前田慶次単語

マエダケイジ

本名は前田利益(とします)。また利太、利大、利貞など複数伝わる。通称は慶次郎、慶二郎など。

小説漫画などの創作では前田慶次という呼称が流。

戦国時代の武将であり、滝川氏(諸説有り)。前田氏に前田利家前田利久の義理の息子である(利の義理の甥)。

概要

戦国時代舞台にした小説コミックゲームでは戦国一の傾奇者として有名。

現在では三国志でいう呂布級の猛将」「しかし脳筋ではなく、を嗜む流者」という評価をされている。
これらは歴史小説「一夢庵流記」、およびそれを基にした漫画花の慶次-雲のかなたに-」による影が強い。
史実ではどうだったかというと、あくまで戦国期の一武将でしかなかったため、彼に対する一次資料が非常に少ない。
彼に関する資料の多くは江戸時代中期以降の逸話集であり、信憑性には民明書房なみに疑問がある。少なくとも大男であること、規格外の猛将であることは一次資料の記載にはない。いずれにせよ、創作による印が非常に強い人物である。

一方で長谷堂合戦における武勇や著作『前田慶次中日記』で見て取れる教養などを考えると、これらの評価は大げさではあっても方向性では間違っていないようである。

なお、ネット上で時々見かける「だが、それがいい」という定句の元ネタも『花の慶次』の彼のセリフである。
ニコニコ動画でも「←だがそれがいい」「↑だがそれがいい」などのタグコメントがつく。

前田慶次が登場している主な作品

一夢庵風流記

隆慶一郎による歴史小説
前田慶次郎利益の半生を、上記にあげた猛将、天下御免の傾奇者という設定で描き上げた作品。それまで名に近かった前田慶次の知名度を大きく引き上げた(注 これ以前も小説主人公などで取り上げられてはいた)。第二回柴田錬三郎賞を受賞。

花の慶次-雲のかなたに-

前述「一夢庵流記」を原作とした、原哲夫の漫画
物語はかなり快にアレンジされている(年齢が大幅に若くなっている、利との和解の時期が異なる、朝鮮行きがなぜか琉球行きにされている、おふうや岩兵衛などの存在、真田幸村伊達政宗絡みの話、快すぎる戦闘描写など)。←だがそれがいい
前田慶次という存在を大きく世に広めた作品。

伊忍道~打倒信長~

KOEI制作されたRPGシミュレーション要素も含む)であるこのタイトルが、PC・コンシューマゲーム上における前田慶次の初登場作品だと思われる。なお、本名である前田利益での登場。役職は「浪人」だった。

信長の野望・太閤立志伝

KOEI歴史シミュレーションゲームであるこれらのシリーズでは、高い武宝(アイテム)を持ち合わせた戦場で非常に役立つ武将となっている。何らかの補正や特殊技を持っていることもあり、グラフィックも傾奇者であったことから個性的であるなど、非常に優遇されているキャラクターである。ただし、武将名は本名である前田利益と表記されることが多い(一部作品は前田慶次名義だが、一定していない)。

戦国無双

戦好きの傾奇者としての面が強調されている。グラフィックも非常に手になっており、なおかつ傑としての要素も多分に含んだ強キャラとなっている。CVうえだゆうじ

戦国BASARA

詳しくは前田慶次(戦国BASARA)の記事にて解説。

戦国大戦

「大ふへん者!前田慶次ここにあり!」(CV.杉田智和

Ver1.1で初登場。織田所属、コスト3・武10・統率2に気合・魅持ちの足軽脳筋ながら高いスペックを持つ。堂々の(SR)である。
計略は「大ふへん者」。まず武が上がり、効果時間中味方か敵が撤退するごとに追加で更に武と移動速度が上がっていく。ぶつかりあいでこそカード

しかし計略使用時にゲーム進行に関わる重大なバグを発生させてしまったため、SEGAによって投されてしまった(Ver1.11A時に釈放)。三国志大戦でも田豊バグにより投された過去がある。

