上田綺世単語

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上田綺世(うえだ あやせ1998年8月28日 - )とは、茨城県水戸市出身のプロサッカー選手である。
ベルギージュピラー・プロ・リーグサークルブルッヘ所属。サッカー日本代表

182cm76kg。ポジションはFW(CF)。利き足は右足。

概要

プロ入り前

の4人家族で生まれ育ち、父親社会人チームサッカーをしており、元西ドイツ代表FWのユルゲン・クリンスマンに憧れて18番を付けていた。5歳のときに、父親の試合を観戦に行ったときにが八トリックを決めてチームが大逆転勝利をおさめると、チームを勝たせてヒーローになったの姿とそれを喜ぶ人々の姿をの当たりにし、「自分も点を取って周りを喜ばせるストライカーになりたいと」と幼いながらに思うようになりサッカーを始める。

小学校1年生のときに吉田ヶ丘サッカースポーツ少年団に入団し、本格的にプレーするようになる。ポジションと同じFWだった。サッカーに関してはから一切の妥協を許さない厳しい導をされ、そのを見返したい一心で当時は努を惜しまなかった。ただし、がなぜ厳しいことを言うのかを子供ながらに真剣に向き合っており、自分はどうすればいいのかを考えていた。

中学生になると、水戸市立第四中学校に通いながら鹿島アントラーズアカデミーである鹿島アントラーズノルテに在籍。地元の憧れのクラブである鹿島トップチームに昇格することを見て、日々練習に取り組んでいた。しかし、当時の上田身長170cm未満と同年代の子とべて体格が未熟だったこともありユースに昇格することができなかった。

15歳で挫折を経験するが、それでもプロになるを諦めず、高校茨城県の強校である鹿島学園高校に進学。いつか鹿島に戻るという反心を持ちながら、全体練習の終了後に毎日シュート練習を50本おこなうほど努を続け、県内ではその名を知らないというレベルの選手に成長。未熟だったフィジカルも2年生の頃には完成し、県リーグでは18試合で33得点を挙げ、プリンスリーグ関東参入戦では昇格決定戦で3得点と大暴れし、チームの昇格に貢献。3年生のときにはチームを全高校選手権へ導いている。

法政大学

高校卒業後は、法政大学に進学し、大学経由でのプロ入りをす。1年生のときから出場機会を得ると、2017年総理大臣杯で35mの距離からの圧巻のミドルシュート叩き込むなど、法政大の35年ぶりの優勝に貢献。さらに関東大学リーグの新人王にもいている。

2年生になった2018年には、インカレチーム優勝に導き、関東大学リーグではベストイレブンに選出。海外組もいるプロ選手に混じって東京五輪代表にも選出されるほどの選手となったこともありJリーグチームによる争奪戦が始まるが、2019年2月卒業後の2021年鹿島アントラーズへ入団することが内定する。

2019年7月には、ユニバーシアード日本代表として初戦のアルゼンチン戦で2得点を決める活躍を見せると、決勝のブラジル戦でハットトリックを達成し優勝に導く。そしてこれがアマチュアとしての最後の試合となった。

鹿島アントラーズ

大学3年生だった2019年7月23日法政大学サッカー部を退部し、内定していたJ1リーグ鹿島アントラーズに前倒しで入団することが発表される。7月31日J1第16節延期分の浦和レッズ戦に途中出場し、電撃加入から1週間でプロデビューを果たす。8月10日の第23節横浜F・マリノス戦においてJリーグゴール記録。初スタメンとなった第25節清水エスパルス戦では2ゴールの活躍を見せ、勝利に貢献。プロ1年ながらも13試合4得点という結果を残し、次世代のエースとしての期待が集まる。

