概要
正式名称は「余部橋りょう」であるが、余部鉄橋と呼ばれる事が多い(餘部鉄橋と書く事もある)。
※ちなみに、駅名は「餘部」であるが、これは姫新線に「余部駅」がある為。
1912年3月1日に供用を開始し以後余部地区のシンボルとして親しまれてきたが、民営化直前の1986年12月28日に発生した回送列車の脱線転落事故を契機に架け替えの議論が本格化。防風壁の設置などの風対策を施して鉄橋を残す方法も探られたが、鉄橋の老朽化などからコンクリート橋への架け替えとなり工事がスタート。2010年7月16日に現在の鉄橋は役割を終え、2010年8月12日からコンクリート橋の供用が開始された。
架け替えられてそこまで時間は経っていないが、2019年のJR西日本の情報開示にて城崎温泉~鳥取間の輸送密度が2000人/日未満で、営業係数が850円(100円稼ぐのに850円掛かる)な事が開示され今後が少し心配だが、山陽本線のバイパス線の役割もあり、特急列車も走ってる事、芸備線や木次線等もっと収支の悪い路線もある為当面は大丈夫だろう。
鉄橋と駅
余部鉄橋は1912年に開通したが、餘部駅は当時はなく隣の鎧駅まで鉄橋とトンネルを歩いて通っていた。
その後地元住民の要望もあって設置が決定。1959年4月16日に餘部駅は開業した。
余部鉄橋 空の駅
2013年5月3日、保存されていた旧橋りょうを活用して「余部鉄橋 空の駅」が完成、展望台として運用を開始した。
現在定期列車が運行する合間を使い、余部-鎧間を往復する列車が運行している。
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関連項目
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