仙波隆綱単語

センバタカツナ

仙波隆綱とは、イラストレーターである。

概要

昭和37年(1962年)生まれ。

昭和56年(1981年)にアニメ業界に入り、原画、演出、作画監督などを務めた。な作品は『プロゴルファー猿』『きの』『ホワッツマイケル』『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』など。

平成元年(1989年)、右手の不調をきっかけにアニメーター職を離れ、タイトーに入社しゲームの開発者に転身。企画職を希望していたにも関わらずキャラクター部門に配属されるが、後に会社に掛け合い企画も担当する様になる。
企画マンとしての初仕事は『ダライアスII』で、ゲームデザイン補佐としてキラーヒジアやヤマトといった印深いボスキャラクターを考案。以降もSTG作品に携わり、『バトルシャーク』や『マジェスティックトゥエルブ』等の仕様修正を行った。
そして、平成2年(1990年)からは後述する「プロジェクトガンフロンティア」(『ガンフロンティア』『メタルブラック』)に着手。その演出重視な作りは、後のタイトーSTGの作に少なからぬ影を与えた。

平成4年(1992年)、ダイレックス』の開発を最後にタイトーを退社。以後はフリーイラストレーターとして活動中。

尚、過去には仙波自身によるタイトー時代の回想録がホームページ上で開されていた。現在ドメインサービス終了に伴いサイト自体が消滅してしまったが、アーカイブサイトで見る事は可。"ゲームクリエイター"という、一見やかに見える職業舞台裏に潜む残酷物語には一見の価値がある。

プロジェクトガンフロンティア

仙波企画デザインプロデュース・ディレクション等を一手に手掛けたSTG開発プロジェクト。小規模な開発チームかつ外注並の低予算ながら初作である『ガンフロンティア』、そして第二弾となる『メタルブラック』を作り上げている。二作に世界観的な繋がりはないものの、演出に富んだ作りである点や、F2システムの性を最大限引き出したグラフィック、正面へのみ放たれるショットアイテムを蓄積し放つボンバーとで構成された自機など、共通要素は多い。
仙波回想録によれば、このプロジェクトを通じ、タイトー社内に低コストテーブルシューティングコンスタントに開発出来る環境を整備する事を狙ったものの、周囲の理解を得られぬまま頓挫、プロジェクト解散に至ったとしている。

尚、1992年に発売された恐竜格闘ゲームダイレックス』がプロジェクトガンフロンティア第三弾として紹介される事が多かったが、2011年になって公式的にダイレックスは正式なプロジェクトガンフロンティア三部作ではない」アナウンスされた。

ガンフロンティア

1990年発売の縦スクロールSTG仙波自身初となるオリジナル企画作品。
仙波自身は「一般大衆向け」を意識して開発していた様だが、ショットの連射等で難易度がどんどん上昇していくシステム(考案したのは他のスタッフ)の存在により、結果的にはその方向性から逸れてしまった感がある。一方、西部劇とSFが混合したヒロイック世界観や手な演出の数々は好評を博した。

メタルブラック - PROJECT GUN FRONTIER 2

1991年発売の横スクロールSTG企画自体はガンフロンティアより先に作成されており、素案当初はダライアスII等で使用された二画面筺体用のゲームだったらしい。
「一般大衆向け」を向したガンフロンティアとは対照的に当初より「マニア向け」を狙って開発されており、その作り込まれた世界観と奇抜な演出の数々は今尚異を放っている。

ガンフロンティア3(仮) - 没作品

本来ならば「PROJECT GUN FRONTIER 3」の名を冠するだったであろう作品。
一般筺体向けのフロントビューSTGで、かなり実験的な内容になる予定だったという事が仙波の口からられているが、詳細は不明。プロジェクト解散に伴い開発中止となった。

余談

関連動画

関連商品

「『メタルブラック』を創った男」と題した仙波ロングインタビューを掲載。「ゲームの流儀」にも再録されている。

関連項目

関連リンク

【スポンサーリンク】

スマホ版URL:
https://dic.nicovideo.jp/t/a/%E4%BB%99%E6%B3%A2%E9%9A%86%E7%B6%B1

この記事の掲示板に最近描かれたお絵カキコ

お絵カキコがありません

この記事の掲示板に最近投稿されたピコカキコ

ピコカキコがありません

仙波隆綱

1 ななしのよっしん
2011/12/31(土) 00:16:04 ID: zbFmnZOV20
おお…ついにこの御方の記事が…
νガンのメカ作画をほぼ一人でやったって本当なのかな?
2 ななしのよっしん
2012/01/02(月) 09:17:21 ID: SjAHNpC8B5
アニメーターとしてよりもゲームの開発者だったというイメージのほうが強い
3 ななしのよっしん
2014/11/29(土) 22:54:13 ID: XYrRQMbpQq
サイト覗いたら当時のタイトーの現場がひどすぎて引いた・・・
4 ななしのよっしん
2016/12/29(木) 09:46:59 ID: ejSB0Ba0sf
仙波氏のいたころのタイトーはすでに企業として末期だったんだな…
という感じが、滲み出てくる有り様であった>サイト文を読んで

実際はあれでも大分オミットした表現になっているのだろう…
スペースインベーダーで一躍名を馳せた企業も、からなくなってしまえばこんなもんなのか…

急上昇ワード