剰余価値単語

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剰余価値というのは「持ち(ブルジョワ、資本家)が貧乏人(プロレタリアート、労働者)から搾取している労働(の価値)」の事であり、これはすなわち搾取のメカニズムを説明している点で肝要となる。

概要

剰余価値はマルクス経済学における非常に重要な理論の一つであり、剰余価値の発見はマルクスの最も優れた功績の一つであった。マルクスが剰余価値を発見するまでは、持ちが労働者を搾取している事は何となく分かっていたのだが、一体それがどのようにして搾取が行われているかが明されていなかった。その為、いくら労働者が持ちに文句を言った所で「負け犬遠吠え」や「嫉妬」くらいにしか思われていなかったのだ。

しかしマルクスが剰余価値を発見したことによって、科学的に持ちの搾取の方法が世間に知らしめられた。マルクスはこの理論を発見するのに10年以上大英図書館に通って研究を行った。この研究過程においてマルクスアダムスミスリカードの提起した労働価値説を更に発展させている。


注意:以下の説明では「増殖価値」と「剰余価値」は同じ意味で使用する。

貨幣から資本へ

前項で商品の発明、そして貨幣という特別な形の商品を説明した。というわけで貨幣というのは本来的には流通を簡易にするための商品の一種に過ぎないのである。貨幣は商品である限り未だ資本にはなっておらず搾取を開始していない。そこで剰余価値による搾取のメカニズムを説明する前に、貨幣と資本の違いを明示しよう。

資本になっていない貨幣の流通過程を図示すると。

商品W-貨幣G-商品W

商品がW(ドイツ語で商品WareのW貨幣がG(ドイツ語貨幣GeldのG)

まず私たちは労働をして市場において価値を持つ商品を生産する。そしてその商品を市場に持っていき価値を具現化する、すなわち自分の商品を売ってお金に変える。そしてその売って得たお金を使って生活の為の商品(食べ物や着るもの、住む場所を確保など)を購入する。

この場合においての貨幣はあくまで最終的に食料などの生活手段を買うため、つまり使用価値を購入するための手段なのである。しかしこ貨幣が資本に変化する

中世社会は発展するにつれて、商品の生産において協業が大規模になっていく。協業はやがて工場制手工業(マニファクチュア)を生み、今まで職人が行っていた生産は分業にとって変わられ貨幣の集積が発生する。貨幣の集積が一定以上になると貨幣は質的変化が起きて資本へと転化するのである[1]これを資本制的生産様式呼ぶ。

貨幣が資本に変化すると上記の図が

貨幣G-商品W-貨幣G

となる。これは一つの図とGとWが逆になっているだけであるが、意味としては大きな違いになってくる。この場合だと、商品ではなくお金が最初に来る。そのお金によって任意の商品を買い、そのお金をまた別の場所で売りお金を得る。これにおいて最終的な的が商品の消費という使用価値ではなく、お金という交換価値となっている。交換価値が的になっているので、流通過程において得られたお金はまた再び商品の購入に使われることになり、終わりがなく続いていく。生活のための商品を使用するために交換するのではなく、交換をするために交換をする。この交換価値を的にしたこの式こそが「資本」なのである。一般に資本とはお金や土地、権利書などの物をイメージされるが、マルクス経済学における資本とは、この”関係性”をすのである。

資本は使用価値を的にしていないので延々と流通を繰り返し自己増殖を繰り返し肥大化する。そして融資本が発展していくと、この図がついに

貨幣G-貨幣G'

と商品を経ず、利子によってお金からお金へと変化することになる。


  1. マルクスは「量的増加はやがて質的変化になる」という法則ドイツ哲学者ヘーゲルの著作「大論理学」からヒントを得た。

剰余価値理論

こうして貨幣は資本となり搾取が行える体制になった。しかし一概に搾取と言ってもそのメカニズムは単純ではなく当時の社会主義者の間でも喧々諤々の議論が起こった分野である。ここでは剰余価値理論を価値の増殖という点に注意して説明していく。

普通私たちは経済活動を行う時は、何かを買いそれを買った時以上の値段で売ることによってその差額を利益として受け取る。つまり「安く買って高く売る」が商売の基本である。しかし買った商品そのままでは高く売る事は出来ないので何かそこに付加価値を付けなければならないのだが、大体の場合は労働によって商品に価値を付けるのが普通である。例えば、靴職人の場合を例にとってみよう。

