三輪芳弘とは
三輪芳弘とは、2019年に創業125周年を迎えた老舗企業、興和株式会社の代表取締役社長を務める人物である。
興和株式会社前社長の長男として生まれ、父親の跡を継いだ。
社長就任後は、会社を海外進出させ、新事業の参入やミノムシの糸を使った製品の開発、新型コロナウイルス流行に伴うマスク不足への貢献などを行った。
三輪芳弘のプロフィール
三輪芳弘のプロフィールについては以下の通り。
| 名前(読み方) | 三輪芳弘(みわ よしひろ) |
|---|---|
| 生年月日 | 1955年10月30日 |
| 国籍 | 日本 |
| 出身地 | 愛知県名古屋市千種区 |
| 居住地 | 東京都大田区田園調布 |
| 最終学歴 | 慶応義塾大学大学院商学研究科卒業 |
| 所属法人 | 興和株式会社 |
| 家族構成 | 妻・息子・娘 |
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三輪芳弘の経歴
三輪芳弘の経歴については以下の通り。
| 1980年 | 興和株式会社に入社 |
|---|---|
| 1988年 | 興和紡績株式会社の取締役に就任 |
| 1989年 | 興和株式会社の常務に就任 興和新薬株式会社の副社長に就任(2019年に興和に吸収合併) |
| 1991年 | 興和株式会社の専務に就任 興和紡績株式会社の専務に就任 |
| 1993年 | 興和株式会社の副社長に就任 興和紡績株式会社の副社長に就任 |
| 1995年 | 興和株式会社の社長に就任 興和紡績株式会社の社長に就任 興和新薬株式会社の社長に就任(2019年に興和に吸収合併) |
| 2016年 | 日本一般用医薬品連合会の会長に就任 在名古屋タイ王国名誉総領事に就任 |
| 2019年 | 日本セルフケア推進協議会の代表理事に就任 |
三輪芳弘のこれまでの実績
三輪芳弘のこれまでの実績は以下の通り。
ミノムシの糸の技術開発
従来のシルク糸である蚕に比べて、糸の量産ができるミノムシの糸を工業製品などに使用できる技術を開発した。 防弾チョッキから電子部品まであらゆる物の素材として、実用化を目指している。
世界初「ミノムシ繊維の製品化」を達成
2024年11月、ミノムシが紡ぐ糸を独自の技術でシート状の繊維素材として仕上げることに成功した。
このシートを炭素繊維強化プラスチック(CFRP)などの素材と組み合わせることで、新たな複合材料の開発に踏み出す。強度や耐久性を高めた製品としてスポーツ用品メーカーなどと共同展開し、自動車・航空分野の部材利用も視野に入れている。
ミノムシ繊維を使った新ブランド「MINOLON」を立ち上げ、今後は生分解性プラスチックとの組み合わせによる環境配慮型の強化素材の開発にも力を入れる方針だ。[1]
海外進出
三輪芳弘の社長就任時には海外進出をほぼしていなかったが、現在では販売網と研究開発網を全世界に引いている。
名古屋の再開発
ナゴヤドームとネーミングライツ契約を結び、2021年1月より5年間、球場名が「バンテリンドーム ナゴヤ」となった。
コロナ禍の対応
コロナ禍でマスクの品薄状態が続く中、ガーゼマスクの生産を発表し、使い捨ての不織布マスクについても増産に向け設備投資を行った。
新型コロナウイルス感染症治療薬「イベルメクチン」の臨床試験を日本の企業で初めて開始した。2021年12月には、治療薬の早期実用化に向け、治験を開始している。
新薬の開発とグローバル展開
OTC医薬品の印象が強い興和株式会社だが、医療用医薬品の開発も行っている。
2003年7月に高コレステロール血症治療薬「リバロ」の製造承認を取得すると、2010年度にはリバロ錠単体の売上高が450億円を突破した。グローバル戦略品として位置付けられたリバロ錠は、米国・欧州・アジアを中心に販売され、国内外で高い評価を得ている。
2018年には多額の開発費用と15年の歳月をかけて開発した高脂血症治療薬「パルモディア」を発売し、リバロ錠に続くグローバル戦略品として海外での展開を進めている。
ドジャースタジアムで始球式を務める