その後しばらく追加はく、Ver3.0で上杉の慶次が登場した。

「行くぞ松風戦場を駆け抜けようぜ!」
CVはまたしても杉田智和スペックは2.5コストで武9統率5で魅・疾駆持ちと大分優遇されている足軽

計略の「大傾奇の朱」は3.0で追加された上杉羅刹計略の1つ。自分のを削って作る修羅ゲージを全て消費することで威を上がる。ゲージいと武速度が少し上がるだけだがゲージを消費した場合は武が大幅に上がり移動速度も上がり、更にタッチすると前方にを投げる。だが乱戦時はが消えるのでこの投げも出来ないことに注意。

同時にBSS版でも登場している。こちらは騎隊。武8統率6と2.5にしてはやや物足りないが魅・軍備・猛襲と特技3つなら恵まれているほうである。

計略「天下御免」は武と移動速度と突撃ダメージがまず上がり、味方が撤退する度に更に武と移動速度が上がる。しかし敵が撤退する度に武と移動速度が下がってしまう。デメリット持ちの計略のため使いどころは中々難しい。

EXカードとしても登場していた。3コスト10・統率6、魅持ち騎隊と中々。
計略「爛武闘」は戦場の特技魅を持っている部隊の数が多い程武と移動速度と突撃ダメージが上がる。

「いくさの子」の若き日の慶次も登場している。1.5コストで武は4統率は2だが、新・気合・魅と特技が3つ、新持ちなので最終スペックは武6、統率4であると考えると破格。

「わしは、前田慶次じゃ!」

計略「傾奇者の質」はいわゆる覚め計略。自分以外の織田の最も高い武の武将の数値を参照して自分の武が上がる。武が15以上なら更に移動速度と突撃ダメージも上がる。下布武の信長と相性が良く信長に武宝を持たせて下布武すれば信長の武が15なのでそこから重ねられた。そのため信長と共に下方の憂きに合っている。

そしてついに、Ver3.1で「花の慶次」版が参戦した。CV:堀内賢雄
コストは4で3枚コスト4武将となった、武12とあの謙信に並び、統率は6と謙信より1下だが特技魅・疾駆とそれを補う特技2つ。ちなみにこのカードは他・東所属で今までの織田上杉所属ではない。

「これよりら、修羅に入る!」

計略「かなたに」は士気を9使う大計略だが、武と移動速度が上がり突撃距離が伸び更に突撃準備時間が短縮される。更に突撃でを攻撃できるようになり、松風が出る。

松風が出るというこの説明のインパクト、突撃+松風エフェクトで2回ダメージ判定があるため威は圧巻でまともに受ければ敵武将はひとたまりもない。

補足

信長の野望」(PCシリーズにおける前田慶次(前田利益)の力一覧。

軍事 内政
戦国群雄伝(S1) 戦闘 政治 野望
武将風雲録(S1) 戦闘 90 政治 32 92 野望 2 教養 80
覇王 采配 50 戦闘 100 智謀 1 政治 25 野望 1
天翔記 戦才 198(A) 智才 100(B) 政才 26(C) 93 野望 2
将星 戦闘 99 智謀 50 政治 12
烈風 采配 69 戦闘 100 智謀 48 政治 2
世記 采配 89 智謀 45 政治 21 野望 2
蒼天 統率 89 知略 45 政治 11
下創世 統率 83 知略 36 政治 8 教養 72
革新 統率 50 武勇 110 知略 40 政治 20

関連項目

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前田慶次

86 ななしのよっしん
2017/03/28(火) 21:45:40 ID: S4+eqk5fH/
慶次の猛将イメージって漫画以前からあるものだよ。江戸時代の軍記物とかでは既に猛将設定だし(石山軍記と言う書物では奪われた旗を単独で取り戻したりとか津軽の史料では、「武道の達人」とあるよ)