職人の場合

500円で皮などの素材を買う。→それを一足の靴に組み立てる。→それを1000円で売る」

この過程の靴を組み立てる行程において靴職人は労働によって商品に500円の付加価値を付けたことになる。

これを式にして表現すると、

貨幣G-商品W-貨幣G'

となる。(既に資本の式になっている)

この場合では自分のお金素材を買って、働いて価値を付けてそれを売っているだけなので、どこにも搾取が起きていないこの例の商品は靴であるが、世間一般にありふれているどの商品についてはこの理屈が成り立るので搾取は起きないのだが、一特殊な商品「労働」についてはこれが成り立たないのだ。

先の例では靴職人を挙げたが、もし最初に素材を買うお金を持っていない人はどうなるであろうか? そういう人は商品を作る事ができないので当然商品を売る事が出来ない。なのでそのような持たざる人たちは自分が持っている一の商品「労働」を売る事によって生計を立てることになる。労働者を雇う人を資本家と呼ぶのだが、ここで先ほどと同じように靴職人を例にとって考えてみよう。しかし今回の場合は靴職人は自分で素材を買うお金がないので資本家に雇われているとする。すると、

「資本家500円で靴の素材を買う→それを靴職人に渡し一足の靴を作ってもらう→資本家はその商品を売り1000円を得る。→資本家けた500円のうち一部の200円を靴職人に賃として渡す」

こうして資本家300円を、靴職人200円を得るのだが……ここで剰余価値の非常に重要なポイントであるのだが資本家は靴職人を雇った時点で彼の作った靴を全てを自分の物にできる。つまり、一足分の賃で二足や三足作らせることも可なのである。もし三足作らせた場合を考えて見ると、

「資本家1500円で靴の素材を買う→それを靴職人に渡し三足の靴を作ってもらう→資本家はその商品を売り3000円を得る。→資本家けた1500円のうち一部の200円を靴職人に賃として渡す」

こうして、資本家1300円を得ることが出来たのだが、靴職人200円のままである。

職人が自分で靴を売っている限りにおいては、働いて生まれた価値は全て自分のものになり自分が満足したら働くのを止めればよい。しかし靴職人が雇われている限り、働いて生まれた価値は賃以外は全て雇用者のものになり雇用者は労働者を限界まで(死ぬギリギリまで、は死ぬまで)働かせようとする。

つまるところ、剰余価値の搾取の理論とは、

労働者が賃以上の働いても余分に生まれた価値(利益)は全て資本家のものになってしまう」というものなのだ。いわゆる「ピンハネ」をイメージすると理解しやすいかもしれない。

これを先ほどの様にGとWで表現すると、

貨幣G-商品W-貨幣G'(貨幣G+剰余価値ΔG)

ΔGの部分が賃以上に働いた余分な労働。

となる。この剰余価値ΔGの部分が資本家に搾取されているのだ。

本家はこの剰余価値を増やすべく、賃の削減、労働時間の延長、労働効率(労働密度)の向上などを常に労働者にめていくのである。

アルバイトで例えると、方が時給1000円で働いた時に一生懸命頑ってお店に時給1000円以上の利益を生んでもそれは全てお店のものになってしまう。この時方が時給以上に生んだ利益が剰余価値である。

しかし、ここでもう一つ重要なポイントがある。

確かにマルクスは剰余価値によって資本家が労働者を搾取していると明したが、しかしそれは「本家が悪いで、貧乏人を苦しめるためや自分の贅沢のために搾取をしている」訳ではないのだ。もしある資本家が搾取をしなければ、市場の中で他の資本家に競争で負けてしまい労働者に身を落としてしまう。資本家は自分の意思に関わらず、搾取をせざるを得ないのだ。すなわちマルクスが剰余価値理論によってしたことは単純な資本家の弾劾ではなく、むしろ「資本主義において搾取は不可避である」ということだったのである。搾取は悪意の産物ではないのだ。