2020年はエヴェラルドの加入もあってFWのポジション争いが化し、シーズン序盤は安定した出場機会を確保できずにいた。そんな中、7月18日J1第5節横浜FM戦でシーズン初スタメンの機会を得ると、このチャンスに2ゴールの活躍を見せて勝利に貢献。しかし5日後の第6節湘南ベルマーレ戦で右足を負傷し、1か以上の戦線離脱を余儀なくされる。復帰後も序列はFWの4番手にまで下がる苦しい立場となっていたが、およそ3かぶりのスタメンとなった10月21日の第33節ヴィッセル神戸戦で先制ゴールを決めて勝利に貢献。ザーゴ監督からの信頼も回復レギュラーを掴むと、シーズン終盤の浦和レッズ戦と清水エスパル戦では2試合連続2ゴールの荒稼ぎを見せ、シーズンゴール数が二桁の大台に到達する。

2021年背番号父親が現役時代に付けていたものと同じ18番に変更。Jリーグでは開幕から6試合連続ノーゴールが続くスタートとなったが、4月7日J1第8節柏レイソル戦でシーズンゴールを決めると、4月で3ゴール記録6月16日天皇杯2回戦Y.S.C.C.横浜ではプロ入り初のハットトリック記録。この年は、4月に右腕、6月に脚の付け根と二度の負傷に加え、東京五輪出場によって戦線離脱を繰り返したが、オリンピックから戻った以降はゴールを量産。8月25日の第26節清水戦では、振り向きざまの鮮やかなミドルシュートを決めている。9月26日の第30節セレッソ大阪戦で2ゴールを決め、2年連続での二桁ゴールに到達。最終的にリーグ戦14ゴールシーズン通算19ゴール鹿島エースストライカーと呼ぶににふさわしい結果を残す。

2022年2月19日J1開幕戦ガンバ大阪戦でチームシーズンゴール記録するなど2ゴールを決めて勝利に貢献。最高のスタートを切る。3月19日湘南戦ではドリブルで仕掛けてのミドルシュートというゴラッソを決め、ここからJ1リーグ3試合連続ゴール記録ベルギー帰りの鈴木優磨との強2トップ速機し、2月3月と連続でJ1MVPに選出される。

サークル・ブルッヘ

2022年7月1日ベルギー ジュピラー・プロ・リーグサークルブルッヘに4年契約全移籍することが発表される。背番号は「36」。
移籍後すぐにスタメンで起用されるものの、慣れないトップ下で起用されたこともあってリーグ開幕から調子があがらずにいたが、8月27日の第6節ワーレゲム戦で待望の初ゴールを決める。10月に入るとようやくチームフィットするようになり、10月21日の第14節シャルルロワ戦で移籍後初の1試合2ゴール記録W杯中断期間前の2試合では2試合連続ゴールを決める。2023年2月24日のスタンダール・リエージュ戦では試合終了直前に3試合連続ゴールとなる同点ゴールを決め、ゴール数が二桁の大台に到達する。

日本代表

東京オリンピック的としたU-21日本代表法政大学在籍時だった2018年の立ち上げ時からメンバー入りし、8月インドネシアで開催されたアジア競技大会では決勝トーナメントに入って3ゴールを決め、日本の準優勝に貢献。2019年3月22日U-23アジア選手権予選のマカオ戦では、ハットトリック記録森保一監督からこの世代のエースストライカー補として期待され、常連メンバーとなっていた。

2019年5月24日ブラジルで開催されたコパ・アメリカ2019に出場する東京オリンピック世代を中心に構成された日本代表に選出。当時はまだ大学3年生であり、大学生フル代表に選ばれるのはおよそ9年ぶりの出来事となった。6月18日の初戦であるチリ戦でスタメンに出場し代表デビューを飾り、グループリーグ3試合全てに出場。監督からは「アヤセ、タタカウヨー」という示を受けながら奮闘するが、訪れた決定機でシュートミスを何度も犯しノーゴールに終わる。日本代表の敗退後に集計されたデータでは暫定で大会中最も多くの5度の決定機を外しており、悔しい代表デビューとなった。この経験がプロ入りを前倒しする決断を後押しすることになる。

