編集  

刑法単語

ケイホウ
曖昧さ回避 これは曖昧さ回避です
  1. 刑事法についての学問上・一般的義→当項で解説
  2. 日本国において1908年に施行された法典→刑法(日本)

刑法とは、犯罪と刑罰に関する法律である(実質的意味の刑法)。

ここでは、「刑法」という名前の法律(形式的意味の刑法、通常の会話で用いられる刑法の意)について紹介する。

通常の会話で用いられる一般的義や学問ではなく、日本国の現行刑法典の詳細な内容については日本の刑法を参照の事。

概要

法令番号は明治四十年四月二十四日法律第四十五号。明治404月24日布、明治4110月1日に施行された。布後度重なる正を経て今に至る。

六法の一つ(その他は日本国憲法民法、商法、民事訴訟法、刑事訴訟法)で、扱う内容は犯罪と刑罰に関する。

懲役刑・罰刑・執行猶予など容疑者の処理も刑法で定められており、罪状(殺人罪や窃盗罪など)、情状(故意か否か、反はあるかなど)と照らし合わせ、最終的な懲罰を確定するというシステムになっている。

法律自体は13章からなる「第一編 総則」と40章からなる「第二編 罪」からなり、前者は刑の定義や適用範囲、処罰の方法、後者は各種犯罪の処罰の規定に関して記されている。

 なお、刑に関する法律刑法以外にも多数存在する(道路交通法、軽犯罪法、麻薬取締法など)が、それらはまとめて「特別刑法」と総称される。

学問としての刑法

「第一編 総則」について学ぶ「刑法総論」と、「第二編 罪」について学ぶ「刑法各論」に分かれる。

学説の対立

刑法は、ほかの法律べても学説の対立がしい傾向にあり、特に「違法性」の実質を何ととらえるかにより

  • 行為価値論(違法性の実質を社会倫理規範違反、たく言えば「悪いことをした」ことにめる)
  • 結果価値論(違法性の実質を法益侵たく言えば「悪い結果を発生させた」ことにめる)

とに分かれている。ただし現在では純な行為価値論はほとんど採られておらず、結果価値論と行為価値論の双方に違法性の実質をめる説(二元論)を行為価値論と呼び、結果価値論(結果価値のみに違法性の実質をめる説)と対立するものとして位置づけることが多い。
この両者の対立は、特に総論において顕著であるが、総論・各論問わず刑法論点の各所において現れる。学説が対立したときに、片方の説を結果価値論者ばかりが、もう片方を行為価値論者ばかりが支持している、というのは刑法にはよくあることである。

判例・実務は、行為価値論であるといわれている。もっとも、近時は、学説では結果価値論が多数説といえる状態になっている。

主な刑法学者

より詳しくは関連リンク参照。

行為価値論者 結果価値論者

刑法改正への動き

現行刑法は、明治40年に制定されたものを少しずつ正(現代化、量刑引き上げetc)しながら運用されている。なので、戦後日本では、未だに根本的に刑法正されたことはない。

こうした背景から、1974年昭和49年)には、刑法案が日本法制審議会総会で決定され、刑法正に向け前進したかに思われた。しかし、上述のように、結果価値・行為価値の対立がかなりしかったこともあり、正は見送られることとなった。

関連動画

 

関連商品

 

関連項目

関連リンク


【スポンサーリンク】

スマホ版URL:
https://dic.nicovideo.jp/t/a/%E5%88%91%E6%B3%95
ページ番号: 783228 リビジョン番号: 2387880
読み:ケイホウ
初版作成日: 08/12/19 22:58 ◆ 最終更新日: 16/07/27 12:30
編集内容についての説明/コメント: 特別刑法について
記事編集 / 編集履歴を閲覧

この記事の掲示板に最近描かれたお絵カキコ

お絵カキコがありません

この記事の掲示板に最近投稿されたピコカキコ

ピコカキコがありません

刑法について語るスレ

43 : ななしのよっしん :2018/02/04(日) 14:48:36 ID: YrPpNMCEBI
刑法の法的根拠はもちろん民感情だよ
民が自分の気持ちに従って議員を選び、その議員が法律を定めるのだから
つまり死刑の判決というのは、民が自らの責任で人殺しを行っていることに他ならない
しかし感情が恣意的であっては困るから法の専門を育成して裁判を行うんだけどさ