ではマルクスは資本家を糾弾しなかったのか?これの答えはNOである。資本家が搾取すること自体は自然の法に適ったものであるとしても、搾取を行うために用いた最初の資本は歴史的に見て戦争や詐術による強奪であるからだ。資本家というのは元々強盗であり、人から奪った汚い市場で回することによって潔にし自らを資本家として偉ぶっているだけ。この点はマルクスも弾劾している。

不変資本と可変資本、搾取率

資本は労働者を搾取するのであるが、投下された全ての資本が搾取を行う訳ではない。資本が搾取できるのは資本の中でも労働における部分だけなのである。

例えば1億円出して印刷会社をし、利益を得ようとした資本家がいる。資本家はこの1億円のうち5000万円でビルを借りて、印刷のための機械インクやなどの消耗品を買う。そして残りの5000万円で従業員を雇い実際会社を動かして1億8000万円の利益を得たとする。この時、資本家はビルや印刷機、インクからは買った分の価値しか用いることができず、それ以上の価値増殖は行うことができない。一方で従業員からは前述の通り給料以上の価値を生み出させてそれを搾取することができる。

そこで次の定義を行う。

  • 投下資本=C
  • Cの中で、労働のために支出された資本部分=可変資本
  • Cの中で、機械やビルなどの設備投資に支出された資本部分=不変資本

ここで、可変資本をv、不変資本をcとすると、次の式が得られる。

C=v+c

生産過程の最後に商品として資本が出てくると、それは搾取によって価値増殖を果たしているので最初の投下資本Cよりも増加したC’となっている。この増殖した価値をmと定義すると次の式を得る。

C=v+c
C’=(v+c)+m

資本において搾取を行うのはこの式ではvの部分だけであるので、労働者がどれだけ搾取されているかを示すには増殖価値mと労働への支出である可変資本vの率をめれば良い。

搾取率(増殖価値率)=m(増殖価値)/v(可変資本)

可変資本の部分は労働者が得た給料分の労働であり、必要労働と呼ぶ。

先述の印刷会社の例の場合だと、

  • 投下資本量C=1億
  • ビル機械などの設備投資となる不変資本c=5000万
  • 労働への支出となる可変資本v=5000万
  • 増殖価値mは投下資本と収益の差額=8000万

よって搾取率(増殖価値率)はm/vなので、8000万/5000万になり1.60。すなわち搾取率は160%となる。不変資本が視されているのがポイント

その数字は労働者がどれだけ搾取されているかを示すものであり、同時に投資がどれだけの利益を得られるか、要するに融論における利潤率や利子率に例する。

増殖価値量(搾取量)

本家にとって搾取率は重要であるが、それよりもっと重要なのは総合的な搾取量である。よってここで可変資本の総額をV、増殖価値量(搾取量)をMとすると

M=(m/v)×V

この増殖価値量(搾取量)Mは、労働均価値をk、労働の搾取率をa'/a(これは増殖労働/必要労働の率である)、労働者の人数をnとすると

M=k×a'/a×n

とも表すことができる。

このように「増殖価値量は、増殖価値率と可変資本の総額を乗じたもの、あるいは労働の均価値と搾取率と労働者の数を乗じたもので表せる」。これを増殖価値量の第一法則と呼ぶ。

本家は少しでも多くの増殖価値を欲するために労働者を限界まで働かせるが、しかし労働時間はどれだけ頑っても24時間を突破することは出来ない。一日30時間の労働という矛盾ッッは現実ではありえないのだ。よって可変資本の減少を増殖価値率の増加によって補うのは限界がある。これが剰余価値量の第二法則と呼ぶ。

第二の法則を踏まえれば、M=(m/v)×Vの公式のm/vの部分には限界があるということになる。よって資本家が剰余価値を増やしたければVの部分。つまり可変資本を増やさなければならない。これを剰余価値量の第三法則と呼ぶ。ポイントは、剰余価値量を増やすためには投資量を増やすのではなく、可変資本を増やすことである。投資は、材料機械などの設備投資にあてる不変資本と、労働にあてる可変資本に分けられることを思い出そう。

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剰余価値

1 ななしのよっしん
2021/07/25(日) 15:07:44 ID: glZBVxBTi5
増殖価値」の訳を使ってるあたり、記事の作成者は資本論日経BP版使ってるな

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