加賀美遠光単語

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加賀美遠光1143~1230)とは、平安時代末期から鎌倉時代にかけて活躍した武将である。

概要

清和源氏の一甲斐源氏の一門。父親武田義業の安田義定と同かもしれず、もしかしたら本来は清信清の子であり長の清の養子となったかもと一部では言われている。そのため武田信義叔父かは定かではない。甲斐加賀美を本拠とし、1157年に新田義重帽子として元した

長男秋山、次男・小笠原長清はともに平知盛人となっていたが、甲斐源氏源頼朝への接近で、源範頼の軍に編成され、源義仲討伐、一ノ谷の戦いなどにも従軍している。西海への転戦時に頼朝から丁重に扱うようにとの書状が範頼に送られており、較的穏健だった加賀美遠光は、遠の次男・小笠原長清武田信義の五男・武田信光(石和信)と同様、甲斐源氏の中では例外的に重用された人物であった。

1185年には信濃の国となり、幕府の諸行事に参加するなど源頼朝からは門葉の一人として扱われた。その後も州合戦に従軍し、1192年には千葉常胤らとともに源実朝の将来を託されている。

妻は和田義盛と伝わり、前述した息子のほかに将軍の女房となった大弐局がいる。

武田有義に対する武田信光クーデターらしきものはこちらにはなかったが、次男の小笠原長清が跡を継ぎ小笠原氏の祖となった。さらに言えば三男・南部行は南部氏の祖である

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