内田樹とは、日本の大学教授である。哲学者であり、中でもフランスの現代思想を主に専門としており翻訳も手掛けている。他、エッセイストや思想家、政治活動家などの幅広い活動で知られている。
ネット黎明期から活躍するブロガーという側面も持っており、これが内田の名を広げる大きな契機となった。基本的な内田のテキストはネットから彼のサイトを通して閲覧できる。内田の主著もブログの文章のコンピレーションであることが多い。
ただ内田自身は情報技術自体には詳しくない。サイト経営もネットに詳しい知り合いに委託している。ネットがなければ世に出られなかった書き手であるが、思想・態度的にもネット世論とは全く縁のない全共闘世代のお爺さんという不思議な立ち位置にいる。ちなみに内田は匿名社会のネット世論のことを「呪い」と呼んでいる。
「弱者」たちは救済を求めて呪いの言葉を吐き、「被害者」たちは償いを求めて呪いの言葉を吐き、「正義の人」たちは公正な社会の実現を求めて呪いの言葉を吐く。けれども、彼らはそれらの言葉が他者のみならず、おのれ自身へ向かう呪いの言葉としても機能していることにあまりに無自覚であるように思われます。
[…]
ネット上では相手を傷つける能力、相手を沈黙に追い込む能力が、ほとんどそれだけが競われています。もっとも少ない言葉で、もっとも効果的に他者を傷つけることのできる人間がネット論壇では英雄視される。それが「もっとも少ない貨幣でもっとも高額の商品を買うこと」が消費者としてのパフォーマンスの高さとして賛美される消費社会のメカニズムをそのまま模写していることにたぶん彼らは気づいていない。そのことが僕の気鬱をさらに重たいものにするのです。
ネット世論の語り口の問題点は、「私」の自尊感情の充足が最優先的にめざされているせいで、「公」的な次元で対話することへの努力が配慮されていないことです。
生い立ち
1950年、東京都大田区に生まれる。小学生時代はいじめられっ子であり、不登校の状況にまで追いつめられたという。高校は難関校として知られる東京都立日比谷高等学校に進学したが、高校生時代は勉強に力が入らないこともあって落ちこぼれとなった。その結果、素行不良を理由とした退学処分を受けることとなった(その後1968年に大学入学資格検定を受験し合格)。
1974年、東京大学文学部卒業。在学中に左翼団体と知り合い、三里塚闘争にも参加する程でもあったが、しばらくして離脱を決意したという。今でも左派論客の一人として知られている内田氏であるが、「暴力を手段として革命しようとしている事が理解できない」とその時の学生運動については強く非難しており、また三里塚の際に「鉄道会社は資本家だ」という理由で無賃乗車をした学生がいたことを指摘し、「何をしても許されると錯覚し、処罰されないからと言って理不尽に誰かを攻撃するような人間になってはいけない」と批判している。
大学教授として
その後東京都立大学大学院人文学科博士課程を経て、1982年に同大学人文学部助手となる。その後は海外の哲学書の翻訳などを複数手掛け、1990年に神戸女学院大学文学部助教授に就任。(現在は名誉教授)
2005年ごろに同大学の教務部長に就任。この頃から以前にまして多忙になる。内田は立場上大学のクレーマー対応の前線に立たされたり年々かさむ管理職としてのブルシットジョブを押し付けられる羽目になり、相当酷い目にあったらしい。そこで蓄積された現代日本の教育行政・教育現場に対する怒りや絶望感は『下流志向』(2007)や『街場のメディア論』(2010)などで吐き散らされている。特に『下流志向』は『ためらいの倫理学』の頃の内田の作風に比べて感情的な語りや政治的主張の割合が増しており、この時期を前後して徐々に内田の作風が変化していった様が観測できる。
2011年、武道家としての活動に専念するためにやや早めに教職を辞した。
活動
武道
- 身体論に関する研究や日本の武道についての評論を盛んに行っている。武道は10代後半から鍛錬を繰り返してきた氏の生涯にわたる活動の一つであり、1975年には合気道の道場に入門。現在では氏自身が合気道の道場を開くなど、率先して活動している。
哲学
- 大学院時代に読んだ、フランスの哲学者エマニュエル・レヴィナスの著書に衝撃を受けたことが、その後の執筆活動の原点になったという。
- 2000年代ごろには『寝ながら学べる現代思想』を筆頭とした優れた現代思想・哲学の入門書を多数著した。しかし2010年代以降は国内におけるフランス系の思想・哲学の供給力低下や内田が武道家として道場の主になった経緯などの諸要因があってからか、真っ向から哲学・思想を論じたテキストは相対的に減った。
社会批評・ジャーナリズム
- フェミニズムやその周辺の社会学界隈には懐疑的・批判的である(具体的には上野千鶴子や宮台真司など)。特に上野の著書や言動に対してはネット民顔負けの強烈な批判を過去にウェブ上で展開していた。特に世に出始めた頃の内田は今ほど政治的コミットをさほどしておらず、反フェミ・反ポストモダンを掲げるネット論客という印象が強かった。ちなみに内田の娘はフェミニストをやっている。補足しておくと、内田の反フェミ言説は世に出回っているそれより複雑で、「女性に対する不当な社会的抑圧は批判されるべきだが、フェミニストの態度や言動が気に入らない」というねじれた主張となっている。
- 2014年あたりを前後して政治運動にコミットすることが多くなった。
サブカルチャー
- サブカルチャーに理解がある上に、ジャンルによっては造詣が深い。内田の中心的な仕事にはなっていないものの、サブカルチャー批評の存在が多く確認されている。漫画を筆頭とするサブカルチャーに強い京都精華大学の客員教授を務めたこともある。日本のサブカルチャー世界で強い影響力のある村上春樹、橋本治、宮崎駿、大瀧詠一といったクリエイターから多大な影響を受けたことを内田は公言しているが、これがその背景にあると思われる。
- 余談だが、サブカルに関連したところで言うと内田は『東大一直線』時代からの小林よしのりの読者でもあるという意外な一面がある。ただし小林がナショナリズム回帰した契機であり今日の右派・国粋主義に少なくない影響を与えた『戦争論』は批判している。曰く「物言わぬ戦争犠牲者にまつわる資料を『自分の主張』のために政治的に利用している」とのこと(『ためらいの倫理学』)。
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関連項目
- 哲学
- 学者
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