佐藤龍之介(さとう りゅうのすけ、2006年10月16日 - )とは、日本のサッカー選手である。
J1リーグのFC東京所属。サッカー日本代表。
概要
東京都西東京市出身。FC東京の下部組織育ちで、高い技術と運動量を武器に16歳でプロデビューし、2025年にはファジアーノ岡山で活躍し、この年のJ1リーグベストヤングプレイヤー賞に選出され、18歳237日で日本代表に選出されるなど一躍ブレイク。
各年代の日本代表に選出されており、2026年にはU-21日本代表としてAFC U-23アジアカップ2026に出場し、6試合4ゴールの活躍で優勝に貢献し、大会最優秀選手に選出されている。
高い技術、冷静な判断力、大柄な相手に負けない身体の強さを兼ね備えたMFであり、中央のみならずサイドでもプレーできる。
経歴
生い立ち
2006年10月16日、東京都西東京市で生まれ、父母と兄、弟の5人家族で育つ。5歳のとき兄の影響でサッカーを始め、幼稚園でやっていたJACPA東京FCのスクールに入団。当時はリフティングにハマっており、1000回くらいで失敗すると10分間大泣きする負けず嫌いだった。
小学校1年生から3年生までは碧山小学校を活動のベースにしている碧山SCでプレー。小学校4年からはJACPA東京FCでプレーしながらFC東京の下部組織であるFC東京サッカースクールアドバンスに所属していた。
中学生になった2019年にFC東京U-15むさしに入団。当時身長は146cm39kgと同年代の子と比べても小柄で、当時のコーチからも「テクニックはあるけど、身体が小さく、そのときは意志もさほど高いように見えなかった」と評されていた。しかし、そこから評価を覆していき、3年生となった2021年の第36回日本クラブユースサッカー選手権 (U-15)大会では10番・キャプテンとして全8試合に出場し、3ゴールと活躍し、全国大会での初優勝を果たす。
高校生となった2022年にFC東京U-18に昇格。1年生からレギュラーを掴むと、2023年8月の第47回日本クラブユースサッカー選手権(U-18)でチームの主力として躍動。決勝では荒木琉偉を擁するガンバ大阪に敗れたが、高い技術で準優勝に貢献しMIPを受賞する。
FC東京
2023年2月にFC東京の2種登録選手としてトップチームに登録されると、3月8日のルヴァンカップ・グループステージ第1節セレッソ大阪戦でスタメンに抜擢され、16歳4か月20日でのクラブ最年少出場記録を更新。同年8月には久保建英以来二人目となる16歳でのプロ契約を交わす。
2024年は4月17日のルヴァンカップ1回戦でおよそ1年ぶりにトップチームの試合に出場し、4月21日のJ1第9節FC町田ゼルビア戦でJ1リーグデビューを飾る。しかし、プロ2年目も出場機会はなかなか訪れず、リーグ戦3試合、公式戦6試合の出場にとどまる。
ファジアーノ岡山
2025年1月7日、出場機会を求めてJ1リーグ初昇格のファジアーノ岡山に育成型期限付き移籍することが発表される。これまではトップ下を中心に中央寄りのポジションで起用されていたが、木山隆之監督からは右ウイングバックという慣れないポジションで起用される。すると、鋭い突破力と冷静な判断力を武器にフィットし始め、リーグ戦初スタメンとなった4月2日第8節セレッソ大阪戦でJリーグ初ゴールを記録。さらに続くサンフレッチェ広島戦、鹿島アントラーズ戦で3試合連続ゴールを記録し、この活躍によってレギュラーの座を獲得。対人能力やフィジカルの強さを生かした攻撃参加が評価され、19歳でJリーグ屈指の若手に成長。コンスタントに試合に出場することでプレーの幅とクオリティを高めていった。最終的にリーグ戦28試合6ゴールという成績を残し、この年のJリーグベストヤングプレイヤー賞に選出される。
FC東京
2025年12月24日、保有先であるFC東京に復帰することが発表される。2026年シーズンはU-23アジアカップに出場していたためチームへの合流が遅れ、開幕から3試合は途中出場となる。3月7日、J1百年構想リーグEAST第5節横浜F・マリノス戦では個人技からFC東京での初ゴールを決める。当初は左サイドハーフとして起用されていたが、4月24日第12節水戸ホーリーホック戦で2トップの一角として起用され、ゴールを決める。続く4月29日第13節柏レイソル戦では2ゴールを決め、以降はセカンドトップのレギュラーに定着。マルセロ・ヒアンと共にチームトップタイとなる6ゴールを記録する。