2021年7月に開催された東京オリンピックに出場するU-24日本代表メンバーに選出。しかし、6月下旬に負った脚の付け根の負傷のでコンディション調整が遅れたことに加え、大地の台頭もあって控えに回ることに。3位決定戦までの6試合全てに出場するがスタメンは1試合のみで満足な出場時間を得られずノーゴールで大会を終える。大会後、メダルを逃した戦犯として監督と共に批判の対となり、自身のWikipediaの記事が荒らされる事態となった。

2022年3月大迫勇也の負傷欠場もあり2022 FIFAワールドカップ アジア最終予選の最後の2試合を戦う日本代表メンバーに選出。久々フル代表での出場となったオーストラリア戦ではゴールは決められなかったが、途中出場で流れを呼び込み、日本ワールドカップ出場決定に一役買う。

2022年11月カタールで開催された2022 FIFAワールドカップ本大会のメンバーに選出される。グループリーグ第2戦のコスタリカ戦にスタメンで出場するが、ほとんど何もさせてもらえずに前半45分で交代。以降、出場機会は与えられなかった。

個人成績

シーズン クラブ リーグ 試合 得点
2019 鹿島アントラーズ J1 13 4
2020 鹿島アントラーズ J1 26 10
2021 鹿島アントラーズ J1 29 14
2022 鹿島アントラーズ J1 18 10
2022-23 サークルブルッヘ ジュピラーリーグ

プレースタイル

裏への抜け出しのうまさが武器ストライカーであり、スピードもあるがそれ以上に特徴的なのは世界レベルとも言われるオフ・ザ・ボールの動きのうまさにある。DFとの駆け引きを何度も行い、動きなおしを何度も繰り返してラインの裏へ飛び出すタイプである。カウンター時の、加速するタイミング、走り出す方向、ボールの要タイミングとすべてが完璧タイミングで行われる。

大柄な体格ながらも俊敏さに秀でており、一マークを引きはがしたり、相手の視界から消える動きからゴールを決める。パスの引き出し方もうまく、パサーとしては受け手として有りがたい選手である。足元の技術や高い身体も兼ね備えており、ワンタッチゴールのみならず、自ら仕掛けてのミドルシュートなどのゴラッソも多い。往年のストライカーであるドラゴンこと久保竜彦を彷彿とさせるスケールの大きさも感じさせる。

コパ・アメリカでは決定機を何度も外し、批判の対となったが、彼の自分でゴールチャンスを作って決定機に持ち込むそのものを評価する識者も多かった。プロ入り後はフィジカルレベルが成長し、課題だったポストプレー善されている。怪がちでコンディションが安定しないのが弱点。

エピソード・人物

幼少の頃に地元茨城クラブである鹿島アントラーズ黄金期を見ており、鹿島への憧れをずっと抱いていた。2019年7月法政大学サッカー部を退部し前倒しで憧れの鹿島に入団したが、大学そのものを中退したわけではなく、2020年度にちゃんと卒業している。

鹿島サポーターからの応援チャントJリーグ創世記に名ストライカーとして活躍した長谷川祥之のものを引き継いだものとなっている。鹿島の新たなエースストライカーとしてサポーターからそれだけ期待されているということだが、上田自身も鹿島の育成組織に在籍した時代にコーチだった長谷川導を受けている。自身も「導者としてお世話になった長谷川さんのチャントを重ねてもらえてうれしい」と話している。

マイペースな性格で、ピッチを離れると天然な一面がある。大学時代は、試合に必要なユニフォームやランニングシューズを忘れてくることがあった。また、大食いであることで知られ、好き嫌いなく何でも食べるが、「うどん大盛にカツ丼カツ丼」という半端ない量をらげている。

2022年2月9日、自身のSNSで、モデルの由布菜月結婚したことを発表。

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