>>77
上杉御年譜では、慶次と水原親憲が活躍して慶次がで突き崩すと言うのもあったね

ぶっちゃけ慶次の史料で一番信憑性があるの慶次の来だった野崎の遺書だと思う。

87 ななしのよっしん
2017/03/31(金) 19:20:01 ID: S4+eqk5fH/
>>68
ありがとうございます

因みに朱色の甲冑は井備えよりも時代が古いらしく当時の慣習を考えると武勇がなければ着用できないと「上杉謙信勝と中の武装」と言う本で甲冑の専門がそう書いていました。(慶次の二つの甲冑は両方朱塗で、最近開された甲冑は甲冑全体が朱でした。)
88 ななしのよっしん
2017/04/02(日) 11:08:26 ID: S4+eqk5fH/
>>86
連投と訂正ですいません。

慶次の人物像について一番信憑性があるのは、最後まで来だった野崎の遺書だと思いました。
89 ななしのよっしん
2018/01/20(土) 17:56:27 ID: Q8cqv6OqE1
死んだあとの後世、どえらいイメージをつけられたことを知ったら一体何を思うのやら…
90 ななしのよっしん
2018/05/14(月) 00:42:51 ID: S4+eqk5fH/
>>70
身長については、専門の詳しい摘はかったはずだと思います。あと、
上杉時代には、安田元との交流があり文殊奉納の歌会でも一緒に出ています。この時慶次は、5首残しております。

直江兼続や重臣等が参加する歌会です。嫌われていたら歌会にも呼ばれないでしょう。嫌われていたと摘している研究者っていますか?

逆に前田慶次は、連歌を通じ九条稙通・細川幽斎等の文化人と交流がある交流の幅が広い武将だと思いますよ。(前田慶次―武文人のと生涯 参考)
91 ななしのよっしん
2018/07/04(水) 19:02:43 ID: 38xe0ET4sH
創作の影とそれに対するカウンターのせいで武勇武功についての毀誉褒貶がよく論じられるが、この人は陪臣、しかも重臣クラスになったこともないにも関わらずやたらと一流教養人との交流の跡が残ってるよな
細川幽斎とか里村紹とか古田織部とか
働きなんぞよりそっちの方がクローズアップされるべきだと思う
時の武士の価値は教養とコネ
他だと立花宗茂あたりが最たるものだが
92 ななしのよっしん
2018/07/06(金) 21:31:56 ID: S4+eqk5fH/
>>時の武士の価値は教養とコネ

一応自身で連歌行を開き細川幽斎を招ける程度の連歌の実はあったそうですよ。

文殊奉納の歌会では、和歌の衆として参加(21名)し、慶次の5首と言うのは最高記録だそうです。この時野崎の遺書を信じるのであれば、確か70歳位だそうです。
93 ななしのよっしん
2018/07/07(土) 02:56:48 ID: 38xe0ET4sH
>>92
は利益の武功よりもその教養を身に着けた過程や交友関係を結んでいった過程が知りたい
出身の滝川氏(恒以降の池田氏含む)もの多い一族だしね
一益も茶の湯を好む流人だし、前田に入る前から文化人との繋がりがあったのだろうか?とか、興味が尽きない
94 ななしのよっしん
2018/07/07(土) 09:38:29 ID: S4+eqk5fH/
源氏物語九条植通に習ったとされ、里村紹子だっとされる史料もあるけど、偽は分からない・・ただ、連歌会に何度も同席はしています。

連歌メンバーとの交流は正10年・16年・17年での連歌会の記録で確認はされてますが、慶次が前田に入る前に交流があったのかは分かっていないと思います。

上杉の仕官も細川幽斎・里村紹を通して直江と知り合い仕官したのではないか?と言う摘もあります。
95 ななしのよっしん
2018/07/24(火) 23:48:52 ID: S4+eqk5fH/
慶次って結構元気なお爺ちゃんだったらしく中日記での京都から米沢までの慶次のの内容を調べると一日の移動距離32キロで(ほぼ徒歩)を越える事もあったそうです。(この時69歳)

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