ところが今度は、その専門民感情から離れることを憂えて裁判員制度が始まった
だから、死刑には賛成だけどその責任を民に負わせる裁判員制度は間違っている、という議論
実に妙な論法としか言いようがない
元々民が権者であるならば、どうやっても責任からは逃げられないのだ
44 : ななしのよっしん :2018/02/06(火) 22:02:25 ID: dTZmPpRJTm
昔、民感情が法律の元なんだから感情で量刑を重くするべきだなんて言ってた人いたけどあくまで法治国家の運用として普通に考えてありえんわな
弁護士のバッジ検察官のバッジ裁判官の装に表した覚悟からして感情を大きく出しては元も子もない、どうしてもというなら情緒法なるものがあると噂されるお隣に移住してみる手もあると思うよ
45 : ななしのよっしん :2018/02/06(火) 22:18:45 ID: YrPpNMCEBI
自分の私情と思い込みは立な思想で、他人の思想は浪漫に流れた感情論だと言い出すは確かに多い
NTUY爺さん達もそうらしいな
しかし論理的な法判断とは、は客観的だと強弁することではなく、
どこまでが感情でどこからが論理なのかを明確にする事だ
さもなくば、死刑判決やわいせつ罪なんて根元が感情にある判断は、客観を自称する欺瞞と化す
46 : ななしのよっしん :2018/03/17(土) 17:11:33 ID: QGCud7DUaI
民感情で左右される法vs権者への度で左右される
47 : ななしのよっしん :2018/03/31(土) 14:12:39 ID: gPL+sjDvFv
ホッブズ的にはまだ後者のほうがマシっていうんだろうな
48 : ななしのよっしん :2018/04/05(木) 13:44:45 ID: YrPpNMCEBI
確かに権とは、民感情が法を左右する政治に他ならない
ホッブズが復活してそのような近代国家を忌み、リヴァイアサンの復活を願うかというと・・・
いやあ、権を取るでしょうw

歴史上に登場したリヴァイアサンと言うと、クロムウェル(ホッブズはリヴァイアサンと認めなかったろうが)から始まって・・・
ベスピエールナポレオンヒットラースターリン毛沢東マルコス、プーチントランプ・・・
もう、リヴァイアサンは要らないとホッブズが泣くまで、登場するのを止めないw
49 : ななしのよっしん :2018/05/31(木) 10:23:49 ID: gPL+sjDvFv
『苛政は虎よりも猛し』という孔子の故事がありますが
特に国家にとっては最大の人権を行える刑法の運用の上において一番肝に銘じないといけないことだと思う。が謙抑義や罪刑の均衡、罪推定などの諸原則を忘れて『苛政』に走れば民にとって最悪の恐怖の事態を招くということを決して忘れてはいけない。も治安警察法及び治安維持法で似たような災厄を被っているわけですからね。
幸いにもでは色々言われながらも警察や検察は一応信用されてこのことが忘れられつつあると思いますが今一度この事を思い起こすべきです。統計を視した厳罰や日本犯罪者に甘すぎるなどと言っている人には特に言いたいですね。
50 : 削除しました :削除しました ID: S7n/jKDlX8
削除しました
51 : ななしのよっしん :2018/06/27(水) 00:51:05 ID: AImuBn3Vak
はてなブロガー殺事件のせいでネット規制必要論盛り上がってるね。既にヘイトスピーチ規制法の時点で事前規制の論点は挙がってたし、絶対できないというわけでもないから、これを機会に進みそうだが。
も謙抑義は捨て去っていいとも思わないが、ネット社会の影が大きすぎるのがなあ。
52 : ななしのよっしん :2018/07/01(日) 09:02:42 ID: YrPpNMCEBI
>>50
その通りだ。冤罪警察逮捕されるようなは、
実の善良なる民だから処罰しないとイケナイのだろう
急上昇ワード
ニコニコニューストピックス