2024年4月15日(日本時間16日)、米ロサンゼルスのドジャースタジアムで行われたナショナルズ戦前の始球式に、背番号「17」のユニホーム姿で三輪芳弘が登場した。
捕手役を務めた大谷翔平に向けてワンバウンドで投球すると、三輪は大谷の左肩を軽くたたき、試合での活躍を願う場面も見られた。
興和株式会社は、2024年4月からドジャースと複数年のパートナーシップ契約を結んでいる。
三輪芳弘の受賞歴
三輪芳弘の受賞・受章歴は以下の通り。
勲三等王冠章
勲三等王冠章は高官クラスに与えられる栄誉であり、タイ・日本両国の友好と相互理解の増進、そして経済・文化交流の発展に努める在名古屋タイ王国名誉総領事としての貢献活動が評価されている。
第74回 愛知県表彰
2022年11月、愛知県表彰条例に基づく「第74回愛知県表彰」を受賞した。
興和株式会社の代表として、長きにわたり薬業界の振興と発展に貢献してきたことが評価され、保健医療功労者として受賞している。
三輪芳弘の家族
三輪芳弘の祖父である三輪常次郎は、興和株式会社の前身の会社を再建し興和を創立した人物であり、父の三輪隆康も興和の前社長である。
三輪芳弘には妻と2人の子供がおり、息子の三輪尚巨は同社にて取締役執行役員を務めている。
また、三輪芳弘の弟である三輪晃裕も同社にて監査役を務めている。
三輪一族の家系図
三輪常次郎(服部商店を再建し興和を創立)
妻:大野千代子
├ 長男:三輪定治
├ 二男:三輪晴久
├ 三男:三輪隆康(三輪芳弘の父親)
├ 四男:三輪緑四郎(興和地所元社長)
├ 五男:三輪文男(興和新薬元取締役)
├ 長女:不明
└ 二女:三輪智子
三輪隆康(興和前社長)
妻:広瀬純子
├ 長男:三輪芳弘(興和現社長)
├ 二男:三輪晃裕(興和監査役)
└ 長女:三輪泰子
三輪芳弘(興和現社長)
妻:三輪恵子
├ 長男:三輪尚巨(興和取締役執行役員)
└ 長女:三輪有香
興和株式会社の会社概要
| 会社名 | 興和株式会社 |
|---|---|
| 創業 | 1894年12月25日 |
| 資本金 | 3,840百万円 |
| 売上高 | 743,197百万円(2023年3月期決算:連結) |
| 従業員数 | 7,865名(2023年3月現在:連結) |
| 本社所在地 | 愛知県名古屋市中区錦三丁目6番29号 |
| 事業内容 |
【商社部門】 【メーカー部門】 |
興和株式会社の事業内容
多様な事業を展開している興和グループだが、興和株式会社の事業領域は大きく、産業関連事業部、生活関連事業部、医薬事業部、ホスピタリティ事業部に分かれる。
産業関連事業部
エネルギー、環境資材、資源素材・化学素材、食品等、幅広い商材を扱っている。興和のネットワークを活かし、積極的な海外事業展開を行う。
生活関連事業部
綿布問屋として創業した興和が、創業以来長きにわたって扱ってきた伝統とノウハウを活かし、素材から最終製品までの企画提案・生産・販売を幅広く手がける。
日本市場だけでなく欧米市場にも繊維製品の販売を行い、「TENERITA」等のオリジナルブランドも展開。
医薬事業部
新薬の開発やセルフケア製品を手掛けている。一般用医薬品・ヘルスケア品・サプリメント、医療用医薬品の他、眼科医療機器や眼内レンズなどの医療機器の研究・開発・製造を行う。
国際戦略として、アメリカ・ヨーロッパ・アジアの海外事業所を拠点に、グローバルな医薬品事業を展開。
ホスピタリティ事業部
名古屋観光ホテルの運営で培った日本のおもてなし文化を海外でも提供。新しいブランド「ESPACIO」を展開し、リゾート開発・運営を戦略的にマネジメントしている。
外部リンク
- 三輪芳弘 | 日本通信百科事典 | Fandom
- 興和株式会社の三輪芳弘社長とは?経歴/学歴/家族/自宅まとめ
- 三輪芳弘代表 | 社長メッセージ | 興和株式会社
- 興和 - Wikipedia
- 三輪芳弘(興和社長)の経歴や家族構成!親の七光りとは言わせない実績!
脚注
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