概要
| ハンブルク・スティーラーズ #27 | |
|---|---|
| 久保康友 | |
| 基本情報 | |
| 国籍 | 日本 |
| 出身地 | 奈良県 |
| 生年月日 | 1980年8月6日 |
| 身長 体重 |
181cm 76kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打撃 | 右投右打 |
| 守備位置 | 投手 |
| プロ入り | 2004年自由獲得枠 |
| 経歴 | |
| プロ野球選手テンプレート | |
関西大学第一高等学校では3年春の選抜大会で準優勝。夏の甲子園大会ではベスト8だった。
松下電器に就職したが、故障に悩まされる。5年目から戦力となり、6年目からエースとなった。
2004年に自由獲得枠で千葉ロッテマリーンズに入団。背番号は16。
ロッテ時代
2005年(1年目)は東北楽天ゴールデンイーグルス戦でプロ初先発で初勝利・初完封を記録。その後は先発ローテーションの一角として定着し、10勝に到達し、新人王を獲得する。
2006年は防御率が良くならず、一場靖弘に次ぐ13敗を喫した。
阪神時代
2009年シーズン開幕前に橋本健太郎とのトレードで阪神タイガースに移籍する。背番号は34。なお、この当時ロッテは監督であったボビー・バレンタインの去就を巡りゴタゴタしており、このトレードもそれに関係するものではないかと言われている。
この年は無援護に苦しみながらも9勝8敗防御率3.73と1年目に次ぐ好成績を残した。ちなみに、7月14日の対中日ドラゴンズ戦において最年少での全球団勝利を達成している。
2010年は能見篤史や岩田稔などエース候補の投手がケガなどで多数戦列を離れる中、独りシーズンを通して奮闘。14勝5敗、勝率.737で最高勝率を獲得。実質的にエースであった。
2011年は脇腹痛の影響もあり後半には打ち込まれる場面が目立った。
2012年はリリーフ転向なども検討され、実際出てくると井口資仁に満塁弾を打たれたりとパッとしなかったが、7月以降は先発投手として、特に8月は5試合防御率1.08とかなりの好投を見せた。ただし館山昌平など好投手と投げ合うことが多く勝ち星には恵まれなかった。
2013年は藤川球児に変わるストッパーに転向。太ももの故障から復帰後はセットアッパーに転向した。
DeNA時代
2023年オフにFA宣言し、横浜DeNAベイスターズに移籍した。背番号は27。
2014年は再び先発へ転向し、8月終了時点で11勝をマーク。9月も好投を続けたものの勝ち星に恵まれず、結局12勝でシーズンを終えたが、2010年以来の二桁勝利となった。
2015年は開幕投手を任される(4回3失点で負け投手)。その後も先発として登板を続け7月13日の読売ジャイアンツ戦で通算1000奪三振を達成したが、8月下旬に肩痛を訴え二軍落ち、そのままシーズンを終えた。規定投球回には到達しなかったものの、8勝7敗とまずまずの結果を残す。
2016年は8月24日の阪神タイガース戦で通算1000投球回を達成したが、15試合の登板で5勝8敗と負け越した。
米独立リーグ時代
2018年はアメリカの独立リーグであるアメリカン・アソシエーションのゲーリー・サウスショア・レイルキャッツと契約。7月にはアトランティック・リーグのシュガーランド・スキーターズに移籍した。
関西独立リーグ時代
2022年シーズンから関西独立リーグ(2代目)の兵庫ブレイバーズに入団することが決まった。逆オファーだったという。海外でのプレイを視野に入れている。
海外リーグ時代
2022年12月24日にはドイツのハンブルク・スティーラーズへの入団が発表された。
プレースタイル・人物
契約更改が遅いことでも知られている。2010年の契約更改は翌年まで長引いたのだが、一説には、契約の条件が原因との見方もある。ただ、真相は分からない。
多彩な変化球と、1秒を切るとも言われるクイックモーションが武器であり、2010年度には規定投球回数に達した選手の中では唯一、盗塁をされていない。(盗塁企画数は1)。
成績
年度別投手成績
| 年 度 |
球 団 |
登 板 |
先 発 |
完 投 |
完 封 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ | ブ |
ホ | ル ド |