日本代表
2022年よりU-16日本代表のメンバーに名を連ね、2023年6月にはU-17日本代表としてタイで開催されたAFC U-17アジアカップに出場。右SHと2トップの一角で起用され、主力として5試合2ゴールを記録し、優勝に貢献。同年11月にはインドネシアで開催されたFIFA U-17ワールドカップに10番を背負って出場。初戦のみ途中出場となったが、その後の3試合はフル出場したが、ラウンド16でスペインに敗れている。
2024年はU-19日本代表として活動し、6月にフランスで開催されたモーリスレベロトーナメント2024に出場。グループリーグ第2戦のインドネシア戦でゴールを決めている。2025年2月にはU-20代表として中国で開催されたAFC U-20アジアカップに出場。初戦のタイ戦でゴールを決めるが、チームは準々決勝でオーストラリアに敗れている。
2025年6月、岡山での活躍が森保一監督に認められ、2026 FIFAワールドカップ・アジア最終予選の日本代表に選出。6月10日の最終節インドネシア戦に途中出場し、史上4番目の若さとなる18歳237日でのフル代表デビューを飾る。
2025年9月にはU-20日本代表としてチリで開催されたFIFA U-20ワールドカップ2025に出場。フル代表に選出された選手として期待値が高い中で3試合に出場。しかしラウンド16でフランスに敗れ、敗退。
2026年1月、U-21日本代表としてサウジアラビアで開催されたAFC U-23アジアカップに出場。初戦のシリア戦で2ゴール2アシストと圧倒的なパフォーマンスを見せる。第3戦のカタール戦では途中出場からチームの2点目を決め、全勝でのグループリーグ突破に貢献。決勝トーナメントに入っても19歳ながらこの世代では別格ともいえる圧巻のパフォーマンスにより攻撃の核として躍動。決勝の中国戦でもチームの3点目となるPKを決め、4ゴール2アシストの成績で日本の2大会連続3回目の優勝をもたらす。さらに大会最優秀選手と得点王に輝き、若きスターとしての存在を見せつけた大会となった。
2026年3月の日本代表メンバーに選出されていたが、怪我のために試合に出場することができず、同年代の塩貝健人や後藤啓介がアピールに成功したこともあり、2026 FIFAワールドカップの本大会メンバーからは落選となる。
個人成績
| シーズン | 国 | クラブ | リーグ | 試合 | 得点 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2023 | FC東京 | J1リーグ | 0 | 0 | |
| 2024 | FC東京 | J1リーグ | 3 | 0 | |
| 2025 | ファジアーノ岡山(loan) | J1リーグ | 28 | 6 | |
| 2026 | FC東京 | J1百年構想リーグ | 19 | 6 |
個人タイトル
プレースタイル
狭いエリアでもボールを引き出し、ドリブルやパスで決定機を演出する技術、攻守にハードワークできる豊富な運動量、決定力の高いシュートを武器としている近代的なMF。本職はトップ下だが、サイドハーフ、インサイドハーフ、ウイングバックとオールラウンドに活躍することができる。ユース時代は「和製ベルナルド・シウバ」とも呼ばれていた。
ボールを持つとドリブルで積極的に仕掛けるタイプでディフェンスラインと中盤のラインを下がらざるを得ない状況にする。カットインして右足で逆サイドにシュートするのも選択肢に入っており、決定力も高い。攻撃だけでなく、ハードワークして守備にも貢献できるフィジカルとスタミナを兼ね備え、高い位置でのインターセプトも積極的に狙う。
マークが厳しくなった際や、ゲームメイクに深く関わる際の判断の質が課題とされている。また守備重視の試合や強度の高いプレスを受ける環境下で持ち味を消されてしまう。
人物・エピソード
関連項目
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