伊藤みどりとは、東洋人で初めて世界殿堂入りした元フィギュアスケート選手である。
概要
1969年生まれ、愛知県名古屋市出身。3歳からスケートを始め、10歳の頃から山田美知子コーチの師事を受けるようになる。同時にコーチの自宅での下宿生活を始めスケート漬けの学生生活を送る。東海女子高校(現:東海学園高校)卒、プリンスホテル所属。よく詳しいキャリアに関してはWikipediaを参照。
日本人で初めて世界選手権で優勝(後に佐藤-荒川-安藤-浅田と続く)。彼女を語る際、とかく女子で初めて成功させたトリプルアクセルや3回転-3回転を持ち出されるが、それは彼女の魅力のほんの一部分でしかない。伊藤の特筆すべき点は、スピードやパワーを用いた全く新しいフィギュアスケートを提示した事で、1988年のカルガリー五輪での演技は、女子フィギュアスケート史の転換点といえる。
海外ではその殿堂入りが示す様にリスペクトされているが、肝心の日本国内では間違った認識が長年に亘って流通し続けており、それが伊藤本人を苦しめている。「欧米の選手に比べルックスやスタイルが悪く、優雅さに欠けた為芸術点は低かったが、それにジャンプで対抗し打ち勝った。」-このような伊藤評である。それを証明するかの様に、先日放送されたNHKの「スポーツ大陸」の内容も同一であった。
しかし、これは全くの嘘であり、日本人特有の欧米コンプレックスがそういう嘘を蔓延させていると考えられる。そもそもルックス等で減点された事実はなく、そのルックス自体も揶揄されるのは国内においてのみである。世界チャンプになるまでは芸術点が技術点に比較して低かったのも事実であるが、その理由は「スタイル」や「優雅さの欠如」等ではなく、「規定」での順位が著しく悪く、滑走順が悪かった(早かった)のがその理由である。
1988年までの世界選手権や五輪での規定の順位の最高位は10位であり、優勝した89年の規定順位は6位、この大会で初めてFPを最終グループで滑り、芸術点は「5.9」「5.8」のみで埋め尽くされた。翌シーズンのNHK杯のFPでは、その芸術点で満点の6.0を獲得している。これは日本人では彼女だけである。
そして、美しいスケーティングやハートのこもった演技、どんな曲も自然に表現できる事も特徴として挙げられる。また、過去の演技がいつまでも瑞々しく色褪せない、という点は他の選手と決定的に違う点であり、忘れてはならないだろう。
現在もスケートに対する情熱は衰えておらず、2023年と2024年には国際アダルト競技会のマスターエリート・アーティスティック部門を連覇。フィギュアスケート界のレジェンドとして活動を続けている。
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関連項目
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