勝 率 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2005年 | ロッテ | 19 | 18 | 5 | 3 | 10 | 3 | 0 | 0 | .769 | 121.2 | 120 | 13 | 26 | 6 | 84 | 5 | 52 | 46 | 3.40 |
| 2006年 | 23 | 22 | 1 | 0 | 7 | 13 | 0 | 0 | .350 | 140.1 | 153 | 11 | 32 | 11 | 119 | 1 | 73 | 71 | 4.55 | |
| 2007年 | 21 | 19 | 2 | 0 | 9 | 8 | 0 | 2 | .529 | 128.1 | 139 | 11 | 11 | 8 | 82 | 6 | 62 | 57 | 4.00 | |
| 2008年 | 33 | 12 | 1 | 0 | 4 | 7 | 0 | 7 | .364 | 91.0 | 104 | 10 | 33 | 6 | 70 | 5 | 52 | 50 | 4.95 | |
| 2009年 | 阪神 | 26 | 24 | 1 | 1 | 9 | 8 | 0 | 0 | .529 | 151.1 | 140 | 14 | 50 | 16 | 113 | 9 | 66 | 63 | 3.75 |
| 2010年 | 29 | 29 | 4 | 1 | 14 | 5 | 0 | 0 | .737 | 202.1 | 183 | 22 | 45 | 12 | 158 | 4 | 75 | 73 | 3.25 | |
| 2011年 | 20 | 20 | 0 | 0 | 8 | 8 | 0 | 0 | .500 | 109.2 | 108 | 10 | 36 | 4 | 73 | 0 | 53 | 46 | 3.78 | |
| 2012年 | 18 | 16 | 1 | 0 | 4 | 7 | 0 | 0 | .364 | 108.0 | 99 | 7 | 25 | 5 | 65 | 2 | 31 | 28 | 2.33 | |
| 2013年 | 44 | 0 | 0 | 0 | 3 | 4 | 6 | 11 | .429 | 53.2 | 48 | 4 | 17 | 2 | 46 | 2 | 19 | 17 | 2.85 | |
| 2014年 | DeNA | 28 | 28 | 2 | 1 | 12 | 6 | 0 | 0 | .667 | 178.1 | 181 | 8 | 54 | 11 | 119 | 12 | 68 | 66 | 3.33 |
| 2015年 | 21 | 21 | 2 | 1 | 8 | 7 | 6 | 0 | .533 | 122.1 | 130 | 16 | 27 | 5 | 88 | 3 | 64 | 56 | 4.12 | |
| 2016年 | 15 | 15 | 1 | 1 | 5 | 8 | 0 | 0 | .385 | 96.1 | 102 | 5 | 28 | 3 | 80 | 4 | 44 | 38 | 3.55 | |
| 2017年 | 7 | 7 | 0 | 0 | 4 | 2 | 0 | 0 | .667 | 37.0 | 46 | 6 | 14 | 0 | 33 | 1 | 30 | 22 | 5.35 | |
| NPB:13年 | 304 | 231 | 20 | 8 | 97 | 86 | 6 | 20 | .530 | 1540.1 | 1553 | 137 | 398 | 89 | 1130 | 54 | 689 | 633 | 3.70 | |
タイトル・表彰・記録
| タイトル | ||
|---|---|---|
| 最高勝率 | 1回 | 2010年 |
| 表彰 | ||
| 新人王 | - | 2005年 |
| 月間MVP | 2回 | 2005年6月、2010年6月 |
| その他 | ||
| 全球団勝利 | - | 2009年7月14日 |
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関連項目
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