフォームの端っこで咲いていた一輪の花を取ると、それをゆみ子に渡した。その花はコスモスだった。
「ゆみ。さぁ、一つだけあげよう。一つだけのお花、大事にするんだよ。」
コスモスの花を受け取ったゆみ子。これがお父さんとの最後のやり取りとなる。お父さんは汽車に乗り込み、そして帰ってくる事は無かった。
10年後、ゆみ子の家の周りには沢山のコスモスが咲き誇っていた。ゆみ子は小さなお母さんとなり、お昼の食事を作ったり、スキップしながら買い物に出かけていく。彼女はお父さんの顔も、お父さんが居た事さえも覚えていない。それでも、お父さんから貰ったコスモスは確かに芽吹き、確かな繋がりがあった事を、暗示している。
戦争文学として
戦争で家族が引き裂かれる様子を鮮明に描いた物語として、終戦記念日が近くなると話題に挙げられる。
また、豊かな現代に生きる小学生たちには理解が難しいという意見もあり、指導する先生方を地味に悩ませている。実際ネットで「一つの花」と検索してみると教育要綱や指導方針等が多数ヒットする。物語は単純ながら、時代背景が複雑なところが小学四年生にとって難解たらしめる要因だろう。
児童文学研究者の宮川健郎氏は、その難解な内容から「児童文学として成功しているとは言えない」と指摘する一方、本作は「父親の物語」であるとし、子供の頃は何で名作扱いされているのか分からなかったが、自身が父親になった時に捉え方が変わったという。読んでいるうちに何故かこみあげるものを感じ、お父さんと自分を重ねて胸を突かれ、言葉を失ってしまったと語っている。
お父さんが送られた戦地については激戦区フィリピンだったとする説がある。レイテの戦いやマニラ防衛戦は凄惨を極めた戦闘だった上、生き残ったとしても山中でゲリラになるしかなかったため、リアルRisingstormな戦場で体の弱いお父さんは生き残れなかったのだろう。
お父さんが何故コスモスを贈ったかについても議論の的になっている。ちなみにコスモスの花言葉は「平和」。ゆみ子には平和な時代を生きてほしいという願いが込められていたのかもしれない。「ごみ捨て場のような所で」「忘れ去られたように咲いていた」コスモスは、軽視されていた当時の人々の命を比喩しているとの指摘や、コスモス(=一つだけの命)を大切にしなさいという意味が込められていると指摘する意見もある。
他にも文部科学省選定の11分短編アニメにもなっている。何種類か存在するようで、23分の作品も。
関連項目
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