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事実単語

ジジツ

事実(じじつ)とは、際に起こった哲学的な事実物理的な事実など様々な分野で捕らえ方が変わる。

概要

事実はあらゆる現に対し客観視点から認定されるものであり、現実として観測したものの言が事実そのものである。しかし事実 = 真実であるとは限らず、事実真実を見誤った結果は往々にして存在する。

人間一人一人みその大きさや仕組みは違う。なので、物事の概念の捉え方も変わるためかにとっての事実だと思っていた内容は他人からは事実に見えない場合もある。

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ページ番号: 4393182 リビジョン番号: 1810218
読み:ジジツ
初版作成日: 10/06/20 19:50 ◆ 最終更新日: 13/05/11 16:39
編集内容についての説明/コメント: 冒頭に据えないのであればないほうがいい
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事実について語るスレ

92 : ななしのよっしん :2018/10/07(日) 17:10:53 ID: 0e36oUu2Qb
>>91
ここであえて言うならば「常識
93 : ななしのよっしん :2018/10/10(水) 02:28:29 ID: LqDJeycIgX
>>92
それだと結局、多数決こそ客観性の根底であり事実を保障する手段と言う事になるのでは。

しかし既存の常識が、今日のより真理に近しいと考えられる思想や理論を排除する例は、幾つも見られる。

常識客観性の根拠としては不安定に過ぎるだろうと思うが。
94 : ななしのよっしん :2018/10/12(金) 11:24:00 ID: 0e36oUu2Qb
>>93
常識事実を保障するが、真理の原理には影を及ぼしえない。
また常識の根底には多数決は含まれていない。

そもそも多数決とは具体性を持つ行為に過ぎない。
喩的にこの言葉を用いるにしても限度がある。
95 : ななしのよっしん :2018/10/16(火) 19:01:29 ID: LqDJeycIgX
成程、根本的に「事実」と言う概念の解釈が違う感じですね。
宇宙法則それ自体や、文章の意図と意味等推測するしかない領域にある、絶対不変な物を真理と呼んでいたのですが、もしかしたらここも解釈が異なるのかも知れません。

自分の主観に過ぎませんが、一般的には事実とは「時代をえてにも真実と捉えられる物」であり、「観測可な事それ自体」だと考えていました。

しかしあなたは、時間軸や集団単位での真実性の否定は、事実性を否定する物ではないと考えている様に思えます。

一つ異論があるのですが、「常識の根底には多数決は含まれていない」と言うのは理に合わないのでは。
常識と言うのは、個人、集団それぞれに存在する物であり、個人の常識に照らして客観性を保する事は出来ないのは言うまでもないはず。
かといって、集団における常識は同集団内の多数の暗黙の支持が在って成立する物では?
観測出来るかや集団の範囲はともかく、これを多数決と表現する事はそう間違いではないと思うのですが。
96 : ななしのよっしん :2018/10/22(月) 16:21:19 ID: 0e36oUu2Qb
>>95
そう結論を急ぐことはないだろう。

さて
観測とは有限であり、時代や社会越しない。それゆえに事実もこれを越できない。
観測可であるかどうかは観測してみるまで分からない。だから観測“できる”ではなく、観測“できた”と言うしかないのだ。
逆に真理は時間や社会性を越する。観測(=経験)に依拠していないからである。


>一つ異論があるのですが、「常識の根底には多数決は含まれていない」と言うのは理に合わないのでは。

異論とは言うが、その論の中には「含まれている」というも「そう表現すべき」という理も見当たらないのだが。
深入りする気はないがここであえて事実常識の共通点、そして常識と多数決の相違点を考えるならば、意志とは関係に成立するという点だろうか。
97 : ななしのよっしん :2018/10/23(火) 18:31:47 ID: LqDJeycIgX
>>96
相は触れる事が出来ぬ物、推し量るしかない物という点では一致していても、個々の単の用法に隔たりがあると感じます。

常識の成立過程において、多数者による数の視し得ない物だと思うのですが、まあ専門ではないのでこれ以上は掛け論でしょうね。
98 : ななしのよっしん :2018/10/24(水) 19:25:42 ID: 0e36oUu2Qb
>>97
論点を把握できていないのがそもそもの問題。
しかし哲学的な議論において専門的な知識は不要ではあるが、批判的思考を養うために“慣れ”が必要なのも事実であろう。
だが「結局は人それぞれ」とか「専門でないから~」と言うのは論外。思考停止にほかならない。

まぁ、着眼点は悪くなかった。内容も古典的な懐疑論に近い。
多数決々はお粗末だが。
99 : ななしのよっしん :2018/10/30(火) 01:27:56 ID: LqDJeycIgX
>>78
論点と言うか、以前もあった「現=事実説」と「認識=事実説」の衝突でしょう。
どちらも正しいとする辞書もあるようです。

自分としては、上の文章の意味が何かを示していたとして、それを知る事は不可能である、違う言い方をすれば現の共有不性が本題なので、「事実は認識の産物」と言う最初から共通化から離れた定義だとそもそも触れる必要がないのですよね。
100 : ななしのよっしん :2018/10/30(火) 01:29:45 ID: LqDJeycIgX
>>99
すいません正しくは>>98宛です。
101 : ななしのよっしん :2018/10/31(水) 19:55:19 ID: 0e36oUu2Qb
>>99
それを私に伝えて何を望むのか。
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